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板垣退助(いたがきたいすけ)とは、明治時代政治家

概要

自由党創立者で、土佐藩高知県出身

戊辰戦争では政府参謀として、会津戦争に手柄を立てた。

この後、明治政府の参議となったが、征韓論が破れて政府を去り、1874年(明治7年)、後藤象二郎副島種臣らと民撰議院設立建白書を政府に提出し、自由民権運動を起こした。

この後、高知で立志社、次いで大阪全国組織としての愛国社(後に国会期成同盟改称)を結成

1881年に自由党が結成されると総理となり、翌年、岐阜遊説中に暴漢に襲われて負傷した。

過激になってきた自由民権運動を指導できなくなり、1884年に自由党を解散

のちに立憲自由党の総理となり、また1898年には大隈重信憲政党内閣を作った。

立憲政友会の結成後は政界から退き、社会事業などに尽くした。

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人物
最終更新:2026年05月17日 07:44
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