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大隈重信(おおくましげのぶ)とは、明治・大正時代の政治家。

概要

佐賀藩の出身。

幕末の尊王攘夷運動に加わり、明治新政府では大久保利通・伊藤博文らに協力して、政府の基礎を作ることに務めた。

しかし自由民権運動が起こると、国会の即時開設を主張して伊藤博文らと対立し、1881年(明治14年)に政府を追われた。

この後、立憲改進党を作って自由民権運動を進め、帝国議会の開設後は立憲改進党・進歩党・憲政党・憲政本党に属し、議会政治で活躍。

その間、二度にわたって内閣を組織した。

東京専門学校(のちの早稲田大学)を創立した。

板垣退助らの自由党がフランス流の急進主義だったのに対し、大隈が総理の立憲改進党は、イギリス流の比較的穏やかな政党であった。

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歴史
最終更新:2026年06月15日 10:58
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