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大口病院連続点滴中毒死事件(おおぐちびょういんれんぞくてんてきちゅうどくしじけん)とは、横浜市神奈川区の旧大口病院で起きた点滴殺人事件。

内容

元看護士Aは2016年、3人の患者の点滴袋に注射器で消毒液ヂアミトールを混入させて殺害した。

殺害された3人のうち、2人(B、C)は点滴袋にヂアミトールを予め混入させており、1人(D)は別の看護師が勤務を終える前に容態を急変させる必要があり、投与中の点滴に直接ヂアミトールを混入させていた。

Bの状況

Aと入れ替わりで勤務に就いた夜勤の看護師は、夜に点滴を打ったBが「血管の痛みを訴えた」と語っている。点滴を指している箇所の痛みを訴えるケースはあるが、Bは別の部分の痛みを訴えていた。異常はな
かったため、点滴の投与を続けたが、その後もナースコールがあり痛みを訴え続けたため看護師は不思議に思った。

翌日、日勤だった別の看護師がBに点滴を投与した。このときもBからナースコールがあり「点滴をやっている方(の腕)が痛い」などと繰り返し痛みを訴えていた。

点滴が終わった頃、Bが「トイレに行きたい」というので、そこに付き添った。「終わったらナースコールを鳴らして」と言ったものの、なかなかナースコールが鳴らなかったため、看護師は心配して見に行った。

すると中からうねり声のようなものが聞こえてきた。Bに声をかけ、鍵を何とか開けてもらうと、体が前のめりになり、壁に手を付いた状態で冷や汗が出ていた。当初は「触るな」などと言っていたが「気持ち悪い」、「頭が痛い」などと訴え、元気がなくなっていた。更に、血尿により便器の中は血でいっぱいだった。

Bはベッドに運ばれ、主治医が駆け付けた。

Bに取り付けられた尿道バルーンには大量のピンク色の鮮血が溜まっていた。主治医は「尿道や膣の出血ならば赤黒くなるため、腎臓などからの出血なのではないか」と考え、「このままでは助からない」と思い、泌尿器科の専門医のいる系列病院へ救急搬送を指示した。その頃には既にモニターに映し出された酸素飽和度は低下し、声も小さくなっていた。救急車に付き添った主治医の呼びかけに、Bは「痛い」、「苦しい」、「息ができない」と顔を歪めて話していた。泌尿器科の処置室に着いたときには、手足の先が真っ青になり、意識がなくなっていた。その後、救急室にうつされたが呼吸が停止したため心臓マッサージなど懸命な措置を続けた。

処置後の対応

遺族が延命を望まなかったため、Bは大口病院に戻り、そこで死亡が確認された。当初は病死との判断が下されたが、後にCとDの事件が発覚し、Bの件も事件性が疑われた。ただBの遺体は既に火葬済みだった。

しかしBの主治医は退院を強く訴えるBについて看護師から相談され、予定されていた退院の指標となる血液検査を容態急変前に変更し、採血していた。そのため火葬後も死亡直前の血液が残っており、ここからヂアミトールが検出されたことで事件と断定された。

事件後

横浜地裁では裁判員裁判が行われ、Aを殺人罪で起訴した。

初公判では検察側の冒頭陳述が終わると、BとDの事件についての証拠調べが行われた。そこで2人がいかにして亡くなったか、その詳細が語られた。

Dは終末期の患者だったため、ベッドの上で苦しみ、死を迎えたと考えられた。

しかし整形外科に掛かっていたBは意識もはっきりしており、重篤な状態ではなかった。

Bは2016年に転倒して右ひざと右ひじを怪我し、大口病院の整形外科を受診していた。主治医の供述調書によると、右ひざが酷い状況で挫創に加えて膝全体が腫れ、中心部は化膿して黄色くなっていた。傷口から何らかの細菌に感染している可能性があるため抗生物質の点滴が必要だと、入院の必要性を訴えたが、Bはぐったりしながらも「自宅に猫が3匹いる」などと入院を拒否した。しかし白血球の数値が上昇していることなどを示したところ、入院することになった。

点滴を打ったBは順調に回復へ向かっていた。翌日には「猫のことや家のことでやることがある」と外出を求めてきたため、「短時間ならば」と許可も下りていた。

しかし、Bが勝手に外出しようとしたところ看護師が連れ戻すという出来事があった。この看護士が日勤のAだった。Aはこの後、Bに投与予定の点滴袋にヂアミトールを混入した。

検察はB殺害の動機として「再びBが無断外出して怪我をすれば自分の責任になると考え、次の勤務日よりも前にBを殺害させようと決意した」と指摘した。

凄まじい苦痛の中、死を迎えたBについての病院関係者らの供述調書が法廷で読まれる中、Aは固まったように姿勢を変えず耳を傾け続けていた。

Bの姉は裁判前、報道各社に弁護士を通じて以下のコメントを出している。
妹が亡くなって5年が経ちました。足の怪我で入院していましたが、足以外は亡くなる前日までピンピンしていたので、亡くなったときの知らせを聞いたときは訳が分からず涙も出ませんでした。それから2年が経って、ようやく犯人が逮捕されました。そして裁判がはじまるまでさらに3年。私は93歳になりましたが、この裁判を見るまでは生きなければとの思いで過ごしてきました。裁判には弟と一緒に参加します。犯人がどうなっても妹は帰ってきませんが、なぜこんなことが起きたのか、きちんと見届けたいと思います。

タグ:

犯罪
最終更新:2026年06月23日 10:47