Cにさよなら/空は高く風は歌う ◆qp1M9UH9gw

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【7】

 目の前にいる女は、姿形こそ佐倉杏子のそれであるが、身に纏う雰囲気は全く別の物だった。
 無尽蔵に溢れ出る剣呑な殺意を必死で押さえ込んでいるようなそれは、まさしく凶悪犯罪者特有のものである。
 相対して、改めて弥子は目の前の危険人物の狂気を認識する。
 この狂気の権化のような存在こそが、今日本を震撼させている犯罪者――怪盗X。

「お前、杏子に何した」

 最初に尋ねたのは、アンクの方であった。
 目の前にいる赤髪の少女が偽物だとするのなら、本物は一体何をしているのか。
 大方検討は付いているが、それでも問わずにはいられない。

「ああ、あの娘?結構面白そうだったから、中身を覗かせてもらったよ」

 Xの「中身を見る」という言葉がどういった意味合いを持つかは、弥子から既に聞いている。
 つまり、杏子はXに敗北して"中身を見られた"という訳だ。
 俺の正体のヒントにはならなかったけどね、と嘯く彼を他所に、アンクは警戒を解かぬまま問いかける。

「……俺達の中身にも興味があるのか」
「勿論見てみたいね……って、そんなに警戒しないでよ」

 カラカラと笑いながら答えるXに対し、アンクの表情は依然として険しい。
 それもその筈――人殺しの狂人の言など、誰が真に受けられようか。

「別に形振り構わず襲おうって訳じゃないさ。第一、俺だってこの殺し合い乗る気なんてちっとも――」
「……だったら!なんで杏子さんを殺したの!?」

 思わず怒りをぶつけたのは、さっきまで黙っていた弥子であった。
 彼女の目には、既に水滴が溜まっている。

「それさっきも言ったよ。"中身を見てみたかった"って言ったじゃないか」
「何よそれ……そんな理由で……酷いよ……!」

 そう言った弥子の目からは、涙が流れ落ちていた。
 僅かな間とはいえ、共に行動を共にした仲間なのである。
 そんな彼女が殺されたどころか、"箱"にされただなんて――そんな酷な話があるか。

「あーあ、泣いちゃった……まあ安心してよ。
 しばらくは静かにするつもりだし、アンタ達は殺さないよ」

 そう言うと、Xは懐から小物を一つ取り出した。
 ほんのり赤く輝くその宝石は、アンクには見覚えがあった。

「杏子のソウルジェムか」
「へえ、ソウルジェムって言うんだコレ……そうだ、これあげるよ。オレにはもう必要ないし」

 Xがソウルジェムを弥子に向けて放り投げた。
 それをキャッチした彼女は、杏子の形見であるそれをまじまじと見つめる。
 もし自分がZECT基地を離れようと言っていれば、もしかしたら杏子は死ななかったのかもしれない。
 こんな形でソウルジェムを手渡される事も、なかっただろう。
 そう思ってしまった弥子は、蹲ってまた泣き始めた。

「それじゃあ俺は行くね……あ、助手さん、ネウロに会ったら言っといてよ。
 『早く俺を見つけないと、みんな"箱"にしちゃうよ』ってさ」

 そう言い残すと、Xは「佐倉杏子」の姿のまま、人間離れした速度で二人の元から去っていった。
 残されたのは、杏子の魂を片手に、ただ咽び泣く事しかできない弱者の嗚咽だけ。

 ――――日付はまだ、変わらない。


【8】


 奪い取ったアストレアのデイパックに入っていたラウズカード。
 どういう経緯で彼女に渡ったかは知る由もないが、とにかくこれはアンクにとっては僥倖だった。
 これとイカロスに支給されていたグレイブバックルを組み合わせれば、間違いなく奴らに勝てる。

 事実、ラウズカードを手にしたグレイブの強さは、ダブルを軽く凌駕していた。
 ダブルのあらゆる攻撃は失敗に終わり、しかしグレイブの攻撃は回避できない。
 これは、グレイブがラウズカードを所持している――つまり、時間停止を始めとする様々な技を使えるのが大きいだろう。
 グレイブ自身にもかなりダメージと疲労が蓄積されているものの、
 ラウズカードが齎した恩恵は、それらの要素を差し引いてもダブルを圧倒できる程に大きかった。

 グレイブにとっては、目の前のライダーがいかなる戦法を取ろうが関係ない。
 交戦の合間にラウズカードを使用し、攻撃を回避してしまえばいいだけだ。
 そして、攻撃によってできた隙を利用して、こちらは確実にダメージを与えていく。
 こんな単純な動作だけで、ダブルは窮地へと追いやられていたのだ。

『――翔太郎!今のままじゃ奴には勝てない!一度体制を立て直すべきだ!』

 ダブルが万全の状態ならば、結果は違っていたかもしれない。
 未知の仮面ライダーを打ち倒し、アストレアの敵を討てた可能性もあっただろう。
 しかし、満身創痍という言葉が相応しい今のダブルでは、それは叶わない。

「なっ――ふざけんじゃねえ!アストレアを見捨てろっていうのかよ!」
『あの傷を見ただろ翔太郎!彼女はもう助からない!』

 急所を的確に貫いたグレイブの一撃を受けたアストレアは、恐らく命を落とすだろう。
 この場に医療器具や、アヴァロンのような道具があれば結果は違っただろうが、
 そんなものが何処にもない以上、この残酷な結果を受け入れるしかない。

「畜生……ッ!」

 目の前にいながら救えず、ただ命の灯火が消える様を黙って見ているしかない。
 その事実は、翔太郎にとっては屈辱以外の何者でもなかった。

「切嗣の信頼を裏切れってのかよ……!」
『悔しいのは分かる。でも今は生き残るのを優先し――』
「何ブツブツ言ってるのさ」

 突然真後ろから聞こえた声に気付いた頃には、もう遅かった。
 ラウズカードの使用によって殺傷力の上昇したグレイブラウザーが、ダブルを切り裂く。
 時間停止能力を手にしたというのは、つまり瞬間移動が可能になったのと同義。
 相手に気付かれずに接近する事など、造作もない事であった。

 直撃を受けてからようやく彼に気付いたダブルも攻勢に転じようとする。
 しかし、これもまたグレイブの時間停止の前には無力。
 それどころか、またしても背後からの攻撃を許してしまう。

「そうだ、AP回復しなきゃ」

《『FUSION』『ABSORB』『EVOLUTION』》

 ダブルに一撃を与えると、グレイブがすぐに三枚のカードをスキャンする。
 これらを使用して手に入るAPの総数は、なんと「9000」。
 グレイブの初期APである「5000」を遥かに上回る量のAPを手に入れられるのだ。
 攻撃の合間を縫ってこれらを使ってAPを溜める事で、何枚カードを使用してもAP切れを起こす事はない。
 その分メダル消費も相当激しくなっているが、
 「ダブルを楽しみながら殺す」という目的しか眼中にない今のアンクには、そんなものは関係ない話であった。

 APを回復させると、またグレイブは時間停止を使用してダブルに接近する。
 一瞬の隙も与えぬまま、彼は新たな発見の実験に取り掛かった。

《『SLASH』『MACH』》

 二種類の電子音が流れた途端、以前よりも激しさを増した斬撃が襲い掛かった。
 いや、「増した」なんて言葉で表現するには、その連撃はあまりに激しすぎる。
 これは、グレイブが高速化とラウザーの強化を同時に行ったが故にできる芸当なのだ。
 2種のラウズカードを使用したグレイブの攻撃は、ダブルの全身を容赦なく痛めつけた。

「ふぅん、カードを組み合わせるともっと強くなるんだ」

 興味深そうにグレイブラウザーを見つめながら、グレイブが呟いた。
 どうやら、使っている本人もあのカードを全て把握している訳ではないらしい。
 僕達は実験体か、とフィリップが苦々しそうに言った。

 嬲られ続けたダブルは、傍目から見ても限界が近いと理解できた。
 それに対し、グレイブは疲労の色こそ見えるものの、まだ十分に戦える。
 この戦いでどちらが勝利を掴むのかは、もはや言うまでもなかった。

「うん、終わりにしよっと」

『MIGHTY』

 ラウザーから流れたその電子音は、言うなればダブルへの死刑宣告である。
 これよりグレイブが使う技は、重力波を乗せた剣で相手を引き裂く「グラビスラッシュ」。
 この一撃を今のダブルがまともに食らったら、変身している翔太郎はただではすまされないだろう。
 危険を察知した彼も回避の方法を考えるが、時間停止能力を持つ今のグレイブの前では、
 どんな策だろうが無意味になる事は明確だった。

『翔太郎……!』
「クソッ!腹括るしかねえのか……!?」

 そんな事を言っている内に、煌く刃を構えながら、グレイブがにじり寄ってくる。
 走ればすぐに到達する距離にもかかわらず、彼がゆっくりと歩いているのは、
 ダブルが驚愕し、そして絶望する様を見たいというアンクの個人的な意思によるものだった。

 子供というのは何にでも興味を示し、そして得た知識をスポンジの様に吸収するものである。
 かつては赤子同然だったアンクもその例に漏れず、
 この地で様々なものに興味を持ち、そしてそれが齎す知識を余さず食らっていった。
 現在、そんなアンクの好奇心を最も揺さぶっているのは、「苦しんでいる人間の表情」である。
 どんなに強がっている者でも、絶望の淵に落とされれば表情は今までにないものに変貌する。
 普段はしないその表情を見ているのは、アンクにとっては愉快な事この上なかったのだ。

 グレイブが、ダブルのすぐ目の前にまで近づいてきた。
 いよいよ、手にしたグレイブラウザーを、ダブルに叩き込むつもりなのだ。

「じゃあね、仮面ライダー」





 そして、グレイブの必殺の一撃が―――。







 ―――――振り落とされなかった。






「――ガッ――――ァ――――!?」

 その代わりに聞こえたのは、アンクの呻き声。
 見ると、彼の心臓部から刃が生えているではないか。
 グレイブの装甲を突き破ったその光り輝く剣を、ダブルは知っている。

「アストレア!?」
『どうして……!?』

 アンクの真後ろの影は、紛れもないアストレアのものだった。
 傷口からは未だに大量の血が流れ出ているものの、それでも彼女は動いた。
 自分で考えた事をする為に――危機に瀕した仲間を救う為に、彼女は戦う。
 言うなれば、それはアストレアが見せた、最後の煌きだったのである。

「――――なん、で――――お前――がッ――――!?」
「……ざまぁ……見な、さい……よ……バーカ……ッ!」

 身体を食い破ったクリュサオルの突きは、間違いなくアンクにとっては致命傷だ。
 この期を逃してはならないと、フィリップが翔太郎へ指示を出す。

『翔太郎!マキシマムドライブだ!』
「……ああ、チャンスは今しかねえ!」

 現在のダブルのフォームは、サイクロンメモリとトリガーメモリによって形勢される『サイクロントリガー』である。
 このフォームは幸運な事に、特定の箇所を正確に狙える「銃」を武器としている。
 バックル部分をマキシマムドライブで打ち抜けば、グレイブの力を使用できなくなる筈だ。
 トリガーメモリをバックルから引き抜き、トリガーマグナムの挿入口にセットする。

――Trigger! Maximum Drive!――

『「トリガー!エアロバスタァァァ!!」』

 アストレアの足掻きを無駄にしないためにも、この一撃は必ず当ててみせる。
 その思いを乗せて、トリガーを引こうとした、その時。

「グッ――ァ――――な、めェ、る、なあああああああああああああッッッ!!!」

 この時、ダブルにとって予想外だったのは、アンクが根性を見せた事。
 依然として輝きを失わないグレイブラウザーの切っ先をダブルに向けて、そのまま振り落とす。
 引き金が引かれたのと、刃が直撃したのは、ほぼ同時だった。


【10】


 Xと遭遇した後にアンク達が発見したのは、三角形の物体。
 見ている側まで不安になりそうな、瀕死の虫のような飛び方をするそれは、
 彼らには目も暮れずに――と言うよりも、気付いていなかったのだろう――何処かへと飛び去った。
 何かあるのではないか、と考えたアンクが三角形の現れた方向に足を運んでみると、そこには二人の屍が斃れているではないか。
 二人はこの死体が誰なのかを知っている――ついさっき遭遇したばかりの青年と少女だ。
 少女の方は、心臓部に穴が開いており、そこからは一滴の血も流れてはいない。
 青年の方には、胸部に巨大な刀傷らしきものができていて、そこから腸が見え隠れしている。

 辛そうに顔を伏せる弥子を尻目に、アンクは少女の亡骸の付近に落ちていた数枚のメダルを拾う。
 それらどれもが、どういう訳か色彩を失っていたが、彫られていた鳥類のロゴを見て、確信する。
 この四枚のメダルは、間違いなく自身が求めて止まないものだ、という事を。
 唯一怪人の面影を残す右腕からメダルを取り込むと、己の中に欠けていたものが戻ってくる感覚があった。
 ――だが、まだ足りない。

「やはりアイツを取り込む必要があるか……」

 まだこの地にいるであろう「もう一人の自分」を探して取り込まない限り、完全に力を取り戻したとは言い難い。
 あの忌々しい子供を一刻も早く探し出し、どちらが本物なのか白黒つけてやらなくては。
 ……尤も、これだけコアメダルを集めた以上、もう一人の自分と出会ってもそのまま吸収できてしまうだろうが。

 ふと弥子に目を向けると、彼女は頭を垂れて項垂れている。
 巻き込んでしまった二人に対する自責の念が、彼女を覆っていたのだ。

「……どうせ『私が呼んだから死んだ』って思い込んでるだろ」

 そんな彼女に、アンクが声をかけた。
 慰めるつもりはないが、妙な勘違いを引きずっていても困る。

「アホか、アイツらは自分の意思で命投げたんだぞ。お前が後悔する必要なんてない」

 そう言いながら、アンクは青年の亡骸を一瞥する。
 彼の腰にはやはりと言うべきか、ベルトが巻きついていた。
 この仮面ライダーも剣崎と同様に、名前も知らぬ人間の為に命を落としたのである。
 アンクにはやはり理解し難かった――どうして、そこまで容易く自分の命を天秤にかけれるのか。
 自分が欲するもの――すなわち"命"を投げ捨てようとする『仮面ライダー』には、嫌悪感しか浮かばない。
 彼らの支給品は回収したが、ダブルドライバーだけは、どうにも回収する気になれなかった。

「……行くぞ。ここにはもう用はねえ」

 そう言うと、アンクは弥子に背を向けて歩き始めた。
 おぼつかない足取りで、弥子もそれに続いたのだった。
 杏子の形見であるソウルジェムを、その手に握りしめて。


  O  O  O


 散々人を助けたいと言っておきながら、あの男は人を殺した。
 どういう訳だろうか――彼への言い表せない怒りが、心中に渦巻いている。
 あれだけ人の命を優先した男が、簡単にその決意を裏切った故か。
 それとも、かつて行動を共にしてきた者が罪を犯したが故か。

 だが、これでようやく覚悟が決まった。
 これでもう何も後悔も抱く事無く、奴と決別できる。


 自身が真に望むのは、火野映司との決着。
 次に会った時こそは、あの男との全てを終わらせてみせる。


【11】


 市街地を飛来する物体が一つ。
 ピラミッド型のそれは、危なっかしい軌道を描きながら進むそれは、やがて壁にぶち当たる。
 重力に逆らいきれず、弱弱しく落下した末に、物体は地面に着地した。
 そして、物体の姿から変化して現れたのは、ダブルによって倒されたと思われたアンクであった。
 T2ゾーンメモリを使用する事によって、彼は戦場から逃げ出したのである。

「……ぐっ……こんな……筈、じゃ……」

 メモリを使用したのは、自力で歩くのが困難な程に疲労困憊していたからだ。
 流石にマキシマムドライブを受け、身体にクリュサオルを刺し込まれたのでは、グリードとて無事では済まされない。
 満身創痍という言葉が、これ程似合う状況はないだろう。

「……ボクの……ボクの、コア…………」

 アンクの中で眠るコアメダルは、既に自身の感情を内包したものを含め、残り2枚だけとなっていた。
 つまりは、あの戦闘で貴重なメダルを三枚も落としてしまったという事。
 今すぐ取り戻しに向かいたい所だが、こんなボロボロの状態では、とてもじゃないが不可能だ。

「……クソォ……チクショウ…………!」

 ダミーメモリは言うまでもなく、グレイブバックルもダブルの必殺技によって破壊されてしまった。
 こんな事になるのだったら、とっとと「もう一人のボク」を取り込んでおくべきだったのだ。
 アンクは改めて、己が犯した愚かなミスに歯噛みする。

「まだ……だ……!今度、こそ……次、こそは……"ボク"を――」
「なあ、そこのアンタ」

 不意に、少女の声が耳に入り込んできた。
 その声の主は、アンクと同陣営の魔法少女だった筈だ。
 上手く言い包められれば、安全に身を潜められるかもしれない。

「キミ、は……確か佐倉、杏子……じゃ――――!?」

 声の方を向き、彼女の名前を言おうとした瞬間……アンクは絶句した。
 何故なら、今彼に近づきつつある少女の首輪の色が、赤ではなく緑だったからだ。
 通常、陣営のリーダーが死なない限り、その陣営に属するメンバーの首輪の色は変わらない。
 つまりは、赤陣営の佐倉杏子が緑陣営になっている可能性はほぼゼロなのだ。
 では、今アンクの目の前にいる「佐倉杏子の姿をした者」は何者なのか。
 そこで彼は気付く――メモリを使わずに、誰にでも擬態できる緑陣営の参加者は、確かに存在している。

「お前……まさ、か……怪盗、X……!?」
「……案外アッサリ見破るんだね」

 些か不愉快そうに言った彼女の口調は、既に佐倉杏子のものではなかった。
 そこにいたのは、見滝原の魔法少女ではなく、怪盗Xという大犯罪者。
 杏子の形を崩さぬまま、獲物を見定めるような目つきでアンクを眺めている。

「そ、そうだ……!X、ボクと……協力、する気……ない……?」
「……?いきなり何言ってるのさ」

 自分でも驚くほど容易く、命乞いの言葉が口から出てきた。
 屈辱感はあるものの、こうでもしなければ生き残れないのだ。
 まずはXと同盟を組んで、こちらの身の安全を得なければならない。
 成功する自信なら大いにある――何故なら今のアンクには、Xが喉から手が出る程欲している情報を握っているからだ。

「キミは……ネウロが……目当て、なんだろ?
 ネウロの、居場所……教えて……あげるから……ボクを、助けて……くれない、かな」
「――ネウロの?」

「ネウロ」という言葉に、Xが反応した。
やはりだ――この怪人の脳内には、常にネウロという単語が置かれている。
それもその筈、Xにとってネウロは「今最も中身を見たい男」なのだ。

「フゥン……いいよ、あんまり気乗りしないけど、助けてあげるよ」

 勝った、と心中で宣言した。
 これでしばらくは、ぼろぼろの肉体がこれ以上痛めつけられる事はないだろう。
 あとはボディーガードとなったXの背後で、のんびりと傷を癒していけばいい。
 邪魔になったとしても、隙を突いて首を刎ねてしまえばいいだけの話である。
 まだ幸運の女神はこちらに味方している――アンクはそう確信した。

「それにしても、なんでアンタそんな事知ってるのさ」
「当然だよ……だってボクは……ドクターから直々に――――」

 言い終える前に、「あっ」という声が、思わず漏れそうになった。
 今の自分の台詞が、それまで築き上げてきたものを一つ残らずぶち壊してしまったのだ。
 ドクターの手先である事を公表するという事は、つまり自分がグリードであると宣伝しているようなもの。
 自分の中身(しょうたい)を追い求めるXが、グリードという未知の存在に興味を持たない訳がない。
 しかも、目の前の獲物は既に死の一歩手前なのだ――このチャンスをXが逃すとは到底思えない。

「へぇ。つまりアンタ、グリードなんだ」

 その瞬間、Xの殺意が開放され、アンクの全身を包み込んだ。
 全身が底冷えするようなその感情に、彼は恐怖を隠せない。
 間抜けにも尻餅をついたアンクは、疲れきった体を必死で動かし、地べたを這うようにXから離れようとする。
 しかしそんな必死の行動も、Xからすれば、ただの芋虫の物まねにしか見えなかった。

 Xの狂気に当てられたその瞬間、アンクは知ってしまったのだ。
 本当の狂人の放つ純正の狂気と、それを浴びることで得る本物の恐怖を。
 自分がこれまでした「ドッキリ」なんて、所詮ごっこ遊びにしか過ぎないという事実を、思い知ってしまった。

「……ぁ…………ぁあ………………イヤ、だ…………!」

 戦おうとは思わなかった。
 仮に自身が戦える状態だったとしても、それでもアンクは逃げを選ぶだろう。
 初めて味わった恐怖は、既に彼の全身を駆け巡り、戦意を奪い取っていたのだから。

 Xがデイパックから一振りの大剣を取り出す。
 黄金の輝きを放ちながらも、刀身が血に塗れたそれは、言うなれば「魔剣」。
 これが叩きこまれれば、アンクは確実に人の形を保てられないだろう。

「……い、嫌だ…………ボクは嫌だぁ……!」

 その言葉は、奇しくも彼が敵対していた男の最期の言葉と一致していた。
 もがきながら言った分、惨めさはその男よりも勝っているのだが。

 哀れにも足掻き続ける少年の頭部を見据えながら、Xは手に持つ魔剣を掲げた。
 這い蹲る小鳥がそれを回避できる可能性は、ゼロだ。

「誰か……!誰でも、いいから……!ボクを助け――――」
「そんな事言わずにさ。――見せてよ、アンタの『中身』」



 懇願を聞き入れる者は、もうどこにもいない。


 刃が、降り落とされた。




  O  O  O


「……あれ?」

 怪人に止めを刺した後、最初にXの頭に浮かんだのは疑問符だった。
 頭をかち割られた怪人の姿はそこにはなく、代わりにあったのはセルメダルの山。
 そして山の頂上には、赤いメダルが二枚だけ置かれている。
 もしかすると、これがグリードの正体なのだろうか。

「う~ん、これじゃ中身なんて見れようがないな……」

 全て無機質で構成されている以上、中身(しょうたい)など見れようがない。
 もしかして、グリードという生物は、皆メダルの塊なのだろうか。
 そうだとするのなら、何とも興ざめな話である。

「まあいいや、支給品でも漁ろう」

 Xはメダルの山を全て首輪へ収納し、アンクの持っていた支給品を物色し始めた。
 しかし、それらはどれもXのルーツに近づくヒントにはなりえないものばかり。
 特に13枚のカードなど、一体どうやって使えばいいのだろうか。

 しかし、程なくしてXは喜びで満たされることとなる。
 デイパックに入っていた詳細名簿には、なんと参加者の初期スタート地点が記されていたのだ。
 当然その中には、脳噛ネウロのデータも入っている。

「ネウロ――――!」

 彼の名前を見た時のXの表情は、歓喜に満ち溢れていた。
 探していた因縁の相手を、こんなに早く見つけられたのだ。
 生体研究所などに向かっている場合ではない、すぐに南下しなくては。
 さながら獲物を見つけた虎の如く走り出したXの心は、これまでになく高鳴っていた。


【12】


 初めてダブルに変身したあの日、彼は自分に向けて言った。
 「地獄の底まで相乗りしてやる」と、共に戦い続けてくれると誓ってくれた。
 その約束はずっと破られないものだと、「二人で一人の仮面ライダー」は永遠だとばかり思っていた。

 だが、目の前にある事実は、その誓いを全否定している。
 横たわる彼の表情は、まるで何かをやり遂げたかのように安らかだった。
 それとは対照的に、少年はたった一人で、絶望に打ちひしがれる。

「………………ぁ………………あ…………」

 気付いた時には、亡骸の前で跪いていた。
 紡ごうとする言葉は全て、形を成す前に嗚咽となって空に消える。
 目前の相棒の口からは、言葉が紡がれる事はない。

 相棒のすぐ近くに置かれていたのは、一本のガイアメモリ。
 「T2サイクロンメモリ」なるそれは、元はアストレアの物なのだが、
 いつの間にか彼女のデイパックを抜け出し、アンクに気付かれぬまま放置されていたのだ。
 そして適合率の高いフィリップに惹かれ、彼の前に姿を表したのである。
 T2ジョーカーメモリが翔太郎を選んだのだから、
 相方であるフィリップがT2サイクロンメモリに選ばれるのも、当然と言えた。

 しかし彼はもう、T2ジョーカーメモリを持っていなかった。
 元から所有していたジョーカーメモリも、既にグリードに砕かれている。
 「切札」と「疾風」は、もう一つにはなれない。

「……あぁ……ぁぁあ…………あぁああ……!」

 後悔は叫びとなり、口から意図せずして漏れ出てくる。
 嘆きは涙となり、瞳から堰を切ったように流れ出る。
 目の前で沈黙する遺体を追悼するように、少年は頭を垂れて蹲る。

「……ぁあ…………嘘だ……嘘だ…………!」

 どれだけ否定しても、決して目の前の惨劇は消えない。
 残酷な事実だけが、フィリップの心を突き刺していた。












「ああぁぁあぁぁぁぁあぁぁあぁああぁぁああああああッ!!
 嘘だ――――嘘だぁああぁあぁあぁああああぁぁああああぁ!!」









 少年の叫びが、虚空へと散っていく。







 風はもう、止んでいた。









【アストレア@そらのおとしもの 死亡】
【左翔太郎@仮面ライダーW 死亡】
【アンク(ロスト)@仮面ライダーオーズ 自立行動不能】





【一日目-夕方】
【D-3/市街地】

【アンク@仮面ライダーOOO】
【所属】赤
【状態】健康、覚悟、仮面ライダーへの嫌悪感
【首輪】160枚:0枚
【コア】タカ(感情A):1、クジャク:2、コンドル:2、カマキリ:1、ウナギ:1
    (この内ウナギ1枚、クジャク2枚、コンドル1枚が使用不可)
【装備】シュラウドマグナム+ボムメモリ@仮面ライダーW
    超振動光子剣クリュサオル@そらのおとしもの、イージス・エル@そらのおとしもの
【道具】基本支給品×5(その中から弁当二つなし)、ケータッチ@仮面ライダーディケイド、大量のアイスキャンディー、
    大量の缶詰@現実、地の石@仮面ライダーディケイド、T2ジョーカーメモリ@仮面ライダーW、不明支給品1~2
【思考・状況】
基本:映司と決着を付ける。
 1.殺し合いについてはまだ保留。
 2.もう一人のアンクを探し出し、始末する。
 3.すぐに命を投げ出す「仮面ライダー」が不愉快。
【備考】
カザリ消滅後~映司との決闘からの参戦
※翔太郎とアストレアを殺害したのを映司と勘違いしています。
※コアメダルは全て取り込んでいます。
※アストレアのメダルを回収しました。

桂木弥子@魔人探偵脳噛ネウロ】
【所属】青
【状態】健康、精神的疲労(中)、深い悲しみ、自己嫌悪
【首輪】110枚:0枚
【装備】桂木弥子の携帯電話(あかねちゃん付き)@魔人探偵脳噛ネウロ、ソウルジェム(杏子)@魔法少女まどか☆マギカ、
【道具】基本支給品一式、魔界の瘴気の詰った瓶@魔人探偵脳噛ネウロ、衛宮切嗣の試薬@Fate/Zero
【思考・状況】
基本:殺し合いには乗らない。
 1.私がもっとしっかりしてたら……。
 2.杏子さん……。
 3.ネウロに会いたい。
 4.織斑一夏は危険人物。
【備考】
※第47話 神【かみ】終了直後からの参戦です。


【一日目-夕方】
【D-3/路上】
※アンク(ロスト)の首輪が放置されています。
※ダミーメモリ、グレイブバックルは破壊されました。

【X@魔人探偵脳噛ネウロ】
【所属】緑
【状態】健康、疲労(中)、佐倉杏子の姿に変身中
【首輪】300枚:250枚
【コア】コンドル:1、タカ(感情L):1
【装備】佐倉杏子の衣服、重醒剣キングラウザー@仮面ライダーディケイド、ベレッタ(10/15)@まどか☆マギカ
【道具】基本支給品一式×5、“箱”の部品@魔人探偵脳噛ネウロ×28、アゾット剣@Fate/Zero、
    キャレコ(10/50)@Fate/Zero、ライダーベルト@仮面ライダーディケイド、
    ナイフ@魔人探偵脳噛ネウロ、ベレッタの予備マガジン(15/15)@まどか☆マギカ、
    9mmパラベラム弾×100発/2箱(うち50発消費)、ランダム支給品2~8(X+一夏+杏子+アンク(ロスト))(全て確認済み)
    詳細名簿@オリジナル、ラウズカード(♠ A~K、ジョーカー)、T2ゾーンメモリ@仮面ライダーW
【思考・状況】
基本:自分の正体が知りたい。
 1.ネウロの元へ向かう。
 2.バーサーカーセイバー、アストレア(全員名前は知らない)にとても興味がある。
 3.ISとその製作者、及び魔法少女にちょっと興味。
 4.阿万音鈴羽(苗字は知らない)にもちょっと興味はあるが優先順位は低め。
 5.殺し合いそのものには興味は無い。
【備考】
※本編22話後より参加。
※能力の制限に気付きました。
※Xの変身は、ISの使用者識別機能をギリギリごまかせます。
※傷の回復にもセルメダルが消費されます。
※アンク(ロスト)の肉体を構成するメダルを吸収しました。
※ラウズカードの使用方法を知りません。


【一日目-夕方】
【D-3/市街地】
左翔太郎とアストレアの遺体、
 ダブルドライバー&メタルメモリ&トリガーメモリ@仮面ライダーWが翔太郎の腰に巻かれる形で放置されています。
 また、エリア中心部より少し北にダブルチェイサー@TIGER&BUNNYが放置されています。
※ジョーカーメモリは破壊されました。

【フィリップ@仮面ライダーW】
【所属】緑
【状態】精神疲労(極大)、絶望、深い悲しみ
【首輪】90枚:0枚
【装備】サイクロンメモリ・ヒートメモリ・ルナメモリ@仮面ライダーW、T2サイクロンメモリ@仮面ライダーW
【道具】基本支給品一式、マリアのオルゴール@仮面ライダーW、スパイダーショック@仮面ライダーW
【思考・状況】
基本:???
 1.翔太郎――――!!
【備考】
※劇場版「AtoZ/運命のガイアメモリ」終了後からの参戦です。
※“地球の本棚”には制限が掛かっており、殺し合いの崩壊に関わる情報は発見できません。


【グレイブバックル@仮面ライダーディケイド】
イカロスに支給。
海東純一が使用していた、ライダーシステムの起動ツールとなるバックル。
装着したグレイブバックル中央部にラウズカード(WA「CHANGE」(黄))を挿入して反転させると、
光のゲート(オリハルコンエレメント)が装着者の前面に放出、ゲートが自動的に装着者を通過することでグレイブへと変身する。
ラウズカードを使用することで、カードに封印されたアンデッドの特殊能力を発揮させられる。
( ^U^)

【T2サイクロンメモリ@仮面ライダーW】
バーサーカーに支給。
「疾風」の記憶を内包したT2ガイアメモリで、使用者をT2サイクロン・ドーパントへと変身させる。



【9】


 風が、吹いていた。

 どこか懐かしい、覚えのある風。

 殺し合いの場で吹いたそれとは違う、温かみのある風。

 それを最後に感じたのは、何時だっただろうか。

「……ぁ」

 ぼやけた視界の中で、翔太郎は、見た。

 かつて最も敬愛し、背中を追い続けていた男の姿を。

「ぉやっ……さ、ん……」

 鳴海荘吉。

 もう出会えないとばかり思っていた男が、そこにいた。

 死に瀕した翔太郎の妄想なのか、それとも本当に彼が現れたのか。

 それを知る術は、もう彼にはない。

 今まさに近づきつつある"死"が、それを許してはくれないのである。

「これ……で、良かっ……た、ん……だよ、な」

 彼は何も言わなかった。

 ただ口元に笑みを浮かべたまま、何処かへと去って行く。

 それが肯定なのか、それとも否定なのか、翔太郎には知る由もない。

 そしてその直後、風が吹いた。

 いつも感じてた、常に愛していた、あの風を。

「あぁ……良い風……吹きやが……る…………」


 風都の風を感じながら。

 その風に祝福されるように。

 風を愛した男の生涯は、幕を閉じたのであった。




057:義の戦(前編) 投下順 059:迷いと決意と抱いた祈り(前編)
055:折れない剣 時系列順 060:導きの令呪
055:折れない剣 X 077:X【しょうたいふめい】
アンク(ロスト) GAME OVER?
桂木弥子 063:大事な友達
アンク
048:Oの喪失/失われた日々 アストレア GAME OVER
左翔太郎 GAME OVER
フィリップ 065:愛憎!!




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最終更新:2013年09月10日 20:34