さらばAライダー/愛よファラウェイ ◆QpsnHG41Mg
ゲームの開始時点では高く昇ってた日も、今は随分と傾いていた。
もうすぐ太陽は完全に沈み、この殺し合いの会場にも夜がやってくる。
徐々に暗くなる空を見上げながら、井坂は静かに呟いた。
「いつの間にか随分と時間が経ってしまったようですねぇ……」
「まー仕方ないんじゃない、あの屋敷で結構な時間休憩したし」
「ふむ……ですが、おかげで体調は万全です。この力を試すのが今から楽しみですねぇ」
井坂はつい数時間前の憔悴など感じさせぬ足取りで、龍之介の一歩先を進みながら冷然と笑った。
“そう、体調は万全。これもDCSの効果あってのもの……”
ドーピングコンソメスープは、井坂の傷の回復をも早めてくれた。
ほんの二時間弱の休憩でほぼ万全まで体力を回復出来たのだから、流石である。
勿論、人の領分を越えつつある井坂の異常な食欲もその効果を手伝ったのだろうが。
今はそんなことよりも、一刻も早くこの新しいウェザーの力を確かめたい。
T2ガイアメモリとやらの力を、この身体で今すぐに実感してみたい。
そのための標的になってくれるなら誰でもいい。今はともかく実験台が欲しかった。
目指すアテなどはないが、会場の中心部へ向かえば誰かしらと出会えるだろう。
井坂はこの場所でも自分の目的のためだけに行動していた。
そんな井坂の足は、前方から現れた一人の男によって止められる。
井坂は、男に見覚えがあった。
赤いジャケットを身に纏い、やや片脚を引き摺りながらあるくその男を知っていた。
忘れようにも忘れられぬあのギラギラとした目付きに、井坂は何度も対峙してきたのだから。
「おお……! まさかこんなところで君に出会えるとは!」
我が意を得たり、といったところか。
待ち望んだ"都合のいい存在"の出現に、井坂の顔に歓喜の色が宿る。
男の顔は既に傷だらけだが、それでもその双眸は鋭く井坂を睨んでいた。
奴はきっとこの
井坂深紅郎と出会うためだけに、傷付いてもなお歩き続けたのだろう。
飛んで火に入る夏の虫とはまさにこのこと。
喜びを禁じ得ぬ井坂は、龍之介を片手で制し言った。
「龍之介くん、すみませんが、あなたはしばらく下がっていて貰えますか?」
「えっ、どうしてさ?」
「彼は私に会う為だけにやってきたのです。ですから、彼の相手をするのもまた私の役目……
それに何より、私も新しいウェザーの実験をしたいのですよ。わかってくれますか、龍之介くん?」
物腰柔らかくそう言って、口元をべろりと舐める。
獲物を前にした肉食獣の舌舐めずりだ。
何となく状況を察した龍之介は、
「ふーん、わかったよ先生。ま、精々応援させて貰うとするよ」
そう言って近くのガードレールまで歩き、よっこらせと腰掛けた。
相手は最早まともな直立すらままならぬ手負いの若者一人。
よもや新たなウェザーの力を手にした井坂が負けるなどと欠片も思っていないのだろう。
その予測は正しい。万全な体調で挑む進化したウェザーが、あの男に負けることなど絶対に有り得ない。
くつくつと笑う井坂を目前に捉えた男は、持ち歩いていたデイバッグを投げ捨て叫んだ。
「見付けたぞッ、井坂深紅郎ぉぉーーーーーーーーーッ!!!」
激情を露わにして、懐からアクセルドライバーと一本のメモリを取り出した。
男は何のためらいもなくそれを腰に装着すると、勢いよくメモリをベルトに突き刺す。
分かってはいたが、奴は人の話など聞こうともしない男だ。もはや問答無用ということらしい。
野太いガイアウィスパーにエンジン音が続いて、男の姿は赤き仮面ライダーのそれへと変化した。
井坂もよく知るその男の名は、
照井竜――またの名を、仮面ライダーアクセル。
父と母と妹を井坂の手によって惨殺された、正義感溢れる若き刑事。
では最後に残った照井竜も家族の元へ送ってやるとしよう。
井坂もまた、銀色のメモリを取り出した。
○○○
時を遡ること三十分と少しばかり。
キャッスルドランにて、照井竜は二人の魔法少女から治癒魔法をかけられていた。
桃色の魔力光は
鹿目まどか。黄色の魔力光は
巴マミによるものだ。
照井ら三人が到着した時には、既に到着したまどかが
火野映司の治癒を行っていた。
当然火野映司の治癒が優先されるべきなのだろうが、今こうして照井の治癒を優先して貰っているのは訳がある。
「すまないな、無理を行って俺の治療を優先させてしまって」
「時間がないなら、仕方ないです」
まどかが苦笑交じりにそう言ってくれた。
そう、照井竜には、あまり時間がないのだ。
一刻も早くブースターを会得しなければならない今、ここでゆっくりしている時間もない。
火野映司には申し訳ないが、照井は特訓の為にすぐにこのグループを離脱する。
最初はマミと智樹を守りながら特訓するつもりだったが、今は状況が違う。
あの激戦をも生き抜いた立派な戦力であるまどかと火野がここにはいるのだ。
火野の暴走は確かに心配だが、聞く所によると彼は元々心優しい青年だという。
ならば、二度目以降はオーズの力を使うことに関しても慎重になってくれるだろう。
“そうなれば、手負いの俺は足手纏いだからな”
照井は、このグループに自分の力はもう必要ないと感じていた。
足手纏いになるくらいなら、自分だけでも離脱して少しでも特訓をする。
その方が、お互いのためにもずっといい。
暫しの沈黙ののち、照井はすっくと立ち上がり言った。
「俺はもういい、あとはそこで寝ているオーズを癒してやってくれ」
そう言って、未だ気絶しているままの火野映司を見遣る。
無理を言って火野の回復を後回しにさせたのだ、少し悪いことをした気もする。
が、真人間の照井と比べれば、彼の傷の治りの方が幾分か早いようにも感じられる。
おそらく、オーズの力は彼自身をも人の領分を逸脱させつつあるのだろう。
この分ならば、日が沈むまで治癒魔法を施せばそれなりに回復すると思う。
立ち上がった照井を、巴マミは心配そうに見上げる。
「まだ無理よ、もう少しゆっくりしていきましょう?」
「いいや、ここまで回復すれば上等だ」
身体はそれ程苦痛を訴えているわけではない。
第一、ブースターは飛行戦闘用の形態だ。
多少脚を引き摺っていようが、構う事はない。
「俺のことはもういい、あとはお前たちで話し合ってくれ」
そう、自分の体調のことよりも、照井は彼らの蟠りの方が心配だった。
鹿目まどかは何も言及しないが、巴マミに何らかの蟠りを懐いているのは明らかで、
火野映司の方は暴走していたという話だが、それでも全員に詫びなければならない事がある。
この場の全員が今後も共に手を取り合っていくためには、話し合いの時間が必要だ。
けれども、照井にはもう、そんな時間さえも惜しい。
「なあ、もうちょっと寝といた方がいいんじゃねーの? 特訓なんか……」
「しないよりはマシだ。やる意味は必ずある」
そういって、桜井の言葉を一蹴する照井。
この世に意味がないことなんて存在しない。
どんなことでも、積み重ねれば必ず意味が出来る。
というよりも、出来なければ困るのだ。
“でなければ、俺はいつまで経っても奴に届かん……!”
照井の家族を皆殺しにした……憎き仇敵、井坂深紅郎に。
だから照井に、もうこれ以上ここで立ち止まっている心算はない。
絶対に井坂深紅郎をこの手で仕留めるためにも……
強い闘志を胸に、照井は最後にこの場の全員に視線を送った。
ここにいる全員はあの激戦を生き抜いた猛者ばかり。
まだ年若いが、彼女らならばきっと大丈夫だろう。
「色々と世話になった。俺はもう行く」
「ちょっと待って、照井さん」
いざキャッスルドランをあとにしようとした照井を呼び止めるマミ。
マミはもう照井を引き留めようとはしなかった。
代わりに、デイバッグから取り出した一本のガイアメモリを手渡してくる。
それは、照井もよくみなれた――加速の記憶を内包した「A」のガイアメモリ。
ただ一つ照井のものとの相違点を上げるとすれば、端子部が青いということか。
「これは……?」
不可解な眼でそれを凝視する照井に、マミが説目する。
「私のデイバッグに支給されていたの。用途がわからないから放置していたんだけどね……
さっき照井さんのベルトを見た時、“これは貴方に渡さなくちゃいけないものだ!”って思って」
どうしてかは分からないが、不思議と渡さなければならないという義務感に見舞われたのだという。
ガイアメモリに添えられて渡されたメモ帳の説明を見るに、それはT2アクセルメモリというらしい。
正規の使用者以外が手にした場合は暴走するとも取れる説明書きだが、しかしこのメモリはマミに触られても暴走をしなかった。
そこに照井は疑問をいだく。
“どういうことだ……? まさか、メモリ自体が俺を選び、巴を誘導したとでもいうのか……?”
いや、考えた所でわかりはしない。
そんなことは考えるだけ時間の無駄だとかぶりを振る。
自分にとってプラスになるものなら、何だって受け取るだけだ。
「……難しい顔して、どうかしたかしら?」
「いや……何でもない、ありがたく受け取っておこう」
そう言って、照井はT2アクセルメモリをポケットにしまった。
「あの、照井さん。私からも渡したいものがあるんです」
マミに続いて、今度は鹿目まどかがデイバッグを担いで持ってくる。
元より二つ持っていたデイバッグのうちの片方には、大量のメダルが詰まっていた。
決して軽くはない筈のそれを、まどかは苦もなく照井に差し出して言う。
「照井さん、多分、さっきの戦いでかなりメダルを消耗しましたよね……?
ここに百枚メダルが入ってます……せめてこれくらいは持っていってください」
「待て! こんなに大量のメダルを受け取ったら、お前の分が……」
「私は大丈夫です……
ガメルが砕かれた時に、沢山、補充したので」
まどかは何処か哀しげに、絞り出すようにそう言った。
照井も簡単にだが、話は聞いている。
まどかの為に戦い、まどかの為に散ったメダルの怪人がいたのだと。
これは彼の形見なのだろう。事情を察した照井は、それ以上何も訊こうとはしなかった。
差し出されたデイバッグを開くと、瞬時にそれらが照井の首輪に吸収されてゆく。
大幅に減らされていたメダルが回復していくのが実感としてわかった。
「感謝するぞ、二人とも。これで俺も憂いなく戦える」
「おい、ちょっと待てよ。俺からもアンタに渡すものがある」
そういって、渋々ながらもデイバッグを抱え歩いて来た桜井は、
「ホントは渡したくねーんだけど、俺だけ何もなしってワケにもいかねーし……」
デイバッグの中から数冊の雑誌を取り出し、
「だから……餞別だ、受け取れよ」
それを、照れ臭そうな笑顔と共に照井へと差し出した。
殆ど衣類を身につけていない女性が表紙に描かれたその本は……エロ本!
ガイアメモリ、セルメダルときて、最後に渡されたのが……エロ本!
予想の斜め上をいく餞別の品に、照井は言葉を失った。
「ホラ、とっとと受け取れよ、マミ達が怪しがってるだろ!」
上手い事二人の魔法少女に見えない角度で本を差し出して来る。
“これを……俺は……受け取る、のか……?”
ゴクリと固唾を呑む照井。
こんなものを貰って、今後役に立つ事があるのか……?
「お、俺は……ッ」
「いいから! 何も言わずに受け取れッ照井!!」
「俺のゴールは……こんなものではないッ!!」
気付けば照井は、自分でもワケのわからない言葉を口走っていた。
痛む脚を引き摺って、逃げるように走り出していた。
この選択は、きっと正しかったのだと思う。
○○○
「行っちゃったわね」
マミの言葉に、まどかは静かに、粛然と頷いた。
堅苦しい。無意識でもどこか畏まってしまう自分の対応に気分が暗くなる。
思えば、照井が居た間はまどか自身も勤めてマミと話すまいとしていたように思う。
別にまどかが意図してマミを避けようとしているわけではない。
話したいことは沢山あるし、話さなければならないと思う。
しかし、そんな二人の間には、確かな壁がある。
マミは魔法少女の真実を知って、仲間の魔法少女を殺した。
まどかもまた、そんな彼女を止めるためとはいえ、マミを殺した。
きっとあの時のマミが相手なら、落ち着いて話をしようと思える余裕すらなかっただろう。
今のマミを見るに、あの時よりは随分と落ち着いている様子だから、話せないことはない筈だが。
何と言葉をかければいいのか、色々と考えた末に……
「あの、マミさん……話があるんです」
まどかの第一声は、案外と普通なものだった。
「あら、何かしら?」
「その……私がしちゃったこと、謝りたいなって」
「しちゃったこと?」
マミは、まるで何事もなかったかのように小首を傾げた。
忘れる訳がない。自分は、絶望したマミを説得するどころか、殺したのだ。
まどかは自分の罪を自覚している。だからこそ、とぼけられる方が却って堪えた。
「私が、マミさんのソウルジェムを撃ち抜いちゃったこと、です……」
「……えっ」
素っ頓狂な声をあげるマミ。
「えっ、ちょっと待って、ソウルジェムが撃ち抜かれると、私は死ぬわよ……?」
「だからっ! 私がマミさんを殺しちゃったことを謝りたくてっ……」
「えっ……えっ!? 私は生きてるけど……えっ!?」
「だ、だからホラっ、ここへ連れて来られる前の話です! マミさんが“みんな死ぬしかないじゃない!”って言って、杏子ちゃんのソウルジェムを撃ち抜いたから、だから、私っ……!」
「た、確かにあの時はそんな事も考えたかもしれないけど……って! それをどうして鹿目さんが知ってるの!? というか、私が佐倉さんのソウルジェムを撃ち抜いたって、何の話……!?」
「えっ……あれっ!?」
おかしい。話がかみ合わない。
かといって、マミが惚けている風にも見えない。
というよりも、彼女は嘘を吐くような人間ではないし、知らないというのなら本当に知らないのだろう。
だが、だとしたらどうして? 二人の認識には、それぞれ齟齬が生じている。
どういうワケか、ここに来る前のまどかの記憶とマミの記憶が食い違っている。
落ち着いて、一から状況を整理して話し合う事が必要かと再認識させられた。
その一方で智樹は、二人が話し込んでいてくれたおかげで照井にエロ本を渡そうとしていた事実を悟られることもなく、こっそりとデイバッグに隠すことに成功し、ホッと一息ついていたのだった。
○○○
バイク形態へと変形したアクセルが、ウェザー目掛けて疾走する。
ウェザーが両の手から立て続けに放つ光線を回避しながらぐんぐんと突き進む。
後方の爆発を追い風に。一気にウェザーに迫ったアクセルは、前輪を大きく持ち上げウェザーに襲い掛かった。
ウィリー装甲による体当たり。高速で回転する車輪をウェザーに叩きつけようという寸法だ。
「……甘いですねぇ」
されど案の定、照井の思惑通りにはいかない。
高速回転する車輪はウェザーに片手で受け止められた。
しかし、そんな事で攻撃の手を緩めるアクセルではない。
ならばとばかりに後輪を一気に跳ね上げ、空中で人型の形態へと変型――
「――ウォォォォォオオオオオオオッ!!」
気合いの叫びを迸らせて、エンジンブレードを振りかざす。
ウェザーの脳天へとそれを振り落とせば、倒せないまでもダメージは与えられる筈だ。
そんな打算はしかし、ウェザーが巻き起こした突風によって阻まれる。
身体が煽られる。とんでもない風圧の風に身体を巻き上げられてゆく。
竜巻の中に巻き込まれたアクセルを次に襲ったのは、十重二十重と稲光を光らせる雷撃だった。
「う、ぉおおぉおおおおおおっ!?」
防御の姿勢すらろくに取れない竜巻の中で、全身が雷に打たれる。
竜巻と稲妻の洗礼のあとに待っていたのは、硬いアスファルトの地面への激突だった。
ディケイド戦でのダメージを引き摺ったまま、いきなりの大打撃。
全身に刺すような痺れを感じ、上手く立ち上がれない。
「クッ……!」
しかし、どれ程の痛みも家族が受けた苦痛に比べればマシだ。
父と、母と、妹は、これにも勝る痛みと苦痛の中で死んでいったのだ。
それを思い出した時、燃え上がる愛憎がアクセルに更なる力を与えてくれた。
「負けて、たまるかァッ! 奴がッ目の前に居るのにィッ!!」
アスファルトの地面に拳を叩き付け、その反動で起き上がるアクセル。
これは負けられない戦いなのだ。父と母と妹の仇が、目の前にいるのだ。
何としてもここで奴を討ち取らねば、死んでも死にきれん――!
死ぬなら、あの井坂をこの手で殺した後だ!
「往生際が悪いですねぇ? もっとも、その方が私も楽しめますが。……そんなことよりも、竜巻と稲妻の性能は十分のようだ。むしろ、以前よりも幾分か調子がいい! 次は何の能力の実験に付き合ってくれますか、照井竜くん?」
「きさまぁ……ッ! 黙れッ、黙れぇーーーーーッ!!」
奴の言葉の一つ一つが照井の神経を逆なでする。
奴は今もまた、ウェザーの能力の実験台にするためだけに戦っている。
戦うつもりすらなく、ただ自分の独り遊びのためだけに、そこに立っているのだ。
誰でも良かった、そんなふざけた理由で殺された家族の最期がフラッシュバックして、照井の頭が怒りと憎しみで埋め尽くされてゆく。
もはや照井の頭の中には"復讐"の二文字しか存在しない。
ただ目の前の怪人をブチ殺してやりたい!
その一心で、アクセルは強化アダプターを取り出した。
――ACCEL――
――UPGRADE――
特訓が必要だと言うなら、ここで特訓も兼ねて奴を倒してやるまでだ。
奴が自分の能力の実験のため照井を利用するというなら、此方も逆に利用してやるまで。
井坂がまだ知らないアクセルの新たな姿で、今度こそ、因縁の戦いに幕を下ろしてやる――!
――BOOSTER――
高らかに響き渡るガイアウィスパー。
アクセルの赤い装甲を弾き飛ばし、新たに現れた黄色の装甲がその身を覆う。
その名はアクセルブースター――井坂深紅郎の知らない、アクセルの新たな姿。
強化変身を果たしたアクセルの姿をみて、しかしウェザーは慄くどころか、余計に上機嫌に笑った。
「おおおおっ、その強化アダプタは、私も噂に聞いた事があります!
よもやきみがそれを持っていようとは……是非、私の研究のためそのアダプタも頂戴したいッ!」
「ならば俺から……奪い取ってみろぉーーーーーーーーーーッ!!!」
裂帛の叫びと共に、全身のスラスターが火を噴いた。
ジェット噴射の轟音をうならせて、アクセルが空を舞う。
今のアクセルは、攻撃力と機動力が爆発的に上昇している。
奴に防御の隙を与えず一瞬で勝負を決めれば……
“勝てるハズだッ!”
それをこなすには些か訓練が足りない気もする。
けれども、戦場というのはいつだってそういうものだ。
訓練などなしで、戦わなければならない時だってある。
ならばやるしかない。ここであの男を討ち取るしかない。
「行くぞォオオオオッ!!」
背面のスラスターが、ウェザー目掛けて一気にジェットを噴射した。
爆発的な加速力でもって、さながら獲物を見定めた猛禽類の如き勢いで加速。
この短距離をジェットの噴射で加速したのだ、そう簡単に見極められるわけがない。
案の定、ウェザーが何らかの行動を起こす前に、アクセルの刃がウェザーの胴を切り裂いた。
「先生!?」
静観を決め込んで居た井坂の連れの男が、慌てて叫ぶ。
アクセルは、その声さえも掻き消す勢いでジェットを噴射させ、再び空中へ舞い上がった。
手応えはあったが「倒した」と言える程の打撃を与えた感触はない。
所詮、攻撃の一手を奴に届かせただけに過ぎないのだ。
「これは少し驚きましたねぇ……"見"のつもりで甘んじて受けましたが……
いやはや、これは想像以上の素晴らしい加速力です。ますますアダプタが欲しくなりました!」
嬉々とした声でそう告げるウェザーに、照井は反吐が出るほどの嫌悪を懐く。
奴はまだこの状況を理解していないのだ。まだモルモットと遊んでいる気でいるのだ。
自分は絶対的な強者だから、敢えて攻撃を受けてやったのだと、そうのたまっているのだ。
「貴様ァ……いつまでもナメたことをォッ!!」
再びブースターによって爆発的な加速を生み出す。
今度はアクセルの周囲を巨大な雷雲が囲い、さっきと同じように稲妻を迸らせるが――
“アクセルブースターの加速は、ウェザードーパントの稲妻攻撃よりも、速いッ!”
迫り来る稲妻をひらりひらりと回避し、瞬く間にウェザーへと肉薄するアクセル。
“勝てるッ! この俺が、井坂深紅郎を追い詰めているッ!”
追い詰めているのは自分で、追い詰められているのが井坂深紅郎。
なんてことはない、ハンターと獲物の立場が入れ替わった、それだけのことだ。
もはや冷静な判断能力など望めようハズもない。
ゴリ押しでも何でもいい、照井の頭の中は、今ここで井坂を倒すことで一杯だった。
――ELECTRIC――
エンジンブレードから鳴り響くガイアウィスパー。
稲妻迸るエンジンブレードを振り上げて、もう一撃を叩き込んでやろうと肉薄。
ブレードの切先がウェザーの胴に触れる寸でのところで――切先は、ウェザーに掴まれた。
「なァァ――ッ!?」
「ふむ、どうやら私の反射速度も以前より鋭くなっているようですねぇ」
「きさま……っ!」
「残念ですが、進化したのはあなただけではないのですよ」
こいつは最初の一撃を受けて、二度目以降は稲妻をけしかけた。
まさかこいつは、全てアクセルの攻撃を見切る為に、観察する為に……?
いや、だから何だと言うのだ。奴の思惑などどうでもいい、何だっていい!
家族の仇である井坂深紅郎を前にして、照井の心が折れることなど絶対に有り得ないのだ!
「クソッ、クソォォオオオッ!! 貴様だけはゆるせん! この井坂深紅郎だけはッ!!」
もはやアクセルに退路はない。
このまま押し切るほかに道はないのだ。
乾坤一擲、背部のブースターの出力を全開にする。
「うおっ!?」
驚愕の声を上げたのは、ウェザーだ。
エレクトリックのエネルギーを纏ったエンジンブレードを、ブースターの爆発的な加速力で押し切ったのだ。
ゴリ押しもいいところだが、それで奴を倒せるのならば何だって構いはしない。
一瞬よろけたウェザーを置き去りにブースターの加速力で遥か後方へ飛んでゆく。
十分な加速を得られる距離まで離れたアクセルは、そのまま高速でUターン。
――ENGINE――
――MAXIMUM DRIVE――
「――ッ!!!」
それにはもはや掛け声すらも存在しない。
持てるチップの全てを賭けた、のるかそるかの大博打。
これで倒せなければ、その時は本当の本当に絶望のゴールへ一直線だろう。
眩い金の輝きを放つ刃を振りかぶったまま、アクセルとウェザーの影が交差する。
エンジンブレードは、ウェザーの身体に触れた途端に大出力のエネルギーを解き放った。
“……やったぞッ!”
アクセルの必殺技は、確かに決まった。
一瞬で飛び抜けたアクセルの後方で響く爆発音。
ウェザーから数十メートルも離れた場所まで滑空したところで、アクセルもまた力尽きる。
体力の消耗が激しいのだ。ブースターからの噴射が途切れ、アクセルの身体は地に堕ちた。
膝がアスファルトを叩く。エンジンブレードの切先が、アスファルトに減り込む。
そして振り返ったアクセルが見たのは……無傷で佇立するウェザーの姿だった。
「何故、だ……ッ!?」
「中々に鋭い攻撃でしたが……言った筈ですよ、進化したのはあなただけではないと」
「手応えはあった……!」
「ええ、あなたの攻撃は確かに受けましたとも」
「ッ!?」
そこで、ウェザーの腰に装着されていたチェーン爆弾がなくなっている事に気付く。
奴は、これまた寸での所でアクセルの攻撃を見切り回避を成功させていたのだ。
エンジンブレードが切り裂いたのは、腰にぶら下げていたウェザーマインでしかなかったのだ。
奴が起こした爆発だと思っていたのは……ただの奴の携行爆弾でしかなかったのだ。
「ウ、ウォォオオオアアアアアアアアーーーーーーーーッッッ!!!」
結果を悟った途端、全身の力が抜け落ちた。
アクセルの仮面から漏れる、慟哭にも似た絶叫。
結局自分は、家族の仇を取ることが出来なかったのだ。
エンジンブレードを思い切りアスファルトに叩き付け、地面を砕く。
癇癪を起した子供と何も変わらない無意味な八つ当たりだった。
そんなアクセルの背後まで悠々と歩を進め、その襟首を掴んだウェザーは、片手でアクセルの身体を捻り上げる。
「う、ぐぅっ……離せェェッ!!」
「そうはいきません。私はもっとT2ウェザーの性能を見極めなければならない」
「T2、だと……ッ」
ウェザーも進化したとはどういうことだろうかと考えてはいたが。
今の一言で、照井の中でも合点がいった。この男は、T2メモリを使っているのだ。
T2ガイアメモリの性能は知らないが、ただT2になっただけでこれ程までに強化されるのなら――
此処へ来る前に巴マミから譲り受けたT2アクセルメモリを思い起こし、
「さて、次は冷気の性能でも確かめてみましょうか」
「!?」
しかし、時既に遅し。
刹那、アクセルの全身を凛冽な冷気が襲った。
まるで氷の中にでも閉じ込められているような気分だった。
冷気は瞬く間にアクセルから体温を奪い、十秒も待たずにアクセルの手足は動かなくなった。
「おやおや、少しやりすぎましたかねぇ? もう少し持ちこたえると思ったのですが」
体力の限界だ。
すぐにアクセルの装甲が消失して、ベルトからアクセルメモリが排出される。
アクセルメモリが所有者の体力低下を察知して、自動的に変身を解除したのだ。
掴んでいた襟首がなくなったことで照井の身体は地に落ちるが、しかし追撃の手は緩みはしない。
「う……ッ!?」
ウェザーが照井の腹を蹴飛ばしたのだ。
腹に伝わる鈍い痛みに、照井は無様にもゴロゴロと転がり煩悶する。
今の痛みは、ウェザーの蹴りによる痛みだけではない。
地面をのたうちながら腹を見れば――
「……あぁッ!?」
粉々に砕け散ったアクセルドライバーが、照井の腹に減り込んでいた。
まるで"交通事故で滅茶苦茶になったバイク"よろしく、見る影もなくなったソレに手を伸ばす。
メモリの挿入部は完全に潰され、バックル本体も、二度と使い物にならない程に砕かれていた。
「バカな……俺のアクセルドライバーが……っ」
「どの道そんなベルトを使っている限り私は倒せませんよ」
嘲笑混じりのウェザーの声に、照井はついに「仮面ライダー」の力に限界を感じた。
元より、奴を倒せるなら仮面ライダーでもそうでなくとも構わない、とは思っていたが。
どの道、仮面ライダーの力では奴には敵わなかった事が今、証明されてしまった。
「そんなことよりも、これが強化アダプタですか……実に興味深いですねぇ」
そう言って、ウェザーが手に取ったのはアダプタが接続されたままのアクセルメモリ。
さっきの強制排出の際に足元に落ちたそれを、ウェザーの大きな手でつまみあげる。
強化アダプタから容易くアクセルメモリを引き抜いたウェザーは、
「や、やめろ……」
それを軽く、握り締めてみせた。
「やめろぉぉおおおおおおおおッ!!!」
照井の絶叫も虚しく。
ウェザーの手から零れ落ちていく赤のメモリは、既に原形を留めてはいなかった。
外装は既に粉々。中身の基盤は奴の手の中で折られて割られ、ただの機械の残骸になった。
如何に地球の記憶を宿したガイアメモリといえども、壊れてしまえばただのガラクタ。
今まで共に戦って来た相棒の最期を目に焼き付けた照井は、痛む身体に鞭打って、怒りの絶叫と共にもう一度立ち上がった。
「井坂ぁ……深紅郎ォォッ! きさまッ、貴様ァァーーーーーーーーーーーーーッ!!!」
照井は、また目の前であの男に奪われたのだ。
家族だけでなく、今度は照井に唯一残されていた戦う為の力すらも。
奴に敵うかどうかが問題なのではない。
例え敵わなくとも、このまま黙って殺される事だけは我慢ならない。
憎悪と憤怒と、そして最後に残ったプライドが照井を立ち上がらせたのだ。
この行動、一見何の打算もないただの悪足掻きにも見えるが、しかしそうではない。
照井には直感があった。
何の根拠もないが、この怒りと絶望に応えてくれるものが居てくれる確信が。
もしも照井の想像通り、あの時"T2"が巴マミを誘導したのだとしたら――
アイツは必ず、この堪え難い憎しみに応えてくれるハズだ!
そして照井は見た。
さっき自分が投げ出したデイバッグから、矢のように飛び出た赤い影を。
照井の想像は正しかった。
まだ戦える、まだチャンスは残っている。
絶望の中で掴んだ希望に、照井はその手を伸ばし走り出した。
最終更新:2012年09月17日 10:30