Oの喪失/失われた日々 ◆SXmcM2fBg6
――――それは、午後も半ばを過ぎ、夕方になろうかというときの出来事だった。
その出来事の中で、俺達が出来た事はあまりにも少なかった。
そしてそれが、俺たちの戦いの本当の始まりだった。
ワイルドタイガーと別れてから少しして、翔太郎と
フィリップは【D-1】にある病院へと到着した。
傾き始めた太陽に照らされた病院は、まだ昼間だというのにどこか不気味な影を落としている。
元より人が多く死ぬ場所。こんな殺し合いの場だからか、その負の部分が際立って見えたのだろう。
「お、人がいたのか」
「どうやらそのようだね」
微かな不安を覚えつつも正面玄関からロビーへと入ると、二人はソファーに座りこんだ一組の男女を見つけた。
彼らも翔太郎達に気がついたのだろう。男性の方が、顔を上げて翔太郎達の方を向く。だが女性の方は俯いたまま、何の反応も返さなかった。
それが少し気になったが、翔太郎はまず青年の方に声を掛ける事にした。
「俺は
左翔太郎。こっちは相棒のフィリップ。二人で探偵をやっている」
「
小野寺ユウスケです。あの人は
織斑千冬さん。IS学園という所で教師をやっているそうです」
そう自己紹介をしながら、ユウスケは千冬の様子を見る。
目覚めてから病院を探索したユウスケは、すぐに千冬を見つける事が出来た。
だがその時から彼女は、今のように覇気を感じさせない有様だった。
彼女にいったい何があったのか。
すぐにでも病院を調べたかったのだが、失意の底にある千冬を放っておく事も出来なかった。
故にユウスケは、一先ず病院のロビーで、千冬が落ち着くのを待っていたのだ。
翔太郎達が現れたのは、そんな時だった。
「それじゃあユウスケ。何があったか教えてくれるか?」
「そう……ですね。わかりました、俺の知っている限りを話します」
翔太郎の質問に応じ、ユウスケは彼らと出会うまでの事を口にする。
と言っても、短期間で二度も気絶していた彼が知っている事は少ない。
だからユウスケは、その数少ない知っている事を、できる限り正確に話した。
○ ○ ○
「それじゃあ一先ず情報を整理しようと思う」
そう言って
衛宮切嗣は、思考を切り替える様に
アストレアと向き合った。
そこは空美中学校、新大陸発見部の部室だ。
食事も済み、支給品の確認も終えた彼らは、これからの行動を選択するに当たりその指針を決めようというのだ。
「まずこの殺し合いの場となった会場についてだ。
会場は円盤状になっていて、直径はおよそ40キロメートル、厚みは200メートルほどだろう。
加えて原理は不明だが、空に浮いていると思われる。これにより会場外への脱出はより困難なものとなっている。
なお、地表及び海上は雲海に覆われていて確認できない。
当然何かしらの妨害もあるだろうから、飛行手段を用いたとしても不用意な脱出は危険だろう」
切嗣の説明は簡単なものではあるが、それでもアストレアには難しかった。だが切嗣は構わずに続ける。
なぜならこれは切嗣が最初に言った通り、アストレアへの説明ではなく情報の整理。
切嗣は敢えて口に出す事で、頭の中を纏めているのだ。
「次に、会場内の市街そのものについてだ。
地図に書かれた街は一見、複数の街を切り取ったような構造をしているが、これはおそらく複製だ。
その根拠は会場内の冬木市にある。
本来、冬木市は海を北に位置するとして、未遠川を挟んで西に衛宮邸、東に言峰教会がある。
だが地図を見る限り、会場内の冬木市に未遠川はなく、衛宮邸と言峰教会の配置も逆だ。
アストレア自身もこの空美町に違和感を覚えている様だし、おそらく間違いないだろう」
その説明にアストレアも頷く。
基本的に空を飛んで移動していたアストレアは空美町の地理には疎い。
だがそれでも、慣れ親しんだ場所、見慣れた光景というのはあるのだ。
ここが本当に彼女の知る空美町であるのなら、違和感など覚えるはずがない。
しかし彼女がこの街を眺めて感じたのは妙な“ズレ”であり、ここは“違う”という確信だけだった。
ならば切嗣の言う通り、この街は精巧な複製でしかないのだろう。
「最期に、僕等に掛けられた制限についてだ。
制限に関しての最たるものは、首輪だろう。
ランプによりその人物の所属陣営を識別する機能。
一定の条件下で爆発し、
ルールに反した者の命を奪う機能。
参加者達の能力を制限し、使用するためのメダルを格納する機能。
更には禁止エリアや放送の事から、参加者の居場所や生死を知らせる機能もあると思われる」
他に気付いた細かい機能を言えば、死者のランプは点灯していない。
これはすなわち、死者は無所属にすら所属していないという事なのだろう。
死者の首輪の爆薬がまだ機能しているかは判らない。
確認するなら解体するのが手っ取り早いだろうが、確かめるには機材も情報も不十分なので、今のところは保留する。
「真木清人に反抗するには、首輪の解除が前提条件だ。
ヤツは首輪によって参加者達の命を握っている。これが解除できなければ、殺し合いを止める事など不可能だろう。
それに仮に止めたとしても、真木清人本人やそのバックにいる組織を壊滅しなくては、同じことの繰り返しになるのは予測できる。
その組織や技術を推測するためにも、アストレアの様な“異世界の参加者”との接触は必要だろう」
上手くすれば、その人物とも協力関係を得られるかもしれない。
敵の戦力が予測できない以上、味方の戦力は多いに越した事はない。
そして出来れば、ワイルドタイガーの様な人物の協力を得られる事が望ましい。
「それらを踏まえた上で、僕らが次に目指す場所はここだ」
「そこ? 地図には何も載ってないけど」
地図を取り出して指し示された場所に、アストレアは当惑する。
なぜなら切嗣が地図で指し示した場所は、エリア【D-1】の森だったからだ。
そこには森を表す緑色があるだけで、建物は表記されていない。
だが切嗣は、それを肯定したうえで続けた。
「この中学校の屋上からスコープで周囲を見渡した時に、気になるモノを見つけたんだ」
「気になるモノ?」
「ああ。そこでアストレアに聞くけど、君の知る空美町に『城』はあるかい?」
「お城? 私は見た事がないけど……」
「そうか。ならやはり………いや、詳しい事は現地で説明する。今はまず、その場所に向かおう」
「わかったわ」
切嗣はそう言って地図をしまい、デイバックを背負って立ち上がる。
その際に、左手のモノとは別の、右手に元々宿っていた令呪を見る。
その画数は二画。先ほどよりも一画減っていた。
中学校の確認が終わった際に、切嗣は令呪を以て
セイバーの召喚を命じていた。
バーサーカーという懸念はあったが、いざという時は令呪で縛ればいいと、戦力の補充を優先したのだ。
それにより令呪は消費され、しかしセイバーは召喚されなかった。
その命令がセイバーの仲間も一緒にという多少無茶な物だったからか、それとも制限からか。
魔力の奔流も起きなかった事から、切嗣は後者だろうと予測していた。
「それじゃあ行こう」
「うん」
もう用は済んだと、切嗣と一緒に部室を後にする。
その際に少し振り返って部室を眺める。
大丈夫。きっとまた、みんなと会えるはず。
そう信じながら、アストレアは先を行く切嗣を追い掛けた。
○ ○ ○
「――――なるほどな。大体の事情は理解した。フィリップ」
「そうだね、翔太郎。君達を襲ったのは、
井坂深紅郎で間違いないだろう」
ユウスケから話を聞いた翔太郎たちは、確信を持ってそう断言した。
それを聞いたユウスケは、彼らの自信に疑問を返す。
「井坂深紅郎?」
「ああ。ガイアメモリの力に魅せられた、凶悪な連続殺人犯だ」
「だが奴は
照井竜によって倒され、メモリを過剰使用した反動で死んだはず。
君の話からして本物なのは間違いが、それなら一体どうやって………」
真木清人には死者さえも蘇らせる力があるのか。それとも何か別の方法を使ったのか。
圧倒的に情報が足りない現状では、答えの断片さえ掴めない。
やはり、一度地球の本棚で検索する必要があるだろう。
そうやって一人考え込むフィリップに、翔太郎は構うことなく声をかける。
「今はそんなのどうだっていいだろ。井坂のヤロウが地獄から蘇ったっていうんなら、もう一度地獄に叩き落してやるだけだ」
「確かにそうだけど……今の僕たちにはファングもエクストリームもない。
どうやってウェザーの力に対抗するつもりだい、翔太郎?」
「うっ。そ、それはだな―――」
そうやって言い合う二人を横目に、ユウスケは再度千冬の様子を見た。
千冬は変わらず、暗く俯いている。先程の話を聞いていたのかさえ怪しい。
それは、ウェザーへと一人果敢に挑みかかった彼女の後ろ姿からは想像も出来ない有様だ。
いったい何があったら、これ程までに彼女を打ちのめせるのか。
俺はまた、笑顔を守る事が出来なかったのか。そんな自責の念にかられる。
その思いは千冬に重ねていた面影も加わって、ユウスケに一層重く圧し掛かる。
そんなユウスケに、翔太郎が唐突に謝罪の声を掛けてきた。
「すまねぇ。俺達がもっと早く駆けつけていれば、協力する事だってできたかも知れなかったのに」
「そんな! 翔太郎が気にする必要はないよ!
俺がもっとしっかりしていれば、もう少しなんとかなったかもしれないんだから」
「いや、井坂の持つウェザーはそんなに甘くねえ。
あんたがクウガだってのは聞いたが、多分今の俺達だけじゃ勝てねぇ」
翔太郎は井坂深紅郎との戦いを思い返しながらそう言った。
ウェザー・ドーパントの天候を操る能力は強大だ。
もしダブルだけでウェザーを倒すのであれば、エクストリームへの強化変身は必須だろう。
ユウスケが変身するというクウガが、どれ程の力を持っているかは判らないが、彼がウェザーを撃退できたのは奇跡みたいなものだろう。
「翔太郎の言う通りだよ、小野寺ユウスケ。
完璧な人間などいない。君は出来なかったことを悔やむより、あの井坂深紅郎を単身で撃退できた事を誇るべきだ」
「そう……なのかな。でもありがとう、翔太郎、フィリップ」
「気にする事ねぇよ。仮面ライダーは助け合い、だろ?」
以前会った別の仮面ライダーのセリフを借りてそう告げる。
彼が今どうしているかは判らないが、もしこの殺し合いに呼ばれているなら、きっと協力出来るだろう。
「仮面ライダー? 翔太郎たちも仮面ライダーなのか?」
「おう。俺たちは二人で一人の仮面ライダー、Wだ」
「君は確か、クウガ、だったね」
「ああ」
「ふむ、仮面ライダークウガ。どこかで聞いたような………」
フィリップの方はクウガという名前に聞き覚えがあったのか、少し考え込む。
だが今は先にするべき事があるため、湧き上がる疑問を頭の隅に置く。
「まあそれは後で纏めて検索するとして、先に病院の方を調べよう」
「だな。このままジッとしててもしゃーねぇし」
「あの、俺もついて行く!」
そう唐突に声を上げたユウスケに、二人は思わず目を合わせた。
「俺、千冬さんに何があったのかを確かめたいんだ。だから、お願いだ!」
「だそうだよ、翔太郎」
「しゃぁねえ。俺が彼女を見とくから、二人で言って来い」
「! 二人とも、本当にありがとう!」
「それじゃあ僕と彼で中を調べてくるから、その間彼女を任せたよ」
「翔太郎、千冬さんを頼む」
「おう、任せとけ」
胸を張る翔太郎に礼を言って、ユウスケはフィリップと共に病院の奥へと向かう。
それを見送った翔太郎は、今尚俯いたままの千冬へと向き直る。
「それじゃあ俺は、こっちを何とかしてみるか」
依頼人から事情を訊くのが翔太郎。集めたキーワードから推理するのがフィリップの役割だ。
今の彼女から事情を訊くのは骨が折れそうだが、やれるだけやってみよう。
そう思い、翔太郎は千冬の対面へと座り込んだ。
○ ○ ○
目的地であるエリア【D-1】に位置する森の最奥。
バーサーカーの運転するライドベンダーから降りた切嗣は、目の前の森に隠すように建てられた城を見上げる。
空美中学校の屋上より見えたその城は、やはり彼の予想通りの物だった。
「やっぱり、アインツベルン城か」
それは、会場が地図の通りに区切られているのであれば、冬木市になければならないはずの城だ。
だが実際には冬木ではなく、空美町の森に建てられている。
確かに地図を見る限り、切り取られた冬木市に森はないが、それならばそもそも建てなければいいだけの筈。
真木清人がそうしなかった理由は判らない。
だがそれはまるで、作ったのはいいが置き場所がなく、とりあえず別の場所に置いた。といったような適当さだった。
「今からこの城を調べる。何か気付いた事があったら、遠慮なく言ってほしい」
そう言って切嗣は城の門を開け放ち、城の中へと入っていく。
アストレアは切嗣の言葉に頷き、彼に続いて城の中へと入っていった。
見覚えのある扉を開き、見覚えのある部屋をくまなく調べ、見覚えのない景色を窓から眺める。
部屋の間取りも、家具も、何もかも見知ったものであるのに、一度外を見れば全く見知らぬ景色が広がる。
そのあまりの違和感に、切嗣はこの殺し合いのために用意された街の異常さを、改めて認識した。
空に浮かぶ円盤の街。不自然に区切られた街と街の境界。精巧に模造された建物の数々。
一体どれほどの技術があれば、ここまでのモノを作れるというのだろうか。
だがこれほどの技術があるのならば、態々街を切り取とった風を装うよりは、実際の街を切り取った方がよっぽど簡単だろう。
――――それともあるいは、こんな形ででしか再現出来なかった理由があるのか。
いずれにせよ、一つ分かった事がある。
即ち、真木清人は、少なくとも参加者達が用意に近付ける場所にはいない、という事だ。
ここまでの物を作れるのなら、参加者の寄り付けない場所を作りそこに隠れる。それだけで安全だからだ。
切嗣がそう結論すると同時に、アストレアが戻ってきた。
「切嗣、何か見つかった?」
「いや、何も見つからなかったよ。それこそ、“何も”ね。
判ったのは、複製されたのは形だけって事のみだ」
「形だけ?」
「ああ。本来この城にあるはずの魔術的な護りが、何一つとしてないんだ」
この城の主であったアイリスフィールがいればもっと何か解ったかもしれないが、彼女は既に死んでいる。
サーヴァントやマスター達の様に何らかの手段で蘇生されている可能性もあるが、名簿に載っていない以上可能性は低いだろう。
そこでふと、切嗣はある事を思い出した。
“そう言えば、あの人影はいったい”
真木清人の説明の時に見た、アイリの様な人影。
あの暗さと状況で確認は出来なかったが、確かに白系統の長い髪の女性がいた。
この会場に送り込まれた当初は見間違いだろうと思い直したが、サーヴァントたちの事を考えれば無視は出来ない。
“いずれにせよ、確認する必要はあるだろうな”
見間違いであればそれでいいが、アイリ本人だった場合は名簿に載っていない人物がいる事になる。
参加者達の混乱を招くためか、それとも別の理由からか判断は出来ないが、頭の隅に置いておく事にする。
「それじゃあ次は、冬木市に向かおうと思う。何か意見は?」
「私にはないよ。ここでジッとしていても智樹達にいつ会えるかわかんないし、それに切嗣に協力するって決めたから」
「そうか、ありがとう」
アストレアに礼を言い、窓から外を眺める。
この殺し合いの舞台で、既にどれだけの人が死んだのだろう。
それが殺し合いに乗った人物ばかりであればいい。だがこういう場で真っ先に死ぬのは、力のない女子供だ。
ただの一般人にはサーヴァントに対抗することなど出来ない。
それにバーサーカーと戦っていた少年も野放しになっている。
一刻も早く“仲間”を集め、力ない人々を保護する必要があるあろう
「まったく、正義の味方も楽じゃないな」
苦笑と共に自嘲を籠めて呟く。
間桐雁夜を死なせ、今もこうして力の無さを嘆くしかない自分が情けない。
これならばまだ魔術師殺しとして活躍していた時の方が気は楽だった。
そんな風に、早くも自分が背負うと決めたモノの重さに挫けそうになる。
「切嗣、何か言った?」
「いや、何でもないよ」
アストレアの声に、落ち込んだ気持ちが起き上がる。
大丈夫だ。まだ耐えられる。弱音を吐くには、まだまだ早すぎる。
聖杯戦争の終わりに味わった絶望に比べれば、こんなモノは苦痛にもならない。
それに、子供の様に明るいアストレアが一緒なら、きっと挫けずに戦えるだろう。
切嗣そう思いながら、アストレア達を連れてアインツベルン城を後にした。
――――だが、話はそこで終わらなかった。
冬木市へ向かおうと、切嗣がライドベンダーへと近づいた、その時だった。
「切嗣……なの?」
酷く懐かしい、そして愛おしい声が聞こえた。
それを幻聴ではないかと、思わず己れの耳を疑う。
ゆっくりと、確かめる様に、そして怯える様に振り返る。
「…………アイリ」
「よかった。やっぱり切嗣だったのね!」
そしてそこには、記憶にあるままの、アイリスフィールの姿があった。
幻覚でも、幻聴でもない。確かな命を持って、生きていた。
「っ――――――」
言葉が出なかった。
何を言うべきかも、どうするべきかも定まらない。
ただ、内心を混沌とした感情が、渦巻くばかりだった。
そんな切嗣に、アイリスフィールは自らの不安を口にする。
「ねぇ切嗣。あの子は、誰? それにバーサーカーまで、一体どうやって」
言われて彼女達を見れば、アストレアはアイリスフィールを警戒し、バーサーカーは臨戦態勢をとっていた。
これはまずい、とすぐにアストレアにアイリスフィールを紹介する。
「アストレア、そう警戒しなくていい。彼女はアイリスフィールと言って、僕の妻だ」
「つま? ………って妻!? 切嗣結婚してたの!?」
アストレアは驚きの声を上げて、アイリスフィールをまじまじと見る。
その様子から、どうやら警戒は解いてくれたらしい。
次にアイリスフィールにアストレアを紹介する。
「彼女はアストレア。ここで出会った、僕の協力者だ。
バーサーカーの方は運良く彼のマスターと遭遇してね。どうにか令呪を得る事が出来たんだ。
攻撃をしようとしなければ問題はないし、一応警戒もしている」
「そうなの? よかった」
アイリスフィールはそう言って胸を撫で下ろした。
どうやら、彼女も安心してくれたらしい。
そうして彼女が落ち付いた事を確認してから、事務的に事情を聞いた。
それによると、彼女は見滝原中学校から病院を経由して、偶然ここを見つけたらしい。
「なるほどね。ならアイリ、その道中で誰かに会ったり、何かを見つけなかったかい?」
「ええ、病院でラウラって子に会ったわ。彼女によると、
織斑一夏って人が
火野映司に殺されたらしいの。
その子はグリードに復讐するんだって言って、すぐにどこかに行っちゃったけど」
「……そうか。ありがとう、アイリ。参考になったよ」
やはり、既に他にも死人が出ていた。
その事に、外見は冷静に努めながら、内心で強く歯噛みした。
また助けられなかった。また手遅れだった。そう悔しく思いながら。
「それじゃぁアイリ、僕は協力者を探しながら冬木市に向かおうと思っているけど、君はどうする?」
「もちろん協力するわ。ただ……」
「ただ?」
切嗣は言い淀んだアイリスフィールに聞き返す。
彼女の眼は、なぜかバーサーカーに向けられていた。
バーサーカーも同様に、アイリスフィールへと不気味な視線を向けている。
「ただ、やっぱり二組に分かれた方が、効率が良いと思うの。
だからバーサーカーの令呪を、一画でいいから譲ってくれないかしら」
「バーサーカーの令呪を? どうしてだい?」
二組の方が効率が良いというのはわかる。
サーヴァントを制するのに、令呪が必要なのもわかる。
切嗣とアイリスフィール、アストレアとバーサーカーという組み合わせよりマシなのは自明の理だ。
だが何故わざわざバーサーカーなのか。ただ二組に分かれるのなら、アストレアでもいい筈だ。
「だって、私はアストレアさんの事をよく知らないから、とっさの協力は難しいわ。
それにサーヴァントであるバーサーカーなら、セイバーの時の様にサポートも出来るでしょう?」
「なるほどね、それなら納得だ。わかった。君にバーサーカーを任せよう」
「ありがとう、切嗣! わかってくれて良かったわ!」
「けどその前に、一つ訊きたい事がある」
「え? 訊きたい事って?」
アイリスフィールは、切嗣の言葉に不思議そうに首を傾げる。
彼女から視線を巡らせれば、混乱から持ち直したアストレアは様子を見ている。
バーサーカーは先程から変わらず、アイリスフィールに不気味な視線を向け続けている。
それらを見て切嗣は、
「ああ――――君は一体、誰なんだい?」
自らの愛する妻へと、コンテンダーの銃口を向けてそう訊いた。
○ ○ ○
「フィリップと翔太郎は、お互いに信頼し合っているんだな」
フィリップと共に病院を調べていたユウスケは、なんとはなしに彼に声を掛けていた。
彼等の様子を見て思う所があったのだ。
「まあね。僕と翔太郎は出会ってからずっと一緒だったから、その分お互いをよく知っているのさ。
君にはいないのかい? そういう、お互いを支え合えるような相棒は」
「そう……だね。俺は信頼し合えてる、つもりだったんだけど………」
「―――
門矢士か」
「………………」
ユウスケの話から聞いた、彼の仲間だったはずの人物。
彼が殺し合いに乗った理由は解らない。
その不可解さが、彼の事を仲間だと思っていたユウスケに影を落としているのだ。
「俺、士の事、なんにも解ってなかったんだ。
士と一緒に旅をして、色んな人と出会って、一緒に笑いあって。
それで、それだけで勝手に仲間だと思い込んで、一方的に信頼してたんだ」
士が俺の事をどう思ってるか、なんて考えもしないで。
自分が信頼しているから、相手も信頼してくれていると勝手に決め付けて。
少し話しただけでわかった。
翔太郎さんとフィリップさんは、本当にお互いを信頼しているのだと。
きっと彼等は、お互いが何をしたいか、何をしようとしているかを、言葉にするまでもなく理解出来るのだ。
―――一人だけわかっていたつもりになって、結局なにもわかっていなかった俺と違って。
「いつも士に助けられてばっかりで、俺はあいつに、何の手助けも出来てなかったくせに……!」
一体それでどうして、仲間だと、信頼できる相手だと思えるのか。
勝手について行って、勝手に頼って、勝手に信頼して。
結局のところ、俺と士は、本当の仲間じゃなかったのだ。
門矢士の事を考える時、小野寺ユウスケはそんな後悔に苛まれる。
仮面ライダーとして戦う覚悟を決めても、迷いが消えてなくなった訳ではないのだ。
だからその言葉は、彼の心に、強く響いた。
「ならば今度は、君が彼を助ければいい」
「え?」
ユウスケは思わず足を止めて、フィリップへと振り返る。
同様に足を止めたフィリップは、真っ直ぐにユウスケを見据え、そして言った。
「さっきも言っただろ。完璧な人間などいない、と。
これは僕たちの恩師が残した言葉だ」
鳴海壮吉。
言ってしまえば、彼こそが仮面ライダーWの始まりだ。
彼がいなければ翔太郎とフィリップが出会う事はなく、Wは誕生しなかった。
そして彼の言葉がなければWは今頃、仮面ライダーではなく、ただの戦闘兵器となっていただろう。
「僕と翔太郎だって、何も最初からお互いを信頼していた訳じゃない。
何度もケンカをしたし、今でも意見が分かれる事はある。時にはWに変身出来なくなった事さえあった。
それでも僕達が“二人で一人”でいられたのは、相棒を信じているからじゃない。信じようとしてきたからだ」
「信じようとする……」
「そうだ。何も考えずにただ信じるだけなら、それは依存と同じだ。
けど相手が何をしようとも、その上で信じ続けられるのなら、それが本当の信じるという事だと僕は思う」
それは、士の行動を信じられず悩み続けていたユウスケにとって、天啓にも等しい言葉だった。
フィリップの言葉には、相棒との絆で成り立つWとして戦い続けてきたが故の重みがある。
その絆の経験こそが、今のユウスケに足りない物だったのだ。
「僕は君ほどには門矢士を知らない。彼が殺し合いに乗ったのも、間違いではないだろう。
けど、君の知っている門矢士は、訳もなく殺し合いに乗る様な人間なのかい?」
考えるまでもなく、首を横に振って否定する。
確かに士は、時には何を考えているか分からない様な行動をした事もある。
けど結果的には、それらは全て、誰かを助ける為の行動になっていた。
だからこそ、ユウスケは士を信頼したのだ。
「なら、何か理由があるはずだ。門矢士が殺し合いに乗らなければならない理由が。
だったら君は、その理由から彼を助ければいい」
「俺が、士を助ける」
「お互いを信じて、そして助け合う。それが仲間というものだろ?」
「――――ああ!」
決断にはまだ遠い。だが迷いは晴れた。
あとは、士を助ける為にはどうすればいいかを探すだけだ。
だからたとえ、士と再び出会ったとしても、もう答えを先送りにするだけで終わる事はないだろう。
「フィリップ、本当にありがとう!」
「気にする必要はない。翔太郎も言っていただろう? ライダーは助け合いだって。
それに僕が何かを言わなくたって、君はきっとその事に気付いただろうしね」
「そんなこと―――」
「君が僕達についてくると言った時、君の目には強い意志があった。
なら、その意志を最後まで貫き通せば、きっと答えは見つかった筈だ。僕はその手助けを下にすぎない」
フィリップはそう言って、ユウスケから視線を外して歩きだした。
それは、もうこれ以上言う意味はない、という事だろう。
「さぁ、もう行こう。翔太郎を待たせてる」
「……ああ、わかった」
まだ言い足りない事はある。だが翔太郎を、ひいては千冬をロビーで待たせたままなのは心配だった。
だからユウスケは言葉を飲み込んで、先を行くフィリップの後に続いた。
――――そうして彼等は、“ソレ”を見つけてしまったのだった。
廊下に並ぶ閉ざされた病室の中、不自然に開かれた一室。
その中に残された、凄惨という言葉では足らない惨劇の跡を。
「――――――――」
言葉が出なかった。
一体何をどうすればこんな事が出来るのか、皆目見当もつかなかった。
一面に撒き散らされた赤は、おそらく血液。
所々に散らばっている塊は、肉や骨だろう。
それはもはや、死体と呼ぶ事すら憚れるほど、人の形をしていなかった。
「これは…………」
そしてフィリップも同様に言葉をなくしていた。
だがそれはユウスケの様な理由ではない。
フィリップは犯人の殺害方法に驚愕していた。
扉は開いていた。窓は割れている。室内は一面飛び散った血で汚れている。
このキーワードから判る殺害方法は、犯人は窓から侵入し、一瞬で被害者を殺害し、悠々と扉から出ていったという事だ。
なぜなら部屋は汚れてはいるが、争った形跡はなく、また扉から侵入したのであれば、わざわざ窓を割る必要がないからだ。
問題は、被害者の殺され方だ。
油断した所を、あるいは抵抗する間もなく、一瞬で殺されたのはわかる。
だがその場合、急所を突いて殺すのが普通だろう。
しかしこの被害者の場合は、無茶苦茶に引き裂かれて死んでいる。
つまり犯人は、自分が殺した死体を解体し撒き散らす異常者か、人外の力で内側から派手に撒き散らした怪物かのどちらかだ。
そしてわざわざ窓を割って飛び込んできた事を考えて、後者の方だろう。
「最悪……だね」
フィリップは、現状考えられる最悪の状況に、思わずそう呟いていた。
おそらく、織斑千冬はコレを見てしまったのだ。
同時に彼女があそこまで塞ぎ込んでいた理由も推測できてしまった。
だとすれば、次に彼女が執る可能性のある行動は、――――
「む―――!?」
そこまでフィリップが考えた時、唐突に彼の腰に赤い機械のベルトが出現した。
ダブルドライバーと呼ばれるそれは、彼らが仮面ライダーWに変身する際に用いる物だ。
それは翔太郎がオリジナルを装着することで、フィリップにもコピーが出現する仕組みなのだ。
そしてそれが出現したという事は、翔太郎がドライバーを装着したと言う事に他ならない。
「翔太郎、どうしたんだ!」
「フィリップ? いきなりどうしたんだ?」
ダブルドライバーは装着時、ドライバーを通じて相手と会話が出来る。
それを知らないユウスケは、フィリップのいきなり上げた声に驚き声を掛ける。
だがフィリップそれを無視して翔太郎へと声を掛ける。
事態は急を要するだろう。いちいち教えている余裕はない。
『フィリップ! 今すぐに変身だ!』
「だから一体何があった! 誰に襲われてるんだ!?」
『……千冬さんだ。千冬さんに、襲われてる』
「織斑千冬に!? くそ、考えられる中で最悪のパターンだ。
なら翔太郎、彼女が行動を起こしたきっかけは分かるかい?」
『わからねぇ。どうにか事情を聴こうとしてたら、いきなり剣を抜いて切りかかられた。
しかもやたら早くて、避けるので精いっぱいで取り押さえる余裕がねぇ』
翔太郎の声は、緊張に張りつめている。
ドーパントと渡り合える力を持つ千冬を相手にして、素手で彼女を取り押さえることなどできない。
たとえ過剰防衛になりそうであっても、こちらもドーパントと渡り合える力が必要だ。
おそらく翔太郎は今、千冬と睨み合った状態になっており、その隙にドライバーを装着したのだろう。
「……迷っている余裕はなさそうだね、翔太郎」
《――CYCLONE――》
『すまねぇ、フィリップ』
《――JOKER――》
サイクロンメモリを取り出し、ガイアウィスパーを響かせる。
同時にドライバーを通じて、ジョーカーメモリのガイアウィスパーも聞こえた。
「フィリップ! 一体どうしたんだ!? 千冬さんに何があったのか!?」
「すまないが、説明している余裕はない。僕の体を頼んだよ、小野寺ユウスケ」
「ちょっと、それどういう意味だよ!?」
ダブルに変身する時、フィリップの体は無防備になる。
故に変身している間の事をユウスケに頼み、サイクロンメモリをドライバーへ差し込む。
ユウスケは理解できずに戸惑っているが、すぐに事態を察してくれるだろう。
「「変身!」」
《――CYCLONE/JOKER――》
ガイアウィスパーと共にフィリップの意識が転送され、同時に翔太郎の体を中心に風が巻き起こる。
渦巻く風が止んだ時、そこには右半身を緑に、左半身を黒に染めた翔太郎の姿があった。
「ッ――――――!」
切り変わった視界の向こうでは、変身した翔太郎を警戒して千冬が距離をとっていた。
彼の言う通り、千冬が剣を取って襲ってきた、という事だろう。
そしてその理由も、全てをではないが予想出来ている。
「翔太郎。先に病院で見たモノと、そこから推測した事を伝えておく」
「何があったんだ?」
「人が……死んでいた」
「なっ!」
翔太郎が息を飲む。
当然だろう。仮面ライダーである彼からすれば、それは看過できない事だからだ。
だが、話はここで終りではない。
「その事と彼女の様子から推測するに」
フィリップは言い難そうに、しかしはっきりと告げた。
殺された人物が一体誰が該当するのか。
その、絶望的な答えを。
「殺されていたのはおそらく――――織斑一夏だ」
現場に残されていた衣服は、引き千切られて入るが、男物と判別できた。
そして名簿には、織斑千冬と同じ苗字で、男性のものと思われる名前が一つだけあった。
殺された人物が彼女の知り合いと仮定した場合、それらから推測できる人物は即ち「織斑一夏」一人だ。
織斑千冬と織斑一夏の関係性は解らないが、その可能性は高いだろう。
「織斑? ってことはまさか………っ、ちくしょう! そういうことかよッ!!」
その理由に思い至った翔太郎が、悔しさのあまりに声を張り上げる。
そう。織斑一夏が彼女にとって大切な人物であり、その彼が殺されたとなれば、織斑千冬の執り得る行動は限られてくる。
一つは僕達の様に、亡くしてしまった人物に誇れる在り方を貫き通す道。
もう一つは、かつての照井竜の様に、亡くした人物の敵討ちを望んで復讐鬼となる道。
織斑千冬が選んだのは、おそらく後者。
断定はまだできないが、こうして剣を向けられている以上、否定はできない。
そしてそれを肯定するように、千冬は鈍い光を放つ剣を正眼に構える。
無言で剣を構える彼女の目には、明確な殺意が宿っていた。
「翔太郎、来るよ―――!」
相手が来ないのなら自分から、という事だろう。
千冬は一息で距離を詰め、その手の剣で斬りかかってくる。
Wはそれを咄嗟に避け、追い縋る千冬から距離を取る。
「行くよ、翔太郎」
「ああ……力ずくでも千冬さんを止めるぞ!」
そう言って仮面ライダーWは、剣を構え迫る千冬へと相対した。
修羅の道を歩もうとする女性を、その悲しみから助けるために。
「――――――――」
対する千冬は臆することなくWへと迫り、再びその剣を振るう。
―――無表情に。ただ殺意だけを、その瞳に宿して。
○ ○ ○
「もう一度だけ聞く。お前は一体何者だ」
切嗣はアイリスフィールにそう詰問する。
愛する妻に銃口を向けるその視線に、揺らぎは全く見られなかった。
そんな切嗣の、明らかに敵と見做した行動に、アイリスフィールは戸惑う事しか出来ない。
「な、何を言ってるの切嗣? 私のことがわからないの?」
「そうだよ切嗣! さっき自分で奥さんだって言ってたじゃんか!」
「ああ。少なくとも、外見上はね」
突然の展開に、アストレアは思わずアイリスフィールを擁護する。だがそれを、切嗣は一言で切って捨てる。
その冷徹さに、アストレアはおろか切嗣の事を知っている筈のアイリスフィールまでもが絶句した。
それを待って、切嗣はアイリスフィールに銃口を向けた理由を口にした。
「理由は三つある。
一つ目。お前は二組に分かれることを提案した時、バーサーカーの令呪が欲しいと言った」
「だってそれは……!」
「ああ、確かに会って間もないアストレアが信用できないというのはわかる。
けどお前は、真っ先にバーサーカーを指名した。それこそ、初めからそうするつもりだったかのように」
そして彼女は、アストレアの事を知ろうともしなかった。
その指摘に、目の前のアイリスフィールは驚いたように目を見開いた。
それは本当に、隠し事が見抜かれた時の彼女の反応そのままだった。
けれど切嗣の知っているアイリスフィールであれば、アストレアに挨拶すらしないのはおかしかった。
「二つ目。お前が現れてからずっと、バーサーカーがお前に反応している。
バーサーカーには、害意を持たない人間には攻撃しないよう命令してあってね。
そのバーサーカーが反応するという事は、お前は何かしらの害意を持っているという事になる」
「あっ―――!」
「ッ――――!」
アストレアがそれを思い出し、声を上げる。
対するアイリスフィールは、一瞬悔しげに顔を歪ませる。
その表情を、僕は知らないし、記憶にある彼女からは想像も出来ない。
だがそれを一瞬で消して、アイリスフィールは覚えている通りの仕草で言葉を紡いだ。
「けど、相手はあのバーサーカーよ? 警戒するなって言う方が無理よ」
「そこで三つ目だ。確かにお前の姿形、見た限りの仕草や癖も、記憶にある彼女そのままだ」
「ならどうしてっ」
「だがお前は、あまりにもそのままに過ぎた。まるで、懐かしい映画を見ている様な気分だったよ」
人間の記憶とは、年月の流れに風化し、美化されるものだ。
切嗣がアイリスフィールを失ってから五年。それほどの時間で、記憶にある彼女が変化しない方がおかしい。
だが目の前にいるアイリスフィールは、何もかもが覚えているままだった。
そしてそれこそが切嗣が、彼女に疑念を懐いた最大の理由だった。
「さぁ、教えてもらおうか、お前の正体を。―――バーサーカー」
切嗣の指示に従い、バーサーカーは“倉”から一振りの大剣を取り出す。
その行動に一切の淀みはなく、令呪による抑制を受けていない事は明らかだ。
命令を撤回していない以上、害意を持たない人間には攻撃できないはずなのに、だ。
「お願い切嗣! バーサーカーを止めて!
私は本物のアイリスフィールよ!? 私を信じて!」
それを見たアイリスフィールは、自らの窮地に命乞いをする。
だが、それこそが致命的な齟齬だ。
アイリスフィールは、切嗣の理想の為に命を捨てる覚悟を持っていた。
仮に切嗣の様に死後から呼ばれてもそれは変わらないだろうし、聖杯の“内側”での記憶を持っているのなら、切嗣へ抱く感情は憎悪の筈だ。
そのどちらも懐いていない彼女は、少なくとも切嗣と共に在った“アイリスフィール”ではない。
それに何より――――
「信じているさ。お前ではなく、僕と共に生きたアイリをね」
バーサーカーがアイリスフィールへと一息で距離を詰め、大剣を勢いよく振り下ろす。
大剣を打ちつけられた地面は粉塵を巻き上げ、一瞬二人の姿を隠した。
その直後、粉塵から空へと飛び出す赤い影があった。
「……まさか、こんなにもあっさりと見破られるなんて思わなかったなぁ。
思った以上に厄介だね、衛宮切嗣」
極彩色の片翼を広げる赤い人影は、物理法則を無視して空中に停滞している。
だが魔術師の観点から見れば異常なそれも、アストレアやISと言った前例を見た後では驚くに値しない。
故に切嗣の関心は別の所に寄せられ、即座に赤い影の正体を看破した。
「そうか……お前がグリードか」
「あたり。僕の名前は
アンク。よろしくね」
そう言って赤い影――アンクは、子供の様な仕草で挨拶をした。
しかし、あいにく切嗣にはアンクとよろしくするつもりはなく、むしろこれを好機とみてバーサーカーに指示を出す。
「悪いが、お前と慣れ合うつもりはない。今ここで始末させてもらう。バーサーカー!」
「■■■■■■――ッ!!」
指示を受けたバーサーカーは、空を飛ぶアンクに対抗するために白式を展開し、一気に飛翔する。
そしてそのままの勢いでアンクへと迫り、展開した雪片弐型を薙ぎ払う。
「ぅおっと! 危ないなぁ。僕はまだ倒されるつもりはないんだ。だから、さっさと逃げさせてもらうね」
攻撃は予測していたが、アストレアではなくバーサーカーからの攻撃だった事に驚きながらも、アンクは更に高く跳び上がって撤退する。
だが切嗣にアンクを見逃すつもりなど、微塵もなかった。
「させるか! 追え、バーサーカー! アストレアも頼んだ! 僕もすぐに追い駆ける!」
「りょーかい!」
切嗣の指示を受け、アストレアはすぐにアンクとバーサーカーを追って飛び出す。
それを確認するより早く、切嗣もライドベンダーに飛び乗り、アクセルを全開にする。
もしアンクが他の参加者と接触し、バーサーカーを危険人物だと言ってしまえば、それを否定する要素はない。
その人物がバーサーカーに攻撃を加えてしまえば、危険人物という認識は決定的になってしまう。
それをさせないためにアストレアも向かわせたが、万が一という事もある。
「頼むから、問題を起こしてくれるなよ……!」
そう口にしながら、空を飛ぶ三つの影を追う。
森を抜けるまでの僅かな間に、もう大分離されている。
彼女達に追いつくのは、どうやら事が終わってからになりそうだ。
最終更新:2012年10月21日 15:14