意志 ◆SXmcM2fBg6
“―――世界中の人の笑顔のためだったら、貴方はもっと強くなれる”
その言葉が、今も心に響いている。
俺がクウガになったのは、姐さんの笑顔が見たかったからだ。
姐さんに褒めて欲しくて、笑って欲しくて、グロンギと戦ってきた。
ディケイドが――士が現れたのは、そんな時だった。
ディケイドは世界を破壊する悪魔。
鳴滝さんからそう教えられていた俺は、それを理由に士と戦った。
その時は姐さんと夏海ちゃんに止められて決着はつかなかったけど、その後も士との小競り合いは続いた。
そんな中、士の手によって復活しなくなった筈の“究極の闇”が復活して、そのせいで姐さんが瀕死の重体になった。
俺は、戦えなくなった。
姐さんの笑顔が見たくて戦ってきた。
姐さんに褒めて貰いたくて戦ってきた。
だがら姐さんがいないと、戦う理由が見つけられなかった。
その時だった。その言葉を、姐さんに言われたのは。
今まで俺が戦って来れたのは、姐さんのその言葉があったからだ。
そうして俺は士と協力して“究極の闇”を倒して、
そうして姐さんは………八代藍は、死んだ。
そのあと俺は、キバーラに連れられて士の旅に加わった。
士の、九つの世界を巡る旅の助けになろうと思ったのだ。
けど、どの世界のどんな場所でも士は上手くやって、俺に出来る事は殆どなかった。
それでも俺は、旅の中で士の事を仲間だと思うようになっていった。
そして士も、そう思ってくれていると信じていた。
けれどそれは、俺の勝手な思い込みだったのだろうか。
胸の辺りから伝わる温もりと若干不規則な揺れに、
小野寺ユウスケは今、自分が誰かに背負われているのだと理解した。
その心地よさに夢見心地になりながらも、その人物の顔を見ようと、ゆっくりと瞼を開ける。
そこに見えた、自分を背負ってくれている人の横顔は、まるで――――
「姐さん………?」
気が付けばそう口に出していた。
有り得ないとは、解っている。
けれど何故か、その女性と姐さんを重ねてしまったのだ。
「生憎だが、私はお前の姉になった覚えはない」
そう言うと女性は道路の端によって、ゆっくりと俺を下ろしてくれた。
「私は
織斑千冬だ。IS学園で教師をやっている。お前は?」
「俺は小野寺ユウスケって言います」
「そうか。大分酷い暴行を受けたようだが、自力で歩けるか?」
「あ、はい。大丈夫で……ッ」
「ふむ、歩くのはまだ無理なようだな。
お前に聞きたい事もあるし、少し休憩を入れるとしよう」
「すみません………」
不甲斐ない自分を情けなく思いながらも、そのまま壁を背もたれにする。
どういう意図かはわからないが、士が手加減してくれたらしい。痛みは酷いが、折れた骨はない。
クウガになってからは回復力も上がっているので、少し休めば動けるようになるだろう。
「ああ、そうだ。これも持っていろ」
千冬さんはふと思い出したようにそう言って、デイバックからある物を取りだした。
「これは……何ですか?」
「アヴァロンと呼ばれる、ある聖剣の鞘だ。持ち主の傷を癒す力がある……らしい」
「らしい?」
「私に支給された道具の一つでな、詳しい事はわからん」
千冬さんから黄金の鞘を受け取る。
黄金の地金に青の琺瑯で装飾された鞘は、鞘と言うよりは装飾品のような印象を受ける。
だが受け取ると同時にメダルが消費され、僅かながら体が軽くなった事から、その力は確かなものらしい。
「では小野寺、何があったか話せるか?」
「――――――――」
千冬さんは腕を組んで立ったまま壁に寄り掛かると、言い難い事を直球で聞いてきた。
もっとも、言い難いのは俺だけの理由であって、怪我をした人を心配するのは当然の事だから別段おかしくはない。
だがそれでも一瞬、言い淀んだ。士の事を話すべきかと悩んでいた。
「言いたくないのなら言わなくていい。他にも聞きたい事はあるしな」
「………いえ、ちゃんと話します。黙っていても、何も変わらないと思うし」
「そうか、わかった。だが無理はするな」
「大丈夫です。心配は要りません」
そう言って俺は話した。
士という仲間がいたこと。
そいつと一緒に旅をしてきたこと。
そしてここに呼ばれ、士が殺し合いに乗った事。
俺が話している間、千冬さんは黙って俺の話を聞いてくれた。
たったそれだけの事が、なぜか少し嬉しかった。
もしかしたら俺は、胸の内にあった蟠りを吐き出したかったのかも知れない。
「……事情は分かった。それで、お前はどうする」
「俺?」
「そうだ。私のように真木清人に反抗するのか。
それともお前の仲間のように、殺し合いに乗るのか」
「それは………」
そんな事、すぐには決められない。
この力は笑顔を守る為のものだ。殺し合いに乗ること絶対に有り得ない。
だが殺し合いを止めるという事は、士と……仲間と戦うという事なのだ。
「殺し合いを放っておくことなんてできない。けど、士と戦いたくもない。
俺にはまだ、どうしたらいいか……判りません」
「そうか。まあ事情が事情だ、すぐ決めろとは言わん。
だが、いつかは決めねばならん事だ。それを忘れるな」
「はい。……それは、ちゃんとわかってます」
そう。そんなこと、言われるまでもなくわかっている。
こうして悩んでいる間にも、他の誰の笑顔が失われるかもしれない。
それを思えば居ても立っても居られない―――はずなのに、
士の事が脳裏を横切る度に、二の足を踏んでしまう。
「くそっ……」
自分の不甲斐なさに、強く拳を握る。
「士……どうしてだよ………ッ!」
届く筈のない問い掛けが、口を突いて出る。
いったい士に何があったのか。
なんで、殺し合いなんかに乗ってしまったのか。
どうして俺に……仲間に相談してくれなかったのか。
なぜあんな、まるで何も感じてないような表情が出来るのか。
俺達は仲間だった筈なのに、士が何を考えているのか、全然理解できない。
なんで。どうして。なぜ。
そんな疑問が、ずっと頭の中を占め続けている。
そして何より、どうするべきかは解っているのに、その選択を選べない自分が情けなかった。
「―――小野寺、立てるか?」
そうやって一人懊悩としていると、唐突に千冬さんが声をかけてきた。
「どうしたんですか、千冬さん?」
「来客だ。殺し合いに乗っているかどうか判らん以上、警戒を怠るな」
そう言われて、彼女の向いている方を向けば、物腰の柔らかそうな紳士服の男性がいた。
男性も俺達に気付いているのか、迷いなくこっちへと歩いてくる。
少し休んだのと鞘の力のおかげだろう。士に一方的に殴られた体はまだ痛むが、問題なく立ち上がる事が出来た。
もしもの時に邪魔になるだろうからと、黄金の鞘を千冬さんに返し、男性を待つ。
「これは丁度良い所に。では早速試させてもらいましょう」
そうしてお互いの声が十分に聞こえる距離まで来ると、男性は挨拶もなくそう言った。
一体何が丁度良かったのか、懐からUSBメモリの様な物を掲げ、
《――WEATHER――》
響き渡る電子音。それに追従するように男はUSBメモリを自らの右耳に押し当てる。
同時に男の身体が暴風に包まれ、白い怪人へと変化した。
「――――ッ!」
「な………ッ!」
白い怪人は驚く俺達を尻目に、躊躇なく右手から白く輝く煙を放出する。
咄嗟にその場から離れるが、先ほどまでいた場所は白く凍りついていた。
あの白い怪人は煙を放出したのではなく、おそらくは冷気が通り抜け、大気中の水分が凍った影響でそう見えていたのだろう。
恐るべきはその温度だ。地面が一瞬で凍る程の極低温。生身の人間が受けたら一溜りもない。
―――だが問題は。
そんな危険なものを、この白い怪人は俺達に向けて躊躇なく放ってきた、という事だ。
「一体何のつもりだ……。お前も殺し合いに乗っているのか!?」
「いいえ。私は殺し合いになど興味はありません」
「ならなんで………!」
「なに、私のウェザーに掛けられた制限を確かめる為です。別に貴方達個人に用はありません。
最初に遭遇したのが貴方方だったというだけで、正直、誰でもよかった」
「お前―――ッ!!」
「落ち付け小野寺!」
白い怪物に変身した男の言葉に怒りが込み上げる。
だが千冬さんの叱咤で我に帰り、怒りをどうにか抑え込んだ。
相手は地面を凍らせるほどの冷気を放つ相手だ。闇雲に突っ込んでも勝てる相手じゃないだろう。
「誰でもよかった、と言ったな。
それはつまり、貴様はこの場に呼ばれていなくとも誰かを殺していた、という事か?」
「はい、その通りです。このガイアメモリの力の前には、人の命など無価値に等しい。
先程も言ったように、私は殺し合いなどに興味はありません。興味があるのは、純粋に“力”のみです。
ああ、そう言う意味ではこのコアメダルは実に興味深い。是非とも実験をしてみたいですね」
そう言って怪物は、首輪から取り出した一枚の緑色のコアメダルを眺める。
表情は見えないが、もし顔が見えていれば“うっとり”としていたであろうことは、声色から容易に想像できた。
「そうか。つまり貴様は」
「その通りです。率先して殺し合うつもりはありませんが、仮面ライダーのように正義を掲げる気もありません。
私は私の気の向くままに、実験をするだけです」
「だったらお前は、ここで倒す!」
目の前の男はグロンギと同じ、紛れもない怪物だ。
なら奴を倒す事に、躊躇いはない。
奴に向けて一歩を踏み出す――が、千冬さんに肩を掴まれ、押し留められる。
「待て小野寺! どういう理屈かは知らんが、奴は人の域を超えている! 生身で相対するのは危険だ!」
「大丈夫です! だって俺、クウガだから!」
「クウガ? それは―――」
千冬さんの制止を振りきって更に前へと踏み出し、眼前の敵と相対する。
そうだ。たとえ士ほどではなくとも、俺だって仮面ライダーだ。女性の一人くらいは、守りきって見せる。
そう決意し、クウガに変身するためにアークルを出現させ、
本当に久しぶりだな、ユウスケ―――
ついさっき聞いた、士の言葉を思い出す。
未だ脳裏をよぎる疑問の答えも、覚悟も決まっていない。
それはこっちの台詞だ。どうして仲間みたいに―――
戦うのか?
ここで変身するという事は、仮面ライダーとして戦うという事だ。
それはつまり、この戦いの先で、
どちらにせよ、お前は此処で―――
士と戦うという事に他ならない。
変身しろユウスケ。このまま殴り殺されたくはないだろ。
だが迷っている余裕はない。
この戦いには自分だけではなく、千冬さんの命も掛かっている。
「ッ―――、変身ッ!」
アマダムに闘志を籠める。
霊石の力が肉体を強化し、仮面ライダークウガに変身させる。
しかし。
「な、白……!?」
その身体は目の前の敵と同様に白い。
グローイングフォームと呼ばれるその姿は、言わばクウガの“不完全形態”だ。
この状態では、クウガの力を完全に引き出すことは出来ない。
「小野寺、その姿は……!?」
「ほう。ガイアメモリを使わない変身ですか。実に興味深い。
いいでしょう。その力、確かめさせていただきます!」
……だがそんな事よりも、今はあいつを倒す方が大事だ。
こんな奴のせいで誰かが悲しむ前に、今ここでこいつを倒す―――!
「ウオォォオオオ――――ッッ!!」
そう決意を籠めて拳を強く握り、仮面ライダークウガはウェザー・ドーパントへと挑みかった。
○ ○ ○
その時、織斑千冬は一瞬、己が眼を疑った。
如何なる物理法則によるものなのか、小野寺ユウスケは腹部に謎の機器の様な物を出現させ、一瞬の躊躇いの後に、眼前の男と同様に白い姿へと変身した。
ユウスケは自ら変身したにも拘らず、その姿に戸惑いを見せたが、すぐに振り切って怪物と化した男へと挑みかかっていく。
「―――あの馬鹿者が!」
千冬の口からユウスケへと向けて罵倒が飛ぶが、それは彼女自身にも向けられていた。
先の理解の及ばぬ光景を前に、千冬は一瞬思考を止めてしまい、ユウスケを制止し遅れたのだ。
「敵の能力も不明だというのに、闇雲に突っ込んでどうする……!」
デイバックから西洋剣を抜き、小野寺に後れを取りながらも敵に向けて駆け出す。
ユウスケと男の見せた、ISとはまったく違う異質な力。
それが一体何なのか、今の千冬に理解できる道理はない。
だがそれでもハッキリしていることがあった。
男は人の命を何とも思っておらず、ユウスケはその事に怒りを露わにした。
そこに疑念を挟む理由はなく、故に千冬が小野寺を助ける事に躊躇いはなかったのだ。
「ハッ――!」
ユウスケと拳を交えている男を、背後から一撃する。
敵は人間以上の力を持っており、そしてこれは殺し合い。卑怯などと言う言葉は通用しないのだ。
ユウスケに気を取られていた男はまともに千冬の一撃を受ける。だが、
「チッ、硬い……!」
ただの人間ならば容易く両断出来ただろう一撃は、敵の外皮を傷つけるだけに終わった。
得物の不得手もあるが、それ以上に敵の体表硬度が高いのだ。
……だがダメージはある。
たとえ僅かでも、ダメージがあるのなら勝機はある筈だ。
「ちょっ……!? 千冬さんは下がっていてください! コイツの相手は俺がします!」
「それはこちらの台詞だ馬鹿者! 敵の戦力も測らずにただ突っ込むとは、死ぬ気か貴様!」
戯けた事を言うユウスケに千冬は怒りを覚えるが、意識は敵に向けたままだ。
敵の放つ威圧感や一撃した時の手応えからでも、油断の出来ない敵だというのは判断が付く。
「戦いの最中にお喋りとは、随分余裕ですね。それだけ自信があるという事ですか?」
事実、敵はそう言うと同時に、全身から暴風を発生させて千冬達を吹き飛ばす。
千冬は即座に距離を取り、吹き飛ばされながらも体勢を立て直して着地する。
ユウスケの方はまともに暴風を受け、地面に叩き付けられている。
―――未熟者め。
そう感想を零すが、今の攻撃で敵の能力も予想が付いた。
最初に聞こえたWEATHERという電子音。地面を一瞬で凍らせた冷気。今の竜巻の如き暴風。
おそらくは天候・気象に関係した能力だろう。
であれば、他にも様々な能力を有していると考えて間違いあるまい。
以降あの白い怪人をウェザーと呼称することにする。
「小野寺、協力するぞ! 私がお前に合わせる!」
「わ、わかりました!」
千冬はユウスケと同時に駆け出し、ウェザーを挟撃する。
それに対しウェザーは千冬を牽制程度に捉え、ユウスケを主に相対する。
ただの人間である千冬よりも、クウガに変身したユウスケの方がまだ脅威であると考えたのだ。
だが―――
「ハァッ!」
「フン……」
ユウスケの一撃を、ウェザーは容易く防ぐ。
不完全な白のクウガでは、ウェザーを相手にするにはあまりにも力不足なのだ。
ユウスケとてその事はとうに理解していた。
故に一刻も早く本来の力を発揮しようと、より闘志を昂らせる。
だが何が足りないのが、アマダムは何の反応も示さない。
もしこれでユウスケ一人で戦っていれば、彼は既にウェザーによって殺されていただろう。
だが今この戦いは、ユウスケ一人だけではなく、織斑千冬も共に闘っていた。
「そこ――!」
「グ……ッ!」
ユウスケの攻撃はウェザーに届かず、当然の如く防がれる。
だが千冬はその防御の隙を容赦なく突き、ウェザーの身体に一撃する。
彼女はウェザーがユウスケの攻撃に対処する際に出来る隙を容赦なく突き、着実にダメージを与えていく。
その戦いの中で千冬はウェザーの戦闘能力も測っていく。
―――おおよそISと同程度。
空を飛行しない分、厄介さでは数段劣る。
一撃をまともに受ければ即窮地だが、反応速度は大して変わらない。
この殺し合いで設けられたメダル制限も考えれば、このままの状況であれば勝機は見える。
敵がコアメダルを持っていたように、こちらには二人分のセルメダルがある。
故に相手のメダル切れを狙う価値は十分にあるだろう。
もし仮に、相手のコアメダルを奪う事が出来ればなおのことだ。
―――だが敵の能力が予想ついたところで、予想はあくまで予想。
その実態は未知数である事に変わりない。
対してこちらは慣れない剣一本と怪我人一人。メダル切れを狙って戦い続けるには不安が残る。
ならば敵の隙をついて撤退するのが最善策だ。
この敵が、私達が逃げ切れるほどの隙を作ってくれれば、だが。
ウェザーが真に天候・気象操作能力を有するのであれば、遠距離・範囲攻撃はお手の物な筈だ。
ちょっとやそっとの隙では、逃げ切ることなど不可能だろう。
そう思った、その時だった。
突如としてウェザーがユウスケの攻撃を防がず、甘んじてその身に受けた。
そしてその攻撃に対処する時の隙を突く筈だった千冬の一撃を、素手で受け止めたのだ。
驚愕に身を固めた小野寺の首をウェザーが掴み、さらに受け止めた剣も離さぬように握り締める。
「少々厄介でしたが、これでもう逃げられません」
「ガァ―――!」
「ヅ―――ッ!」
ウェザーの全身が高熱を帯び、赤く染まる。
そのあまりの熱量に、ユウスケは掴まれた首から体が焼かれる。
千冬の剣も、融解はしないまでも高熱を帯びて持っていられなくなる。
そうして剣を手放し、ウェザーから距離を取った千冬へと向けてユウスケが投げ飛ばされる。
千冬はその勢いに避ける事ができず、もみくちゃになって地面を転がった。
「っ、大丈夫か小野寺」
「はい。千冬さんの方こそ」
「大丈夫だ。掠り傷にもなっていない」
すぐさま起き上がってウェザーと相対するが、状況は芳しくない。
いかに千冬と言えど、武器がなくてはウェザーにダメージを与える事は出来ない。
だが頼みの剣はウェザーの手中にある。
今この場で戦えるのは、ユウスケただ一人になったのだ。
「これで邪魔者は一人消えましたね」
「ッ………!」
ウェザーがゆっくりと迫って来る。
こちらは全力を出せないユウスケと、武器のない千冬。勝機は完全に潰えた。
そんな絶望的な状況を前に、ユウスケは決意した。
「千冬さん。俺が時間を稼ぎます。だから、その間に逃げてください」
「な! お前、なにふざけた事を――――」
ユウスケは千冬の制止を振り切ってウェザーへと駆け出す。
もはやウェザーを倒す術はない。
ならばせめて、千冬だけでも生き延びて欲しいと思ったのだ。
「ッ――、ハァッ!」
渾身の力を籠めて拳を振り抜く。
だがそれをウェザーは難なく見切り、あっさりと躱す。
その事に構わず左拳を振りかぶり、ハイキックを打ち込む。
更にそこで止まらず、ひたすら拳を、脚を連続して叩き込む。
だがウェザーはそれを容易く捌ききり、お返しとばかり西洋剣を振り抜く。
その一撃を避けられず、受けた衝撃で足元がふらつく。
そこを容赦なくウェザーは突き、今度は蹴り飛ばしてくる。
当然避けられず、あっさりと蹴り倒された。
「ッ――――!」
すぐさま起き上がり、再び敵へと殴りかかる。
やはり敵はあっさりと受け流し、そのまま薙ぎ倒される。
そうして距離が開いたところで、今度は暴風による洗礼を受ける。
「ガァ………ッ!」
防ぐことも出来ず暴風に吹き飛ばされ、そのまま壁に叩きつけられた。
即座に立ち上がり油断なくウェザーを睨みつけるが、敵との力の差に強く歯噛みする。
戦いは一方的だった。
ユウスケの攻撃はウェザーにダメージを与えられず、対してウェザーの攻撃は苛烈だ。
士から受けたダメージがなく、普段通りに戦えたとしても、ウェザーを相手に出来たかどうか怪しかっただろう。
「クッ………」
左脚を後ろに下げ、地面を強く踏みしめる。
持久戦では相手にならない。ここは必殺技で少しでも形成をこちらに傾ける。
そう決意して右脚に力を籠め、ウェザーへと向けて駆け出す。
「フム。マキシマムドライブの様なものですか。
いいでしょう。その一撃、受けて差し上げます!」
ウェザーはその絶対の自信からか、全身に力を籠め仁王立ちをする。
一際強く地面を蹴って空中へと跳び上がる。
そして全身の力を右脚に込め、渾身のマイティキックを叩き込む―――!
「オリャァアア――ッ!!」
炸裂する必殺の一撃。
それをまともに受けたウェザーは僅かに仰け反るだけで、平然としている。
だがウェザーの胸には、光輝く刻印が刻まれていた。
本来の物と比べ刻印を構成する線がいくつか欠けているが、それは確かにクウガの必殺技が決まった証だった。
しかし―――
「フン……実に弱い。もう一人の女性の方がまだ手応えがありました」
刻印が消える。
ウェザーには何のダメージも見受けられない。
クウガの力は、奴には届かなかったのだ。
「そんな……!」
「あなたの力も大体把握しましたし、そろそろ終わりにするとしましょう」
そう言うとウェザーは西洋剣を投げ捨て、右手をこちらに向ける。
それと同時に、周囲に黒雲が立ち込め、大気が轟く。
その音で、黒雲の正体を理解した。直後――――
「ガァァアアア―――……ッッッ!!!!」
全身を、幾条もの雷光が貫いた。
「ァ、ァ――――………」
痛みによる悲鳴さえも途切れ、メダルを撒き散らしながら力なくその場に崩れ落ちる。
全身に奔る痛みに、意識が朦朧とする。再び立ち上がる力さえ持って行かれた。
未だに変身が解けていないのが不思議なくらいだった。
―――勝てない。
攻撃は全て見切られ、全く相手になっていない。
渾身のマイティキックでさえ、奴には何のダメージも与えられなかった。
俺では……クウガではウェザーに敵わない。
………なら、士だったら?
士なら……こんな危機を何度も乗り越えてきたディケイドなら、奴に勝てたのだろうか――――
「ほう、まだメモリブレイクしないとは。
……いや、失敬。メモリによる変身ではありませんでしたね。
では今後の参考にでも、その力の源を頂くとしましょう」
ウェザーが散らばったメダルを回収しながら近づいてくる。
クウガの力の源を……アマダムを奪うと奴は言った。
それはつまり、俺の命を奪うという事に等しい。
……だというのに、立ち上がる事が出来ない。
腕は虚しく地面を掻くばかりで、体を支える事が出来ない。
そうしている間にも、ウェザーは俺に近づいてくる。
その光景を前に、もう駄目だと、諦めかけた―――その時。
「――――――――」
「千冬……さん?」
ウェザーの前に立ち塞がる、織斑千冬の姿があった。
「どうして……。早く、逃げてください………!」
「それは出来ない相談だ。ここでお前を見捨てて逃げたら、私は弟に顔向けできん」
千冬はそう言っていつの間にか回収した剣を構え、ユウスケを庇うようにウェザーと相対する。
倒れたユウスケの代わりに、今度は彼女がウェザーと戦うつもりなのだろう。
……無理だ。
二対一でも敵わなかったのに、一人で勝てるわけがない。
そんな事、彼女だって解っている筈なのに。
それなのに―――
「オォォオオオ―――ッ!!」
千冬さんは躊躇なく、ウェザーに向かって挑んでいった。
「ほう。私には敵わないと知りながら、なお挑みますか。
まあ、ついでです。ここで始末してあげましょう」
そう言ってウェザーは、腰から取りだした武器を振りかぶる。
ウェザーマインと呼ばれるそれは先端が鞭のように伸びて撓り、千冬を打ち据えようとする。
ウェザーにとって千冬の相手をする事は、ただの余興に過ぎない。
千冬がいかに高い身体能力を誇ろうと、ウェザーの力の前では等しく無力だと確信しているからだ。
千冬は振り抜かれたウェザーマインを躱し、ウェザーへと接近する。
そのまま胴を横薙ぎに斬り払うが、ウェザーはバックステップで回避する。
「シッ――!」
剣を振り抜いた勢いのまま体を捻り、鋭い突きを繰り出す。
当然ウェザーは身体を半身にして避けるが、そんな事は予想している。
ウェザーの反撃を突きの勢いを殺さず、そのまま前転することで回避し、起き上がる勢いで切り上げる。
「ハ――ッ!」
「ぐ……ッ!」
ウェザーはその一撃を躱せず、僅かに声を上げる。
だがそれは痛みによってでしかなく、実際のダメージは殆どない。
ましてやウェザーのメダルは、一枚も削る事が出来ていない。
それでも、ウェザーのメダルは消費され続けていく。
この殺し合いで設けられたメダル制限。それによってウェザーは、メダルが尽きれば変身を強制的に解除されてしまう。
対する千冬は生身であり、特別な武具も使用していない。つまりはメダルの消費が全くないのだ。
ウェザーと違い、千冬は体力の続く限り戦い続けられる。
この戦いは、千冬の体力が尽きるのが先か、ウェザーのメダルが尽きるのが先かという、極限の消耗戦だった。
そして千冬は巧みに距離を取り、ウェザーよりも一瞬早く動くことで攻撃を躱し続けている。
このままの勢いであれば、彼女がウェザーを倒してしまうのではと思えてしまうほどだった。
だがその剣戟も、
「ただの人間にしては意外とやりますね。下級のドーパントなら相手にならないでしょう。
ですが、このウェザーはそれら凡俗のメモリとは格が違います!」
ウェザーが本気で攻勢に出るまでの間のことだ。
ウェザーは暴風を纏い、熱波を発し、冷気を伴って猛威を振るう。
それと同時に、千冬は一気に防戦に追い込まれていく。
それも当然。いかに千冬の剣技が凄かろうと、人外の一撃を受け止めるには圧倒的に力が足りないのだ。
だがそんなことは、千冬とて理解している事だった。
いかに「ブリュンヒルデ」の称号を持とうが、ISがない以上、彼女はただの人間でしかない。
対するウェザーはISレベルの人外だ。ウェザーと戦うという事は、ISと戦う事に等しい。
そして生身の人間が、ISに勝てる道理はない。
その無謀の果てにあるのは、無惨な死だ。
それを理解してなお、千冬はウェザーに挑んだ。
なぜならそれが、彼女の矜持だったからだ。
“ブリュンヒルデ”の意地ではなく、“
織斑一夏の姉”であるという誇り。
加えて言えば、千冬はユウスケに織斑一夏と似たモノを感じていた。
敵わないと知っていながら、誰かを守るために敵に立ち向かうその意志が、そう感じさせたのだろうと千冬は推測していた。
それらの要素が彼女に、小野寺ユウスケを見捨てる事を許さなかったのだ。
だから織斑千冬はウェザーに立ち向かった。
胸を張って歩ける自分である為に。
弟が誇れる姉である為に。
敵わぬと知りながらも剣を取ったのだ。
「あ」
その光景を――その後ろ姿を見て、ユウスケは自分自身を殴り飛ばしたくなった。
ウェザーと戦う彼女の背中は、彼が目指してきた、誰かを守る者の背中だったからだ。
「あ、」
ウェザーと戦う彼女の姿に、どうしようもなく見惚れた。
こんな所で這い蹲っている自分が、この上なく情けなかった。
……何をやってるんだ、俺は。
千冬さんは戦っているのに、俺は今、何をしている。
敵わないと思い知って、諦めて士に縋って―――それでどうなる。
「あ、ああ―――」
みんなを守るために戦うんじゃなかったのか?
みんなの笑顔をためにクウガになったんじゃないのか?
士ならどうにか出来た?
そうやって他人任せにして、それで笑顔が守れるのか?
そんなだから俺は、今こうして無様に倒れてるんじゃないのか?
「ああ、あ―――あ」
……立て。
俺は何のために戦うと決めた。
お前は何のためにクウガになった。
“―――私の笑顔のために戦ってあんなに強いなら、”
その言葉を、今も覚えているのなら――――
「あ―――、お」
立って、戦え。
俺が本当にクウガなら。
お前が本当に笑顔のために戦うのなら。
“―――世界中の人の笑顔のためだったら、貴方はもっと強くなれる”
その誓いを、今も忘れていないと言うのなら――――
「お―――おお、オ――――」
立って、戦って、守ってみせろ……!
“―――私に見せて、ユウスケ”
「オオオオォリャァアああああ――――!!!!」
「ッ、ガ――――、グ――――!?」
千冬を追い詰めていたウェザーの顔面に、渾身の一撃を叩き込む。
不意打ちをまともに受けたウェザーは、思わず蹈鞴を踏んで後ずさる。
「クッ、貴様、まだ動けたのですか……!?」
「、ラァアアア――――!!」
赤く染まった右腕が、ウェザーのボディを打ち抜く。
僅かに屈み込んだ頭を、今度は左腕で殴り飛ばす。
そこで止まらず、勢いに任せて再び拳を振り抜く。
殴る、殴る、殴る、殴る……!
不意を突いたとはいえ、ウェザーの能力は圧倒的だ。まともに戦って勝てる相手ではない。
故にこの好機に、敵が持ち直す前に、全力を尽くして、一気に攻勢に畳み込む――――!
「舐める、なぁ―――!」
「っ―――、あ……!!」
吹き飛んだ。
ありったけの力を籠めた拳はあっさりと流され、強烈な暴風を叩き込まれた。
地面に叩きつけられ、ゴロゴロと転がる。
「小野寺……!」
近くで千冬さんの声が聞こえた。どうやら彼女の傍に飛ばされたらしい。
すぐさま立ち上がって千冬さんを背に庇い、ウェザーと相対する。
………身体が熱い。
振り抜く腕は先ほどよりも力強く、
駆け抜ける脚は先ほどよりも疾い。
雷撃のダメージがまだ残っているのか、全身がビリビリと痺れている。
全身を覆う不完全を示す白は、いつの間にか炎の様な赤に染まっていた。
これぞ仮面ライダークウガの完全形態にして基本――マイティフォームだった。
そうしてユウスケは、アマダムが沈黙していた理由を悟った。
アークルは超古代の戦士がグロンギと戦うために生み出した変身ベルトだ。
その核たる霊石アマダムは、装着者の意思によってクウガの力を引き出す。
俺は、覚悟が足りてなかったのだ。
士と戦いたくないが故に、敵を前にしても迷いを持ったまま変身した。
戦う覚悟。クウガとしての心構えが不十分だったから、アマダムもその力を発揮できなかったのだ。
………正直に言って、士と戦う覚悟なんて、今も出来ていない。
けれど、これだけは胸を張って言える。
千冬さんを助ける。
みんなの笑顔を守る。
仮面ライダークウガとして戦う。
その決意に、もう迷いは微塵もない――――。
「小野寺、お前……」
千冬さんの声に、僅かに彼女へと振り返る。
――良かった。千冬さんに大きな怪我はない。
その事に安堵するが、すぐに気を引き締める。
戦いはまだ終わっていない。
目の前の敵を退けなければ、生き残ることは出来ない。
「色が変わると同時に、身体能力も上昇している。
なるほど、スカルという前例もある。先ほどまでは不完全だったという事でしょうか。
ですが、大した向上度合いではない。私の敵でない事に変わりはないでしょう」
ウェザーが何かを言っている。
――――関係ない。今はただ、敵を倒す事に全力を尽くす。
左脚を後方に下げ、両腕を下段に広げ、右脚に全ての力を籠め、
「ウオォォオオオ―――ッッ!!」
決死の覚悟でウェザーへと走り出す。
ウェザーは左手から冷気を放ち、その背後から雷撃で攻撃してくる。
冷気に凍える体。雷撃に痺れる手足。その全てをただ耐え、奴に向かって駆け抜けた。
「自棄? いや、特攻ですか。
無駄な事を。あなたでは私に倒せないと、既に思い知ったはずですが?」
ウェザーの攻撃は止まず、文字通り雨霰となって襲ってくる。
その中で、
「オリャァァアアア―――ッッ!!!」
再び炸裂する必殺の一撃。
今度こそ完全な、欠けた線のない刻印を焼き付ける。
その威力にウェザーは仰け反り、数歩ほど後方へ後ずさる。
「見事な一撃でした。ですが、その程度の力では私は倒せない!」
だがその胸に刻まれた刻印は、あっさりとその輝きを失う。
構わない。
一撃で倒せないのなら、何度だって叩き込んでやる。
その決意を籠めて、再びウェザーに向けて構える。
「あなたの力に対する興味は尽きました。これで終りにしましょう」
だがウェザーが左手を掲げると同時に突如として激しい豪雨が降りだした。
その異常な水圧に、全身の動きが拘束される。
当然、敵がその隙を逃す筈もなく、ゆっくりと空を指さし、一気に振り下ろす。
「、――――――――ッ…………ッッッ!!!!!」
視界が極光に焼かれた。
無音に等しい轟音と共に、稲妻が全身を打ち抜く。
轟雨によってずぶ濡れとなった身体は際限なく電撃を浸透させ、全身の神経を焼き焦がす。
「――――――――、………………」
もはや痛みに呻く声さえ出ない。
痛みさえも麻痺し、一切の感覚が失われた。
身体を支える力さえ失い、眠りに着く様に意識を手放し――――
「小野寺ァ――ッ!」
千冬さんの叫び声に、ギリギリのところで踏み止まった。
―――大丈夫。まだ戦える。
心の中でそう言って、感じすらしない痛みを堪えて立ち上がる。
……そうだ。こんな所で諦める訳にはいかない。
もう、誰かの泣き顔なんて見たくないから。
だから、奴はここで倒さないと。
「――――――――」
走る。
大地を踏み砕く様に、強く一歩を踏み出す。
全身が熱い。霊石から放たれる雷によって全身が焼き尽くされる。
「実にしぶといですね。それがあなたの能力なんでしょうか。
……まあいいでしょう。ならば後ろの彼女諸共、私の力で死になさい―――!」
ウェザーの周囲に暴風が渦巻く。
その勢いは先ほどまでの比ではなく、紫電さえ伴っている。
それを食らえば一溜りもないだろうことは、あまりにも容易に想像が付く。
駆ける。
ただひたすらに、敵を目指して駆け抜ける。
体が業火なら右脚はそれこそ紅蓮。まるでリミッターが外れたみたいに力が湧き上がる。
解き放たれる暴風。
それを躱せば、背後の千冬さんが危ない。
体中から放電しているような錯覚の中、地面を踏み砕いて空中へと跳躍する。
暴風の向こうにいる筈の敵へと向けて、全身全霊のマイティキックを放つ。
「、ウオオォオリャァァアアアア――――!!!!!!」
灼熱する右脚と、雷を伴う暴風がぶつかり合う。
――――激突は一瞬。
黄金の装飾が施された右脚は、敵の雷を巻き込んで暴風を突き抜ける。
「な―――そんなバカな――――ッ!!」
限界を超えた一撃を、驚愕の声を出す敵に叩き込む。
インパクトの瞬間の衝撃に、キックを叩き込んだ自分の脚まで痺れる。
その必殺の一撃を受けたウェザー・ドーパントは、
「ぐ――――、ぬ――――」
―――未だ健在。
大きく弾き飛ばされ、メダルを零しながらもまだ生きている。
三度その胸に刻まれた刻印は、敵が立ち上がると同時に消え去った。
構えを取る。
限界はとうに超えている。意識は途切れ途切れ。先ほどまで溢れていた力は、今は微塵も感じられない。
最早立っているのがやっとという状態でなお、戦うために力を振り絞る。
「…………!」
だが突如として発生した霧が、ウェザーの姿を覆い隠す。
霧の中から攻撃してくるのかと身構えるが、一向にその様子はない。
そうして霧が晴れた時、ウェザーの姿はどこにもなかった。
……いかなる理由からか、ウェザーは逃げた。
そう理解すると同時に、全身から力が抜ける。
自分の意志とは関係なく地面に倒れ、変身も解ける。
メダルも尽き、蓄積されたダメージに、文字通り限界を超えたのだ。
「小野寺! しっかりしろ小野寺……!」
千冬さんの声が聞こえる。
遠退いていく意識の中、どうにか瞼を開ける。
そこには、俺に必死に呼びかける彼女がいた。
……良かった。彼女を守る事が出来た。
ただそれだけの事が、この上なく嬉しかった。
その安堵と共に、小野寺ユウスケは今度こそ意識を手放した。
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最終更新:2012年10月21日 15:11