迷いと決意と抱いた祈り(前編) ◆SXmcM2fBg6



「オォォォオオオオッッ!!!」

 身の竦む雄叫びと共に、敵を打ち砕かんとメダガブリューが振り下ろされる。
 その一撃をアクセルが受け止め、背後からディケイドがライドブッカーで切りかかる。

「オアアァァァアッ!!」
「グ……オッ!」
「――ガアッ!」

 だがオーズは、その圧倒的な暴力を以ってアクセルを、恐竜のような尾でディケイドを弾き飛ばし、そのままディケイドへと追撃をかける。

「ファイヤーッ!」
「ヴアァア――ッ!」
 それをさせまいとファイヤーエンブレムが最大火力で炎を放つが、オーズは咆哮と共に冷気を放つ。
 二人の間でぶつかり合った炎と冷気は、どちらも競り負けることなく相殺しあう。
 だが、そのままの状態でオーズはファイヤーエンブレムのほうへと体を向け、両肩のワインドスティンガーを撃ち出す。

「いやん、もう!」
 辛うじてその動きを察知できたファイヤーエンブレムは、咄嗟にその場を飛び退いて回避する。
 同時に攻撃の隙を突いて、アクセルとディケイドが渾身の力で一撃する。

「ハア――ッ!」
「オオ――ッ!」
「グウッ……ウァアッ――!!」

 二人の攻撃をまともに受けたオーズは僅かに呻くが、ダメージは小さい。
 即座に体勢を立て直してアクセルとディケイドの首を掴み、エクスターナルフィンを展開して空へと飛翔する。
 そして一気に急降下して渾身の力を籠めて二人を地面へと叩きつけ、再び上空へと飛び上がった。

「ガハ……ッ」
「グウ……ッ」
「二人とも、大丈夫!?」

 地面に叩きつけられた衝撃に呻く二人に、ファイヤーエンブレムが声をかける。
 仮面ライダーに変身した彼らにとって、落下のダメージ自体はたいしたことはない。
 だが暴走したオーズの猛攻は、二人に少なからぬダメージを蓄積させていた。
 特にディケイドは、暴走したオーズの一撃を真っ先に受けたこともあってか、動きに精彩を欠いていた。

 数多の仮面ライダーを破壊してきたディケイドにとって、今のオーズの力は経験した範疇を超えない。
 だというのに彼がオーズを攻めきれないのは、久しく忘れていた協力しての戦いである事と、真木清人に掛けられた制限からだ。

 ディケイドは複数のライダーカードを連続使用する事によって、他のライダーを圧倒する仮借ない攻撃を可能としていた。
 だがセルメダル消費という制限をかけられたことにより、それが難しくなってしまったのだ。
 もしセルメダルの残量を考えずに戦えば、あっという間にメダルが底を尽き、変身が解けてしまう。
 後のことも考えれば、無駄使いは一切出来なかった。


「アアアアァァァアア――――ッッ!!!」
 空でオーズが咆哮を上げ、オースキャナーでオーカテドラルに装填されたコアメダルをスキャンする。

《――スキャニングチャージ!!――》

 そしてその音と共にコアメダルの力を最大解放し、全てプテラヘッドへと集中させる。
 ワインドスティンガーによる攻撃を行わないのは、対象が複数居るからか。
 いずれにせよ、衝撃波と共に放たれた冷気は、地上にいる三人を凍結させ拘束した。
 そしてそこに止めを刺さんと、メダガブリューにセルメダルが装填される。その数四枚。
《――ゴックン!――》
 その全てを噛み砕いて圧縮し、エネルギーを砲身内部で循環・増幅させる。
 セル一枚でも十分な破壊力を持つ一撃を、セルを四枚も消費して放てば、アクセル達三人を斃して余りある威力となるだろう。
 オーズはその必殺の一撃を放つ砲身を、躊躇うことなくアクセル達へと向ける。

「ちょっと、マジでヤバイわよ! どうするの!?」
「俺に質問をするな……!」
「くそ……ッ!」

 アクセルとディケイドはその装甲で、ファイヤーエンブレムは自らの能力で完全な凍結を免れていた。
 だが纏わり付く氷は、今なお彼らの体を拘束し、脱する術を阻害している。
 全力を尽くせば数秒と経たずに拘束を破れるだろうが、その数秒の間に致命の一撃が放たれるだろう。

「クッ……!」
 アクセルはスチームによる解凍を試みるが、エンジンブレードに纏わり付く氷がメモリの装填を阻害する。

「チィ……!」
 ディケイドはライドブッカーによる銃撃でオーズを撃ち落そうとするが、アタックライドによらない攻撃では十分な威力がない。

「この……ッッ!」
 ファイヤーエンブレムは両手から炎を放って氷を急速に溶かすが、ヒーローとして残る二人を放っておくことは出来ない。

 そんな彼らの抵抗を嘲笑うかのように、メダガブリューの内包するエネルギーが臨界に達する。
 アクセル達はそれを前に最後の抵抗を試み、

《――プ・ト・ティラーノ・ヒッサ~ツ!!――》

 その歌声と共に、全てを破壊する一撃――ストレインドゥームが放たれた。


        ○ ○ ○


「ウヒョヒョヒョヒョヒョ!!」
 と。【D-7】に位置する街の、とある店の中で響き渡る。
 声の主は桜井智樹
 現在彼の居るこの店は、アニメやマンガ、ゲームなどのグッズを取り扱う店らしい。
 彼の周囲にある棚には何冊もの本がぎっしりと陳列されており、今彼が手に取っている本もその内の一つだ。
 その店内の一角で本を読みふける彼の姿は、見様によっては漫画雑誌を読み漁る少年と思う事も出来ただろう。
 ………それらの本が、『エロ本』でさえなければ。

「ええのうええのう! 堪らんのう!!」

 智樹はうねうねと体をくねらせながら、高まるリビドーに身を委ねる。
 この場に彼の幼馴染がいれば、いつものようにキレのいいチョップを打ち込んで制裁を加えたのだろうが、残念ながらここにはいない。
 その事実がまた、少年の煩悩を解放させる。

「桜井君、どう? 何か見つかった?」

 そんな公衆の面前に出られないような変態を晒す少年の元に、一人の少女が声をかける。
 智樹はそれにビクッと体を跳ねさせ、慌てて外面を取り繕う。

「い、いや、何も! 何も見つかりませんでした!」
「そう。それは残念ね」

 そう言って静かに考え込むマミに、智樹はふう、と安堵の息を吐いた。
 幸いにして、彼がエロ本を読んでいたという事には気付かなかったらしい。

 智樹達はこの店に、殺し合いを打破するのに役に立つ物はないかと立ち寄った。
 その際に智樹はこのコーナーを見つけ、目的を忘れてエロ本を読みふけっていたのだ。

「それならとっとと次に行こうぜ。何にもない所でじっとして手もしょうがねしさ」
「そうね、そうしましょう」

 マミが周囲の本に気付く前に、彼女を促して店からから立ち去る。
 もしエロ本を読み耽っていたと知られたら、マミは間違いなく自分を避けるだろう。
 蔑んだ目で見られるのは慣れっこだが、それで警戒されて彼女の豊満な肉体を観賞できなくなるのは上手くない。

“中学生とは思えぬそのおっぱい。心ゆくまで堪能させてもらわねば”

 頭の中で邪な事を考えながら、気付かれぬように横目でマミの体を観賞する。
 足先から脛、腿、尻、腰へと視線を上げ、やはりその胸で目が釘付けとなる。
 その魅惑のボディは、アイドルとしてデビューすれば人気を博すること間違いなしだろう。

「グフ……グフフ………」
 込み上げる笑いを堪え、マミの動きに合わせて揺れる胸を凝視する。
 先程は彼女が突然合流した事であの場にあったエロ本を回収し損ねたが、今目の前にある頂を思えば些細な事だろう。
 そう思いながら視線を上下させ、
「――――――――」
 不意に視界に捉えたマミの表情を見て、ふと我に帰る。

 マミは真剣な眼差しで何かを思案している。
 それは考えるまでもなく、この殺し合いを打破する方法についてだろう。
 そう思い至ると同時に、先程までの興奮もあっさり冷めた。

「……………………」
 雲一つ見当たらない空を見上げる。
 鳥一匹飛んでいない、鳴き声すら聞こえない青い空。
 その青さに、なるべく考えない様にしていた事を思い浮かべた。

 桜井智樹は、決して誰かの死に無感動でいられる人間ではない。
 真木清人によって行われた二人の人死に、何も思わなかった筈がない。
 だが彼は無力な人間でしかなく、目の前で起きた惨劇を見過ごす事しか出来なかった。
 だから彼は、己の欲望に従う事によって心を慰め、無意味な事を考えない様にしていたのだ。
 そのどうしようもない事を、マミの真剣な表情を見て思い出してしまったのだ。

 目の前で死んだ名前も知らない少女たち。
 彼女たちの死に嘆く誰かの慟哭の声。
 己の愛する平穏が崩れていく音。
 ただ茫然としていた自分。

 もしあの時動いていたら、何かが変わったのだろうか。
 そんなありもしない考えを、大きく息を吐いて頭から吐き出す。
 もう終わってしまった事を考えるくらいなら、妄想をしていた方がまだ建設的だ。
 だがそんな気分ではもうないため、別の事を考えて気を紛らわす事にする。

「それにしても、イカロス達はどこにいるんだか」
「そうね。みんな無事だと良いけど」

 この会場のどこかにいる知人を思いながら、次に向かう場所の当てもなく歩いて行く。
 ラジオ会館から周囲の店を見て回ったため、スタート地点からはそれほど進んでいない。
 今はようやっと街の外縁部が見えてきた所だ。
 こんな調子では、誰かを探すにも時間が掛ってしょうがない。

「やっぱり、地図に載っている施設を探した方がいいのかしら」
 地図に載っていない施設では何の収穫もなかった以上、やはり記載されている施設の方を調べるべきだろう。
 だとすれば、向かうべきは西側か。そちら側には、見滝原と空美町がある。
 知り合いを探すのなら向かうべきだし、お互いの目的地としても隣町で丁度良い。
 そう思って、マミは智樹へと声をかける。

「ねぇ、桜井君」
「ん? 何だアレ?」

 だがその時、遠くを見ていた智樹が何かを見つけた。
 その方向へと視線を向ければ、見覚えのある人影が家屋の屋根を足場に跳んでいた。

「あれは……鹿目さん?」
「知り合いか?」
「ええ」

 大分距離がある為確証は持てないが、おそらく間違いないだろう。

「そんじゃ、見失う前に追いかけようぜ」
「そうね、急ぎましょう」

 智樹の声に促されて、まどかを追って走りだす。
 まどかは変身して身体能力を上げていた。つまり、彼女には急ぐ理由があるという事だ。
 どうにも嫌な予感がする。なるべく急いで合流した方が良いだろう。
 マミはそう思い、智樹を置いて行かない程度に足を速めた。


        ○ ○ ○


《――プ・ト・ティラーノ・ヒッサ~ツ!!――》

 滅びを告げる歌声が響く。
 身動きを封じられたアクセル達は、オーズの一撃を避ける事が出来ない。
 その絶望的な状況を前にディケイドは、最後の抵抗としてクロックアップのライダーカードを取り出す。
 氷で拘束されている今、インビジブルによる脱出は出来ない。
 ならばクロックアップで超加速し、体を拘束する氷の粉砕を、それが無理ならディメンジョンブラストによる撃墜を狙うのだ。

 オーズの放とうとしている必殺技は、ディメンジョンブラストだけでは相殺できないだろう。
 だが相殺できないのであれば、放たれる前に撃ち落してしまえばいいのだ。
 カードの使用が制限されている今、強力な手札を切るのは痛いが、倒されてしまっては元も子もない。
 故に、オーズの必殺技が放たれるより早くクロックアップを行おうとして、

「む―――あいつは」

 視界の端に捉えた人影に、その行動を中断した。


 そうして全てを破壊する一撃が容赦なく放たれた――その直前。
 メダガブリューを構えるオーズの手元が、突如として蒼い炎を伴って爆発する。
 それにより斜線がずれ、放たれたストレインドゥームはアクセル達から離れた地点に着弾した。

「まさか、ルナティック!?」

 ファイヤーエンブレムが、自分達の窮地を救った人物を察し声を上げる。
 視線を上げ上空を確かめれば、やはりビルの屋上にルナティックの姿があった。

「オーズよ。きみの語った正義はその程度のものなのか?
 だとすれば、私は貴様を裁かなければならない」

 ルナティックは炎の矢を装填したボウガンをオーズへと向け、そう告げる。
 期待の表れとも取れるその言葉に、しかしオーズは答えず、ただ唸り声を洩らすだけだ。

「……最早言葉は届かない、か。残念だ」

 落胆の色をした呟きとともに、躊躇いなくオーズへと炎の矢を放つ。
 だがオーズは炎の矢をメダガブリューで叩き落し、一息にルナティックの元へと接近する。
 順序こそ違うが、先程の焼き直しのような光景。しかしルナティックには既に、前回の様な動揺はない。

「ならば私は、私の正義のもとに裁きを下す」

 ルナティックは両手から蒼い炎を放ち、一瞬で加速してオーズから距離を取る。
 今のオーズが相手では、接近戦で勝ち目はない。確実に、遠距離から少しずつ削っていく。

 問題があるとすれば、オーズはグリードを打ち倒したことによりセルメダルの残数が多く、
 対するこちらは、オーズの攻撃を一撃受けただけでメダル切れより早く倒されるだろうという事だ。
 故に勝機は二つに一つ。
 その内の一つは、オーズの攻撃を全て回避し、自身のメダルが切れるより早く、オーズのメダルを削りきるというものだ。

「タナトスの声により、貴様を闇の呪縛から解き放ち、償いと再生の道を授けよう」

 その命がけの綱渡りを、ルナティックは躊躇いなく決行した。
 オーズのメダルを削りきることは同時に、オーズの暴走を止めることとイコールとなるのだから。



「無茶よ! アタシら三人でも相手にならなかったのに、ルナティック一人でなんて!」
「だがヤツの他に、空で戦える人間はこの場にいない。
 それに下手な援護射撃は、かえってルナティックの邪魔になりかねない」

 アクセルの言葉に、ファイヤーエンブレムは悔しげに呻く。
 上空では幾条もの蒼い炎が、それこそ雨霰と放たれている。
 だがその殆どがオーズに届かず、避され、打ち落とされている。
 このままではオーズよりもルナティックのメダルが先に尽きてしまうだろう。
 しかし少しでも攻撃を弱めれば、その間隙を突いて一気に接近戦へと持ち込まれてしまう。
 せめてあと一人。空中で戦える人物がいれば、援護射撃を行う余裕も出来るのだが。


 そしてディケイドも、彼らと似たような考えを懐いていた。
 即ち、余計な人間さえいなければ、今すぐにでもこの戦いを終わらせたのに。という感想だ。

 ディケイドが上空の戦いを静観しているのは、オーズを倒した後での戦いを警戒しているからだ。
 ライダーカードに制限が掛けられている今、オーズ相手に大技を使ってしまえば、アクセル達の相手をするのが厳しくなる。
 切り札もなく三人も相手にするのは危険だし、特にルナティックは間違いなく殺しにかかってくるだろう。
 故に今の状況で彼にとって最良なのは、ルナティックが倒され、アクセルとファイヤーエンブレムが適度に弱った状況でオーズを破壊することだ。
 問題は、制限された状況下では、アクセル達と手を組んでいてもオーズの相手は厳しい、ということだ。

 とそこまで考えたところで、不意に声を掛けられた。

「今のうちに、お前に訊いておきたいことがある」

 アクセルはそう言って、ディケイドへと向き直る。
 空では今も、ルナティックとオーズが戦っている。
 ルナティックが倒されれば、次は自分たちがオーズと戦うことになるという状況で、余計な会話をしている暇はないはずだ。
 それを理解していてなお、アクセルがディケイドに話しかけたのは、この機を逃せば、訪ねる機会はきっと二度と来ないと、そう思ったからだ。

「貴様は仮面ライダーを破壊するのが使命だと言ったな」
「それがどうした」
「貴様の言葉には、一つおかしな点がある」
「なに……?」

 アクセルが気づいた、ディケイドの使命のおかしな点。
 それを追求しようと思ったのは、自分が仮面ライダーの名を捨てたからだろう。
 つまり、ディケイドの語った仮面ライダーという言葉こそが、ディケイドの矛盾点だった。

「俺は仮面ライダーの名を捨てた復讐鬼だ。
 だが貴様は違う。貴様は、自らを仮面ライダーだと名乗った。
 仮面ライダーを破壊する、というのなら、貴様は貴様自身を破壊しなければならない。
 この矛盾を、貴様はどう説明する」
「――――――――」

 アクセルの問いかけに、ディケイドは口を閉ざす。
 答えるつもりがないのか、あるいは答えられないのか。
 いずれにせよ、ディケイドの核心を突いたことをアクセルは確信した。

「貴様にとって、仮面ライダーとは何だ。仮面ライダーディケイド」

 ディケイドに繰り返し問いかける。
 ふとフィリップと同じ言葉を口にしたことに気づいた。
 だが今は、一言も聞き逃さないようにとディケイドに意識を集中させる。

 そうして張りつめた沈黙の中、ディケイドが僅かに身動ぎした――その時。

「ルナティック!?」

 ファイヤーエンブレムの声に、思わず空へと視線を向けた。
 そこでは、今まさに戦いの決着が付く所だった。



 上に下に右に左に。散発的な加速を繰り返し、縦横無尽に飛行する。
 さらに加速の合間に炎の矢による牽制を加え、オーズを近寄らせない様に距離を取り続ける。

 今のオーズの戦い方は、本能に任せた突撃だけだ。そう容易く距離を詰められる事はない。
 問題なのはその耐久性だろう。
 瞬間的な火力ではファイヤーエンブレムを上回る蒼い炎でも、掠った程度ではセルメダルを一枚も削れない。
 そして直撃しそうな矢は、その本能から来る直感か。殆どが回避されるか打ち落とされている。

 ―――解っていた事ではあるが、やはり一人では相手になっていない。
 故にもう一つの勝機である地上戦へと持ち込み、ファイヤーエンブレムたちの協力を得ようとするが。

「ウウ――ッ!」
「クッ……! 地上に逃がすつもりはないという事か」

 地上へ降りようとすれば、オーズは即座に回り込んで迎え撃ってくる。
 これも本能による行動だとすれば、一体どのような野生によるものなのか。
 まだ理性があると言われた方が、信憑性がある。

「ウォォオオオ――――ッッ!!!」

 だがオーズの放つ咆哮には、理性は全く感じられない。
 ただ破壊の意思のみが、今のオーズから感じ取れる全てだ。
 それを証明するかのように勢い良く振り抜かれる恐竜の尾を回避し、蒼炎を矢に加工してオーズへと撃ち出す。

 いずれにせよ、このままでは敗北は必至だろう。
 オーズに対して有効な攻撃がない現状、このまま戦い続けるのは難しい。
 今オーズが消費しているセルメダルがどれくらいかは判らないが、メダル切れは期待できない。
 故に、どうにかして地上へと降り立つ隙を見つけなければならない。

 そう考え、オーズから離れる為に炎による加速を行い、
「ッ、ク……ッ!」
 不意に全身に走った痛みに、思わず動きを止めてしまう。
 オーズより受けたダメージの残る身体が、幾度も繰り返された急制動で限界に来たのだ。

 その隙をオーズが逃す筈もなく、一瞬でルナティックの元へと接近しメダガブリューを振り抜く。

「グゥ……ッ」
 その一撃を、痛む体を押して回避し、
「ォオ――ッ!」
 続く尾による追撃も辛うじて回避し、
「、ッ………!」
 最後に放たれた、両翼による衝撃波を回避できずにまともに受ける。
 そして待ち望んだ地面へと、望まぬ形で到達した。

「ッア―――……ッ!」
 墜落した衝撃に、肺の空気をすべて吐き出す。
 限界を超えた痛みに、全身が次の動作を拒絶する。
 ファイヤーエンブレム達が急ぎ駆け付けてくるが、遠い。
 それよりも早く、空からオーズが止めを刺さんと降りてくる。

「私は――――」
 最早逃れられぬ死の運命。
 それに抗い四肢に力を籠める。
 だがあまりにも遅い手足の動き。
 鎖に繋がれたかのように体が重い。

 まるでこれが、自身に下された捌きだと言わんばかりに―――

「まだ……ッ!」
 まだ終われない。
 まだ証明できていない。
 まだ自分の正義を為せていない。
 だから、ここで死ぬことは出来ない。
 そう強く思い――しかし。

「オオォオ―――ッ!!」

 咆哮を上げて眼前に迫るオーズの姿に、あらゆる抵抗が間に合わぬことを察した。
 オーズはルナティックが動くよりも早くメダガブリューを振り上げ、
 突如として幾条もの閃光に射抜かれる。

「グウ……!?」
「――――!?」

 攻撃を受けたことで思わず攻撃を止めたオーズは、矢の放たれた方向へと振り返り、視線が一つの人影とすれ違う。
 桃色の人影はルナティックを抱えると、即座にオーズから距離を取った。

「大丈夫ですか? ルナティックさん」

 聞き覚えのある声に、自分を助けたのは何者かとその正体を確かめる。
 そして予想だにしなかった人物に、ルナティックは驚きに声を上げた。

「貴様は―――鹿目まどか……!」

 死の運命から彼を救ったのは、つい先程、彼自身が殺そうとした少女だった。


        ○ ○ ○


 戦場へと駆け戻る最中、まどかは不意に思った。
 ―――あの場へと戻って、一体どうするのか。
 戦いを止めると言うが、自分は一体、どうやって止めるつもりなのか、と。

 ただ止める事を望むのであれば、戦いを望むものを力づくで倒せばいい。
 あの場には今、まどかが知る限りで五人の人間がいる。
 照井竜、ファイヤーエンブレム、オーズ、ルナティック、そして名前も知らない男性。
 彼等の内、積極的に戦おうとしているのは、ルナティックと名前を知らない男性だ。
 ならば彼等を倒せば、必然的に戦いは止まるだろう。
 オーズとの禍根は残ったままだが、戦いが続くよりはいいはずだ。

「――――――」

 ……けれど、それは違うと思う自分がいる。
 彼等を倒せば、確かに戦いは止まるかもしれない。
 けどそれは、ルナティックのやろうとしている事と同じではないのか?

 ルナティックの語った正義は、言ってしまえば悪の完全な根絶だ。
 罪を犯した者には死を。罪人を庇う者にも死を。どのような形であれ、罪を残す者に死の裁きを。
 彼の語る正義の果ては、死と恐怖によって齎される血塗られた秩序だ。
 その中で人々は死に脅え、誰かを庇うことも躊躇い、結果として悪は根絶されるだろう。

 ……けどそれは、決して救いではないとまどかは思う。
 死による制裁。恐怖による抑止。確かにそれによって悪は根絶されるかもしれない。
 だがその秩序では、ただ一度の間違いさえも許されない。
 そんな、やり直す機会さえない世界の、一体どこに救いがあるというのか。

「――――――」

 ならばいったい、どうすればいいのだろうか。
 彼等の内の誰を助け、そして誰を助けないのか。
 それを思うと、途端に足が重くなる。
 こんな迷いを懐いたままで、いったい何が出来るのかと。
 鹿目まどかの本当の願い――胸に秘めた欲望はなんなのかと。

「え――?」

 その時ふと、体が軽くなったような気がした。
 ……いや、気のせいなどではなく、確かに軽い。
 少し強く踏み出せば、先程よりも高く跳び上がれる。
 足取りは重いまま。けれど体は、本当に軽く運ばれる。
 ―――まるで、見えない誰かに支えられているかのように。

「………ガメル?」

 今はもういない、白陣営のリーダーだったグリード。
 何も悪いことはしていないのに、ただグリードであるというだけで倒された彼。
 なぜ唐突に、彼を思い出したのか。その理由に、根拠もなく思い至る。

「励まして……くれるの?」

 いま自分は、ガメルのコアメダルを持っている。
 コアメダルは、グリードの肉体の核となる重要な要素だ。
 ならばそこに、ガメルの意思が宿っていないと、どうして言えるのか。

 グリードは欲望の権化だ。この殺し合いは欲望を形にする戦いだ。
 ガメルがどんな欲望を持っていたかはわからないが、彼はきっとどんな欲望も否定しないだろう。
 だからきっと、みんなを守りたいというまどかの願いも肯定してくれているのだ。

“――って思うのは、私の勝手な想像かな”
 そう思いながらも、小さく微笑む。
 いきなり体が軽くなった本当の理由はわからない。
 もしかしたら、ガメルとはまったく関係のない理由かもしれない。

「でも……ありがとう、ガメル」
 胸に手を当てて、ここにいない彼への感謝を口にする。

 例え勝手な想像だったとしても、ほんの少しだけ、心が軽くなった。
 そのおかげで、戦場へと急ぐ足取りも、さっきよりは軽くなった。
 この願いは、きっと間違いじゃないと、そう思うことが出来た。
 だから結果がどんなことになろうと、懐いた願いを叶えようと。そのために戦おうと決めた。

 ―――だから、今にも殺されそうになっていたルナティックさんを助けることに、迷いはなかった。

「大丈夫ですか? ルナティックさん」

 まどかは見かけより軽い……というより、重力(おもさ)を感じない体を地面に下ろしながらそう声をかける。
 あれほどの勢いで地面に墜落したのだ。何の怪我もない、ということはないだろう。
 けど少なくとも、命に関わるような怪我は外側からは見取れない。

「貴様は―――鹿目まどか……!」
 自らが殺そうとした少女に助けられたことに、ルナティックは僅かに驚いた様子を見せる。
 その様子に、少なくとも今すぐ如何こうするという事はないだろうと安堵する。

「鹿目! 何故ここに来た! 待っていろと言っただろう!」

 その怒鳴り声で、赤い装甲に覆われた人物が照井竜だと理解する。
 同時にオーズと似たような装甲であることから、彼も仮面ライダーなのだとも。
 彼はファイヤーエンブレムともう一人、マゼンタ色の仮面ライダーと共に駆け寄ってくる。
 マゼンタ色の仮面ライダーは恐らく、竜の前に遭遇したあの男性だろう。

「ごめんなさい! けど、じっとなんてしていられなかったんです!」

 まどかは竜の言いつけを守らなかった事を謝ると、すぐにオーズへと向き直った。
 オーズはまたガメルを倒した時の姿へと変身して、足が震えそうになるほどの威圧感を放っている。

 彼とルナティックが空で戦っているのを、まどかはこの場所に辿り着くまでに確認していた。
 今彼らが争っている理由が違うものになっているのを、まどかは知る由もない。
 だがガメルの時とは違う、オーズの尋常ならざる様子は、まどかにも見て取ることが出来た。

「オーズさん! ルナティックさんはもう戦えません! もう終わりにしましょう!」

 オーズがルナティックに容赦なく止めを刺そうとした理由はわからない。
 けれど、傍目にもオーズが圧勝したのだから、何も殺す必要はないはずだ。
 ルナティックがまた誰かを殺そうとすれば、もう一度止めればいいのだから、と。
 そう思っての言葉は、聞き覚えのある冷淡な声で切って捨てられた。

「無駄だ。今のそいつは暴走してる。誰の言葉も届かない」
「え……?」
「それに終わりでもない。俺は全てのライダーを破壊する。当然そいつもな」
「あなたは……」

 マゼンタ色の仮面ライダーがそう言って、変わった形状の剣を構える。
 彼の視線の先には、先程から一言も喋らないオーズがいる。
 確かにオーズの様子は、ガメルを倒した時とはぜんぜん違う。

「あの、オーズさんが暴走してるって、どういう――――」
「ヴォオオォォオオ――――――ッッッ!!!!」

 どういう意味なのか、という言葉は、オーズから発せられた咆哮に遮られた。
 マゼンタ色の仮面ライダーの放った殺気に反応したらしい。その視線は彼に向けられている。

「来るぞ、ディケイド!」

 竜がそう警告し、エンジンブレードにエンジンメモリを装填する。
 まどかはその際、ふと何かに気づき掛けるが、それを遮るようにオーズが声を上げ、一息に襲い掛かってきた。

《――STEAM――》
 だがそれに先んじて、エンジンブレードから高温の蒸気が噴射され、オーズの突撃を妨害し、
《――ATTACK RIDE・SLASH――》
 その行動に合わせるように、マゼンタ色の仮面ライダー――ディケイドが一撃を叩き込んだ。

 堪らず足を止め、そのまま後退るオーズ。
 散らばるセルメダルから、ダメージは間違いなく通っている。
「アァアア―――ッッ!!」
 だがオーズは咆哮を上げ、即座にディケイドへとメダガブリューを振り下ろす。
 ダメージはあっても、オーズの行動を止めるほどではなかったのだ。

「グ、クッ……!」
 ディケイドは咄嗟にライドブッカーでメダガブリューを受け止め、しかしその筋力に後退する。
 だがそのままディケイドが圧し潰されるより早く、竜がオーズの背後から一撃する。
 それにより圧力が弱った瞬間、ディケイドはオーズの胴体を蹴り飛ばし、強引に距離をとった。

「鹿目、話は後だ。まず先にこいつを止める」
 竜はそう言って、ディケイドと共にオーズへと挑んでいく。

「オーズさん、どうして……!」
「さぁね。彼、いきなりああなっちゃったのよ。
 あのまま放っておく訳にもいかないし、こうしてどうにか止めようとしてるところなの」
「そんな……」
「それじゃぁ私も行くわ。あの三人がかりでも厳しいの」
「あの、私も―――」

 そう言って走っていくファイヤーエンブレムを見て、まどかも駆け出そうとする。
 話し合いをするにしても、まずはオーズをどうにかしなければ話にならないからだ。
 だがまどかが一歩を踏み出した瞬間、彼女を呼び止める声があった。

「待て」
「ルナティックさん?」

 思わず足を止め、ルナティックへと振り返る。
 ルナティックはふらつきながらも立ち上がり、真っ直ぐにまどかを見つめていた。

「どういうつもりだ、鹿目まどか。何故私を助けた。
 助けられたからといって、私が貴様を見逃すと思っているのか?
 それともヒーローたちのように、青臭い正義感でも振りかざしているのか?」

 ルナティックの言葉は、どこか責めているように感じた。
 それも当然だろう。
 あの瞬間のまどかにとって、ルナティックはまだ自らの命を狙う存在でしかなかったはずだ。
 自分を殺そうとする人間を、殺されそうになった人間が助けるなんて、普通は思わない。
 ましてやルナティックは、彼自身の正義で動いている。彼からしたら、悪人に助けられてしまったようなものだろう。
 それは傍から見れば、彼を助けることで、命乞いをしていると取られても不思議ではない。

「そんなんじゃないです。私はただ、誰かが傷ついたり、悲しい思いをするのが嫌だっただけです」

 だがまどかに、そんな意図はまったくなかった。
 自分勝手な正義を振りかざしているつもりも、ましてや命乞いをしたつもりもない。
 彼女はただ、自らの願いを叶えるために、自らの欲望に従っただけだ。
 みんなを守りたいという、自らに還える利などほとんど無いに等しい欲望に。

「確かにルナティックさんの言った事は、間違いじゃないと思います。
 世の中にはどうしようもなく悪い人がいて、そのせいで悲しむ誰かがいるのも知っています。
 けど、それでも私は、誰かが死ぬのは嫌なんです。だって死んじゃったら、もう笑うことも、泣くことも出来ないじゃないですか」

 キュゥべえに騙され、真実を知ることなく戦い続ける魔法少女たち。
 彼女たちは気づかぬままに死人とも同然となり、戦いの果てに絶望し、魔女となっていく。
 けどその悲しみや絶望も、それまでの日常が、願いが、希望があったからこその感情だ。
 本当に死んでしまえば、魔女になってしまえば、未来は閉ざされ、二度と笑い合えることはない。

 ――――本当の終わり。その先に残るものなど、戻らない過去の思い出だけだ。
 ましてや絶望の内に終わってしまえば、悲しみ以外に何もない。

 ………そんなのは嫌だった。

「私は、例えどんな人でも、どんな罪を犯したとしても、やり直すことが出来るって信じたい。
 人間とかグリードとか関係なしに、ちゃんと分かり合えば、みんなで手を取り合えるんだって信じたい」

 人は生きている限り、何度もつらい目にあうし、悲しい思いもする。そしていつかは、必ず死ぬ。
 その運命を変えることは、どんな奇跡にだって出来やしない。
 ならばせめて、笑顔で終わらせたい。
 楽しい思い出をたくさん作り、笑いあって生きていたい。

「綺麗事だな」
「そうですね。確かに私の言ってることは綺麗事で、ただの夢物語かもしれません。
 けど、だからこそ現実にしたいんじゃないですか。だって、ホントはそれが一番いいんですから」

 それが鹿目まどかの欲望。
 簡単に揺らぎ、見失いそうになりながらも、それでも懐いた願いだった。

「……それが、貴様の正義か」
「正義とか、そんなんじゃないです。
 ただこうなったらいいなって……こうなって欲しいなって思っているだけで………」

 そう徐々に口篭りながらも、その瞳には確かな意志がある。
 まどかはこれからも、その欲望を満たすために誰かを助けるのだろう。

「あの、私もう行きますね。
 早くオーズさんを止めないといけないから」

 そう言ってまどかは、ルナティックの返事を待たずして駆け出した。
 彼女の向かう先には、いまだに暴走を続けるオーズがいる。

「――――――」

 彼女はきっと、誰かに殺されそうになっても、その誰かを殺さずに助けようとするだろう。
 そうでなくては、ルナティックを助けたりなどしないはずだ。

「………確かガメルとやらは、罪を犯していないのだったか?」

 ルナティックが手を貸す形で、オーズに倒されたグリード。
 思い返してみれば、ヤツはオーズの強行した攻撃からまどかを庇うように前に出ていた。
 もしそれがまどかの願いの片鱗だというのなら――――

「いいだろう。貴様の正義、見届けさせてもらおう」

 ルナティックはそう言って、ダメージの残る体を押して歩き出す。
 ワイルドタイガーの語った正義とはまた違う正義。
 その結末が何なのかを確かめるために。

「だが、もし貴様が庇った存在が罪を犯したのならば、その時は必ず裁きを下そう」

 ルナティックの正義は変わらない。
 ただその力を以って、少しでも多くの罪を屠るだけだ。
 それが彼の、唯一の自己証明なのだから。



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最終更新:2012年10月21日 15:20