Kの戦い/閉ざされる理想郷 ◆z9JH9su20Q



「見えて来たぞ」
 警視庁を目指し、G5エリアを疾駆するライドベンダーの上で。大道克己がそう告げたのを、彼の背にしがみついた美樹さやかの耳が拾った。
 さやかはヘルメットを被ったままの頭で小さく頷き、いつもと違う慣性に覚えた微弱な目眩を振り払うかのように、集中を強める。
 道中に他の参加者との出会いはなかったが、この先もそうとはいかない可能性が高い。広大過ぎる街よりは他者との接触が図り易いだろう適度な大きさの施設、しかも戦闘で役立つような何らかの武器が置かれている可能性も高い警視庁だ。どんな輩が忍び寄っているかわかりはしない。
 何なら他の参加者に精神的打撃を与えるために、決して清廉なイメージばかりではないとはいえ、それでも正義の象徴とも言うべきこの施設を破壊しようと忍び寄る者が居てもおかしくはない。例えばあの、アポロガイストのような悪党なら。

 ぎゅっ、と。さやかは無意識のうちに、克己の腰を抱く力を強めていた。
 蘇るのは明確な悪の姿。知性がない獣のように人を襲うのではなく、確かな意志の下に悪をなす、許すべからぬ怪人から向けられた殺意の冷たさ。
 主催者である真木と同様に、自分のエゴで他人に犠牲を強いる――そんな倒すべき悪の持つ、さやかにさえ少なからず震えを齎した恐ろしさを想起し、思わず怯えてしまったのだ。
(……だけど)
 今までよりは怖くない。そうさやかは、自分に渡して来たのと同じ服に包まれた、克己の逞しい背中に視線を這わせる。
 アポロガイストも、このバトルロワイアルも、今は前より怖くない――何故なら今のさやかには、仲間がいるのだから。
 優れた戦闘技術と、多くの戦闘を渡り歩いて来た経験と。魔法少女を凌ぐ、『仮面ライダー』という超常の力を持った、この上なく頼れる仲間が。
 もう、この戦いを一人で背負い込まなくとも良いのだと……そう思えるだけで、すっと心が軽くなったのを、さやかは確かに自覚していたし、克己に感謝してまでいた。
 最も、そう思っていることを彼に伝えることはないんだろうな、ともさやかは思っていた。
 訓練のための方便とは言え、さやかの大切な友達を馬鹿にした克己に自分が彼を頼っているなどという弱みを見せたくないという意地があったし、単純にまだ少し気恥ずかしかったためでもある。
 ちょっとワガママだな、と自分のことを評しながら、さやかは改めて緊張を高めようとした。
「あいつは……!」
 まさにその時、克己が敵意を滲ませた声を零したのを、さやかは聞いた。
 警察署まで残り300メートルを切った頃か。克己の声に促されて前方の様子を確認したついでにそんなことを思っていると、さやかの視界に映る異形があった。
 褪せた金色の鎧に、赤い緞帳のようなマント。左側が欠損したかのように短い、非対称なU字型の角。
 腰に鈍色の円盤のようなバックルを付けたそいつは、魔女ともアポロガイストとも違う怪人だった。
 その姿を見たさやかが、回想の中アポロガイストから感じたのと同様に、ぶるりっと悪寒を走らせたのと同時。黄金の怪人は、手にした杖をさやか達の方へと向けて来ていた。
「うぇっ!?」
 それとほとんど同じタイミングで、克己はライドベンダーに急ブレーキを掛けていた。適応し切れなかったさやかが情けない吃驚を漏らすほどに俊敏な反応だったが、制動には速度相応の距離を必要とする。数十メートルまで距離を詰めてしまってか、克己が鋭く「間に合わん!」と毒吐いた。
 その呟きの次の瞬間、克己は殴りつけるようにしてハンドルから手を放すと、背後のさやかへ勢い良く振り返っていた。
「ちょ……っ!」
 克己はやはり叩きつけるような勢いのまま伸ばした右腕で彼女を後部座席から掻っ攫うと、慣性まで利用してライドベンダーから二人分の身を投げ出そうとする。
「何すん……っ、えっ?」
 思わぬ事態に、条件反射的に抵抗しそうになったさやかの目に、克己の背に映る物があった。
 それはライドベンダーごと自分達を飲み込もうとする――怪人の放った焔が、膨張する赤の嵐となって肉迫して来た様子だった。


      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○


 加頭順笹塚衛士と出会い、情報交換を続けていた頃。
 二人のいる部屋の窓ガラスを、こつこつと何者かが叩く音が聞こえた。
「……ああ」
 その正体に心当たりのある加頭は立ち上がり、鍵を開けて来訪者を招き入れる。
「付近の参加者を見つけたのですね?」
 機械のように抑揚のない加頭の問いに、機械であるタカカンドロイドが、よほど生物らしい感情を髣髴とさせる仕草で頷いてみせた。
 話し合いを初めてすぐ、笹塚のセルメダルを10枚頂戴し、その数だけのタカカンドロイドを購入。周辺の探索に当たらせていたが、早速成果が得られたことに加頭は内心ほくそ笑んだ。
「どちらの方角ですか?」
 加頭の問いを受けたタカカンドロイドが誘導するかのように飛んで行くが、閉じられた扉の前でホバリングを余儀なくされたのを見て、加頭は無感動に告げる。
「笹塚さん。開けてあげてください」
「……はいよ」
 静かに答えた笹塚がドアノブを回すと、その隙間から機械鳥は脱出して行く。加頭は悠然とその後を追い、やがて見つけた別の窓の前で、嘴を用い南西を示しているのを見つけた加頭は、支給品にあった双眼鏡を取り出した。
 視線を彷徨わせること数秒。こちらを目指して土煙を起こし続ける、一台のライドベンダーの姿が確認できた。
 その搭乗者が何者なのか、その外見の詳細が見える距離に来た時、加頭の背筋を氷塊が滑り落ち、同時に双眼鏡もその手から零れた。がちゃんっ、と固い物同士がぶつかる耳障りな音が生じるが、それを気にする余裕は加頭にはなかった。

 ところどころに赤いラインの入った黒いレザージャケット。心臓の上に髑髏の紋章を刻んだその野戦服を纏う参加者は、間違いなくあの男しかいない――
 大道克己。かつて加頭の命を奪った張本人が、今こちらに向かって来ていた。
(どうしましょう……私、迂闊でした)
 ポーカーフェイスは微塵も崩さぬまま、しかし内心余裕の消え失せた加頭は、焦燥と自身の判断の愚かさへの怒りに支配されつつあった。
 そういえば、先に情報交換を行ったアポロガイストが言っていたではないか。風都において遭遇した、奇妙な格好をした青陣営の少女と、仮面ライダーに変身する無所属の男の、二人のゾンビ達から逃げ延びて来たのだと。ゾンビの片方が、NEVERを名乗ったことも彼より聞き及んでいた。NEVERにして仮面ライダー――それはすなわち、大道克己でしかあり得ない。
 風都に大道克己が居たことがわかったのなら、彼が移動する場合高確率で警視庁を経由するということは十分に予測できたはずだというのに――一度足を運んだはずの冴子の故郷につい引き寄せられた結果、最悪の相手との邂逅を余儀なくされた。何という愚行だろうか。
 確かにユートピアは強大な力を秘めたゴールドメモリであり、98%という高い適合率もあって加頭に絶大な戦力を与えてくれているが、決して無敵ではない。その上相手はメモリの王者エターナル。かつて完敗し、加頭がネクロオーバーと化した原因になった相手である。
 仮に前回の経験や支給品を活かして実力差を埋めたとしても、そもそもエターナルは旧世代のガイアメモリを強制的に機能停止に追い込む能力を持つ以上、根本的に天敵と呼ぶべき相手なのだ。交戦すれば必ず尾を引く打撃を与えてくるだろう参加者であり、故にいくら冴子の敵は全て排除するつもりといえ、この男とだけは遭遇したくなかったのだが……
 大道克己の背後の後部座席には、これまたNEVERのジャケットに身を包んだ背の低い人影が見て取れた。
 あの少女もアポロガイストが言っていたように死人なのだとすれば、大道克己との戦闘で既に証明された通り希望を吸収することもできず、また自分達同様に不死性を保つためのメダル消費も予想されることから、戦利品として得られるセルメダルの量も多くはないだろう。仮に厳しい戦闘に勝利しても、そのメリットが余りに少ない相手だ。
(……三十六計逃げるに如かず、ですね)
 その諺を実践し、ここは退くべきだと考えた加頭は、背後から響いた固い足音にゾッとした。
「……加頭さん、誰か見つけたのか?」
 笹塚の質問に、まず何より彼の存在を忘れかけていた自分に加頭は驚いた。大道克己の姿を確認してから、笹塚に声を掛けられるまでの数秒を酷く長く感じていたことにも気づく。自分はどうやら、大道克己が迫って来ているという事実によほどストレスを受けているらしい。
「笹塚さん」
 すぐにここから離れましょう、と口にしかけたところで、加頭ははたと考え直す。

 仮にここで笹塚に、このまま逃げることを伝えてはどうなるか。恐らく彼は、加頭がこちらに接近しつつある参加者を恐れていることに気づくことだろう。
 そうなれば、笹塚に加頭への反逆を許す可能性がある。今の彼との関係など、一見協力的なだけで実質は恐怖政治と変わらない。そんな気を許せない加頭よりは、違う陣営で二人が手を組んで動いている者達の方が、笹塚がどんなスタンスにしてもよほど信用できることだろう。
 超常の力を持った者ではなくとも、ただの一般人とは纏っている空気が明らかに違う笹塚が本気になれば、大道の到着までに抵抗力を奪い切れる保証はない。メダルと希望を奪うのも、果たして間に合うか。
 つまり彼を今後も有効活用しようと思えば、エターナルが相手だろうと立ち向かうしかない。
 そうでなければ、情報交換も途中であるこの男をここで殺し、メダルと希望を奪うか。それも時間が掛かってしまっては無意味と化す。
 そうして迷っているうちに、加頭はそもそも自身の前提が間違っていたことに気づく。

 口で言っても伝わらない冴子への愛を行動で示すために、加頭は彼女を優勝させると誓った。
 そんな自分が、敵が強大だからと言って、今は分が悪いなどと逃げ出すのは――彼女への愛よりも、大道克己への恐怖心の方が大きいということの、証明になってしまうのではないか。
(そんなこと――私、認めません)
 なるほど、仮面ライダー達は正義を愛する心で巨悪へ挑むのだったか。
 ならば自分も、冴子を愛する心で強敵に立ち向かってみるべきではなかろうか。

 そう考えてみれば、逡巡は一瞬。笹塚は急に言葉を区切った加頭の様子を訝しんでいたが、決心した加頭は彼にいつもの調子で語り掛けた。
「笹塚さん。あなたのセルメダルを、50枚ほど私に渡してください」
「何……?」
 虚を衝かれた様子の笹塚に、加頭はさらに畳み掛ける。
「ここに危険な参加者が向かっています。念のためにメダルに余裕を持たせておきたいので、あなたのメダルを私に分けてください。代わりに約束通り、あなたの分も私が力となって戦いましょう」
「いや、だが……」
「さもなくば。あなたの不誠実さのために、私達二人共死ぬことになります。ならば協力関係は決裂と見なし、私があなたの命ごと、メダルを奪わせて頂きますが」
 実際には、そこまでの余裕があるかは疑わしい。だが、愛の告白ですら、その相手から感情が籠っていないと言われる加頭の鉄面皮にそんな不安は反映されない。
 淡々と、ただ事実を読み上げているだけであるかのような加頭の言葉に、笹塚はさらに一瞬言葉を詰まらせた後、「わかったよ」とメダルの排出を始めた。
「どうせ俺には、メダル消費が必要なことなんてほとんどないしな」
 そうして笹塚から吐き出されたメダルを逐次補充しながら、「ありがとうございます」と、声と同様に感情の伴わない感謝の言葉を加頭は放つ。さらにポケットから、加頭の支給品の一つであったコアメダルを取り出して首輪に投入し、保険の一つとする。
 実際の所、加頭が全力で戦闘する場合、消費するメダルは並大抵の参加者より多いだろう。ユートピア・ドーパントへの変身に、その維持費。ユートピアの能力だけでなく、加頭自身の超能力兵士クオークスとしての能力の使用コスト。そしてネクロオーバーとしての再生能力や、そもそも非戦闘時でも、細胞維持酵素代わりの肉体の保全のためにセルメダルが必須と、この上強力さと引換にメダル消費を必要とする支給品まで使用するとした場合、これからの戦闘で消耗する可能性を考えればまだ足りないかもしれないほどだ。それでもまだ数十枚のメダルを残すことを許可した笹塚について来るように指示しながら、加頭は大道克己達を迎え撃つべく出向いて行く。その道中でT2ナスカを取り出し、スイッチを押そうとしたが……
(やっぱり私達、何だか体質的に合わない感じです)
 そしてナスカの方も、ユートピアと適合している加頭に対し、いくらトレードを交わしたとはいえギリギリまでは使われたくないらしく、反応がない。まったく最近のメモリは扱い難い。
 仕方なくナスカを仕舞いユートピアを取り出した加頭は、そのガイアウィスパーを響かせた。
《――UTOPIA!!――》
 手放したメモリは重力に掴まれたまま落ちて行くが、その途中でまるで生きているかのように蜻蛉返りし、加頭の腰に巻かれたガイアドライバーへ突き刺さる。理想郷の記憶が加頭の中に注ぎ込まれ、青黒い炎で包んだその身を人外の怪人へと変貌させて行く。
 背後で笹塚が驚いているのが気配でわかったが、わざわざ振り返る必要も感じなかった加頭――ユートピア・ドーパントは、彼に出口の近くで待機するよう言い含め、警視庁の外に出た。
 その時にはもう、大道達は数百メートルの距離まで肉薄していた。

 突如として現れた怪人の姿に、彼らは少なからず驚いた様子だったが、ユートピアも内心、ここまで接近されていた事実に驚いていた。決断がもう少し遅れていればと思うと、本当にゾッとする。
 同時に、既に何事もなく逃げられる状態ではないことを悟り、腹を括った。
(リベンジ、させて頂きますよ)
 まずは挨拶代わりだと、バイクで移動しながら変身されることのないように、そんな余裕を与えないための先制攻撃を加える。ユートピアはまるで御伽噺の火竜の息吹のような焔をパイロキネシスで放ち、スピードを落とそうとしているライドベンダーをその紅蓮で包み込む。
 バイクの車体を取り込んでなお余りある火の壁は、そのまま背後まで抜けて行き小規模の焼野原を生み出した。その始端にて、不燃部分の方が多いにも拘わらず、高熱の余りに燃え盛るライドベンダーの影から躍り出た影の方へと、ユートピアは視線を集中させる。
 直撃の寸前に躱したか、大道克己とその腕に抱かれた少女に炎の舌に蹂躙された痕はなかった。ただ酷い勢いで地面を滑ったのか、大道の右足は皮ズボンが破け、微かに血が滲んでいた。
「数時間ぶりだなぁ、財団X……!」
 しかしネクロオーバーである彼は、その痛みを感じてはいないのだろう。怪我を負っているという事実をまったく感じさせない滑らかな動作で、ヘルメットを脱ぎ捨てながら立ち上がった大道が、そんな奇妙なことを宣った。
「私、あなたに会うのは随分久しぶりだと思っていましたが」
 オープニング会場の時点で実は見つかっていたのだろうか、などと思いながら、ユートピアはそう会話に応じる。
「くくくっ……俺と会えずに寂しかったってことか?」
 そんな会話の最中にも大道は、かつて加頭が身に着けていたロストドライバーを腰に巻いて行く。だが、今はまだ仕掛けるタイミングではない。
「……あいつ、何者なの?」
 遅れて立ち上がった少女の緊張を孕んだ問いに、顔半分にも満たないだけ振り返った大道が、視線だけはユートピアに張り付けたまま答える。
「財団X……死の商人だ。奴はその中の現場幹部、みたいもんだな」
「死の商人……そう、こいつがあんたの言っていた……!」
 その名にピンと来たらしい少女の横で、大道がエターナルメモリを取り出した瞬間。ガイアウィスパーが響く前に、ユートピアは大道の指先に集中した。
「――何っ!?」
 生前の数倍にまで身体強化されたネクロオーバーには、ドーパント化することにより相乗的に高まった加頭レベルのクオークス能力でも決定打足り得ないことは、前の戦いで学んでいる。
 だが逆に、いくら最強のNEVERである大道克己でも、生身ではユートピア・ドーパントには到底及ばないということもまた、前回の戦いで証明されている。
 ならば、この突発的な苦境を覆し、最も確実かつ効率的に勝利するための答えは簡単。

 そもそも変身させなければ良いのだ。

 とはいえ繰り返すように、大道自身は変身前から打たれ強く、前回も彼を攻め続けながらも変身を許してしまった。そのまま仮面ライダーの体の一部となるロストドライバーは、恐らくはそんなネクロオーバー達よりもさらに頑強だ。
 となれば狙うは、エターナルのメモリ本体。少なくとも克己の手元から引き離してしまえば、奴が変身することは叶わない。大道も抵抗したが、指先だけの力で加頭の念動力に抗い切れるはずがなく、大道自身にも爆発を浴びせるようにして力場を拡散させてやれば、成す術もなくメモリが弾き出された。
「くぁっ!?」
 メモリを奪われ腕を半周させ、念力で殴られた勢い余って体勢を崩した大道の遥か後方へと、ユートピアは憎きメモリを吹き飛ばす。
 否、ただ距離を取らせるだけでは足りない。一度は命を奪ってくれた相手だ、永遠の別離をくれてやらねば気が済まぬと、ユートピアはさらにその念の出力を上げた。

「傲慢な王は民や臣下の反逆によって打ち取られるのが常というもの。このままブレイクして差し上げましょう、エターナル」
 先程死んでいた王に掛けたのと同じ言葉を呟きながら、ユートピアは念の圧力を強め続ける。
 強大なドーパントの力を齎すとはいえ、ガイアメモリ自体は一般人にも破壊可能なほど貧弱だ。ネクロオーバーすら苦しめる、上位クオークスの力に抗い切れるはずがない。
 そしてユートピアは、違和感に気づいた。
(おかしいですね。もうブレイクされても良いはずなのですが……?)
 しかしいくら力を強め、圧縮された空気によりその力場が可視化するほどの負荷を与えても、エターナルのメモリはビクともしない。
 ならばさらに遠くへ飛ばし、その間に大道達を始末しようと考え直すと、少女に支えられていた大道が鼻を鳴らし、立ち上がるのが見えた。
「無駄だ、財団X。俺とエターナルは運命で結ばれている」
 そんな大道の、勝ち誇るような声に苛立ちを覚えたと同時に。
 ユートピアは、己が展開した念動力場の膜が、微かに集中の乱れたその瞬間、突き破られるのを感じた。
(――な……に……っ!?)
 構成していた力場が破られ、砕け散った反動にユートピアの上体が揺れる。
 散々浴びせたサイコキネシスを跳ね返されたような衝撃に見舞われるユートピアの眼前で、それを成した張本人が空気を裂いて飛来して来る。
 そして振り向きもせず、しかしそうなることがわかっていたかのように大道が構えた右掌に、その勢いからは信じられないほどあっさりと、しかし確かにエターナルのメモリが収まった。
「貴様如きに俺達の仲を引き裂くことはできん。永遠にな」
《――ETERNAL!!――》
 そのメモリが内包する記憶、それを表す言葉を大道とガイアウィスパーが唱和した。
《――ETERNAL!!――》
 エターナルメモリがドライバーへ叩き込まれ、放出された白い粒子に大道克己の身体が包み込まれる。変身に伴う発光が収まった時には、蒼い炎に彩られた純白のアーマーに全身を包み、漆黒のマントをはためかせた、西洋の騎士にも特殊部隊の兵士にも思える一人の戦士――仮面ライダーがそこに居た。
 両目が繋がり、∞の形となった黄色の瞳。横倒しになったEを象るように屹立した三本の角。
 それはまさに、加頭の脳裏に焼き付いたあのエターナル・ブルーフレアの姿だ。
 NEVERのジャケットを着た少女を庇うように、エターナルはその右腕を跳ね上げローブを翻させる。その動作につられて、マントが音を立てて揺らめいた。
「何故おまえが生きているのかは……まあ、腹は立つが予想もつく。だが悪党が死人になったって言うんなら、その行先は決まっているよなぁ?」
 ヒュンヒュンと旋回させ、左手に構えたエターナルエッジの刃先で陽光を照り返しながら、エターナルはその歪な単眼をユートピアへと向ける。
「おまえにとって、ここがそれだ――おまえの罪を、俺達がたっぷりと裁いてやる」
 そうして右の親指を下へ突き出して、エターナルはユートピアに告げた。
「さあ、地獄を楽しみな!」
 その決め台詞に合わせたかのように、まさにその瞬間、彼の背後でいよいよ燃料に引火したライドベンダーが、盛大な爆発を引き起こしていた。



      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○      ○○○



(変身されてしまいました……私、ピンチです)
 仮面ライダーエターナルへと変身した大道克己からの処刑宣告を受けながら、ユートピア・ドーパントこと加頭順はそう心中で呟いていた。

 繰り返すが、ユートピアではエターナルに対抗することは本来容易なことではない。だからこそ変身を封じ、生身の大道を殺害するというある種卑劣とも言える手段に訴えたのだが――大道曰く、メモリとの絆の力でそれを覆されてしまった。
 しかし、いくら気紛れなエターナルメモリでも、自力でクオークスのサイコキネシスを突破し適合者の下へ戻るなどあり得ない。そんなことができるメモリは……
 嫌な可能性に思い至り、ユートピアは思わずたじろぎそうになった。
 そもそも大道克己が財団Xから奪ったエターナルのメモリは、試作品であるT1だ。それはビレッジの外れで破損した状態で発見されていたわけだが、未だT2の根幹を成すT2エターナルは完璧ではない以上、井坂深紅朗が蘇生され参加者に存在するように、主催者達がT1を復元して大道克己に与えたのだと、アポロガイストの話を聞いた時点では思っていたが……
 メモリブレイクできなかったことと言い、自ら適合者と惹き合う性質と言い……もしや真木が大道克己に与えたのは、修復されたT1ではなく、財団Xが未だ完成させていなかったT2のエターナルなのではないだろうか?
 端子の色をしっかり確認していなかった己を呪いながら、ユートピアは状況を整理する。
 先に述べた通り、T2エターナルはなおも未完成だ。しかもその限界を超えた姿であるブルーフレアの能力は、加頭からしても未知数ということになる。ブルーフレアとの交戦経験はあるが、それはT1だ。果たして前回の戦闘で得られた経験は役に立つのだろうか?
(それでも――他に道はありませんね)
 不利は元より覚悟の上。ほんの少しでも勝機が見えるならば、そこを突き続けるしかないと加頭――ユートピア・ドーパントは判断する。
「ええ、楽しませて貰いましょう。ただ、地獄は遠慮させて貰いますよ」
 私が求めるのは理想郷だけですからね、と続けながらユートピアは再び炎を操り、エターナル……ではなく、その背後の少女に叩きつけた。
 猛火が少女に襲い掛かり、その柔肌を爛れさせ、艶やかな髪の毛を燃え散らせ、綺麗な瞳を白濁させてしまう前に、エターナルはそのマントを盾に炎と少女の間に割り込んだ。結果炎でできた竜の顎は少女に届かず、エターナルローブに触れた途端に霧散させられることとなる。
 だがそのままエターナルが直進して来る前に、ユートピアは理想郷の杖を大地に叩きつけた。軽く振り下ろしただけのはずのそれは、まるで不可視の巨人が殴りつけたかのように地面を大きく陥没させ、そこに蜘蛛の巣のような亀裂を走らせる。
 エターナルローブでも、一度生じた地割れまでは防げない。それを察知したエターナルが踵を返して少女を抱きかかえ、超人的な跳躍を披露することでその被害から逃れる。
 そのまま滞空するエターナルへ、さらにユートピアは稲妻を伴った竜巻を送り込んだ。地面を引き剥がしながら牙を剥く猛威も、先のパイロキネシスの火炎と同様にローブに触れた途端に勢いを喪失する。
 続け様に大地に激突させてやろうと放った、大地を穿孔する不可視にして防御不可のはずの重力増加すら、エターナル達には何ら影響を齎していない。
「――それなら、これはどうでしょうか?」
 自身の能力への対応にエターナルが追われている隙に、ユートピアは自分の最後の支給品を取り出していた。
 それは金の装飾を施された漆黒の鍔と、青みを帯びた白金の光で輝く刀身をした、神々しいほどに美しい長剣。
 シナプスなる組織の開発した第二世代型エンジェロイド、という加頭も初めて目にする製品名を冠した、人型機動兵器が誇る最強の矛。

 超振動光子剣“chrysaor(クリュサオル)”。

 同じくエンジェロイドの一部に採用された絶対防御のシステムすら容易く引き裂くという、本来はこの兵装を運用するための専用機・アストレア=メランでなければ引き出せないはずであるその真価を、ユートピア・ドーパントはセルメダルを差し出すことで発揮する。
 稲光を纏い、十分な距離を保ちながら敵手を間合いに捉えるほどに長大化したクリュサオルを構えたユートピアは、未だ宙にあるエターナルと少女を両断せんと凄絶な刺突を繰り出した。

 太刀筋上にあった大気中の分子を尽く電離させるほどのエネルギーを秘めた、必殺の一撃。それが確かにエターナルに届くという瞬間、翳されたローブに接触したのと同時。万物を切り裂く光剣がその上を行く鋭利な刃物で立たれたかのような、不自然な消失を遂げた。
「……何と」
「無駄だな」
 驚愕するユートピアをせせら笑うかのように、少女を抱えたままふわりとエターナルが大地に降り立った。今もその身にユートピアの操る数多の異能力を浴びながら、まるで堪える様子もないままに。
 最強の盾と矛の激突は、財団Xの総力を結集したエターナルローブに軍配が上がっていた。己の組織が掴み取った勝利を、しかし喜ぶ余裕はユートピアになかった。
 メダル消費も激しいクリュサオルの大出力状態を解除しながら、ユートピアは広範囲に及ぶ重力操作と、さらに火炎放射を浴びせ続けながら後退を始める。しかしやはりというべきか、その程度の攻撃は、クリュサオルすら防ぎ切ってみせたエターナルローブの鉄壁を打ち崩すには到底至らない。
 だが、仮にNEVERと同様の存在だとしても、一瞬で消滅させるに足るだけの攻撃が絶えずゾンビの少女を狙って注がれているのだ。この集中攻撃が止まない限り、エターナルが彼女の元を離れることはできないだろう。足止めとしての効果は十分だと判断し、ユートピアはこの隙にさらに距離を稼ぐ。
 前回の戦い、そしてそもそも加頭が知る限りの情報では、エターナルのマキシマムドライブの射程は決して長くない。事実、前回の戦いで加頭のユートピアに対してマキシマムドライブが使用された直後、そのすぐ近くにいたドクター・プロスペクトがアイズメモリを使用できたのが財団によって確認されているのだから、それは間違いない。
 ならばどんな能力だろうと、当たらなければどうということはないというわけだ。
 エターナルローブという防御手段も、この場ではメダル消費という制限から逃れ切れるはずはない。確かにユートピアも怒涛の勢いでメダルを消費しているが、こと殺人を推奨するこの場で、余程の例外でもなければ絶対防御に要するコストが攻撃以下ということはあるまい。
 その上で、コアメダルという保険だけでなく笹塚からメダルを頂いている以上、同じペースでメダルを消費しても、先に限界を迎えるのはエターナルの方だ。
 圧倒的なメダル総数に物を言わせた消耗戦は、単純ながらもこの上なく堅実だろう。たとえエターナルがユートピアを凌駕していようとも、ことこのバトルロワイアルの中では、多少の条件を付け加えてやればそれは容易に覆せるのだ。
 無論、この間にさらなる打開策を思い付ければなお良い。充満して来た空気の焦げる臭いを嗅ぎながらそんな風に考えるユートピアだが、その時酷く癇に障る哄笑が耳に届く。
 妙に淀んで聞こえた声は、高重力により圧縮された空気の中を伝わって来た、ローブに仮面を隠したエターナルの嘲りの声だった。
「随分と頑張ったようだが……あまり俺達を甘く見ない方が良い」
《――ETERNAL!! MAXIMUM DRIVE!!――》
 聞こえてはならないガイアウィスパーが聞こえ、ユートピアは一瞬動きを止めてしまう。
(――博打に出たのですか?)
 受け続けては負けだと、乾坤一擲の策に出たか。しかしこれだけの距離があればどう出ようとも、ユートピアの能力ならば十分に対処できる――そう思った直後、加頭は急激な虚脱感に襲われた。
「これは……っ!」
 加頭の身体の中を巡っていたはずの地球の記憶が、急速に収束し、排出されて行く。ガイアドライバー付近に集められたそれは、手を繋いだ二人の人物がU字を表すユートピアメモリとなって体外に吐き出された。
 重力に従い落下する運命のガイアメモリをサイコキネシスで浮遊させ、手元に取り戻した時には――当然ながら、既に加頭はドーパントではなくなっていた。
「前の戦いで勉強したんだろうが、その思い込みこそが命取りだったなぁ」
 先程よりもずっと明瞭となったエターナルの……大道克己の声が聞こえ、加頭は蘇る恐怖を抑えながら視線を上げる。
 それを見計らったかのように、ちょうどその瞬間、エターナルは自分達を包んでいたローブを開帳した。
「今のエターナルのマキシマムドライブは……そうだな。制限さえなければ、風都全域を覆うぐらいの規模で効果を発揮できる。おまえの策は、最初から無駄だったというわけだ」

 嘲りの言葉と共に翻る黒いマントの裏から明らかになるのは――もはや疑う余地もないT2エターナルの洗練された立ち姿と。対照的な白いマントを着用し、逆に青を基準とした衣服に白い彩りを加えた、剣士然とした姿へ変わった少女だった。
 露出する素肌の割合が多く、また決して動き易くないだろうその恰好は明らかにNEVERの制服よりも戦闘に不向き見えるが、少女から受ける威圧感が異常に増したことを感じ取り、無表情のまま加頭はユートピアメモリとクリュサオルを手から零れ落としてしまう。
(……私、大ピンチです)
 そんな加頭の醜態を嘲笑うように、エターナルの仮面の奥で大道がくつくつと喉を鳴らす。
「知っているだろ? エターナルのマキシマムドライブは、T2以外全てのガイアメモリの機能を永遠に強制停止させる――おまえの理想郷への道は、もう永遠に閉ざされたんだよ」
 その言葉に、改めて加頭は愕然とする。
 マキシマムドライブを以ってしてもメモリブレイク不可の、T2によるエターナルレクイエムを受けたとあっては、エターナルを破壊することで効果を解除するという手も使えない。
 まさにエターナルの言う通り、長年共に過ごして来た運命の共同者とも言うべきメモリ――ユートピアとの関係は、今まさに“永遠”に断ち切られたのだ。

 ……それでも、あるいはクリュサオルならT2もブレイクできるのではと――微かな希望に縋り、呆然と手を伸ばそうとする加頭の眼前に、驚くほどの速度で一本のサーベルが突き立つ。
「動くな」
 それはエターナルと共に、数十メートルは離れた場所にいる少女が投擲したものだった。妙な動きを見せようとした加頭への牽制として、猛烈な勢いで放たれたそれは――
 ユートピアメモリの、手を取り合うことでUを象った紋章を、まるでその手を放させるように断ち切り――メモリブレイクしていた。
「――――ッ!!」
 余りのことに、加頭は激情で声を詰まらせた。
 冴子と手を繋ぎ、二人で築く未来――そんな加頭の理想郷の象徴を、一片の希望の余地すら残さず文字通り粉砕されたことへの怒りに、鉄面皮のはずの加頭の表情まで歪んだのだろうか。下手人の少女が、思わずという様子でたじろいだ。
「う、動くなって言ったでしょ……」
「無理もないさ。大切な運命のメモリを砕かれちまったんじゃ……な」
 そんな少女に対し、初めて加頭を思い遣るような言葉をエターナルは口にする。
「もっとも、さやかが砕く前から俺の手でガラクタにしてやっていたんだから、処分する手間が省けたって感謝するべきだろう? それに、何も悲しむ必要はない」
 嘲弄し、改めて得物のコンバットナイフを構え直したエターナルは、足音を伴って無造作に前進を始めた。
「おまえも今すぐ、同じところに送ってやるよ――本物の地獄になぁ」
 そのゾッとするほど殺気の籠った声に、加頭は一瞬、身を焦がす怒りすら凍えさせる恐怖と共に、彼によって与えられた死の瞬間をフラッシュバックしていた。
 生身の大道克己がユートピアに敵わないのだ。ユートピアが敵わないエターナルに、生身の加頭がどうして抵抗できようか。クリュサオルがあろうと、圧倒的な身体スペックの差を前にしてどれほどの足しとなろうか。
 さやかと呼ばれた少女の方も、そんなエターナルや加頭の様子に本来の調子を取り戻したのか、虚空から取り出したサーベルを構えてにじり寄って来る。
 明らかにNEVERやクオークス以上の力を持った二人の戦士を前にして、ユートピアメモリを失った加頭は、完全に詰みの状態にも見えた。

 だが――サーベルに断たれたユートピアメモリに描かれた二人のように、冴子と永遠に引き裂かれてしまうなどということは、加頭には決して耐えられない悪夢であった。
 それを現実にすることなど、あってはならない。
「……冴子さんと会うためです」
 すっ、と。加頭はポケットへと手を入れた。それを見咎めたさやかが表情を険しくする。
「あいつ、まだ……!」
「取引通り、私に力を貸してください」
 取り出したメモリを見て、エターナルが歩みを止めた。
「ハッ、T2ガイアメモリか。確かにそいつはエターナルの効果を受けない。だが……」
 笑いを噛み殺すように、エターナルは小さく身体を震わせる。そんな彼の様子にさやかも足を止める。
「既におまえの運命のメモリは見つかっていて、しかもそのユートピアがなくなっても、T2が襲い掛かって来ることもない……おまえとそのメモリ、余程相性が良くないと見える」
 それじゃあそのメモリが可哀想だな、と続けたエターナルが歩みを再開する。
「そいつも、俺の物にしてやるよ」
「聞きましたか」
 対して加頭は、ナスカメモリへとそう呼びかけていた。
「このままではあなたは、冴子さんではなくこの男の物となってしまう……それが嫌なら、私に協力してください」
『――NASCA!!――』
 響いたガイアウィスパーに、エターナルとさやかが虚を衝かれたかのように再び足を止める。
 その隙に加頭は、自らの首筋へと青い端子を叩きつけた。
「ほう……」
 そうしてドーパントへと変貌する加頭の姿に、感心したようにエターナルは声を漏らした。
「主人の下に辿り着くために、決して相性が良くない相手にも力を貸す、か……良い忠誠心だ。ますます興味が出て来たな」
 それに応じるように、ナスカ・ドーパントへと変貌した加頭は、ナスカブレードよりも武器として優れていると判断して、クオークス能力で浮遊させたクリュサオルを改めて手に取る。
「このナスカは冴子さんへの贈り物……あなたなどには渡しませんよ」
「そうか。なら、精々抵抗してみるんだな――さやか!」
 唐突に声を掛けられ、さやかという少女はエターナルの方へと顔を向ける。
 当然その隙を見逃さず、ナスカは少女目掛け白刃を片手に突きを放ったが――それを横合いからのエターナルエッジが光子を爆ぜさせながら受け止めて、さやかに迫る凶刃を遥か手前で停止、切っ先を見当違いの方向へと逸らされた。
「コアメダルを使うぞ。それと、こいつもおまえにはまだ荷が重い……張り切るのは良いが、まずは様子見しておけ」
 同行者にそう告げたエターナルが腕を払ったのに青いナスカは抗い切れず、その勢いのまま成す術なく弾き飛ばされた。

 適合率が明らかに低い、加頭の変身したナスカのレベルは、メモリの情けを受けても1。
 それはエターナルを前にしては、T2と言っても余りに絶望的な戦力差であった。


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最終更新:2012年12月18日 18:12