Cにさよなら/トゥー・ザ・ビギニング ◆qp1M9UH9gw



【1】


実のところ、アンクは端からオーズに勝利する気などなかった。
まだ装備もコアメダルも不十分な今の彼では、プトティラコンボを打倒するなど到底不可能である。
故にアンクは、どうにかして赤のコアメダルをオーズから奪還して、とっととこの場から撤退しようとしていた。
そう、「勝ち目がないから」こそ逃げるのである。
断じて「火野映司と戦いたくない」などという、甘ったれた理由で逃走するのではないのだ。

(だが……どうやってコイツから逃げる?)

考えるのは簡単だが、実際にそれを行動に移すとなると、話は変わってくる。
果たしてこの不完全なグリードは、自身を傷つける事無くオーズからコアメダルを奪えるのか?
使えそうな武器は、弥子の支給品を含めても拳銃一丁のみ。
杏子がいれば話は違っただろうが、生憎彼女は「オリムライチカ」と交戦中である。
つまり、アンクは己の身体能力と拳銃だけで、あの暴君と張り合わなければならないのだ。
これ程までに「絶望的」という言葉がお似合いな状況など、そうはお目にかかれないだろう。
だが、それでもアンクは引くわけにはいかない。
何しろ目の前にいるのは、今まで行動を共にしてきた者であり、同時に最大の宿敵なのだ。
ここで何もしないで逃げるのは、アンクのプライドが許さない。

「オオオオオオオオオオオッ!」

紫の暴君が吼え、アンクに向けて走り出す。
これに対し、アンクは回避という形で攻撃の直撃を阻止する。
メダガブリューの一撃を食い止めれる武装がない以上、避けるしかないのだ。
数歩引いて斧の斬撃を避けると同時に、アンクはシュラウドマグナムのトリガーを引く。
銃口から発射されたエネルギー弾は、真っ直ぐ飛んでオーズに着弾し、僅かに彼を仰け反らせた。
しかし、暴君は倒れる事無く、またすぐに雄叫びをあげて襲い掛かってくる。

このやり取りを、二人は数回繰り返している。
攻撃の仕方などに違いはあれど、大まかな流れはどれも同じだ。
オーズがその気になれば、すぐにこの拮抗状態を破壊できるというのに、彼はそれをしようとはしない。
一体どうして、グリードには一切の容赦をしない筈の男が、ここまで止めを刺すのを渋るのか。

「オイ、どうした映司」

一旦手を止め、聞いているのかも分からぬかつての仲間に問いかける。
変身しているせいで、その男の表情を読む事はできない。

「やる気のなさが滲み出てんだよ。テメェ舐めてるのか」
「……」

挑発するように言っても、オーズは答えない。
脳内で答えを構成しているのか、それとも答える気が最初からないからか。
どちらにせよ、今のオーズの様子は、アンクをさらに苛立たせるには十分すぎた。

「ふざけやがって……!」

怒りを露にしながら、アンクは銃口をオーズに向ける。
それに反応するかのように、オーズもまた、アンクへと駆け出した。
これまでと何ら変わらない始まり方――また同じ様に弄ぶつもりなのかと心中で毒づきながら、
近づきつつあるオーズに向けて、拳銃の引き金を絞ろうとした、その時。

「なっ――――!?」

突如、アンクの視界が大きく揺れた。
バランス感覚が崩れ、身体は重力に従って地面へと落下する。
オーズの狙いが"足払いによる転倒"だと気付いた頃には、もう遅い。
メダガブリューが、アンクの目前へと迫る。

「おりゃああああああああああああッ!!」

その時、威勢のいい掛け声がしたかと思えば、オーズが突如吹き飛ばされた。
いや、この場合なら「弾き飛ばされた」というのが妥当だろう。
アンクが顔をあげると、そこにはさながら天使の様な格好の少女が、あのオーズを力ずくで止めているではないか。
さらに別の方向には、二人組みの青年達と、その傍らにいる弥子の姿があった。

【2】


本音を言うと、弥子は今すぐここから逃げ出したかった。
だが、それはアンクを見捨てるという行為と同義である。
そんな事をしてしまえば、これから先ずっと後悔が付き纏うだろう。
だからできない――見捨てるなんて度胸の必要な行いは、弥子には不可能だった。

だが、助けを求めるという名目でなら。
必ずここに戻ってくるという前提があるのであれば、ここを離れられるのではないか。
そう思った途端に、足は動き出していた。
アンクと共に戦ってくれる仲間を求めて、弥子は走り始めていた。
それが、否定していた筈の「逃げる」という要素を含んでいるのは、自分自身が一番よく分かっている。
しかしそれでも、無力感と自己嫌悪を背に乗せて、彼女はその場から「逃げ出した」。

程なくして、助けに応えてくれる人が見つかった。
サイドカー付きのバイクに乗った二人の青年と、宙に浮いていた少女の三人。
人間が空を飛んでいたのには流石の弥子も面食らったが、しかし今はそれを気にしている場合ではない。
すぐに同行者が危機に瀕している事を伝えると、彼らは何の戸惑いもなく救助を承認した。
安心感を得るのと同時に、弥子は彼らに羨望の眼差しを送らざるおえなかった。
この三人は、怖気づいて逃げ出したような自分とは違い、逆境に立ち向かえるだけの勇気を持っている。
それが、弥子には羨ましくて仕方がなかった。

さて、結果として弥子の行動は正しかった。
助太刀が無ければ、間違いなくアンクは殺されていたし、弥子も同様に絶命していただろう。
間一髪の所で男を救えた三人も、後悔せずに済んだという訳である。
しかし、それが万人にとって気分のいい事とは限らない。
攻撃を妨害されたオーズは勿論のこと、戦いに水を差されたアンクも不快感を示さずにはいられなかった。

「……なんで助けた」
「アンタの連れに頼まれてな。助太刀に来たぜ」
「いい迷惑だな。邪魔だからとっとと失せろ」
「悪いけどそれはで無理な相談だ。君を放っておく訳にはいかない」

アンクの拒絶を、フィリップが否定する。

「それに、僕達は『仮面ライダー』なんだ。救える命は救うのが使命だからね」
「……また仮面ライダーか」

「仮面ライダー」という言葉を聞いた瞬間、剣崎の姿が想起される。
この二人も、あの男と同じ様な正義感を持っているのだろう。

「行くぞ、弥子」

これ以上拒絶しても、あの三人は言って聞かないだろう。
そう考えたアンクは、踵を返し何処へと去って行く。
弥子もまた、彼が去った方向へと向けて走り出した。


  O  O  O



「――――よくも」

乱入者に怒りの入り混じった言葉を投げつけたのは、他でもないオーズだった。
彼の恨みの篭ったそれは、火野映司が発したものとは思えない。
いや、そもそも彼は火野映司ではないのだから、違って当然なのだろう。
オーズの姿が歪み、瞬く間に別の姿――白い人形のような形態に変貌する。
その醜い姿を、翔太郎達が知らない訳がない。

「あ、アンタさっきの……!」

アストレアが驚愕の声をあげる。
いくら馬鹿と貶されていようが、数十分前の記憶を忘却するほど彼女の知能は低下していない。
イカロス織斑千冬を嵌めた張本人が、今まさに彼女らの前に姿を現していたのだ。

「計画が全部ムチャクチャだよ。どうしてくれるのさ」
「計画って……!?まさかまた誰かをハメるつもりだったの!?」
「そうだよ。それ以外に何するのさ」
「……ッ!」

あっけらかんとした態度で答えるアンクに、アストレアの表情が怒りで歪む。
この怪人は打ちのめされて反省するどころ、またしてもダミーメモリで陥れようとしていたのだ。
この悪魔の如き所業に、彼女の怒りは大きく燃え上がる。
様子こそ変わっていないものの、翔太郎とも同じ思いを抱いただろう。

「観念しな偽者野郎。お前のメモリはここで砕かせてもらうぜ」

帽子を深く被り直し、翔太郎がドーパントに宣戦布告する。
彼の目には、あの外道を打倒してみせるという覚悟が宿っていた。

「行くぜ、フィリップ」
「ああ、翔太郎」

翔太郎がダブルドライバーを装着し、懐から一本のメモリを取り出す。
同様にフィリップもまた、メモリを取り出した。
フィリップの腰に複製されたダブルドライバーが出現し、彼はそれにメモリを挿入する。
そのメモリは翔太郎のドライバーへと転送され――変身の準備が整った。
翔太郎も手にしたメモリを挿入し、そしてバックルを展開する。

《――CYCLONE――》《――JOKER――》

二つのガイアウィスパーが流れた瞬間、翔太郎の姿は変化した。
一瞬の内に、彼は人間からガイアメモリの戦士――仮面ライダーダブルへと変貌を遂げる。
それと同時に倒れ込んだフィリップは、彼自身が用意したカンドロイド達に運ばれて何処へと去っていく。
これで障害は無くなった――これからが、本当の戦いの始まりなのだ。


「『さあ、お前の罪を数えろ――――!』」




【3】


佐倉杏子」に擬態したXが目にしたのは、二人の天使による空中戦である。
デイパックを背負った金髪の方は、以前黒騎士に襲われた際に助けてくれた少女だと理解できた。
もう片方は見た事もないが、姿からして恐らくは交戦している相手と同種だろう。

「すっげぇ……神話みたいだ」

目を輝かせながら、Xが呟く。
さながら天上から舞い降りたかのような麗しさを有した二人による戦いは、Xに強い好奇心を植えつけるのには十分だった。
だからと言って、Xがその戦闘に介入する事はないだろう。
佐倉杏子との戦闘によってメダルも減っているし、戦ってばかりいると「殺し合いに乗った者」と思われそうだからだ。
自分のルーツのヒントになりそうな参加者を集めた真木清人には一応感謝しているが、
だからと言って殺し合いに乗って彼の言いなりになるつもりもない。
自分は好きなように歩き回って、好きなように"箱"を作るだけだ。
それの邪魔をするのなら、例え主催者であっても彼は牙を剥くであろう。

「ああでも、真木やグリードって奴らの中身も見てみたいなぁ……」

「佐倉杏子」の声色で呟いたそこ言葉は、誰にも聞かれる事なく宙へと消えていく。



【4】


ダミー・ダーパントは、言ってしまえば最強クラスの怪人と言っていい。
何しろ、相手の知る中で最強の存在にそっくりそのまま擬態できるのだ。
最大の敵にも、最愛の味方にもなれるこの能力を、一体誰が弱いと一蹴できようか。

さて、今のダミー・ドーパントは、アストレアの記憶から複製したイカロスの姿で戦っていた。
先の戦闘のように大道克己に変化すれば、ダブルだけは無力化できるものの、
空中を自在に移動できるアストレアが相手では、エターナルでは苦戦を強いられる。
故に、ここは彼女と同じく飛行戦が可能かつ強力な、エンジェロイドに擬態せざるおえないのだ。

相手となるアストレアは、こと接近戦においてはエンジェロイドの中でも最強だ。
手にした剣はイカロスのシールドすら砕き、身を護る盾はあらゆる砲撃を無力化する。
そんな武器を持つアストレアに接近戦を挑むのは、あまりに無謀と言えるだろう。

しかし逆に言えば、距離を置いて戦えばこちらにも十分勝算はあるという事だ。
となると、一旦アストレアから離れ、遠距離からの砲撃を繰り出すのが、この戦闘において最も有効な戦法だろう。
その事は『イカロス』とて十分承知していたので、彼女もそういう戦法を取ろうとしている。
しかし、それなのに、どうしてなのか。

(遅い……イカロスがどうしてここまで遅い……!?)

神速とも言えるエンジェロイドに擬態しているのにも関わらず、その速度は予想以上に遅い。
それ故に、機動性なら最速を誇るアストレアに簡単に追いつかれてしまい、
遠距離からの蹂躙がかなり厳しくなっているのだ。
それどころか、「Artemis(アルテミス)」の威力も心なしか低くなっているように思える。
完全に擬態ができているのなら、こんな事態などありえない筈なのだが。

これには、先ほどの戦闘によるダメージがまだ完全に癒えていなかったのもあるが、
何よりもガイアメモリとアンク自身との相性が大きいだろう。
いくら人の形をしているからと言っても、所詮アンクはメダルの塊に過ぎないのだ。
本来人間用に造られたガイアメモリをグリードが使用するのは、
言ってしまえばロボットがビタミン剤を使うようなものなのである。
主催側の尽力によって、一応外見はそっくりに擬態できるようにメモリを「騙している」ものの、
それでも戦闘面での再現度は、人間が使用した際よりも大きく劣るのだ。
アンクがそれを知らないのは、彼自身が戦闘の際に手を抜いていたからだろう。
エターナルに擬態した時も、アンクは全力を出さずに「相手を嬲る事」を常に頭に入れていた。
相手を生かさず殺さず痛めつけようとしたが故に、彼は己とメモリの相性の悪さに気付けず、
ぼろぼろの状態のクウガ一人に互角の戦いをするどころか、打ち負けてしまったのである。
――とどのつまり、彼は新たに目覚めた快楽によって、自分の首を絞める羽目になったのだ。

「やっぱり偽者ね!先輩はもっと速いもの!」
「グッ――――黙れェ!」

激情に駆られて、『イカロス』が再び「Artemis」を発射した。
今回は数発だけではない――今回はメダルの使用量を度外視し、10発以上は放っている。
「Artemis」は自在に軌道を変えられるが故、相手がどこに居ようが、自由な箇所に着弾させられる。
対して、アストレアが持つ盾――「aegis=L」は、鉄壁の防御を誇るものの一方向しか守れない。
単純に考えれば、ここでダメージを負うのはアストレアなのだが――。

―― Trigger! Maximum Drive! ――

「『トリガーッ!フルバーストッ!!』」

突如別方向から発射された光弾が、アストレアへと襲い掛かる攻撃を尽く相殺する。
悲しいかな、メモリとの相性の悪さが原因で、「Artemis」の威力も無残なまでに弱体化しているのだ。
誰が『イカロス』の邪魔をしたかなど、もう検討がついている――アストレアと共にいた、あの二人組だ。

「仮面、ライダァァァ……ッ!」
「危ねえ危ねえ……さっきのは流石に肝が冷えたぜ」

仮面ライダーダブルの援護によって、全力の一撃は無意味となった。
さっきから何もかもが上手くいっていない――この時、アンクの苛立ちは限界に達していた。

「よくもよくもよくもォ!ナメるのもいい加減に――」
「隙あり!いっけえええええええええええ!!」

掛け声に反応した『イカロス』が、咄嗟に防御壁「Aesis(イージス)」を展開する。
そしてその直後、予想通りアストレアが剣を片手に突っ込んできた。
しかし、直後で『イカロス』は気付く――これは悪手であるという事実に。
クリュサオルは、あらゆる防御を粉砕する最強の剣なのだ。
『イカロス』が張った「Aesis」など、容易く破壊されるだろう。
アンクがもう少し冷静だったのなら、アストレアにも別の方法で対処できた筈だ。
しかし、激昂により冷静さが欠如した今の彼には、そのまま斬劇を受け止めるという選択肢しか思い浮かばなかったのだ。
故に――――彼は敗北する。

「そんな……ッ!こんな事、が……ッ!」
「いっけえええええええええええええッッ!!」

クリュサオルの刃が、『イカロス』の防御壁を打ち破り、そのまま彼女の身体を切り裂いた。
これが『イカロス』――否、ダミー・ドーパントの呆気ない最期であった。


【5】


無愛想な表情を崩さぬまま、アンクは歩みを進める。
まるで親鳥に着いていく小鳥のように、弥子も彼と同じ道を歩いていた。
彼女の前を歩くアンクは終始不機嫌そうで、気軽に声をかけれるような雰囲気ではない。
しかし、弥子は意を決して彼に質問をぶつけてみた。

「あの……やっぱり迷惑だった、よね?」
「ああ、大迷惑だ」

即答だった。
あまりにも素早い切り返しは、普通に言われる以上に心に響く。
僅かながらも後悔の念が弥子の心中に生まれるが、しかし彼女は別の問いを投げかける。

「あの映司って人……アンクの友達なの?」
「アホか、アイツと馴れ合った覚えはねえ。第一、そんな事聞いてどうするつもりだ」
「だって気になったから……」

弥子のその言葉を最後に、会話は途絶えた。
それから聞こえるのは、二人の靴が地面を叩く音だけである。

しかし、それからしばらくして、三人目の足音が聞こえてきた。
それに気付いた弥子が辺りを見回すと、見知った顔が視界に入ってきた。

「あっ……杏子さん!」

あの赤い髪をした釣り目の少女は、間違いなく佐倉杏子だ。
弥子は彼女へ駆け寄り、再会の喜びを分かち合おうとする。

「無事だったんですね……良かった……」
「あ、ああ。何とかな」

ぎこちない口調で返事をするものの、その声色は紛れも無く杏子のものだ。
無事に仲間が戻ってきた事に、弥子は深く安堵する。
しかし、その再会を手放しに喜ばない男が、一人だけいた。

「……オイちょっと待て。首輪がおかしいぞ、ソイツ」

アンクの知る限り、佐倉杏子の首輪の光は"赤色"だった筈だ。
それなのに、今の彼女の首輪の光は"緑色"をしている。
それがどうにも不可解だ――ルールには、陣営の変更は無所属にしかできない筈なのに。

「本当に杏子なのか、お前」
「なに言ってるのよアンク!どっからどう見ても杏子さんじゃない!」
「そうさ!今更疑うつもりかよ!」
「シラ切るつもりか。だったら、俺がお前に渡したアイスの本数を言ってみろ。食った本人なら分かるだろ」
「…………ッ!!」

突然、杏子の顔が苦悶に染まる。
食べたアイスの本数などという"本人にしか分からない問題"を出されたせいだろう。
それを見たアンクは確信した――この女は「佐倉杏子」ではない。

「もう一度聞くぞ。誰だお前」

そう問いかけた頃には、既に杏子の姿はなかった。
何故なら、かつて杏子がいた場所には、人の形をした怪物が存在していたからである。
顔の右半分が別人に変貌しているその者を、弥子は知っていた。

「そんな……嘘……!」
「結構上手くできてたと思ったんだけどなぁ……。
 けどよく見抜けたね。褒めてあげるよ」

声色も、既に杏子のものではない――それは間違いなく、「怪物強盗X」のそれだった。


【6】


見事宿敵を打ち倒し、地上に舞い降りたアストレアを、ダブルが出迎える。
したり顔をした彼女の姿を見た彼らは、そこで「少し前までの彼女」との相違点に気付いた。

「アストレア……お前デイパックどうしたんだ?」
「えっ……あ、あれ!?……ない……何処にもない!」

アストレアは戦闘の際に、邪魔にならないようにデイパックを背負っていたが、
今の彼女の背中には、あるべきそれが何処にも見当たらないではないか。
アストレアも言われてから気付いたようで、あちこちを見回して自分のデイパックを探している。

「ど、どうしよう!どこかに落としちゃった!探さないと!」
「……いや、探す必要はないぜ」

何かに気付いた翔太郎が指差した方向には、赤い怪人が直立していた。
メモリを砕かれた事に怒りを覚えたのか、彼の視線は射抜くように鋭い。
そして彼のすぐ近くには、アストレアの探し物がうち捨てられていた。

『メモリブレイクを受けてもまだ立ち上がるとはね……』
「ああ、流石グリードってわけか」

恐らくは、クリュサオルが直撃する直前に、アストレアがらデイパックを無理やりもぎ取ったのだろう。
その証拠に、デイパックの肩掛けは引きちぎられてしまっている。

「……許さない――――殺してやる」

その言葉には、ぞっとするような殺意が篭っていた。
しかし、アストレアとダブルはそれに怖気づくことなく、再び臨戦態勢を整える。
それに対しアンクは、いつの間にか手にしていたバックルを腰に当てる。
そうすることでベルトが出現――バックルがアンクに装備される。

「変身」

――Open up――

そう宣言して、バックルの右側を展開する。
そこから放出された光の壁がアンクを通過すると、既にその姿は別人のものへと変化していた。
鳥類を擬人化したような怪人態から、「A」をモチーフとした鎧の騎士へ。
ベルトを使用する変身には、ダブルの二人にも覚えがあった。

『あれは、仮面ライダー!?』
「嘘だろ……!?」

鎧の騎士――グレイブは、変身するやいなやラウザーから一枚のカードを取り出した。
それを察知したアストレアとダブルが、彼の行動を阻止しようと妨害を試みる。

『TIME』

その電子音と共に、グレイブがその場から消失する。
そしてその直後、「ドシュリ」という鈍い音がアストレアの腹部から聞こえてきた。
見ると、一本の光り輝く刃が、彼女を貫いているではないか。
彼女の真後ろには、ついさっきまで向こう側にいた筈の仮面ライダーの姿があった。

「………………ぇ?」

数刻ほど遅れて、アストレアの口元から、嗚咽と共に鮮血が漏れ出した。
その時、アストレアは刺されたという事実すら咄嗟には理解できなかっただろう。
グレイブが剣を引き抜くと、そこから赤い液体が滝のように湧き出てくる。
致命傷を受けたアストレアの身体は、糸の切れたマリオネットのように崩れ落ちた。
肉体を貫いた刃が何を意味するのかも解らぬまま、彼女はその場に倒れ伏したのだ。

ダブルは一刻ほど、呆然としたまま目の前の惨状を見つめていた。
しかし数秒もすれば全てを理解し、やがて怒りがふつふつと沸き起こってくる。
そしてそれが最大に達した時、ダブルの――翔太郎とフィリップの感情が爆発した。

「てめええええええええええええッ!!」

怒りに任せて、グレイブに向けて拳を叩きこもうとする。
しかし、彼は冷静にグレイブラウザーからカードを抜き取り、それをスキャンする。

『ABSORB』
『MACH』

高速移動が可能になったグレイブは、すぐさまダブルの攻撃をかわし、そして後ろに回りこんで斬撃を加える。
くぐもった声と共に、ダブルは仰け反った。
直前に『ABSORB』のカードを使用し、AP――ラウズカードのコストを回復することにより、
グレイブは何の心配もいらずに別のラウズカードを使用できるのだ。

『高速移動……!?翔太郎、ここはサイクロンジョーカーだ!』
「ああ、分かっ――」
「させないよ」

『TIME』

またしてもグレイブが消失したかと思えば、突如目の前に現れてダブルにまた一撃を与える。
その衝撃によって、翔太郎は使用しようとしていたジョーカーのガイアメモリを落としてしまう。
すぐに取りに行こうと手を伸ばすが、それよりも先にグレイブの足がメモリを踏み砕いた。

「なっ……テメェ……!」
「絶体絶命だね、仮面ライダー……フフッ」

まるでこの状況を楽しむかのように、グレイブが嗤った。


NEXT:Cにさよなら/空は高く風は歌う





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最終更新:2013年02月02日 22:46