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Uの目指す場所/ボーダー・オブ・ライフ(前編) ◆MiRaiTlHUI



 何のためらいも無く命を奪おうとする度し難い「悪」を目の前にして、美樹さやかは人としての義憤と、そして純粋な正義感から来る戦意の高揚を感じていた。
 アポロガイストを放っておけば、きっとまた他の参加者の命が危険に晒される。さやかは所詮“死人”であるが故、奴に生命の炎とやらを吸われる事はないのだろうが、それはこの場に連れて来られた多くの参加者にまで当て嵌まる事ではない。
 だとすれば、唯一対抗出来る自分達が何としてでも此処で奴を討ち取らねばならない。

「アイツは生きていちゃいけない奴なんだ……ここで倒さなきゃ」

 そう独りごち、握ったサーベルに力を込める。
 一瞬ののち、いざ飛び出そうと身を構えたその時、さやかを制するように手を突き出してきたのは、大道克己と名乗った男が変じた白き仮面の戦士、エターナルだった。
 エターナルは、はっとしたさやかには視線すらくれずに言った。

「お前のようなガキに奴の相手はまだ早い」
「……っ、あんた、何様のつもりっ!?」
「いいからまずは黙って見てな。俺がお手本を見せてやる」

 まずは、という言葉をやや強調しながら、エターナルは首から下を覆う漆黒のローブを翻した。
 風を孕んだローブはばさりと音を立てて翻り、それを合図にするかのようにエターナルとアポロガイストは同時に地を蹴り駆け出した。
 両者の間に距離がある場合、有利となるのは射撃武器を持っている方だ。それを理解しているのであろうアポロガイストは、懐から取り出した巨大なマグナム銃をエターナルへ向け、大口径の銃弾を数発発射する。
 攻撃を受けても痛みを感じない死人であるなら、それを受ける事すらも厭わぬ覚悟で向かって行ける。実際にさやかならそうするだろうが、だけれども、エターナルは違った。
 赤く光輝くアポロガイストの銃弾がエターナルを穿つよりも早く、エターナルは懐から取り出したコンバットナイフを一閃、二閃と振り抜いて見せる。
 振るわれたナイフの剣圧は、蒼い輝きを伴って、目視すら可能な衝撃波となって迫りくる銃弾を全て打ち砕き、一瞬ののちにはエターナルとアポロガイストの間の距離は無くなっていた。
 一瞬のうちに細身の剣を構え直していたアポロガイストは、エターナルを串刺しにしようと神速の勢いでそれを突き出すが、さやかとは違い、エターナルがその攻撃を受ける事はなかった。
 エターナルの白い仮面を狙った一撃は、僅かに頭部を傾けるだけで、何もない位置を通過してゆく。やにわにエターナルの胸部を狙うも、エターナルが翻したローブに阻まれ剣の軌道は逸れ、それでも剣による攻撃を続けるが、その全てをエターナルは腕一本でいなし、捌く。

(アイツ、強い……!)

 エターナルの戦闘技術の高さは、戦闘についての知識など実質皆無に等しいさやかにとっても驚嘆に値するものだった。
 そもそも、さやかが先程まで大組織の大幹部を自称する強敵と戦って来れたのは、自分へのダメージを度外視し、傷を負う事すらも厭わずに攻撃を続ける事が出来たからだ。仮にさやか程度の戦闘技術しか持たぬ“生身の人間”が同じ戦法を取ろうものなら、最悪最初の一撃だけで殺されていたとしてもおかしくはない。
 それに引き換え、さやかにお手本を見せてやるとまで嘯いたあのエターナルは、アポロガイストの懐に入り込んだところで、奴の攻撃を一度たりとも受けては居ない。一切の無駄を感じぬ動きで、敵の攻撃を回避し、そして今、エターナルは自分の攻撃まで見事に繋いで見せたのだ。
 エターナルの胴部を貫こうと突き出された剣の一撃を、エターナルはローブを翻し宙へ跳び上がり一回転。風を受け大きく拡がったローブがアポロガイストの視界を覆う暗幕となってその動きを一瞬だけ封じる。

「うおおおぉぉぉうりゃっ!!」

 エターナルにとっては、一瞬もあれば十分だった。
 僅かに動きが鈍ったアポロガイストの胸部目掛けて、エターナルは蒼炎を乗せた拳を上段から振り下ろす。
 対するアポロガイストは、完全に回避することは出来ないまでも、太陽を模した左手の巨大な盾で何とか防御する事には成功する。が、エターナルの拳は盾の表面を強かに打ち据え、アポロガイストはその衝撃に堪らず後方へと後じさった。

「おのれぇ、死に損ないのゾンビめらが! これ以上は付き合いきれん!」
「ハッ、そうつれない事言うなよ? お前も今から俺達と同じ“死人”になるんだからなぁ?」
「ええい、口の減らない奴なのだ! これでも喰らうがいい、ガイストカッター!」

 エターナルの肩を竦めながらの挑発に気色ばんだアポロガイストは、左手に構えた巨大な盾を車輪のように回転させ、エターナルへと投げ付けた。
 すかさず漆黒のローブの裾を掴んだエターナルは、身を守るように腕を掲げ、前方にローブによる壁を作る。
 ガイストカッターと呼ばれた巨大な車輪状の刃は、エターナルのローブを切り裂こうと回転の勢いを上げ、耳を劈かんばかりの軋轢の音を響かせるが、エターナルのローブが破れる事はない。
 エターナルローブとはあらゆる攻撃を完全に無効化する絶対防御のマントなのだった。

 が、それでもアポロガイストにとっては十分過ぎる時間稼ぎにはなったのだろう。
 最後に「覚えておれ!」と捨て台詞を吐いたアポロガイストは、ガイストカッターに足止めを喰らっているエターナルの足元からさやかの足元まで、弧を描く様に銃弾を連射する。
 放たれた赤い銃弾は容易く固いアスファルトを穿ち、起ち上る火花と煙がさやかの視界を奪った一瞬の隙に、アポロガイストの姿は消えていた。


 アポロガイストを撃退せしめたさやかと克己は、一先ず目前の巨大な塔の中に身を顰める事となった。
 風都タワーと言う名の、この街のシンボルらしいのだが、さやかはそんなタワーの存在を知りはしない。これだけの規模の――それこそ下手な高層ビルなどよりもずっと高く巨大な――風車の塔が日本にあったなら、国内でも有名になっていてもおかしくない筈だが、とさやかは疑問を抱くが、それは今考えても詮無い事だ。
 寧ろさやかは、この殺し合いの事、そしてさやかの危機を救ってくれたエターナル――否、大道克己という存在についての方が、よっぽど興味があった。
 決して小さくは無い風都の街を一望できる風都タワーの展望台から、今や殺し合いの場となった下界を俯瞰しながら、さやかはやや不満混じりに言った。

「っていうかあんたさぁ、殺し合いに乗ってないなら最初からそう言ってくれれば良かったじゃん!」
「はんっ、無茶言うなよ、一方的に攻撃仕掛けて来たのはそっちだろ」
「それに関しちゃ、確かにあたしが悪かったとは思うけどさ……」

 罰が悪そうに目線を泳がせるさやか。
 勘違いされるような言動を取った克己も克己だが、確かにあの状況で一方的な決め付けで攻撃を仕掛けたのは自分だ。
 あの時克己がさやかの刃による連続攻撃にさらされても倒れなかったのは、克己がさやかと同じ“死人”であるからだ。もしも相手が一般人だったなら、さやかは罪のない命を奪っていたのだから、それに関しては心から悪かったと思う。
 だが、そうなると今度は別の……というよりも、それ以上の疑問が浮かぶ。
 口に出す事の躊躇われる話題だが、一緒に行動する上で、その話題を避けて通る事は出来ない。一瞬の逡巡ののち、さやかは意を決して声を出した。

「……ねえ」
「なんだ」
「あんた、さっき自分の事死人って言ったわよね、それって……」
「言葉の通りさ。俺はもう死んでるからな、これ以上死ぬことなど出来ん」
「………………」

 ある意味では想像通りの、分かり切っていた回答にさやかは言葉を無くす。
 さやかはあの時、克己の心臓を突いた。胴を何度も串刺し、挙句アポロガイストの大口径の銃弾まで食らって、それでも克己はダメージなど始めから受けていないかのようにこうして歩いているのだ。
 本人に死人と言われれば、「ああ、そうなんだろうな」と思ってしまう程度には、克己の身体は尋常ではなかった。

「そういうお前こそ、どうして死人になった? まさかNEVERって訳でもないだろう」
「ねばー……? って、何それ?」
「不死身の死体兵士NEVER……要するにゾンビだ」

 そう告げる克己の表情には、何の躊躇いも陰りもありはしない。
 死人になった事そのものに絶望しているさやかとは違って、まるで死人になった事を受け入れているかのような、そんな表情だ。
 どうして人ならざるものになって尚、そうやって前を向いて、明日を求めて生きて行く――死んでいるのだが――事が出来るのか、さやかには解らなかった。

「あたしは、そのNEVERってのとは違う。魔法少女よ」
「……はぁ?」

 らしくもなく上擦った声を出す克己。
 突然「私は魔法少女よ」などと言われれば、それはこういう反応をされるのも無理はないと思う。ある意味では想像通りの反応に若干の居心地の悪さを感じながら、それでもさやかは、魔法少女とは何たるかを克己に説明して聞かせた。


 数分後、簡潔に魔法少女の概要を聞き終えた克己は、なるほどな、と一言呟き頷いた。
 魔法少女の説明を始めた当初こそ胡乱な瞳で聞き流しているような素振りを見せてはいたものの、次第に核心に触れて行くにつれ、魔法少女の真相を理解してゆくにつれ、克己の表情は神妙なものとなっていった。

「カラクリは違うが、要するにNEVERと似た様なモンって事か」
「ま、多分そういう事でしょうね」

 NEVERが如何なるものかをさやかは知らないが、不死身の死体兵士、という説明を聞く限りでは、戦う為だけに不死身の戦士と成り果てた魔法少女ともそう差異はないのかもしれない。

「で、あんたの方はどうして、そのNEVERってのになった訳?」
「さあな、もう忘れちまったよ」
「忘れたってあんた……」
「さっきも言っただろ。一度NEVERになったら、過去の記憶や人間らしさが少しずつ抜け落ちていくのさ。もう俺には生前の記憶なんてこれっぽっちも残されちゃいないんだよ」
「……それ、さっきも思ったんだけどさ……あんたそんなんで、怖くないの……?」

 何処か気まずそうに、さやかは問うた。
 ろくに知りもしない克己の境遇に絶句したのは、アポロガイストとの戦闘中が最初だ。
 自分が自分でなくなって行くのは……大切な記憶が、優しい思い出が消えて行くのは、とても恐ろしい事だと思う。自分を自分たらしめる要素が無くなっていくのだから、怖くない訳がない。
 さやかの身体は、死人として戦えば戦う程、力を行使すればするほど、人間としての実感が薄れてゆく。が、克己は身体だけでなく、記憶や心まで人間でなくなっていくのだと言う。
 想像してみたが、それはとても、とても恐ろしい事だった。

 さやかがこの身体をゾンビにされて尚絶望に押し潰されず、心だけは人間であろうと足掻き戦い続ける事が出来るのは、例えどんなに自分が追い込まれようと、この「正義」がきっと誰かを救うと信じているからだ。
「正義」を信じて全てを捨てたのだから、さやかには何処までも「正義」を貫く義務がある。でなければ、捨ててしまったものが無駄になってしまう。逆に言うと、最後に「正義」と云う名の拠り所だけでも残ったから、さやかは戦う事が出来るのだ。
 だけれども、記憶がなくなるということは、その拠り所すらも失うという事。どうして戦いの道を往く事を決意したのか、それすらも忘れてしまったのでは、きっとさやかにはもう「自分は化け物(ゾンビ)である」という事実しか残らない。
 それは、恐ろしく絶望的な事だった。

 克己には、さやかの「正義」に相当する何らかの信念はあるのだろうか。
 こんな身体になっても、さやかとは別の意味で人ならざるものへと変わって行く運命だとしても、それでも戦って行ける拠り所が克己にはあるのだろうか。
 あの土壇場で、命を奪わんとする悪に対し「明日が欲しい」とまで啖呵を切った男は、一体何故にそうまで前を向いて居られるのか……それは何の他意もない、純粋な疑問だった。
 克己はさやかの気持ちなどまるで斟酌しない様子で、笑い混じりに答えた。

「怖い? そんな事は考えた事も無いな」
「考えた事も無いって……! 記憶も心も無くなっちゃったら、それってもう、本物のゾンビじゃん……っ、なんでそんな前向きで居られる訳……!?」
「俺はもう、前を見るしか出来ないんだよ」

 そう言って、自嘲気味にハッと笑う。
 その笑みを境に、硝子越しに風都の街を見渡す克己の表情は、変わった。

「そもそも俺には、過去の記憶がない。こうして故郷の景色を見渡しても、懐かしい思い出なんざ一つも思い浮かばん。
 なあ、普通は里帰りをしたら、楽しかった頃の想い出の一つくらい、蘇ってきたりするモンなんだろ?」
「それは……」

 克己の言葉に、さやかは何と返していいのか分からぬさやかは、ただ目線を逸らし、伏し目がちに曖昧な返事をするくらいしか出来なかった。
 そんなさやかに、克己は先程までの人を小馬鹿にした態度とは一変、何処か優しげな口調で言う。

「もう一度言うが……過去が消えていくなら、俺はせめて明日が欲しい。
 過去を振り向く事が出来ないなら、未来を目指して足掻き続けるしかないんだよ……お前とは真逆だ、さやか」

 克己の言葉に、さやかは「なるほど」と思った。
 同じ死人ではあるが、さやかと克己では状況が違うのだ。
 さやかには生前の記憶が、過去がある。過去があるからこそ、さやかは未来を見る事が出来なくなって尚、残った過去(正義)を拠り所に戦う事が出来る。
 一方で、さやかとは真逆、克己には拠って立つ過去がない。縋るものなど何もないのだから、ただ未来を見て、明日を求めて戦うしかないのだ。例えいつか完全に人でなくなってしまうとしても、今未来を目指すことをやめてしまえば、それは残った人間性をも放棄する事に等しいのだった。

 過去を見る事しか出来ぬ者と、未来を見る事しか出来ぬ者の違い。

 克己の境遇は一見すれば悲劇的な事だが、ある意味では、羨ましくもある。
 過去も拠り所もないのは確かに辛つらいことだろうが、その分、何者にも縛られることなく、未来だけを見て足掻き続けていられるのなら……「今」を生きる事が出来るのなら、その方が良かったのかも知れないと、自分の境遇と照らし合わせたさやかは、不謹慎にもそう思った。
 過去しか見る事が出来ず、それに囚われて戦い続ける事も、未来しか見る事が出来ず、それを求めて足掻き続ける事も、どちらも甲乙付け難い程につらい事だと言うのはわかるが、それでも。
 そんなさやかの心中を知ってか知らずか、克己はぽつりと独りごちた。

「……未来と過去は、どれ程の重さが違うんだろうな」

 何処か意味深に感じられるその言葉に引かれ、さやかは克己の顔を見上げる。
 克己は、最初に出会った時に奏でていたハーモニカを内ポケットから取り出し、それに息を吹き込んだ。
 誰も言葉を発する事のない風都タワーの展望台の中に、克己の奏でるハーモニカのメロディが響き渡る。

 さやかが長年想いを寄せて来た少年は、天才と謳われたヴァイオリンの演奏家だ。彼と沢山話をしたいというその一心だけで、さやかはこれまで人知れず、沢山の音楽を聴いて来た。それ故、良い音楽とそうでない音楽、その真贋を見極める能力には、人よりも長けている方だとさやかは自負している。
 聴くのはこれで二度目になるが、克己の奏でるメロディは、音楽鑑賞に精通したさやかをも頷かせる程に静かで、美しかった。

 キュゥべえに魔法少女の真相を聞かされてからというもの、当然と云えば当然だが、さやかにはヴァイオリンの演奏も、好きだった筈の音楽を聴く余裕すらもなかった。そもそも、“音楽を聴きたい”という思考にすら至らなかった。
 癒しのないままゾンビと化した絶望に打ちひしがれ戦い続け、いつからか荒みきっていたこの心に、ずっと忘れていた優しくも懐かしいメロディが響く。
 音楽とは、人の心を和ませるものだ。人の優しさに触れる事の出来る音楽を奏でる事の出来る奏者が、優しい心を持たない訳が無い。自ずと恭介の優しい演奏を思い出す傍らで、克己だって本当は優しい人間なのだろうなという事も、さやかには何となしにわかった。
 ……というよりは、“そう思いたかった”のかもしれない。こんな優しい音色を奏でる人間が悪人であるなどと思いたい訳もない。もっとも、本人が忘れたと言っているのだから、今となってはもう、本当のところは誰にも分からないのだが、それでも。
 数分間の演奏が終わると同時、さやかはほぼ反射的に、小さな拍手を送っていた。

「……悪くないじゃん、あんたの演奏」
「何もかも忘れちまったが、このメロディだけは今でも俺の中で響き続けてるんでね」
「そういや、そのメロディを聴いてると落ち着くって、さっきも言ってたしね」

 さやかと克己を引き合わせたのもこのメロディだ。
 あの時、演奏を終えた克己は、このメロディを聴いていると何故か落ち着くと言ったが、今ならばその理由も何となく分かる気がする。
 やはり、あんなにも優しく美しい演奏が出来る克己は、元々優しい人間だったのだろう。何もかも忘れたというが、唯一覚えているモノが、憎しみでも絶望でもなく、心安らぐ優しいメロディだというのが、その証拠だ。
 心暖まる想い出が、本当ならばあった筈なのだろう。

「やっぱ、あんたって元々は優しい奴だったんでしょうね」
「何だ藪から棒に。何故そう言い切れる?」
「だって、あんな演奏が出来るんだから……悪い奴な訳ないじゃん」

 そう言ってにっこりと笑うと、克己は呆れたように目線を逸らした。

「……そんな下らん事を言う奴が、昔、お前の他にも一人居たよ」

 そして克己は、何かを懐かしむように、ぼんやりと窓ガラスの向こうの空を見上げる。
 克己の瞳が何処か憂いを帯びているように感じたのは、さやかの勘違いだろうか。
 昔、というのは当然、死人になった後のことなのだろうが。死人になっても尚、生前の克己は優しかったのだと言ってくれる相手……。
 もしやと思ったさやかは、若干の期待を胸に、おずおずと訊いてみる事にした。

「それってもしかして……恋人、とか……?」
「お袋だよ」
「あ、ああ……なるほど」

 内心で一瞬でも浮ついた恋愛事情に興味を抱いてしまった自分を恥じる。
 さやかとて一応は一般的な女子中学生だったのだ。人並みに恋愛話にも興味はあったのだが、こうもあっさり否定されてしまうと、やはり人並みに落胆はする。
 そんなさやかを見て、はんっと息を吐き出した克己は、小さく、不敵に笑った。

「……な、何よ、何か文句ある訳?」
「お前もまだ十分人間らしい表情が出来るじゃねえか」
「…………っ」

 そう言われ、はっとするさやか。

「気付いてないのか? お前、最初に出会った時とは大違いだぜ」

 不敵に口角を吊り上げた克己は、ニヒルな笑いを浮かべながら「そっちの方がいい」と付け加える。
 真正面から臆面もなく照れ臭い事を言う奴だと思いながら、さやかはやや目を伏せる。

 だが、確かに克己の言う通りだ。
 僅かとは言え、こんな下らない事を考えたのは――実際にはそうではない筈なのに――もうずっと久しぶりのように思う。
 つい一時間も遡れば、ゾンビになったのだと知らされたばかりの自分の頭の中はその事に関する絶望で一杯一杯だったし、ここへ連れて来られてからも、二人の少女の死に、激情のままに奮起しアポロガイストと戦って、と、日常とは程遠い一時間をさやかは過ごしたのだ。
 優しいメロディを聴いたのも、下らない話をしたのも、それで一喜一憂したのも、何処か久々のように思うのも無理からぬ事だった。

 殺し合いの場で、自分は何をやっているのだ、という焦りを覚えない事もないが、それでも数十分前よりはやや頭も冷えたさやかは、この出会いも悪くないものだった、と思う。
 最初にさやかと出会った時、克己はさやかに、「生きてる癖に死人みたいな面してやがる」と言ったが、その克己がこうして褒めてくれる程になったのだから、事実克己との出会いはさやかの心にも僅かな変化を与えたのだろう。
 心中の絶望や不安は未だ消えはしないが、それでも。


 ゾンビ二人組との戦線から離脱したガイは、これ以上無意味な変身維持の為メダルを無駄に消費する事もあるまいと、アポロガイストへの変身を解除した。
 全身を纏う太陽のオーラが消失した時、そこに居るのは大ショッカーの大幹部などではなく、白いスーツを着こなした壮年の紳士――その名をガイという――だった。
 幸いにも、あのゾンビめらには変身後の姿しか見られてはいない。仮に今この姿を目撃されたとて、すぐにガイ=アポロガイストだと判断され襲われる事は無いだろう。

「やれやれ、ゾンビどもの相手など全くもって馬鹿馬鹿しいのだ」

 誰にともなく独りごちるガイ。
 ガイの能力は、相手の命の炎……即ち生命エネルギーを吸い取る事である。
 例え奴らゾンビどもにガイの攻撃が効かぬとて、いざとなれば生命エネルギーを吸い取ってしまえば、ここまで追い込まれることなどは無かった筈なのだ。
 が、ゾンビとはすなわち、死人だ。当然のように、死人に生命エネルギーなど存在する訳もない。
 例え上手く立ち回り一方的に攻撃を続ける事が出来たとしても、その都度回復されるのではキリがない。それでも攻撃を繰り返せばいつかは、とも考えたが、相手は二人だ、そんな事をしていては、一人分のメダルしか持たぬガイの方が先に辟易してしまう。
 この先いつまで続くかもわからないこの場で、あんな二人相手にメダルを切らしてしまうのは、馬鹿のする事だ。
 ガイも馬鹿ではないのだから、それくらいの判断はついた。

 それからややあって、風都の街を彷徨ったガイは、街の中心部からやや離れた位置に存在する大豪邸の前で立ち止まった。
 ガイの背よりもずっと高い巨大な門に、一軒家にしてはあまりにも広大過ぎる庭園。その奥に聳えるのは、やはり家というには大き過ぎる、ともすれば何処ぞの博物館のようにも見える洋館だった。
 ほう、と一言呟いたガイは、その場でデイバッグを漁り地図を確認する。目印は、ガイの背景に聳える、周囲のどの高層ビルよりも高く巨大な風車の塔――風都タワー。
 そうなると、ガイが今目にして居る大豪邸は、恐らく……地図で見る限り、風都タワーから見れば最も近い位置に点を打たれた施設、「園咲邸」という事になるのだろう。

「ふむ……一先ずここに留まり、情報を纏めるとするか」

 疲労も溜まっている。休息は必要だった。
 同時に、今はまず誰にも邪魔をされぬ一室で少し時間を取ってでも、頭の中の情報を整理するべきだとガイは考える。
 状況は分からない事だらけだ、落ち着いて考えたい事は山ほどある。そもそも、一体何故大ショッカー大幹部たる自分がこのような殺し合いに参加させられているのか。このまま殺し合いに乗り続けるべきなのか、だとすれば、赤の陣営の参加者とは一時的にでも協力すべきなのか、それとも、殺し合い自体を否定すべきなのか。

 ガイは、この場に転送されてからあのハーモニカの音色に誘われ奴らゾンビ二人を襲撃するまでの間に、ざっとではあるが名簿の確認をしていた。
 その時点でガイが仲間と判断した人物は、ゴルゴムの世紀王――アポロガイストと同じ大幹部の一人――シャドームーンに変じる男、月影ノブヒコのみ。
 正直言って、知らぬ名ばかりが六十以上も連ねられた名簿の中で、仲間と判断出来る者がたった一人しかいないというのは、あまりにも心細いものであった。
 故にこそ、性急に対処策を考えねばなるまい。そう思い、地図をデイバッグに姉妹込んだガイは、園咲邸の庭園へと一歩を踏み入れた――その時だった。

「待って下さい」

 いざ先へ進もうとしたガイの背後から聞こえる声。
 棒読み、と云う訳でもなく、声自体にまるで抑揚が感じられない男の声だった。

「貴様……何奴!」

 いつでもアポロチェンジ出来るように身構え、警戒心を隠しもせずに振り向く。
 刹那、ガイの視界に入ったのは、ガイよりも十メートルほど後方で直立する一人の男。
 男はガイと同じく白いスーツに身を包んでは居るが――その身体は、一目見ても分かる程に、びしょ濡れだった。
 しとどに濡れた髪をオールバックに撫でつけた男の顔色は、蒼白。
 まるで顔から表情が抜け落ちたような……とても生者とは思えぬ程の無表情で、男は瞬きすらもせずにガイを見据える。

 男は何も言わない。
 ただガイを認識すると、手にしていたデイバッグを、ぼとりと取り落とした。
 落としたデイバッグには目もくれず、男はいつの間にかその手に握られていた銀色のバックルをちらりと掲げると、それを――憎き仮面ライダーディケイドがそうするように――腰に当てがった。
 バックルそのものがベルトを生成し、男の腰に装着される。
 もしや何処かの世界の仮面ライダーかと警戒するガイに、男は何の感情も乗らぬ声で、

「赤、ですね」

 一言だけ、ぽつりと告げた。
 まるで迷いなく、ともすれば人形のように、男はやおら長方形の小さな箱を取り出した。
 黄金で彩られたそれは、ガイの知る限りで言うなら、USBメモリによく似ているように見える。ただ少し違うのは、USBメモリ全体を、毒々しい印象の白骨のレリーフが覆っている、という事だろうか。

 ――UTOPIA!!――

 男が手にした金のメモリが、野太い叫びを轟かせる。
 先程のゾンビとの戦いでも一度耳にした、やけに耳に残る声だった。
 男の手をすり抜けた金のメモリは、ただ重力に引かれて地へと落下し――腰に装着された銀のベルトの中心に穿たれた穴へと吸い込まれてゆく。
 メモリがベルトの中へと吸い込まれたその刹那、男の身体は蒼の炎に覆い隠され、決して屈強には見えぬその身体を作り変える。
 ガイの目の前に居る男は、最早白服の男などではない。
 そこに居るのは、黄金の鎧とマントを身に纏った見まごう事なき“怪人”だった。



【一日目-日中】
【G-5/風都 園咲邸正門前】

【アポロガイスト@仮面ライダーディケイド】
【所属】赤
【状態】疲労(小)
【首輪】80枚:0枚
【装備】
【道具】基本支給品、ランダム支給品1~3
【思考・状況】
基本:参加者の命の炎を吸いながら生き残る。
1.黄金の怪人……!?
2.まさかこの殺し合いは、ゾンビだらけなのか……!?
【備考】
※参戦時期は少なくともスーパーアポロガイストになるよりも前です。
※アポロガイストの各武装は変身すれば現れます。


加頭順@仮面ライダーW】
【所属】青
【状態】健康、ずぶ濡れ
【首輪】84枚:0枚
【装備】ユートピアメモリ+ガイアドライバー@仮面ライダーW
【道具】基本支給品、ランダム支給品1~3
【思考・状況】
基本:園崎冴子への愛を証明する。そのために彼女を優勝させる。
1.目的の為、目の前の赤陣営(=アポロガイスト)を排除する。
2.1が終われば、園咲邸へと向かい、服を着替える。
3.参加者達から“希望”を奪い、力を溜める。
【備考】
※参戦時期は園咲冴子への告白後です。
※回復には酵素の代わりにメダルを消費します。



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最終更新:2012年06月20日 00:01