Oの喪失/信じるという事 ◆SXmcM2fBg6
○ ○ ○
その日々は、今でも鮮明に思い出すことが出来る。
ずっと、二人で生きてきた。
一夏と共に両親に捨てられてから、ずっと一人で守ってきた。
捨てられたときに誓ったのだ。一夏のことは、自分の力のみで守って見せると。
それは、とても辛く、苦しい日々だった。
子供だけで生き抜けるほど、世間は優しくなんかない。
挫けそうに、諦めそうになったことなど、数え切れない。
けれど、一夏の存在を支えに、耐えて耐えて生き抜いてきた。
だからそれは、とても幸せな日々だった。
そうして年を経て一夏も成長し、当たり前に生活する分には庇護する必要はなくなっていた。
そのころからIS関連の仕事が多くなり、家に帰れることは少なくなっていった。
それでも一夏の待つ家に帰り、穏やかにすごした時間は、何よりの至福だった。
一夏がIS学園に通うようになり、私的な時間がより短くなっても、傍にいられることは嬉しかった。
だから一刻も早く、一夏と合流したかった。一目でも無事な姿を見て、安心したかった。
そしてその願いは半分だけ叶い、残り半分は、最悪の形で叶わぬものとなった。
――――せめて。
殺人者がもう少し執拗であればよかったのに。
鮮烈な“赤”に彩られた部屋と、男物のIS学園の制服を見て、放心しながらもそう思ってしまった。
それさえなければ、ただ犯人の異常さに眉を顰めるだけですんだかもしれないのに。
判別できる程度に無事だった制服は、“残骸”の元となっていた人物が誰であるかを容赦なく突き付けてきた。
“ソレ”は
織斑千冬にとって掛け替えのないモノであり、そしてたった一人の家族である、『
織斑一夏』であると。
そうしてふらつくように、その部屋を後にした。
そこにいる意味はなかったし、
小野寺ユウスケのことも心配だった。
だがそれ以上に、その部屋から、一夏の死という現実から逃げだしたかった。
後はもう、駆け寄ってきたユウスケに支えられてロビーへと戻り、そこに現れた二人の青年の話を聞き流していた。
別に何も聞いていなかったわけではない。ただ応える気力がなかっただけの事だ。
だがその話の中で、一つだけ気になる言葉があった。
それを何も考えぬままに反芻し、理解し、検討していた。
そしてその答えを認識すると同時に、考えるよりも早く行動していたらしい。
気が付けば私は、自分へと気遣うように話しかけていた青年へと剣を振り抜いていた。
青年は辛うじてその一撃を躱していたが、私は構わず邪魔なデイバックを投げ捨て、剣を構え直している。
何故そんな事をするのかと思ったが、すぐにその理由に思い至った。
“――――私はグリード達を倒す! その為なら……悪魔になっても構わないッ!”
……ああ、ならばいい。そうしよう。
それしか他に方法がないと言うのなら、それを成そう。
そんな諦念にも似た決断をし、再び青年へと足を踏み出した。
感情を凍らせ、心を押し殺し、表情を無にして。
胸を穿つ、理由の分かりきった躊躇いも振りはらって。
そうやって、心にもないことを決意して。
――――――だって誓ったのだ。
何に代えても守ると。
だから、
「ハァ――ッ!」
「グ、このッ………!」
千冬はWへと、必殺の意志を籠めて剣を振るう。
Wはその一撃を防いで反撃するが、あっさりと躱され、逆に反撃を受ける。
―――弱い。
千冬はWをそう評価する。
ウェザーと比べると、硬度、速度、威力、そのどれもが低い。
そしてそれ以上に、戦闘技術の錬度が低すぎる。
一般人にはそれでも脅威ではあるが、千冬にとっては恐れるに値しない。
もちろん相手が本気を出せていない、というのもあるだろう。
だがそれを言うのならば、千冬とて武器が不慣れな西洋剣だ。全力を出せている訳ではない。
条件で言うならば五分か、若干千冬が有利といったところだろう。
故に千冬は、ユウスケが駆けつける前に決着を付けようと、一気に攻勢へと移る。
「うお――! とっ! グッ……!」
千冬から繰り出される高速の三連撃。
一撃目は飛び退いて、二撃目は半身になって回避し、三撃目は腕を交差して受ける。
本当に女性、いや、人間かを疑うその一撃の威力に数歩後退り、迫る追撃を大きく飛び退いて躱す。
「ってぇ~……!」
千冬の斬撃を受けた腕を振って痛みを誤魔化す。
一撃を受けた腕には切り傷が残り、僅かに白煙を上げている。
やはりWに変身したのは正解だ。もし生身の肉体だったなら、守った腕ごと体を両断されていただろう。
彼女であれば、生身のままエンジンブレードを使いこなすことも可能かもしれない。
だがそれほどの実力こそが、Wに変身する翔太郎と
フィリップを攻めあぐねさせていた。
剣道三倍段、という言葉がある。
これは武器を持たぬ者より、持つ者の方が有利である、という例えだ。
その理由はおもに二つ。
一つは間合い。ナイフの様な小振りな物を除けば、戦いは基本的にリーチのある方が強いとされる。故にこそ刀剣は廃れ、銃火器が発展したのだ。
もう一つは殺傷性。これは単純に、怪我の危険がある素の拳よりは、何かしらの道具を用いた方がより躊躇わずに力を籠められる、というだけの事だ。
その点で言えば、今回は一つ目の事例に該当する。
Wが千冬を攻撃、あるいは拘束するには、まず彼女の振るう剣をなんとかする必要があるのだ。
だが素手でどうにか出来るほど千冬の攻撃は甘くなく、ウェザーのように体で受け止められるほど、Wの体表硬度は高くない。
それにそもそもとして――――
「厄介だね。彼女を相手に手加減は出来ない。けど、」
「本気で攻撃しちまったら、最悪大怪我をさせちまう」
いかに超人的な剣技を持とうと、千冬はあくまでもただの人間でしかない。
人間を越える力を持つWの一撃をまともに受ければ、彼女は大怪我を免れないだろう。
Wの目的は千冬の凶行を止める事であり、もし全力を出して大怪我をさせてしまえば本末転倒だ。
あるいは千冬であれば対処できるかもしれないが、その“もしも”を考えれば迂闊な攻撃は出来ない。
そんな厄介の一言に尽きる状況に、翔太郎は彼女がドーパントであれば、メモリブレイク狙いで遠慮なく戦えたのにとさえ思った。
「しゃーねぇ。フィリップ、まずは剣を何とかするぞ」
《――CYCLONE/TRIGGER――》
ドライバーからジョーカーメモリを取り外し、トリガーメモリと換装する。それと同時に、Wの黒い左半身が青色へと変化する。
トリガーは遠距離攻撃を可能とするメモリであり、剣しか武器を持たない千冬に対し有利となる。
ただしその威力をあまり加減出来ず千冬には危険だが、そこはWの腕次第だろう。
「翔太郎、くれぐれも彼女に直撃させない様にね」
「わかってるって。おっし、行くぜ!」
対するWはトリガーマグナムを取り出し、千冬の足元へと疾風を伴なう光弾を連射する。
直撃させるのは危険なため、足場を崩して動きを止め、その隙に剣を撃ち落とそうという作戦だ。
――だがその目論見は、容易く破られることとなった。
「――――――」
千冬はWが狙いを定めるよりも早く動き出し、連続で放たれた光弾を回避する。
更に続いて放たれる光弾も、Wの狙いを予測した上で素早く立ち回り、その狙いを外す。
いかに高速の弾丸であろうと、その斜線が真っ直ぐである以上、狙いが逸れれば中ることはまずない。
そしてそれは、刀剣一本で数多のISを打ち破ってきた千冬にとって、そう難しいことではなかった。
千冬はトリガーマグナムから放たれる光弾の特性を把握し、紙一重で回避しながら徐々にWへと接近していく。
「くそ、速ぇ……!」
「駄目だ翔太郎! 完全にこちらの狙いを見切られている!
ルナ……いや、メタルに変えるんだ!」
相棒のその言葉に従い、翔太郎は即座にメタルメモリを取り出す。
フィリップがここでトリガーマグナムに誘導性を持たせるルナではなく、格闘系のメタルを選んだのは、千冬の速度を懸念しての事だった。
そしてその懸念通り、千冬は変身の為に銃撃の止んだ一瞬の隙に、一気にWへと接近し剣を振り抜いていた。
《――CYCLONE/METAL――》
「ヅ……! 危ねぇ……!」
間一髪で変身の間にあったWは、金属のような銀色に変化した左腕で千冬の一撃を受け止める。
そのままメタルシャフトを取り出し、千冬へと薙ぎ払う。
千冬はそれを飛び退いて躱し、続いて放たれた突きを剣で受け流して、返す一撃でWの左脚を切り払う。
「うお――っと……!」
だがWはバランスを崩しただけで、そのまま前転して距離を取った。
その様子を見て千冬は僅かに目を細める。
硬度が上がっている。先程の様な傷跡も残らない。
いかに速度を優先したとはいえ、想定よりもダメージが低すぎる。
「今度はこっちの番だぜ!」
そう言ってWはメタルシャフトを振り回して攻撃してくる。
千冬はそれを剣で捌きながら、改めてWの状態を見る。
左半身が銀色に変わり、武器を出現させただけではない。
剣から伝わる衝撃で威力が、先程の一撃で硬度が上昇したのが分かる。
だが代わりに、立ち回りの速度が低下している。
―――なるほど。METAL――金属か。
そう千冬は納得し、同時にWの戦闘技術が低い理由も理解した。
おそらくWは複数の形態に変化し、その度に攻撃手段が変化するのだ。
常に相手の弱点となる形態に変身し、故に一つの形態に対する錬度が低くなっている。
複数の武装を以って戦う場合における、当然ともいえる欠点だろう。
故に千冬もまた、Wに対応した戦法をとる。
千冬の武器は剣一つ。またトリガーに変身されては対処が面倒だ。
ならばより素早い連続攻撃で、そもそも変身させなければ良いだけの事。
「シッ――――!!」
そう結論し、疾風怒濤と剣を振るう。
Wはメタルシャフトを盾にその連撃を防ぐが、速度を優先した千冬の攻めに、徐々に防御が遅れていく。
そしてついには、徐々に体の方に攻撃が当たり始めた。
一撃の威力は低いためダメージは少ない。だが決して無いわけではない。
このままではいずれ隙ができ、強烈な一撃を受けてしまうだろう。
Wがこの攻撃に対処するには、速度を上げるか、そもそも千冬を近づけさせない必要がある。
だがWが形態を変化させるには、どうしてもメモリの換装が必要となる。
そしてそれをさせないための、高速の連続攻撃なのだ。
『翔太郎、このままでは……!』
「わかってるって! なんとかする――さ!!」
メタルシャフトを一際強く薙ぎ払う。
胴は当たった時に危険なため、狙ったのは足だ。
「――――――」
だが千冬はその足払いを軽く跳躍して回避し、着地と同時に剣を振り抜く。
狙いはガラ空きの左脇腹。Wには薙ぎ払ったメタルシャフトを戻す余裕はない。
故にWはその一撃を防ぐ事も出来ず、そして躱す間もなくその一撃を受けた。
「グッ……、の―――!」
――――否、受け止めた。
「ッ――――!」
激痛を耐え抜くと同時に跳ね上がるWの左腕。
千冬は即座にその狙いを看破し、次撃への選択を捨てて後方へと飛び退く。
それによって間一髪、千冬の剣を捕らえ損ねたWの左腕は空を切った。
だが左腕はそのままメタルシャフトを掴み、勢い良く跳ね上げられる。
「ヅッ――――!!」
それを咄嗟に剣で防ぐが、その威力に剣が手から離れ、高く打ち上げられた。
千冬は即座に後退し、辛うじて追撃を躱す。
「おっしゃあ――ッ!」
「翔太郎、今だ――!」
《――LUNA/METAL――》
そうして開いた距離をWは詰めず、今度は右半身を金色に変化させる。
そしてメタルシャフトの先端を鞭のように撓らせ、千冬へと向けて薙ぎ払う。
ルナの効果を得たメタルシャフトであれば、千冬を傷つける事なく拘束出来るからだ。
「捕まえた―――あれ?」
しかしその一撃は、Wの狙い通りに千冬を捕える事は出来なかった。
千冬は這い蹲る様に地面に伏せることでメタルシャフトの一撃を躱し、更にはWへと向けて疾走する。
それに思わず咄嗟に防御姿勢をとったWへと飛びかかり、足場として強く踏み抜き更に高く跳躍する。
「なにぃ―――!!」
「僕たちを踏み台に……!!」
そして未だ空に打ち上げられていた剣をその手に掴み、落下の勢いさえも利用してWへと渾身の一撃を叩き込んだ。
「グァ―――ッ!!」
「クッ! 不味い……!」
踏み台にされた事で体勢を崩していたWは、千冬のその一撃を防ぐ事が出来なかった。
そのまま崩れ落ちる様に地面を転がり、どうにか千冬との距離を取ろうとする。
だが千冬がこの絶好の機を逃すはずがなく、今のWに千冬から逃げきるだけのスピードはなかった。
―――故に千冬の攻撃が行われなかったのは、第三者からの妨害しか有り得なかった。
「――――やめて下さい、千冬さんッ………!!」
その声に、千冬は思わず、今にも振り下ろそうとした剣を押し止めた。
見れば、病院の入り口に、フィリップを背負ったユウスケが立っていた。
「ッッ………………!!」
一気に湧き出た心の呵責に更なる躊躇いが生まれ、それを振り切って剣を振り上げる。
「■■■■■■■■―――ッ!!」
―――その隙を狙ったかのように、叫び声と共に飛来するものがあった。
それは彼女達のすぐ近くへと墜落し、粉塵を巻き上げる。
「チィ――――!」
「い、いきなりなんだ!?」
千冬は襲来したものを警戒して後退し、Wも両方に対処できるように距離をとる。
飛来したものは土煙に紛れてよく見えない。だが先程の叫び声と、辛うじて見える影から人型だとは判る。
故にその正体を確かめようと、土煙が晴れるのを待って人影を視認した時、千冬は二度目となる思考停止を味わうこととなった。
「コイツ……いきなり何なんだ!?」
「少なくとも、味方って訳ではなさそうだね」
翔太郎とフィリップは、結果として千冬から自分達を救った人物を見て警戒心を懐く。
その人物は全身に漆黒の鎧を纏い、更にその上から、最初に殺された少女と同じような機動兵器を装備している。
だが判るのはそこまでで、それ以上はどんなに目を凝らしても詳細を判別できない。
いや。目を凝らせば凝らす程に、鎧の輪郭は曖昧になっていく。
ただ兜のスリットから覗く赤い眼光だけが、明確な戦意と狂気を表していた。
「、………………っ」
小さく喉を鳴らして唾を飲み込む。
いかなる意図によるものか。黒い騎士は纏っていた起動兵器を解除した。
だがそれ以降何の行動も示さず、まるで獲物を窺うかのようにジッとしている。
あれほど派手な登場をしたのであれば、何かしらの目的がある筈なのに、だ。
こちらが動くのを待っているのか。それとも別の理由があるのか。
その目的が分からない以上、迂闊に動く事は出来なかった。
そんな重苦しい緊張感の中、ただ一人だけ、言葉を発した人物がいた。
「………なぜ、貴様が乗っている…………」
千冬が顔を俯けたまま、そう言った。
その声には、さながら地獄からの怨嗟の様な響きが伴っていた。
「それは一夏の……私の弟の物だ……!」
その色が如何に黒く変色しようと、
その形が如何に禍々しく変容しようと、
自分がその機体を見間違えるはずがない。
黒い騎士が乗るISは、紛れもなく――――
「なぜ貴様が白式に乗っているんだと訊いているんだ……ッ!!」
―――織斑千冬の弟、織斑一夏の専用機『白式』だ。
千冬は剣を握り締め、力の限りに叫ぶ。
それは、先程まで一言も喋らなかった彼女の声とは思えないほどの激情だった。
だが黒い騎士は答えず、不気味に沈黙を保ったままだ。
その態度に、ついに千冬の感情が爆発し、怒りのままに黒い騎士へと剣を振り上げた。
「答えろォォォオオオ――――ッッッ!!!!」
「■■■■■■■■■■■■――――ッッ!!!」
それに呼応するように、不気味な沈黙を保っていた黒い騎士も咆を張り上げる。
そしてその咆哮が、新たなる戦いの狼煙となった。
○ ○ ○
アンク――正しくはもう一人のアンクが切嗣達に気付いたのは、本当にただの偶然だった。
織斑千冬に揺さぶりを掛けた後、病院から南下していたアンクは、不意に聞こえたエンジン音を辿ることで切嗣達を見つけたのだ。
その時アンクが思ったのは、
衛宮切嗣の殺害と
バーサーカーの引き込みだった。
衛宮切嗣は徹底した暗殺者であり、情報を与えれば与えるだけ弱点を晒してしまう事になる。
加えてエンジェロイドとバーサーカーを従えている今、ともすれば切嗣の独壇場になりかねない。
故に切嗣が何かしらの情報を得る前に、なるべく早期に殺しておくにこした事はない。
更に赤陣営であるバーサーカーを制御化に置けば、己自身の戦力も盤石となると考えたのだ。
そこでアンクはダミーメモリの能力を使って彼等の記憶を探り、アイリスフィールに“偽装”した。
彼がわざわざ参加者に居ないアイリスフィールに“偽装”したのは、最も厄介な衛宮切嗣を欺くためだった。
切嗣には、ドクター真木の説明会の際にアイリスフィールに似た人影を見た記憶があった。
外見的特徴からおそらく
ラウラ・ボーデヴィッヒの事だろうが、切嗣にそれを確かめる術はない。
更に言えば、切嗣は自らの妻であるアイリスフィールに対してのみ、他の人間に比べると格段に対応が甘くなるからだ。
後は正体を気付かれる前に、衛宮切嗣から令呪を奪えばよかった。
令呪を一画でも手に入れれば、後はダミーの能力の応用でどうとでも制御できる。
ならばバーサーカーに
アストレアの相手をさせ、その間に自分は切嗣を始末すればいい。
切嗣は能力的にも暗殺者向きであり、真っ向勝負でグリードに勝てる要素は少ないからだ。
故に自身がボロを出さない限り、この作戦には何の問題もない――――はずだった。
……アンクに誤算があったとすれば、それはバーサーカーの性質と衛宮切嗣の思考パターンを甘く見ていた事だろう。
例え令呪で縛られていようと、バーサーカーは今尚戦いを求めている。
いかに狂化されていようと、サーヴァントとしての本能がその機を逃す事はしない。
その本能が、アンクの内に秘められた、切嗣への“害意”を嗅ぎ取っていたのだ。
そして衛宮切嗣は、目的の為ならば心を切り離して行動する事が出来てしまう。
たとえどれだけ似ていようと、僅かでも疑念を抱けば、それを徹底的に暴こうとする事が出来る。
その結果本物だったとしても、アイリスフィールがより多くを殺す事になるのであれば、彼はそれを阻止するために自ら手を下しただろう。
……第4次聖杯戦争を、そうやって終結させたように。
―――それに何より、彼は信じていたのだ。
自分の知っているアイリスフィールであれば、そのような事をする筈がないと。
それこそが衛宮切嗣が、約束した理想を遂げる為に必要なものとして胸の内に秘めた、“仲間への信頼”だった。
そうして今、アンクはバーサーカーの追撃から全霊を持って逃げていた。
それがアンクのもう一つの誤算。バーサーカーが所有する「白式」の存在だった。
怪盗Xに持ち去られたはずのISをバーサーカーが持っていることは、完全に想定外だった。
奥の手もあるため、アストレア一人ならどうにでも撒けたし、場合によっては殺す事も出来ただろう。
だが二人掛かりとなると、今のアンクには逃げ惑う事しか出来なかった。
だがアンクとて何も考えずに逃げたわけではない。
白式もアストレアも、どちらも高速特化型。ただ逃げるだけではすぐに追いつかれる。
そこでアンクが選んだ逃亡先は、先程まで彼がいた、参加者がいる事が確定している病院だった。
彼女達をバーサーカーに嗾ければ、少なくとも追手はアストレアだけになるだろうと判断したのだ。
そうしてバーサーカーの攻撃を凌ぎ、時には炎弾で牽制しながら病院に辿り着いた、その時だった。
目的地に辿り着いたことで、僅かにでも気が緩んだせいだろう。
「■■■■■■■■―――ッ!!」
「しまっ、ッア゛――――ッッ!」
その緩みを突いて、バーサーカーは一瞬でアンクの背後に回り、強烈な一撃を叩き込んだ。
アンクは咄嗟に両腕で防御したが、バーサーカー相手にそんな守りはないも同然だ。
あっさりと胴体まで切り裂かれ、高空から大地へと叩き落とされた。
その激痛とダメージに、アンクは一瞬気を失ってしまう。
そうして一瞬の気絶から目を覚ました時、アンクは自身の幸運に感謝した。
バーサーカーを除き、その場所に居たのは織斑千冬と小野寺ユウスケ、そして仮面ライダーWだった。
そして都合がいい事に、織斑千冬はバーサーカーへと激情を露わにしている。
弟の専用機を怪しい黒騎士が使っていれば、それも当然と言えるだろう。
このまま千冬がバーサーカーに攻撃すれば、バーサーカーは反撃を行い千冬は殺されるだろう。
そうすれば、小野寺ユウスケ――つまりは仮面ライダークウガも、仮面ライダーWも、バーサーカーを危険人物とみなし、戦いを始めるだろう。
加えて彼等はアンクに気付いておらず、ならばその隙に、こっそりと逃げればいいだけだった。
そうして織斑千冬は、アンクの思惑通りにバーサーカーへと剣を振り上げた。
撒いた種が芽吹かないのは残念だが、命には代えられない。
彼女にはせいぜい、仮面ライダーを始末するための引き金を引いてもらおう。
そう思いながら戦いが始まるのを待って息を潜めていたのだが、そう都合良くは行かないらしい。
「スト―――ップ………!!」
遅れてやってきたアストレアが、今にも千冬に斬りかかろうとしていたバーサーカーを勢い良く弾き飛ばしたからだ。
それにより再び戦いは停滞し、今度はアストレアが注目される番となった。
だがアストレアはその視線を気にも留めず、というか気付きもせずにバーサーカーへと抗議する。
「何やってんのよ! あんたの相手はあっちの赤いのでしょうが! 関係ない人を攻撃しようとしてんじゃないわよ!」
それにより、ついにはアンクの存在が見つかることとなった。
ことごとく外れる思惑にアンクは不機嫌になるが、見つかったのなら堂々と逃げればいいと思い直す。
幸いにして場は混乱している。いきなりの行動には対応しきれないと考えたからだ。
だがアンクよりも早く行動する存在があった。
「■■■■■■■■■■――――ッ!!」
バーサーカーが、戦いを邪魔された怒りから一際強く叫び声を上げる。
破壊を求める彼にとって、戦いを妨害される事は屈辱以外の何ものでもない。
しかもアストレアに邪魔されたのはこれで二度目となるため、その怒りも一入だった。
だがいかに激しく弾き飛ばされようと、バーサーカーにアストレアを攻撃する事は出来ない。
なぜならアストレアはバーサーカーを無理矢理に止めただけであり、害意など微塵も持っていなかったからである。
故にバーサーカーは、アストレアを無視して再び千冬へと襲い掛かる。
対する千冬もまた、バーサーカーへの激情を再燃させ一歩を踏み出す。
その二人を止める影が、今度は二つ。
「少しは人の言う事を聞きなさいよ、このバカァッ!
えっと……そこの二色の人、あの赤いグリードをお願い!」
バーサーカーに相対したのは当然アストレア。
彼女は再びバーサーカーを弾き飛ばし、後退させて追い返す。
そして自分と同様に動いた人物へとアンクを任せ、バーサーカーを追って加速する。
「いや、いきなりお願いって言われても、こっちだって大変なんだよ!
って言うか千冬さん! あんたもいい加減、少しは落ち付けって!」
「そこを、どけぇ――ッ!!」
「だぁもう、こっちも聞く耳ねぇし!」
対して千冬と相対したのも、やはりW。
翔太郎は翼の生えた少女の考えなしなお願いに当惑しつつも、一先ず千冬を抑えにかかる。
千冬はそんなWと鍔迫り合いながらも、バーサーカーへと追い縋ろうとする。
「翔太郎、グリードが!」
「わかってる! けど千冬さんをこのままほっとく事だって出来ねぇだろ!」
その間に逃げ出そうとするアンクを見咎めて、フィリップは翔太郎に声を掛ける。
だがアンクを追いかけるという事は、逆に千冬を自由にしてしまう事になる。
今の千冬は文字通り何をするか判らない状態だ。一人にしておく事は出来ない。
そう思い悩むWに、唯一自由だった人物が声を掛けた。
「翔太郎、フィリップ! 千冬さんは俺が何とかするから、あいつを任せた!」
「けどユウスケ! お前もうメダルが――!」
「俺なら大丈夫だ! 信じてくれ!」
「ユウスケ、おまえ………」
そう言って懇願するユウスケに、翔太郎は彼の覚悟を感じた。
故に翔太郎は、千冬を弾き飛ばして距離を取ると、青のままアンクへと身体を向けた。
それはつまり、千冬をユウスケに任せたという事の意志表明に他ならない。
「……わかった。千冬さんはお前に任せたぜ、ユウスケ」
「いいのかい、翔太郎?」
「ああ。ユウスケなら、千冬さんを止められるさ」
「……! 二人とも、ありがとう!」
感謝を述べるユウスケの声を背に、Wはアンクの元へと駆け出す。
それを好機と千冬はバーサーカーへと駆け出すが、今度はユウスケが彼女に立ち塞がる。
その様子を見届ける事なく、それほども間もなくWはアンクと相対した。
「と言う訳で、あんたの相手は俺達だ。
どうもあんたはグリードらしいし、やましい事がないんなら大人しくしていてもらおうか」
翼の生えた少女と黒い騎士は、相手を弾き飛ばすだけの奇妙な攻防を繰り広げている。
あの少女の様子からして、おそらく最初はこのグリードだけが標的だったのだろう。
その理由までは分からないが、千冬を助けた事から、彼女は少なくとも悪人ではないと思う。
それが翔太郎が、正体のわからぬ少女のお願いを聞いた理由だった。
「それはイヤだな。僕はすぐに逃げさせてもらうよ」
そしてアンクも、当然やましい事はあるので大人しくするつもりはなかった。
バーサーカーから受けたダメージは大きいが、W程度相手に負けるつもりはない。
むしろ彼等を倒す事によって、失ったセルメダルを回収しようと考えた。
「そんじゃ、力尽くでも大人しくしてもらおうか」
「出来ると思っているの? 君たちが僕に勝つことが。それと、彼に彼女を止める事が」
「ああ、もちろん思ってるぜ。あいつなら出来るってな」
「へぇ。それじゃあ、やって見せてよ!」
アンクはそう言うと、Wへと炎弾を放つ。
それをWはメタルシャフトで打ち払い、メモリを換装する。
《――LUNA/TRIGGER――》
相手は黒い騎士と一緒に空から落ちてきた。そこから飛行能力も有すると推測できる。
加えて言えば、相手は殺し合いを仕組んだグリードだ。千冬の時の様な加減は必要ない。
ならば遠距離攻撃が可能で、誘導性もあるルナトリガーがこの場での最適なメモリだろう。
「行くぜ、フィリップ」
「ああ、翔太郎」
Wは相棒と声を掛け合い、トリガーマグナムを構えてアンクへと立ち向かう。
千冬の事はユウスケに任せた。
彼ならば千冬を止める事が出来る筈だ。
ならば今は、自分達に出来る事をやるだけだ。
○ ○ ○
そうして小野寺ユウスケと織斑千冬は相対した。
ユウスケはただ真っ直ぐ千冬を見詰め、千冬は威嚇するようにユウスケを睨みつけている。
「………そこを退け、小野寺」
「退きません」
感情を押し殺した千冬の警告を、ユウスケは頭を振って拒絶する。
千冬が先程までとは違い、幾許か冷静に見える理由はユウスケには分からない。
だがこれが唯一の、千冬を止められる機会である事だけは理解出来た。
「もう止めて下さい、千冬さん。こんな事をしたって、何の意味もありません」
「意味ならある。私が優勝すれば、私の望みが叶うかもしれない、という意味がな」
「千冬さんの……望み?」
それは一体何なのか。
殺し合いを否定していた彼女が、一転して殺し合いに乗る様な望みが、いつ生まれたというのか。
思い返すのは、目を覚ましてから見た、あの千冬さんの無気力さ。
そして病院の一室で発見した、あまりにも無惨な死体とも呼べない死体。
それらから思い至るのは、「復讐」という二文字だ。
……だがそれならば、ユウスケ達を敵に回してまで殺し合いに乗る必要性はない。
その時まで復讐の刃を隠せばいいのだから、彼女が優勝を目指す理由には繋がらない。
「分からないか? 小野寺。
ならばヒントだ。
井坂深紅郎の話を覚えているな」
「井坂深紅郎って………まさか!」
千冬は出来の悪い生徒を見る様にユウスケを見詰め、その名前を告げた。
それを聞いたユウスケは、翔太郎達から聞いた話を思い返し、そしてその答えに思い至った。
井坂深紅郎は、ユウスケ達がこの殺し合いに呼ばれてから最初に戦った人物だ。
そして同時に、この殺し合いに呼ばれる前に
照井竜によって倒され、死んだはずの人間でもある。
「そうだ。私は優勝という戦果を以って真木清人と接触し、一夏の蘇生を望む」
「死者の蘇生だなんて、そんな事………。
それに、たとえ優勝したとしても、アイツが千冬さんの願いを叶えるとは思えません!」
「そうだな。だが、可能性はゼロではあるまい。そしてゼロでないなら、試す価値はある」
「それは………!」
死者の蘇生。
それは大切な人を失った人ならば、誰もが一度は望む願いだ。
ユウスケとてその例に漏れず、八代藍が死んだ時は望まずにはいられなかった。
しかし、その人として当たり前の願いは、現実の冷たさに容易く打ち砕かれるものだ。
そうして時の流れと共に、多くの人は諦めその死を受け入れていく。
だが織斑千冬は、その願いを叶えようとしているのだ。
有り得ないかもしれない、僅かな可能性に縋って。
その手を多くの血で汚す事になろうとも。
「けどそんな事、一夏さんが望むと思ってるんですか!?」
「間違いなく望まんだろうな。あれはそういうヤツだ」
「なら、どうして!」
その人が望まないと解っているのに、そんな事をしようとするのか。
その人が悲しむと解っていて、その手を汚そうとするのか。
「私が……そう望んだからだ。
喜ばれなくてもいい。恨まれてもいい。
一夏が生き返るのなら私は、悪魔になろうとも構わない!」
それが、織斑千冬の懐いた悲痛な決意だった。
大切な人を失う悲しみを知っているからこそ、ユウスケにはその決意を止める事が出来なかった。
千冬を止めるには、彼女自身が願いを諦めるか、力尽くで倒すしかないと、どうしようもない程に理解してしまった。
「戦え、小野寺!
私を止めたいのなら、誰かを死なせたくないのなら、変身して戦え!」
「千冬……さん」
千冬は西洋剣の切っ先をユウスケへと突き付ける。
その確かな殺意を受け、しかしユウスケは動かなかった。
それを見て千冬はある事を思い出し、ユウスケにある物を投げ渡す。
「そう言えば、貴様はメダルが尽きていたな。ならばこれを使え」
「これは、コアメダル……」
千冬から投げ渡された物。それは、クワガタを模した、緑のコアメダルだった。
「どうして……」
「貴様には井坂との戦いで助けて貰った恩があるからな。
そのメダルがあれば、貴様も変身出来るだろう。それで対等だ」
確かにセルメダルの代用となるコアメダルを使えば、ユウスケはクウガへと変身出来る。
そして変身さえしてしまえば、ただの人間である千冬を倒す事は、そう難しい事ではない。
だが仮面ライダーの力をただの人間である千冬がまともに受ければ、最悪の場合、千冬は死ぬ。
かと言って傷つけないようにすればWの二の舞となり、代用分を超えた瞬間に千冬に殺されるだろう。
つまりクウガに変身するという事は、織斑千冬を殺すという事に他ならないのだ。
「さぁ、変身しろ小野寺。
お前が誰かを守るというのなら、私は倒すべき悪だ。戦う義務がある。
それを躊躇っているようでは、この先で
門矢士と相対したとしても、また一方的に弄られるだけだ」
「ッ――――――!」
そう。これは初めての事ではない。
門矢士の事も、決して忘れてはならないのだ。
士は今もどこかで戦っているのだろう。仮面ライダーを倒すために。
それは、ユウスケが士との戦いを躊躇った結果だ。
ユウスケが躊躇ったせいで、誰かが笑顔を失っているかもしれないのだ。
その過ちを繰り返したくないのであれば、千冬はここで倒さなければならない、敵だ。
「変身しろ、小野寺ユウスケ。
お前が本当に、誰かを守りたいと願うなら」
「俺は…………」
千冬の言う通りだ。
今彼女を倒さなければ、彼女はその願いの為に多くの人を殺すだろう。
それは見過ごせる事ではないし、彼女の為にだってならない。
ならばここで千冬を倒す事こそが、彼女を救うという事なのではないか?
そしてそれが、仮面ライダーとして成すべき事じゃないのか?
だとしたら、俺は――――
「―――変身して戦え! 仮面ライダークウガ!!」
「俺は――――ッ!」
一際強く、千冬が叫んだ。
彼女は己が命の取捨選択を、ユウスケに迫っている。
その声を前にして、ユウスケは歯を食い縛り、コアメダルを強く握り締め、
――――拒絶するように、遠くへと投げ捨てた。
「な――――」
ユウスケのその行動に、千冬は目を見開く。
彼の行動が、千冬には理解できなかった。
「……どういうつもりだ、小野寺」
「俺は……戦わない」
「なに?」
「俺は絶対に、千冬さんとは戦いません!」
その言葉に、今度は耳を疑った。
変身しなければ死ぬと解っていながら、それでも拒絶した彼の行動が、千冬には信じられなかった。
そんな千冬に対し、ユウスケは己の決意を叫んだ。
「この力は……仮面ライダークウガは、誰かの笑顔を守るためにあるんです!
決して、ただ力で敵を倒すためなんかじゃない!」
「――――――」
「千冬さん、本当にそれでいいんですか?
それで千冬さんも、一夏さんも、笑顔になる事が出来るんですか!?
俺は、なれません。ここで千冬さんを倒しても、笑顔になんてなれません」
それが、小野寺ユウスケの答えだった。
ただ倒すだけなら、ただ殺すだけなら、仮面ライダーでなくたって出来る。
けどこの力は、誰かを助ける為の、皆の笑顔を守る為の力なのだ。
「だから何を言われたって、絶対に戦いません」
真っ直ぐに千冬を見つめてそう告げる。
決して変身しないと。決して、千冬とは戦わないと。
「―――怨むぞ、小野寺。
お前は私に、お前を殺せと言うのだな」
そして千冬は、小さくそう呟いた。
直後。千冬は一足で踏み込み、ユウスケへと剣を振り上げる。
その絶対的な死を前にしてユウスケは、それを受け入れる様に目を閉じた。
「姐さんを、信じてますから」
そう、確かな信頼を口にして――――
○ ○ ○
―――それから数分前。
バーサーカーを相手にして、アストレアは当然の様に苦戦していた。
「このッ! いい加減にしろー!」
千冬へと向けて突進するバーサーカーを捕え、反対方向へと投げ返す。
バーサーカーは即座に転進して突撃するが、それを盾で受け止め遮る。
「■■■■■■――――ッ!」
だが、その程度ではバーサーカーは止まらない。
バーサーカーは僅かに後退すると、アストレアを突き飛ばすように再び加速する。
その行動をバーサーカーの胴体を抱えて押し留めるが、力負けして徐々に押し返されてしまう。
かといって“これ以上”を行えば、その瞬間にバーサーカーはアストレアへと剣を向けるだろう。
そしてそうなれば、どちらかが倒れるまで戦うしかなくなってしまう。
それはアストレアでもわかる、避けるべき事態だ。
「ぐっ、ぬぅ……!」
「■■■■■■――――ッ!」
……初めの内は良かった。ただ感情のままに突き飛ばせば良かったからだ。
それは意図せずして害意を持たずに攻撃する結果となり、バーサーカーを空へと追いやる事が出来た。
アストレアの単純さは、その時は利点となって働いていた。
だが考える時間が出来てしまうと、その利点は欠点となってしまう。
この一撃は攻撃ではないのか? この行動は大丈夫なのか? と、思巡する余裕が出来てしまうからだ。
突発的な感情による行動ならともかく、意図した攻撃に害意を持たせない事は、その道のプロでも困難を極める行為だ。
ましてや咄嗟の意識の切り替えなど、自他共に認めるバカであるアストレアには望むべくもない。
対するバーサーカーの執った行動は、至極単純だった。
バーサーカーが標的にした千冬は、バーサーカーへと激しい敵意を抱いている。
そこでバーサーカーは、千冬一人に戦意を集中し、その他の一切を完全に意識の外に追いやった。
つまり “バーサーカーに害意を持つ千冬へと攻撃する”ために行動することで、令呪の呪縛を誤魔化したのだ。
彼が“倉”にある武具による掃射を行わないのは、千冬の近くにいる人物も一緒に“攻撃”してしまう事になるからだ。
その結果二人の攻防は、バーサーカーが千冬へと突撃し、アストレアがそれを押し留める形になっていた。
この戦いの決着は、アストレアが根負けしバーサーカーを取り逃がすが、千冬が戦意を失うかの二つしかない。
それ以外の決着があるとすれば、それはバーサーカーの現在のマスター、衛宮切嗣による制止だけだろう。
“お願い切嗣……早く来て―――!”
故にアストレアは、切嗣の到着を待ち望んだ。
切嗣さえ間に会えば、バーサーカーをどうにかできると信じて。
―――しかしその想いは、無情にも届く事はなかった。
「ッ―――あ、く! ……ッ、しまった!」
攻撃せずに抑え込まなければならないという精神的な疲労からか。
あるいは歴戦の騎士であるバーサーカーが、無意識で行った体捌きによるものか。
いずれにせよ、ほんの一瞬、アストレアはバランスを崩し、足を滑らしてしまった。
そしてそれだけで、バーサーカーには十分すぎる隙だった。
バーサーカーはアストレアを突き飛ばして疾走する。
その先では、千冬がユウスケへと迫り、剣を振り上げている。
アストレアも即座に体勢を立て直して追い縋るが、僅かに間に合わない。
「ダメェ――――――ッッ!!!!」
そのあまりにも遠い距離を前に、アストレアはただ、叫ぶ事しか出来なかった。
――――その光景を、彼らもまた同様に目撃していた。
「翔太郎!」
「わかってるって!」
アンクとの戦いの最中、偶然捕らえた状況にフィリップが声を上げる。
翔太郎もすぐに理解してアンクとの戦いを中断し、トリガーマグナムを別方向へと向ける。
その銃口の先には、アストレアを抜き去り、千冬へと迫るバーサーカーの姿がある。
千冬には今、彼女を止める為に、ユウスケが一対一で向き合っている。
そこに余計な邪魔を入れる訳にはいかないのだ。
だが。
「面白くなりそうなんだから、邪魔しないでよ」
それを、アンクが炎弾を放つことで妨害する。
その結果、Wは引き金を引く間もなく、炎弾に弾き飛ばされる。
「グァッ! テメェ―――ッ!」
その事に翔太郎が怒りの声を上げるが、今はそれよりもと体を起こす。
だが、顔を上げ視界に捉えたモノは、ユウスケに向けて千冬が剣を振り上げる光景だった。
「そんな……まさか!」
フィリップがその結果に言葉を失う。
「はは! そのまさかだよ!」
アンクがその結末に嘲笑を上げる
千冬が剣を振り下ろし、ユウスケを殺すまでは一瞬。
バーサーカーが“倉”から剣を取り出し、千冬を殺すまでは一秒。
千冬がユウスケを殺害し、直後に千冬も殺される。
それがこの光景から予測できる、絶望的な結末だった。
「ユウスケェ――――ッ!!」
そのもはや不可避となった未来を前に、翔太郎はただ、叫ぶ事しか出来なかった。
最終更新:2012年10月21日 15:15