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招待!! ◆SXmcM2fBg6



 ――――最初に相手を見つけたのは、男の方が早かった。

 先の戦いで受けたダメージは癒えたが、それなりのメダルを消費している。
 あれから少し時間が経ち、自らの欲望により多少増加したとはいえ、初期値の100枚にはまだ足りない。
 欲望によっていずれは超えるだろうが、それまで何もしないのは時間がもったいない。
 そこで彼女達を見つけた男は、手っ取り早くメダルを補充する事に決めた。

 火事によって燃え盛る民家の影から出てきた、仲良く談笑する少女たちを殺す事によって。


 彼女達がその男を見つけたのは、彼が行動を起こすよりは早かった。
 男が家屋の物陰から、忍ぶというには堂々とした足取りで近づいてきた。
 それに気付いた少女たちは、ようやく見つけた招待客に喜び勇んで声を掛けた。
 男は警戒心もなく話しかけられた事に僅かに目を見開くが、すぐに落ちついて少女の話を聞いた。

「初めまして。私は志筑仁美と申します。こちらはカオスさんです。
 もしよければ、貴方のお名前を窺っても宜しいでしょうか?」

 仁美はまず挨拶をして名前を名乗り、カオスを紹介した。
 カオスも仁美に倣って行儀良くお辞儀をする。
 そうしてこちらの名前を尋ねた少女たちの礼儀正しさに、男は思わず感心した。

「これはこれは、とても礼儀正しいお嬢さん方ですね。
 私の名前は井坂深紅郎と申します。以後、お見知りおきを。
 ところで貴女達はここで何をしていたのですか?」
「はい。ここには遠方から火事が見えましたので訪れましたの。
 どなたかいらっしゃらないかと思ったのですが、誰も見つからなくて。
 カオスさんと先程まで、次はどこに向かおうかと相談していた所ですの」
「なるほど。そこに私が現れた、というわけですね」
 そう納得した深紅郎は、改めて少女達を観察する。

 志筑仁美は、年の頃は中学生ごろ。
 佇まいには、「気品」とでも言うのだろうか、どこか園咲家の人間に似た雰囲気がある。
 その話し方からしても、おそらくはどこかの名家の御令嬢なのだろう。
 デスゲームというこの異常な状況で落ちついているのは、その辺りが関係しているのだろうか。

 カオスという少女の方は、年の頃は小学生ぐらいか。
 修道服を着用している事から、どこかの教会のシスター見習いだと推測する。
 感じ取れる雰囲気からしても、外見通りの幼さを感じ取る事が出来る。
 志筑仁美と姉妹という訳ではないだろうが、彼女に良く懐いているようだ。

 ―――そしてどちらも脅威にはならないだろうと、深紅郎はそう判断した。
 懸念事項があるとすれば彼女達の支給品だが、現在彼女達は何も持っていない。
 仮にデイバックの中にあったとしても、取り出す前に殺してしまえば一緒だ。
 そう結論して懐からウェザーメモリを取り出し、

「あの、井坂さん。一つお願いがあるのですが、宜しいでしょうか?」

 不意に掛けられた仁美からの問いに、思わず動きを止めた。
 ふむ、と少し考え、聞くだけは聞いてあげる事にする。
 まだ若い少女の末期の言葉だ。無下にしては少し可哀相だろう。

「お願いとは何でしょうか? 応えられるかは判りませんが、話してみてください」
「ありがとうございます、井坂さん。
 実は私達、ある儀式を行おうと思っているんですの」
「ある儀式?」
「はい。魂の解放された“素晴らしい世界”へと旅立つための儀式ですわ。
 今はその儀式に参加して下さる方を招待して回っていますの。
 井坂さんには儀式にご招待すると同時に、是非ご協力をお願いしたいのですが、いかがでしょうか?」
「フム………。残念ながら私にもやるべき事がありますので、どちらもご遠慮させていただきます」
「まあ、そうですか……。残念ですわ………」

 仁美の言う儀式とやらは、どうにもカルト的な感じがする。
 どのような宗教に所属しているかは判らないが、訳の分からないモノに付き合う気はない。
 そんなモノよりは、 この世界にある“未知の力”を実験する方が実に有意義だ。

「では――」
「では仕方がありませんね」

 今度はこちらのお願いを、と言おうとしたところで、また仁美に遮られた。
 どうにも間が合わないというか、少女の間が一方的にズレている気がした。
 そしてそれは、少女の言葉によって確信に至った。

「井坂さんにも、先に“素晴らしい世界”に旅立ってもらう事にしましょう」

 先程断ったにも拘らず、仁美はそれが決定事項であるかのように宣言した。
 その事に深紅郎は眉を顰め、苦言を呈する。
「私はやるべき事があると断わった筈ですが、ちゃんと聞いていたのですか?」
「あら、怖がる必要はありませんわ。“素晴らしい世界”には苦しみなんてありませんの。井坂さんも絶対にお気に召しますわ」

 話が噛み合っていない。
 仁美は深紅郎の話を聞かず、一方的に決めつけている。
 ……いや、聞いてはいるのだろうが、少女にとっては“素晴らしい世界”とやらが絶対らしい。
 そう理解した深紅郎は、まるで狂信者の様な少女の憐れな様に静かに嘆息した。

 いったい誰に、こんな洗脳された風に至るまでに吹き込まれたのか。
 先程から微笑みを浮かべて静かに様子を見守っている、修道服の少女か。
 それとも殺し合いに呼ばれる前の、全く別の誰かなのか。

 まあいずれにせよ、殺してしまえば一緒だろう。
 そう思いながらメモリをコネクタに接続し、ウェザー・ドーパントへと変身する。

《――WEATHER――》

 だがその異形を見ても、仁美は驚くだけで恐怖を見せる事はなかった。

「まあ、変身とは凄いですわ!
 ………あら? そういえば――――」
「憐れな少女よ、せめて私の糧となって死になさい!」

 今度はこちらが仁美の言葉を遮り、一方的に死の宣告を告げる。
 自身を中心に発生させた暴風は全力ではないが、子供二人を纏めて殺すには十分だろう。

「あらまぁ、そう急ぐ必要はないのですが、仕方がありませんわね。
 それではカオスさん、井坂さんを邪魔な、生きている体から解放して上げましょう」
「うん、まかせて、仁美おねぇちゃん!」
 それを前にしてなお恐怖を見せない仁美の言葉に、もう一人の少女――カオスが元気に応え、数歩前に出た。

 あまりにも理解できない。
 逃げるでもなく、支給品を取り出すでもなく、自分より幼い少女に託す。
 そのあまりの愚かしさに、深紅郎は嘲笑を浮かべた。

「ふん。そんな子供に、一体何が出来る!」
 その言葉と共に解き放たれた風は、二人の少女をあっけなく飲み込み、

 くすくす、という笑い声と共に、あまりにもあっけなく吹き飛ばされた。

「なっ!? 一体どうやって――、ッ!」
 吹き飛ばされた風から顔を庇い、すぐに少女達の方へと視線を戻す。
 するとそこには、刃の如き両翼を広げた幼い少女の姿があった。

 仁美より前に出たために一瞬早く風に飲まれたカオスは、己の翼を展開し広げる様に薙ぎ払った。
 そしてただそれだけで、ウェザーの放った暴風を無散させたのだ。

「その翼は……! なるほど。空に見えた影は君でしたか……ッ!
 ―――いいですねぇ、知りたいですねぇ。貴女のその力が、一体どれ程のものなのかをッ!」

 その異形を見た深紅郎は、恐怖に震えるより先に“未知”への好奇心に胸を高鳴らせ、感情のままにウェザーの力を解放する。
 空を飛行するエンジェロイドに対抗してか、渦巻く暴風は解き放たれる事なく、ウェザーの身体を浮かび上がらせた。

「わぁ、凄いね! なら、もっと高いところで、私といっしょに遊ぼう!?」
「ええ、かまいませんよ? その代わり、君の力を私に見せて下さい!」

 ただ風の力のみで浮かび上がったウェザーに、カオスは面白がって空へと舞い上がる。
 それに応じる様に暴風を解き放ち、ウェザーも空へと一気に飛翔する。

「あらあら、カオスさんったらあんなにはしゃいじゃって。
 遊ぶのは構わないのですが、“素晴らしい世界”へのご案内を忘れてないといいのですけど」

 その様子を地上から見上げながら、一人取り残された仁美は少し悩ましげに微笑んでいた。
 彼女の背後に迫る、姿なき影に気付かないまま――――


        ○ ○ ○


 自らの先を飛ぶ少女を眺めながら、ウェザーは己が攻撃手段を検討する。
 状況は空中戦という、大半のドーパントにとっても特異な場だ。
 飛行系の能力を持つガイアメモリを吸収できていれば何の問題もなかったが、無い物強請りをしても仕方がない。

 現在は強力な暴風によって疑似的に飛行しているが、だからこそ攻撃手段は限られる。
 自身を浮かべる風を弱める訳にはいかないため、使えるのは風を主体とした攻撃だ。
 例えば、最も基本的な竜巻。例えば、目に見えず物を切り裂くカマイタチ。例えば、時にはガソリンさえも凍らせる吹雪。例えば――――

「ねぇ、おじさん。「愛」って知ってる?」

 不意に投げかけられた質問に、深紅郎は思わず首を傾げる。
 見れば少女は空中で停滞し、こちらへと向き直っていた。

「また唐突な質問ですね。なぜそのような事を訊くのですか?」
「私ね、「愛」を知りたいの。「愛」を知って、みんなに「愛」をあげるの。
 でも、「愛」って、いろんな形があるんだよね。だからもっと「愛」をお勉強するの。
 だから教えて? おじさんにとっての「愛」ってなぁに?」
「成程、それで「愛」ですか」

 そう深紅郎は納得し、同時に少し考えた。
 井坂深紅郎にとっての「愛」。それは――考えるまでもない。

「そうですね、私にとっての「愛」はドーパントですね」
「どーぱんと?」
「ええ。今の私の様な、人間を超えた能力を持つ超人の事です。
 私はこのドーパントを、延いてはガイアメモリをこよなく愛しています。
 それこそ、食べてしまいたいぐらいに!」
「たべるの? それがおじさんの「愛」なの?」
「その通りです! 様々な“力”を食べる事によって、私のウェザーはより強く進化するのです!!」

 そのためにも、ここでカオスの力を解析し、吸収するのだ。
 そう意気込み、ウェザーは更に纏う風圧を高めていく。
 より強く吹きすさぶ風に煽られ、カオスは僅かに安定を欠く。

「すごい風……羽が切り裂かれそう……。でも―――」

 だが、その顔に浮かぶのは笑み。
 幼い少女は、新しいおもちゃを見つけた子供の様に、瞳を輝かせる。

「私の方もすごいよ……!」

 カオスの刃の様な羽は、文字通り風を切り裂いて飛翔する。
 そして一息でウェザーへと詰め寄り、その小さな拳を振り被る。

「甘いですね。その程度では、私は倒せませんよ?」

 しかしその瞬間、カオスの全身を、無数のカマイタチが切り裂く。
 傷は浅く流血こそないが、その鋭さに無数の切り傷が付く。
 そして切り裂かれた衝撃で、一瞬だが動きも止まる。
 その瞬間を狙い、ウェザーは吹雪を発生させ、カオスへと解き放つ。

「その程度が君の“力”ですか? だとしたらなんと呆気ない……」

 猛然と吹き付ける吹雪は、カオスの身体を容赦なく凍て付かせる。
 ただの人間ならば既に凍りつき、ドーパントや仮面ライダーでも凍傷を免れぬほどの冷気を、少女はまともに受けている。
 このまま終わるのであれば、少女の“力”の価値は飛行能力しかない。

 だが、それではあまりにもつまらない。
 本来ならばもっと“力”を引き出すために、相手の限界ぎりぎりで実験をする所だ。
 しかしながら、現在はメダルの残数が少なく、相手のメダルは総量が知れないため、遊ぶ余裕はない。
 その事を残念に思いながらも、ウェザーマインを取り出し、吹雪の中心にいるであろうカオスへと向けて振り抜く。

「さようなら。可愛いお嬢さ―――ッ!?」

 その直前、黒い炎弾が、吹雪を吹き飛ばして放たれた。
 ウェザーは咄嗟に回避するも、掠めた炎弾に纏っていた風が綻ぶ。
 結果ウェザーが飛行するための浮力が減少し、重力に囚われ地面へと落下する。
 しかし、当然そのまま落ち続ける筈もなく、新たに暴風を纏って再度浮遊する。
 そして少女のいる上空へと視線を上げれば、

「すごいすごい! 体がちょっと凍っちゃったよ!」

 体の所々に氷を張り付かせながらも、無邪気な子供の様に笑うカオスの姿があった。
 あれほどの猛吹雪を受け、身体を凍らせながらも、少女は大して堪えていない。
 その姿に深紅郎は戦慄と、そして強い歓喜を覚える。

「……いいですねぇ。もっと……もっとです……! 貴女の力を、もっと私に見せてください!
 そしてその力を、是非私の物にしたい!!」

 ウェザーの攻撃を寄せ付けぬその“力”。
 それを手に入れられれば、一体どれほどウェザーを進化させられるのか。
 それを思えば、多少の苦労など無いに等しい

 メダルの残数を考えれば、狙うは短期戦。
 それで倒す事が出来なくても、セルを奪う事が出来れば次に繋がる。
 故にウェザーは、一際強く、周囲に暴風を唸らせる。

「クスクス……」

 対するカオスも、ウェザーの力を楽しんでいた。
 先程の吹雪によって可変ウィングと四肢の末端が凍結し、機動力及び可動性が低下している。
 ある程度は発生させた炎によって解凍したが、急激な温度変化は装甲強度の低下に繋がる為、完全には解凍できていない。
 ウェザーの放った吹雪は、エンジェロイドであるカオスにそれほどの影響を与えていたのだ。
 その事実こそが、カオスにとっては新鮮だった。

 エンジェロイドではないのに、エンジェロイドにダメージを与えるほどの力を持つドーパント。
 そんな物珍しい遊び相手は、カオスの持つシナプスのデータには存在しない。
 故に。

「さぁ……もっともっと遊ぼう……!」

 カオスは周囲に複数の黒い火球を発生させ、ウェザーと相対する。
 より大きく、より強くなって、より「愛」を知るために。


        ○ ○ ○


 ――――少し、時間は遡る。

 腹を満たし、教会を出た深紅郎は、すぐに火事によって昇った黒炎に気付いた。
 その際に空を飛ぶ何者かの影を見た深紅郎は、すぐにその場所へと向かうことを決めた。
 そこで見つけたのが志筑仁美とカオスの二人だった訳だが、ここで一人、忘れてはならない人物がいる。

 そう。深紅郎と共に行動していた筈の殺人鬼、雨生龍之介だ。
 実のところ、彼は深紅郎とカオスの戦いが始まる直前まで、深紅郎の傍にいた。
 そして今も、仁美のすぐ後ろに龍之介はいたのだ。
 インビジブルメモリの力によって、その姿を完璧に隠しながら。

「フゥ………フゥ………」

 興奮に荒くなる息を押し殺しながら、右腕をゆっくりと持ち上げる。
 ドーピングコンソメスープによって丸太の様に膨張した筋肉は、それだけで仁美の胴のサイズを上回っている。
 この怪力を宿した腕でちょっと小突いただけで、教会にあった硬そうな机は簡単に砕け散った。

 ―――ならば、机よりも遥かに柔らかい人間を、全力で殴り付けたらどうなるのか。

「ハァ………ハァ――――」

 ただ殺す、という行為は、龍之介の持つ、ある種の美学に反する行為だ。
 キャスターと出会いセンスを磨いた事で、その感性は一際強くなっていた。
 ―――だが、試してみたい。この力の全力を、この力の真価を、この力で、何が出来るのかを。

 ……ああ、そうだ。旦那も言ってたじゃないか。何事も挑戦だと。
 ならば躊躇う必要はない。この人間を超えた力で、やりたい事をやればいい。
 そうすれば、今まで非力ゆえに出来なかったパワフルなアートを作り出せるかもしれない。
 それを思えば、これから行う事への期待に、胸が躍る。

「………、スゥ――――ッ!」
 可能な限り静かに息を吸い、振り上げた右腕に全力を籠める。
 丸太の様な筋肉はさらに膨張し、浮かび上がった血管が送りこまれる血液に脈動する。

 この怪力を振り下ろした時、目の前の少女は一体どんな死に様を見せてくれるのか。
 肺に残っていた空気が一気に吐き出されて生じる、おかしな断末魔。
 折れ曲がり拉げる骨と、ミンチになって飛び散る肉片のオブジェ。
 割れた水風船の様に撒き散らされる、真っ赤な鮮血のペイント。
 そして何が起こったのか解らぬままに訪れた死に、茫然と疑問を浮かべるデスマスク。

 そんな、これから自らが起こす人智を超えた惨状を前に、期待に胸を高鳴らせ、

「ックハ――――――ッッ!!」
 一息に腕を振り下ろす。

 振り下ろされた腕は、何かを感じたのか、ふと振り返ろうとする少女へと迫る。
 非力な少女に、その怪力を受け止める事など出来る筈もない。
 龍之介は次の瞬間には広がる赤へと思いを馳せ、

「………………アレ?」

 ぐるりと廻った視界と、眼前に広がる壮大な青に首を傾げた。
 次の瞬間。彼の体は、勢い良く地面に叩き付けられた。

「カハッ…………???」
 激しい衝撃に思わず、肺の中の空気を吐きだした。
 同時にインビジブルの力による透明化も解除される。

 訳がわからなかった。
 理解出来たのは、自分が地面に倒れた、という事だけだった。
 だが肝心の、なんで地面に倒れたのかが、まったく理解できなかった。

「あら、ごめんなさい。つい投げ飛ばしてしまいましたわ」

 その声に、混乱していた思考が正常に戻り、即座に声の主から距離を取る。
 見ればその声の主は、自分が先程殺そうとしていた少女だった。

「………マジ?」

 少女はその手に、何も持っていない。
 だが少女の細腕で、この全身を満たす怪力を防げるとは思えない。
 ならばあの少女は、一体どのような手段で生き延びたのか。

「……なら、もう一回!」

 ズン、と地面を踏み砕いて、仁美へと駆け足で襲い掛かる。
 あの少女がどうやって怪力を防いだのか、確かめるのだ。
 また地面に叩き付けられるかもしれないが、問題ない。
 この筋肉の鎧なら、生半可な打撃はもちろん、ナイフだって通じない。
 ましてやあんな少女に、そんな力があるはずない。
 そう信じて龍之介は仁美へと拳を振りかぶる。

 対する仁美は、自身に迫る龍之介に合わせるように一歩下がり、
 振りぬかれた右腕に、己が両腕で斜めに挟み込むように添え持ち、
 その怪力を一切受け止めず、それどころか見事に利用して、
 筋肉で膨張した巨体を、一本背負いで投げ飛ばした。

 だが加速のついた巨体を持ち続けるだけの握力など、当然仁美にはない。
 故に龍之介の体は、今度は地面に叩き付けられることなく、加速の分だけ勢い良く宙を飛んだ。

「う、ウソだろ……?」

 僅かな浮遊の後、地面に落ちた龍之介はすぐさま身体を起こし、呆然と声を発した。
 これほどの怪力が、これほどの巨体が、ああも簡単に投げ飛ばされるなど、彼には信じられなかった。

「あらあら。女性にそのような乱暴はいけませんことよ?」

 そんな、龍之介にとって異常としか思えないことをなした少女は、涼しい顔をしてそう言った。
 それがまた、龍之介には信じられないモノとして見えた。
 これほどの威容、これほどの暴力を前にして、少女は僅かな恐れも見せていないのだから。


 志筑仁美は、ある資産家の令嬢として、多くの習い事をこなしている。
 その習い事は、ピアノ、日本舞踊、お茶など多岐に渡り、そのうちの一つに“護身術”があるのだ。
 そして資産家の令嬢である仁美が習う“護身術”が、一般家庭の少年少女が習うような生半可なものであるはずがない。
 事実、ある平行世界において仁美は、魔法少女となった美樹さやかを(魔法を使わなかったとはいえ)圧倒して見せたのだから。

 護身術とはそもそも、非力な女性が力で勝る男性に対抗するための武術だ。
 その技の多くは、“相手の力を利用して無理なく受け流す”事に集約されている。
 故に、高い実力を持つ仁美にとって龍之介は、“ただ異常な筋力を持つだけの巨漢” でしかない。
 加えて龍之介は、ただ真っ直ぐに襲い掛かっただけ。そんな相手を往なすのは、そう難しいことではなかった。

 最初の奇襲にしてもそうだ。
 興奮によって荒くなった息。上昇した体温。背後に立たれることによる圧迫感など。
 姿は消せていても、気配を隠しきれていない龍之介のどこが、変質者と違うというのか。
 そしてそういった変質者への対処法は、護身術で真っ先に学ぶ基本的な技術だ。
 つまり仁美は、背後を確認せぬままに襲われたからこそ、彼の奇襲に対応しえたのだ。

 そして最後に、仁美は“魔女のくちづけ”を受けている。
 “魔女のくちづけ”が彼女から死に対する恐怖を奪っているのは、もう言うまでもない。
 恐怖とは、防御的、生存的な本能的感情であり、特定の刺激に対する生理的な反応でもある。
 これは本来、安全への退避の動機を起こす役目を持つが、時として過剰に反応し、逆に体を硬直させてしまうことがある。
 いわゆる、蛇に睨まれた蛙、というのがこの硬直に当たるだろう。
 だが今の仁美には恐怖がない。故に体が硬直し、動きが阻害されることはないのだ。

 かといって龍之介が仁美に敵わないのかと言えば、そんなことはない。
 いかに仁美が護身術に秀でていようと、今の龍之介ならば仁美を殺すことは、むしろ容易だろう。
 仁美が龍之介を投げ飛ばせたのは、単に彼が怪力に頼っただけの、単純な攻撃をしたからだ。
 故にそれ以外の攻撃。例えば掴みや払い、全力での体当たりをすれば、仁美には対処しきれない。
 それにインビジブルによる透明化とて、仁美は条件反射で対変質者用の対処をしただけだ。
 もし龍之介が再び透明化すれば、彼女に捉えることなど敵わなかった。


 だが仁美のそんな事情を、龍之介が知る由もない。
 故に彼は、三度目の攻撃を思わず躊躇った。
 理由は二つ。最初の奇襲の失敗と、二度も投げ飛ばされたことによる不安だ。
 透明になったとしても、またあっさりと投げ飛ばされるのでは? という疑念が過ぎったのだ。

 その躊躇が、龍之介の有利を一つ、無為にしてしまう。

「え? あ、あれ?」

 龍之介の膨張した筋肉による巨体が、水蒸気を上げて縮み始めたのだ。
 だがそれは、仁美が何かした、というわけではない。
 ただ単に、ドーピングコンソメスープの効果が切れたのだ。
 そしてその結果、龍之介の体は彼本来の形へと元に戻った。

「なんだ、もう終わりかぁ。残念、結構楽しかったのに」

 同時に興奮も冷め、普段の冷静さを取り戻す。
 何であんなに興奮していたのかはわからないが、気分が良かったので気にしない。

「あら、一体どうなさったのでしょう?」

 その声に顔を上げれば、仁美が心底不思議そうに目を見開いていた。
 ドーピングコンソメスープの力で彼女を殺せなかったのは残念だが、効果が切れたのなら仕方がない。
 龍之介はそう思いながら、サバイバルナイフを手に黒いプレート――リュウガのカードデッキを取り出す。

 これは深紅郎に、自分にはウェザーメモリがあるからと渡されたものだ。
 ……もっとも、深紅郎がデッキを渡した理由は、龍之介を使ったただの安全確認でしかないのだが。

「そんじゃ、次ぎ行ってみようか」

 それを知らない龍之介は、サバイバルナイフの刀身にリュウガのカードデッキを映す。
 すると龍之介の腰に金属製のベルト――Vバックルが出現した。
 それを確認すると、躊躇うことなくVバックルのホルダーにデッキを装填する。

「変身っと」

 直後、龍之介の周囲に現れた無数の鏡像が、龍之介に重なり実体を持つ。
 そうしてここに、鏡の世界(ミラーワールド)の黒き仮面ライダー、リュウガが出現した。

《――SWORDVENT――》
 デッキから引き抜いたカードを、左腕のブラックドラグバイザーにセットして読み込み、虚空から飛来した剣を取る。
 剣を習った訳ではないが、刃物の扱いには慣れている。目の前の少女を解体するには十分だろう。

 だがそれらの現象を見た仁美は、実に楽しそうに笑っている。

「まぁ。次から次に、不思議な人ですわ。
 それに、今度は剣舞ですか。ですが、今は刀剣の類を持ち合わせておりませんの。流石に無手でお相手する訳には参りませんし………。
 ――――仕方がありませんわ。こうしましょう」

 そう言うと仁美は、一冊の本を取り出して左手で掲げ、空いた右手でナイフを取り出した。
 そしてそのナイフを左手首へと当て―――躊躇う事なく切り付けた。
 当然切り裂かれた腕からは血が流れ出し、辺りに飛び散る。

「なっ………」

 その光景に、龍之介は目を疑った。
 平気な顔で自傷するなど、正気の沙汰とは思えなかったからだ。
 だがそれ以上に彼の目を引いたのが、仁美の持つ本だった。

 一目見てすぐにわかった。
 人の皮で装丁されたあの本は、まぐれもなく彼のサーヴァントであるキャスターが持っている筈の魔道書だ。
 そしてそうであるならば、厄介な事になる。と、その力をよく知る龍之介は戦慄する。
 事実その懸念通りに、仁美の事象により飛び散った血を媒介にして、魔道書に導かれ何匹かの海魔が出現した。

「……どうしてあんたが、その本を持ってるわけ?
 その本は、青髭の旦那の物なんだけど」
「ああ、この本でしたら、青髭さんから借り受けましたの」
「借り受けた? なら今、旦那はどうしてんのさ?」
「青髭さんには、先に“素晴らしい世界”に旅立って貰って、歓迎の準備をなさってますわ」
「……何それ、意味わかんねぇ」

 深紅郎と仁美の噛み合わない会話は、インビジブルで姿を隠していた龍之介も聞いていた。
 仁美の言う“素晴らしい世界”は、その話の中でも彼女が口にしたものだ。

 ――――“素晴らしい世界”
 少女の信奉するそれは、要領を全く得ていない。
 ましてやあのキャスターが、こんな子供に誑かされるとは、龍之介には思えなかった。

「貴方は青髭さんのお知り合いなのですね。でしたら、青髭さんのお手伝いをお願いします。
 大丈夫ですわ。“素晴らしい世界”への御案内は任せてください」
「だから意味わかんねぇって。
 とりあえず、その本は返してもらうよ」

 仁美の言葉を聞き流し、龍之介はインビジブルメモリの効果を発動させる。
 例え少女が透明化を見破れるのだとしても、一瞬の不意は付けるだろうと判断しての事だ。
 そしてしっかりと姿が消えている事を確認して、リュウガは仁美の方へと駆け出す。

「ではみなさん。あのお方を“素晴らしい世界”へと御案内してください」

 対する仁美は、呼びだした海魔へとそう指示を出す。
 その声に従い、海魔は龍之介のいた場所へと蠢きだす。
 だがリュウガはそれらの海魔の間を駆け抜け、あっさりと仁美の元へと辿り着く。
 インビジブルの効果で透明となったリュウガを、仁美はまだ捉えていない。

“それじゃぁバイバイ”
 そう内心で告げながら、黒いドラグセイバーを振り上げる。
 たとえ仁美が自分に気付いて咄嗟に回避しようと、次の一手で殺せる。
 その確信を持って、一気に刃を振り下ろす。

 ―――しかしその瞬間。
 海魔の一匹が、庇うように仁美とリュウガの間に割り込んだ。

「げっ―――やっば」
 咄嗟に振り下ろした腕を止めようとするも間に合わず、ドラグセイバーは海魔を両断してしまう。
 直後、周囲から伸びた海魔の触手が、リュウガを捕えようと伸びてくる。

《――STRIKEVENT――》

 それを掻い潜って躱し、更にカードを読み込んで黒い龍の頭部を模した手甲――ドラグクローを召喚する。
 仁美はいきなり目の前で海魔が両断されたことで、驚き戸惑っている。
 その隙にドラグクローの顎門から、黒い炎弾を撃ち出す。

 しかしその行動を見ていたかのように、数匹の海魔が再びその身を盾として仁美を庇う。
 当然黒い炎弾を受けた海魔は爆散するが、その向こうにいる仁美は爆発の衝撃に倒れただけで、気絶もしていない。

「あっちゃ~、やっちゃったよ……」
 顔に手を突いて天を仰ぐ。
 残った海魔は三匹だけ。しかしそれでも、勝機が遠のいた事を、龍之介は理解していた。
 なぜならば次の瞬間には、両断され、爆散した海魔の肉片から、新たな海魔が出現したからだ。

 それこそが“螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)”による海魔召喚の厄介さだった。
 魔道書によって召喚された海魔はどれだけ駆逐しようと、その死骸を媒介に再生・再召喚される。
 しかもそれは、魔道書の無尽蔵の魔力によって無限に繰り返されるのだ。

 同時に、己の攻撃が二度も失敗した理由も悟った。
 インビジブルメモリによる透明化は、相手の視覚から逃れるものだ。
 しかし、そもそも海魔には目がない。奴等は視覚で物を捕らえている訳ではないのだ。
 故にリュウガの行動は、仁美には見えずとも、海魔にとっては丸見えだったのだ。

「ど~すっかねぇ……」

 この海魔を完全に倒すのであれば、肉片も残さずに消滅させるしかない。
 しかしリュウガには、それほどの火力を持つ技は存在しない。
 仁美の手から魔道書を奪えばそれで終りだが、その為には海魔をどうにかしなければならない。

 この殺し合いにはメダル制限があるため、魔道書の行使にも一応限度はある。
 だがそれまでの間、殺すたびに増える海魔の相手をし続けるのは困難だ。
 いっそのこと一旦逃げて、油断したところを殺しにかかろうか。
 そんな風に考え始めた、その時だった。

「うお―――!?」
「きゃっ………!」

 突如吹きだした暴風が、近くで未だに燃えていた家屋の炎を巻き上げたのだ。
 舞い上がった炎に煽られ、龍之介も仁美も、思わず腕で身体を庇う。
 その際に龍之介は、仁美の手元で炎の灯りが反射を捉えた。
 仁美の手で灯りを反射した物。それは彼女の血で汚れたナイフだった。

「ラッキー!」
《――ADVENT――》

 即座にカードを引き抜いて読み込ませる。
 直後、仁美のナイフの刀身から、暗黒龍ドラグブラッカーが出現した。
 ドラグブラッカーは周囲の海魔へと黒炎を打ち出し、仁美をその尾で叩き飛ばす。
 彼女を護るべき海魔は全て、黒い炎に焼かれて石化していた。

「、ッ…………!?」

 叩かれた仁美は宙を飛び、家屋の塀にぶつかって地面へと崩れ落ちた。
 ドラグブラッカーの一撃と、塀にぶつかった衝撃に、仁美は激しくせき込む。
 そんな仁美へと、リュウガは悠々と近づいて行く。

「そんじゃ、旦那の本は返してもらうよ」

 散らばったセルメダルと共に、仁美が取り落とした魔道書を回収する。
 これでもうこの少女には、抵抗する術はないだろう。
 そう判断して、今度こそ仁美を殺そうとした、その時だった。

 空から激しい爆音が響いてきた。
 その衝撃に、思わず空を見上げる。

「一体なにごと……って―――!」

 そうして見えた光景に龍之介は、今自分が殺そうとしていた少女の存在を忘れた。


NEXT:予兆!!




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最終更新:2013年11月01日 15:47