Kの戦い/青の覚醒 ◆z9JH9su20Q
目の前で繰り広げられる冗談のような光景を、笹塚は息を殺してずっと伺っていた。
加頭が変身した怪人は、種も仕掛けもなくナパームのような炎を操り、不可視の力で人体や物体を抑え付け吹き飛ばし、文字通りに地を砕き、竜巻や雷と言った天災すら操ってみせた。
あの魔人や……シックスはともかく。これまでに見てきた新しき血族のような、生温い人外ではない。彼はまさに人智を超えた化け物だという認識を、改めて強く刻まれることになった。
その時点の笹塚は、そんな強大な力を披露する加頭に対し反旗を翻すという選択をする意志を、半ばまで放棄させられていたが……そのすぐ後、事態はさらに予想を超える展開となった。
加頭と既知の間柄であったらしい男の方の参加者が変身した、エターナルという白の戦士。それが何かをした結果、加頭の変身した怪人は黄金の姿を一方的に解除させられたのだ。
その後、別の青い怪人へと加頭は変貌したが――先程までの猛威が嘘のように、エターナルに蹂躙される弱々しい姿を晒している。
金の姿の時に比べれば明らかに遜色しているが、パイロキネシスとサイコキネシスは引き続き使用されている。さらにその上、扱い辛いだろう長剣を眩かせながら、笹塚の知る警察組織のどんな達人よりも素早い太刀捌きを披露し続けている。加頭の見せるそれらの能力はいずれも人間の延長などという領分を軽く越えた力だが、エターナルには遠く及ばない。
コンバットナイフに対する長剣という圧倒的なリーチの差を、エターナルは恐れを知らないかのような踏み込みで逆手に取る。防御の追いつかない距離で叩き込まれた刃に体表を裂かれながらも、その勢い利用して間合いを稼いだ加頭の放つ炎は、やはり読んでいたエターナルが翳したマントに触れた途端、撥水される飛沫の如く散って行く。
後退しながら両足を撓めた加頭は跳躍し、地と水平にしたその身を高速で回転させながらの蹴りを放つ。笹塚の動体視力では追い切れず出所を掴めないそれを、エターナルは幻惑されるどころか片手で軽々と払い、同時に首筋に迫っていた剣閃すら身を引くだけで躱してみせる。
そして加頭の着地の寸前。落下速度も最大と達した瞬間に合わせたカウンターキックが加頭のどてっ腹へと襲い掛かり、激しく蹴り上げることで再び大地から追放する。
「――はぁああああああああっ!!」
エターナルに蹴り上げられ、宙で悶えていた加頭がようやく無事着地しようという頃。さやかと呼ばれた少女が不似合なサーベルを両手で抱え、鋭い刺突を彼に加えようとしていた。
恐らくは弥子よりも年下だろう少女の、外見にそぐわぬ異常なスピードの踏み込み。
しかし加頭は、地に降り立つと同時にそれを易々と見切っていた。
一閃した光剣が、加頭に迫っていた少女の刃を断ち切る。そのことに何の感嘆も見せぬまま、加頭が淡々と翻した光剣は、少女の左肩口から皮膚を破って体内へと刃先を侵入させていた。
「――っ!」
その光景に思わず笹塚が声を上げそうになってしまったが、そんなことは関係ないとばかりに、少女の細い鎖骨を断ち切り、胸郭を切り裂いて、長剣の刃先が彼女の身体から飛び出した。その刀身が持った熱量に炭化させられた傷口からは、一滴たりとも血が溢れることはなかった。だが、血の流れない傷口から切り裂かれた少女の臓器が覗くという、非現実的でありながらも目を覆いたくなるような惨たらしい光景が、現の物として笹塚の眼前に存在していた。
だが笹塚の常識を裏切り、胸を切り開かれたはずの少女は蒸気を上げるその切り口を高速で閉じながら、新たに虚空から取り出したサーベルで加頭に横薙ぎの一撃を見舞っていた。
途中、少女の顔に戸惑いが浮かんだのと同時に、彼女の斬撃が速度を落とす。視認できないが、加頭が明らかに何かを成した。そうして隙を生じさせた加頭は、距離を取りながら刀身を長大化させた光剣を振るい攻撃を仕掛けたが、いつの間にか駆けつけていたエターナルが彼らの間にそびえ立つ障壁となって、そのマントでさやかを斬撃から守り切っていた。
「さやか。張り切り過ぎるなと言っただろう」
「まずは、でしょ。……ずっとあんたばっかに戦わせて、後ろで見てるだけなんて嫌だったの」
超常の力を揮う加頭を前にしては余りに呑気に、白と青の戦士達は言葉を交わす。
先程明らかに加頭の攻撃によって、少なくとも肺の片方は欠損しただろうさやかが、傷一つない姿で明瞭な言葉を操っている――そんな光景に、笹塚は半ば眩暈を覚える心地だった。
あんな、一見普通の少女までもが、骨まで身体を灼き裂かれておいて平然としている。この殺し合いは化け物の巣窟かと疑ったが、どうやらまったくもってその通りであるらしい。加頭ですらも、下手をすると驚くに値しない存在なのかもしれない。
そんな場所で生き延びて行かなければならないという重い現実に、笹塚が沈黙していた頃。身を潜める彼に気づく様子もないまま、エターナルが仮面の奥で口を開いた。
「そうか。ならもう少しだけ我慢していろ」
さやかにそう伝えると再びマントを翻し、エターナルは加頭へと距離を詰めていく。
剣を振る間合いを確保しようと逃れる加頭と、彼を追うエターナルの間で幾度となく両者の得物がぶつかり合い、稲妻のように激しい火花を散らして行く。隙を作ろうとした加頭がまた何かの超能力を発動したのをエターナルはマントで防ぎ、さらにはそのまま防御行為を目隠しとして転用する。敵の意図とは逆に彼に隙を作らせ、それを衝いての足払い、さらには姿勢を崩した加頭の前で回転しての後ろ回し蹴りへと繋げて行く。
両の踵で地を削りながら後退する加頭を尻目に、エターナルはデイパックから新たに翡翠色をしたメモリを取り出し、それのスイッチを人差し指で押し込んでいた。
《――UNICORN!!――》
そんな電子音声を響かせたメモリを、エターナルは右腰に備えられたスロットへと挿し込む。
《――UNICORN!! MAXIMUM DRIVE!!――》
メモリが帯電するように発光した直後、エターナルの右拳を中心に発生した力場に裂かれた空気が渦を巻き、白色の太い角のような螺旋を成した。
そのエネルギーを吸い込んだエターナルの蒼い拳が、腰の後ろへ、番えた矢を引き絞るように構えられる。
「こいつでくたばってはくれるなよ?」
息を呑みさらに後退しようとする加頭に対し、逃れる暇を与えなかったエターナルは、敵の一閃を躱し様、強烈なコークスクリューパンチとしてその拳を振り切った。
その一撃によって、くの字にへし折れた加頭の身体が勢い良く射出され、笹塚が隠れている物陰のすぐ近くの壁に突き刺さる。足裏から伝播した重い震動と、隆起した壁越しに伝わって来る亀裂の走る音に冷や汗を掻いた笹塚は、当事者達に気づかれる前にそっと奥へと逃れる。
「……さやか。今から一対一でこいつを倒してみろ」
「えっ?」
「好い具合に痛めつけておいた。良い練習相手になるだろう」
まるで、肉食獣が子供に狩りの仕方を教えるかのように。
エターナルが加頭の扱いをどうするつもりなのかということが聞こえて来て、いよいよ笹塚はこの場で自分がどう動くべきか判断がついた。
先程まで加頭に感じていた畏怖の感情は、最早その無様さを前にほとんど鳴りを潜めている。彼は笹塚がエターナルらに殺されるなどと言っていたが、どちらかというと彼とエターナルの間に敵対関係が元々存在していたのに都合良く巻き込もうとされただけにしか思えない。故に自分を護るために戦ってくれたのだとしても、完全に鴨を護るという私利私欲にしか思えず、感謝の情を抱くこともなかった。見限ることに何の疾しさも覚えはしない。
だがここで、エターナル達へと素直に乗り換えるかというと、それも少し危ういように笹塚は感じていた。
単純に加頭を殺すことに躊躇いを見せていない点も気になるが、むしろ明らかな危険人物を排除することに躊躇うような相手は、この場所では人間性を信用はできてもこの場での協力者として信頼はできない。だがそれだけの決断力のある者達が、何の戦力もないに等しい笹塚を確実に保護してくれるのか、という点が疑問でもあった。
いや、情報が得られる以上、保護はしてくれるだろうが。ここでのこのこと出て行って加頭と決別するとなると、逆上した加頭から猛攻を受ける可能性がある。
その際に彼らは、加頭の同行者だった男を、何の躊躇いもなく護ってくれるだろうか?
エターナル相手では劣勢に追い込まれている加頭だが、笹塚にとっては彼のどんな攻撃でも致命傷となる可能性がある以上、確実な身の安全が保障されないまま迂闊に身を乗り出すわけにはいかなかったのだ。
ではここで加頭が倒されるまでのんびり待つのかというと、明らかにそれはよろしくない。加頭が笹塚を同行させたのはいざという時の、セルメダルのさらなる補充などの保険のためと考えられるからだ。そこで追い詰められた加頭に今度こそ殺されるかもしれないし、それこそエターナル達に敵と認識される可能性もある。
そうなると……自然と導き出される選択肢は、一つとなる。
(……逃げるか)
勘づかれないよう、気配を殺して。
笹塚は外でドンパチやっている連中とは反対方向の出口へと、歩を進めることとした。
○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○
加頭の変身したナスカ・ドーパントは――恐らくは名簿にあった
美樹さやかと思しき少女と、未だ剣戟を交わしていた。
突撃して来る少女をナスカは横薙ぎのナスカブレードで迎え撃つが、少女は左手にスイッチしたサーベルでそれを受け止める。体重と馬力の差に押し切られそうになりながら、その勢いを利用して進行方向を変えつつ、さやかはスピードを殺さないまま虚空から召喚したもう一本のサーベルを、ナスカの脇に突き立てようとする。
それはサイコキネシスを用いて彼女の動きを阻害して回避するものの、威力の下がった念力に締め上げられる前にさやかはバックステップで力場から脱出する。
先程からさやかの繰り返すヒットアンドアウェイ戦法に、ネクロオーバーの再生力を以ってしても未だ回復し切れていないダメージを蓄積させたナスカは翻弄されてしまっている。今はまだ躱せているが、それも長くは続かないだろう。
せめてユニコーンのマキシマムドライブでクリュサオルを落としていなければ、この程度の相手に手を焼くこともなかったろうに――と、ナスカは内心臍を噛む。ネクロオーバーさえも容易く消滅せしめるマキシマムドライブを、辛うじてクオークス能力で威力を減衰させ凌いだナスカだったが、やはりダメージは深刻だった。クリュサオルはその隙に、悠々とエターナルに奪い取られていた。
やがてダメージが全快すれば、どちらも技量より優れた身体能力に依存した剣の扱いである以上、素のスペックで勝るナスカが勝利することはまず間違いない。だがクリュサオルを手に入れさらに攻撃力を高めたエターナルが控えている以上、その事実に安心している余裕はない。
それこそ場合によっては、さやかを仕留め切る前にまたエターナルが介入してくる可能性もある。故に目の前の敵だけでなく――いや、真の敵は変わりないと、ナスカはエターナルへと注意を払い続けていた。
だがそんなナスカに対し、隙を見逃すほどさやかはお人好しではないようであった。
さやかは手にした剣で地面を擦りながらナスカを中心に周回、砂煙を生んで視界を奪おうとする。小細工を、と鬱陶しく思いながらナスカの発動したサイコキネシスが砂塵を吹き散らすが、晴れた視界の三百六十度、そのどこにも少女の姿は見えない。
「――はぁああああっ!」
叫びが聞こえたのは、空気の焦げる音と同じ方向――頭上からだった。
視界を奪った隙に、仮面ライダーやドーパントに匹敵する跳躍力で真上を取ったさやかが、両手の剣を同時に投擲して来ていた。矢のような速度で飛来した刃の勢いを加頭が念動力で相殺し切って、方向転換させてさやかへと撃ち返した頃には彼女は既に着地し、次の一歩を踏み始めていた。
再び直線で肉薄して来る少女の背を、じりじりと彼女自身のサーベルが追い駆ける。新たな剣を具現化させたさやかを迎え撃つべく、ナスカもまた長剣を構える。
さやかの足をあと一歩、止めることができればサーベルが彼女を貫く。そう考えたナスカは、まさにその一歩を刈り取るための一閃を繰り出す。
狙い通り。さやかは歩みを止めつつそれを弾き、ナスカは内心笑みを浮かべる。
「ほう……」
だが同時、静観していたエターナルがそう感心したような声を漏らした。
さやかは歩みを止めたが、動きを完全に止めてはいなかった。二つの切っ先が彼女へと届く寸前に、ナスカの攻撃を弾いた勢いのままで身を沈めながら、さやかはその場で高速反転する。
結果彼女の羽織ったマントが舞い上がり、真っ白い暗幕となってナスカの視界を覆い隠す。
「しま……っ!?」
気づいた時には、さやかが躱したサーベルが、彼女のマント越しにナスカに突き立っていた。
ドーパントの強固な体表は、クオークスのサイコキネシスとはいえ貫き切れない。それでも鋭い切っ先に突かれたナスカが思わず息を詰まらせたその隙に、さやかは軸足を地面から離さないまま、残りのもう半周を一気に振り切る。
「――りゃぁあああああああっ!!」
元々二本の剣で彼女を串刺しとすべくベクトルを設けていた念動力が、さらに衝撃に意識が揺らぎ、いよいよ防壁としての役割を成せなくなったその瞬間。双剣で縫い止められたマントを容易く裂いた遠心力まで乗せた、さやかの渾身の一撃がナスカの横腹を捉えていた。
「――っ!」
ドーパント化し強化された皮膚が貫通され、その奥の強靭な筋肉の束を半ばまで切断する。そこで少女の剣の侵攻は止まったが、フルスイングの衝撃はなおも体格で勝るナスカの身体を弾き飛ばして余りある物だった。
建物から引き離されるように、斬撃の勢いでナスカが投げ出される。とても人の姿をした者の腕力とは思えない一撃に堪え切れず、受け身を失敗して二度三度と情けなく地を転がる。
死後鈍くなった痛感をそれでも殴りつけてくるような一撃に目を回しながらも、追撃を警戒してナスカは身を起こす。焦燥に急かされるまま向けた視線の先では、まるでナスカへの興味などないかのように悠然とした動作で、エターナルがさやかの元へと歩み寄っていた。
「クオークスの能力を突破できないなら、それを利用して突き崩すか」
屈辱に震えるナスカとは対照的に、心なしか嬉しそうな声色で以って、エターナルはさやかに語りかける。
「まぁ、奴が万全の制御力や威力を保っていたらそううまくは行かなかったかもしれない以上、最良とは言えないが……大分マシになって来たな」
「そうやって突破させるために、あんたが先にあいつを弱らせたんじゃなかったの?」
さやかの指摘に、「さあ、どうだろうなぁ」とエターナルは雑にはぐらかした。
――完全に無視され、舐められた形となったナスカは、思わずその屈辱に歯軋りする。
だが事実として、ユニコーンのマキシマムドライブを受けた上、さらにさやかによって蓄積されたダメージが尾を引いていた。身体を起こすことができても、両足で立ち上がるにはもう少しだけ回復に時間が必要だったのだ。そんな死に体のナスカを気に留める必要など彼らにはなかったのだろう。
それでも、再生にメダルを消費しながらナスカのことを忘れてなどいないと言わんばかりにさやかが一瞥して来る。
「――トドメは俺が刺そう」
刃毀れしたサーベルを一新に向き直った彼女を制して、エターナルがクリュサオルを片手に告げた。
それに対しさやかは、不服そうに眉を潜める。
「あんた、こいつのこと倒せって私に言ったじゃない」
「実質倒したようなもんだ。少なくともアレを手にしていたら問題なく奴は倒せている。だが、今のおまえの武器じゃトドメを刺すだけでもなかなかに難しいからな。ここは任せておけ」
「嫌だよ。他人に押し付けて、自分の手を汚さないままだなんてのは。だいたいあんたがアレには頼るなって言ったんじゃんか」
……まぁ、まだ選ばれてないみたいなんだけどさ、などと。消え入るような声で付け足した、甘ちょろいことを語る少女――美樹さやかなどは、レベル3のナスカに到達している冴子からすれば、まるで脅威となり得ないだろう。危険なのはあくまでエターナル、
大道克己だ。
だのに今の加頭は、そんな彼女の敵未満の邪魔者すら排除できない。逆にそんな相手に命を脅かされる体たらくだ。
――実は加頭の苦戦の一因は、彼の同盟相手である
アポロガイストが担っている。
アポロガイストは――加頭が自分の弱みを隠したためであるが、エターナルとユートピアの相性の悪さを知らなかった。そのためアポロガイストは自分をも圧倒する加頭ならば、もしも交戦することになろうとも問題なく切り抜けられるだろうと踏み、エターナルと……彼に付随している、美樹さやかの脅威を過小評価していた。
加頭ほどの男ならば、さやかのような小娘一人、いくら不死に近いゾンビとは言え物の数ではないと彼は判断し、自らの発見したさやかの弱点を教えていなかったのだ。少なくとも通達すべき情報としては、その重要度をディケイドら仮面ライダーの詳細よりも下位と見ていた。
後回しにしたその情報も、何事も知っていて無駄になることはないと聞かされたその直後に、他ならぬ加頭自身が
月影ノブヒコとの関係を追求されぬよう急いで話を切り上げてしまったがため、アポロガイストはとうとうそれを伝えることがないまま別れてしまったのだ。
それでも仮に遭遇したところで、眼前の男ならさやかの下手な戦い方の攻略法など、容易く見抜くものと――悪の幹部らしい慢心と言うべき信頼を、アポロガイストは加頭に寄せていた。
だが彼は、第二次成長期真っ只中の少女の成長力と学習力を、たかが子供と侮り過ぎたのだ。
アポロガイストという強敵との戦闘を経たさやかは、大道克己から手解きを受けることで、アポロガイストが素人だと判断した時点から著しく戦闘技術を上達させていた。無論まだ歴戦の勇士と呼ぶには程遠いが、事前知識のない敵に急所を易々と嗅ぎ取らせることはない程度には、百戦錬磨の傭兵である大道も驚くほどの短期間で防御の術を身に着けていたのだ。
故にナスカはさやかの不死の仕組みを知らず、メダルが尽きて再生できなくなるまで攻める以外の攻略法を選べなかったが故の苦境だった。そして消耗戦となれば、互いに再生し続ける死人とはいえ、より回復力で勝るさやかに対し、マキシマムドライブで削られた後のナスカが遅れを取るのは自然な成り行きであった。
言うなれば――また敵対する可能性が高いためといえば当然だが、己の弱さを晒せなかったがために招いてしまった事態であるが、そのようなことは露とも知らず、加頭はただ自身の力の無さを憎むしかできずにいた。
(これが……こんなものが、私の愛だとでも言うのですかっ!?)
何ら冴子のためとなることをできず、こんなところで無様に一人果てるのが、
加頭順の愛の結末だと言うのか。そんな未来しか掴み取れないような、弱い感情だったと言うのか。
――認められるものか、そんなこと。
「……ならせめて、これを使うと良い。おまえの剣よりは楽に殺れるだろう」
さやかの説得を困難と見たのか、エターナルはクリュサオルをさやかに手渡した。さやかもそれには素直に従い、素っ気ないながらも感謝の言葉と共に加頭から奪った支給品を受け取る。
その握り心地を確かめるように軽く振るい、メダルを消費して光刃を形成した後、さやかは漸う立ち上がろうとするナスカへと歩を進めて来る。
「悪いとは思わないよ」
ナスカの酷い有様を見てか、さやかはほんの少しだけ掻き立てられたのかもしれない罪悪感を打ち消すかのような台詞を口にする。
「あんたをこのままにしておいて、誰かを殺させるわけには行かないんだから」
完全に自己に言い聞かせるだけのさやかの言葉を、ナスカは――加頭は聞いていなかった。
(――ナスカ。私は、私の冴子さんへの想いが……こんな死人どもに刈り取られてしまうような気持ちだとは、決して認めません)
NEVERの耐久と回復力を持つとはいえ、とっくに限界を迎えていてもおかしくない変身を保っているのがその加頭の意地だ。否定させはしない。
(ですが、あなたが冴子さんを求める心は――この窮地に未だ意地を張って、私に力を与えるよりも大道克己の物となる方が良い……などと言う程度の物なのですか?)
相性の悪い者がガイアメモリを使う副作用など、事ここに居たって知ったことか。
せめて、エターナルだけは。大道克己だけは、冴子に牙を剥く前に仕留めなければ……加頭の愛は、加頭自身を許せない。
(私の愛を証明するため……あなたの運命を果たすため。力を貸しなさい――ナスカッ!!)
呼びかけた次の瞬間、自身の中で脈動する力の増大を感じ、加頭は昂ぶりのままに絶叫した。
「ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!」
○○○ ○○○ ○○○ ○○○ ○○○
恐怖からか、無念からか。ナスカ・ドーパントが叫びを上げたのに構わず、さやかは出力を最大にした光剣を、その持ち主だった怪人に振り下ろしていた。
克己が言うには実質倒したような物だという今のナスカなら、これに耐えることはできないだろうと……一瞬後の、切り裂かれたナスカや、変身が解けた加頭の――獣のような魔女とは違う、人間を殺めた後の光景を想像したさやかだったが。
実際に見えたのは、敵手が忽然と消える眺めであった。
「こふっ――!?」
空振ると同時に走ったのは、腹腔に直接響く重い衝撃だ。
視線を下げると、腹から生えた――違う、突き刺さったナスカブレードの刀身と、その下で猛烈な勢いで流れる地面が映った。
本来感じるはずだった皮膚を破られた際の耐え難い熱さは、予め痛覚を遮断していたお陰で味わうことなく済んだものの。不意を衝かれた、常人なら即死の攻撃がさやかを衝撃となって打ちのめし、一瞬ばかりの前後不覚に追い込んだ。
血脈の流れが阻害され、不随意の脱力が引き起こされる。取り零した光刃の柄が地に刺さる前、確かにそれを掴み取った手があるのをさやかは目撃していた。
一拍遅れて浮遊感を認識した時には、既に密着していたナスカに押し切られ、さやかは放物線を描かずに地を滑っていた。
「さやか――っ!?」
まったく彼らしくない、克己――エターナルの、動揺を孕んだ声が聞こえて来る。
「だ、大じょう……っ!?」
大丈夫と。それだけを答えようと上体を起こしたさやかの身体が、いつの間にか背後に周り込んでいたナスカに背中から切り上げられ、再び宙を舞っていた。
その隙に、前から後ろから。やたらめったと、実刃と光刃ですれ違い様に切りつけられる。
――そう、すれ違い様に。
(速いっ!?)
ナスカの動きは、先程までの比ではなかった。
目の前にいると思えば背後へ、後ろを取られたと思えば正面へと。さやかの目には青い霞としか映らない高速移動を繰り返し、胸や喉、時には顔面にも幾度となく太刀を浴びせて来る。
途中、何度か斬撃がソウルジェムに届きそうになったことに、さやかは肝を底冷えさせた。
「――てぇえやっ!」
駆けつけたエターナルがエターナルエッジを振り抜くものの、それもさやかの網膜に残像として捉えられた霞を貫いただけに終わり。ナスカは間一髪でエターナルの攻撃から逃れざま、高速移動を保ったままでさやかにラリアットを叩き込み、再びエターナルとの距離を引き離す。
距離を取ったナスカはそこでようやく超加速を解くと、全身の傷を再生する真っ最中であるさやか目掛け、巨大化させた光剣による一撃を浴びせて来ようとした。
「――ふんっ!」
エターナルは即座に、首の下を覆っていたローブを盾に、斬撃の射線上に割り込んで来る。
そのまま受ければ魔法少女でも死んでいたかもしれない、高威力・広範囲の一閃から自分を救ってくれたエターナルに、さやかは胸を撫で下ろしながら感謝の意を伝えることとした。
「あ、ありがと……って、うぉわあ!?」
そう素直に感謝を伝えようとしたさやかだったが、その瞬間背後からの衝撃に襲われる。
いつの間にか高速移動していたナスカが回り込み、エターナルの防御の死角となる位置からさやかに炎を浴びせて来ていたのだ。
放たれた炎は、やはりユートピアの物より小さいが――先程までよりも、目に見えて勢いを増していた。まるで、ナスカの能力の覚醒に合わせたかのように。
一度火の手が回れば、それが容易に消えることはない。焼かれて行く肉体を魔法少女の治癒力で強引に補うさやかだが、それは大量のメダル消費に結び付く。
「――受け取れ、さやか!」
痛覚を遮断していても、体中の至る所を炎により貪られて行くのに怖気を感じていたさやかだったが、言葉と共に不意に飛来した何かに、柔らかく全身を包み込まれた。
ちゃりん、とセルメダルを消費する感覚と共に、装束や肌を焼いていた炎が鎮火されて行くのに気づき、さやかは自身を包み込もうとする黒い布がエターナルのローブであることを悟る。
投げつけられて来た勢いのまま、自身を簀巻きにしようとするローブに視界まで塞がれる前に、さやかはローブを脱ぎ捨てたエターナルが得物を手に仁王立ちしているのを見た。
「――――それを、待っていましたよ」
そして、次の瞬間。ローブがさやかの視界を遮った直後に、その声は響いた。
「――ハァアアアッ!」
続いてこれまでになく張り詰めたエターナルの――克己の気合の叫びがローブ越しに聞こえ、それを細かく裁断せんとするかのような剣戟の旋律と、電離した大気の弾ける咆哮が連続した。
そのことに、さやかが嫌な予感を覚えたのとまったく時を同じくして――刃と刃が打ち合うのではなく、激しく火花が散り、何かを灼き切る音が耳に突き刺さった。
それからは、ローブを剥ぎ取る一秒を、気が狂いそうになるほど長く感じる静寂が場を支配し――開けた視界の先では、さやかが無敵と信じた存在の崩れ落ちる瞬間が展開されていた。
「っ――克己ぃ!!」
膝を着くエターナルは、背部装甲に大きな裂傷を刻んでいた。真珠色のアーマーを煤に染め、その奥には炭化し、再生の追いつかない大道克己自身の、白い蒸気を上げる傷口を晒している。
その他にも、似たように白煙を燻らせる微細な切り傷を仮面や装甲のそこらかしこに刻んだエターナルは、損耗の度合いを表すかのように肩を上下させ息をしていた。
対照的に、ナスカはその健在を誇示するかのように背部の翼を広げて、その能力で創造した実剣と、前の姿の時から使っていた光子剣の二刀を手に浮遊していた。
「……あいつ、飛べるの?」
超加速に続いて新たに披露された隠し球に、エターナルに合流しようと距離を詰めつつ警戒の念を強めたさやかだったが、敵はそんな様子も目に入らないと言わんばかりに鼻を鳴らした。
「良い様ですねぇ」
先のメモリを壊した時のように、珍しくナスカ――その変身者(ユーザー)は感情をわかり易く表に出した。
「超加速とクリュサオルを手にしたT2ナスカならば……どうやら下克上は叶うようです」
愉悦の滲んだ声の直後に、彼の手にする光刃が長大化する。
「――っ、危ない!」
まだ機敏に動けない様子のエターナルを、彼を狙った一閃から庇うためにさやかは駆け出す。間一髪、と言ったところでエターナルを押し倒すことに成功するが、背後から迫る輝きからは逃げ切れなかった。
背筋に悪寒が走る。しかしその直後にさやかが覚えたのは、危惧した物とは異なる、ローブ越しに軽く撫でられた程度の感触だった。
だがそれでも、確かに大きな喪失感はあった。飛び散るはずだった血肉に代わって、多量のセルメダルがさやかの中から消え去っていたのだ。
「……エターナル以外が持っていても、厄介なのは変わりませんか」
忌々しげにナスカが呟いたのを聞いて、さやかは今更ながらに愕然とした。
何故エターナルが、あれだけ圧倒していたナスカに蹂躙されているのか――その理由が、単にナスカが新たに披露した能力だけに寄るものではないと、漸く思い至ったのだ。
(あ……あたしのせい、で?)
思えばこの戦闘でも、既に何回さやかは彼に救われただろうか。
特にあの、クリュサオルというらしい光の剣が巨大化した時の攻撃。ただの一度防いだだけで、さやかのメダルをごっそり持って行ったあの一撃から、さやかは何度庇われただろうか。
エターナルが誇る、絶対防御のマント。だがそれも当然、セルメダルの消費なしでは効果を発揮することはできなかったのだ。
抜群の戦闘技術や経験を持つ克己だけならば、他にいくらでもメダル消費を抑えた戦い方を選ぶことができたはずだろう。だが彼はさやかを守るために、幾度となくエターナルローブの使用を強いられ、その分だけ余計に多くのメダルを消費することとなっていた。
結果として、先程さやかが発火された際には、最早消火分のメダルを自分では浪費できないほど――もっと正確に言えば、超加速に翻弄されるさやかを守りながらの戦闘を続行できなくなったほどに、エターナルはメダルに余裕がなくなっていたのだ。
最大の防御手段を失っては、いくらエターナルといえども圧倒的な超加速とクリュサオルを用いた二刀流には対処が追いつかなかったがための劣勢であると――本来エターナルローブによって守られていた箇所の、痛々しい傷口を目撃したさやかはそう理解せざるを得なかった。
そもそもエターナルだけで戦闘していたなら、あのコークスクリューパンチの後すぐナスカを仕留めることができていたはずだ。それを自分だけ見ているだけなのは嫌だという、今思えばさやかの自己満足でしかなかった欲望のために、克己に無用なリスクを負わせた結果がこれだ。
全ては足手纏いのさやかのため――自らを『仲間』にしてくれた克己が苦しんでいるのは、全てはさやかの力の無さに起因しているのだという事実に、さやかは打ちのめされていた。
「そんな……」
思わず、間の抜けた声が口から漏れる。
思えばナスカもまた、単純に弱い者から排除するという目論見もあったのだろうが、執拗にさやかを狙い、エターナルに介入させていた。互いに相手のことを知っているのなら、メダルによる制限を見越して、ローブを多用させるための戦法だったのだろうと理解できる。
倒すべき悪に、大切な『仲間』の弱点として利用される。そんな自分を嫌悪していたさやかの頭上から、ナスカの淡々とした声が降ってくる。
「まぁ、良いでしょう……それならますます、先にあなたに死んで貰うだけです」
「待て――!」
さやかの制止など、聞き届けるはずもない。再び超速移動を発動し地上に降り立ったナスカは、ローブの隙間からさやかの細い身体を蹴り上げる。鎖骨がへし折れ、それだけでは止まらなかった勢いに目を回しかけているさやかの横で、ナスカは悠々と超能力でエターナルを引き寄せると、首筋を掴んだまま空高くへと飛翔する。
さやかの跳躍力では決して届かない高度にまで到達したナスカは、さらにエターナルの全身を発火させ、その恒常的なダメージで動きを阻害し、着実に処刑を執行しようとしていた。
「お別れです。……永遠に」
皮肉を込めたナスカがクリュサオルを構え、刀身を眩かせながらエターナルへと直線に突き出した。
「克己――っ!」
「――フッハハハハハハ!」
天を仰いでいたさやかは悲鳴のような声で呼びかけるが、それに対し、未だ炎によって蹂躙され続けているエターナルから返ってきたのは、予想もしなかった哄笑であった。
「やっぱりだ……この殺されそうな瞬間だけ、生きているって錯覚できる。良い気分だぁ……っ!」
魔法少女として、常人よりも遥かに強化されたさやかの視力は、上空の様子も詳らかに認識できていた。
エターナルはその掌の半分を切り裂かれながらもクリュサオルの鍔部分を掴み取ることで、切っ先に仮面を貫かれることを阻止していたのだ。仮面ライダーの装甲すら貫く超兵器を前にして、魔法少女同様の強靭な治癒力と痛みへの耐性を持つNEVERだからこそ、五指の握力も落とさずに実行できる防御法であった。
それでも、どこか悦に入ったようなエターナルの……克己の様子はどこか不気味ではあった。
そんな彼に対する嫌悪や侮蔑を隠そうともせず、ナスカが淡々と呟く。
「……相変わらず薄気味悪いですね、あなた」
「そうツレないこと言うなよ……おまえももうお仲間だろうがぁ?」
「違う……っ!」
空から降ってくる克己の声を否定したのは、それを向けられたナスカではなかった。
今が戦いの真っ只中であることも忘れて、さやかは首を振って声を張り上げていた。
「殺されそうな時だけの、錯覚だとか! あんたはそんな悲しい奴じゃないよ!」
確かに克己は死人であると、彼自身が認めていた。
だが、今克己の吐いたような言葉を、さやかは受け入れたくはなかったのだ。
「あのハーモニカを演奏できるあんたは、そんな……寂しい奴なんかじゃ、ない!」
孤独に荒んでいたさやかの心に、確かな安らぎを与えた克己を。さやかのことを、まだ人間らしい表情ができるじゃないかと言ってくれた克己を、そんなただの異常者のように思いたくない。あの時克己の奏でた音色に感じた優しさは――人間らしいと言われた時に感じた、若干の恥ずかしさを伴ったあの暖かさは、決して夢や幻なんかじゃなかったと信じたいから。
「過去がないなら、せめて明日が欲しいって……! そんな心のあるあんたはまだ、人間なんだってあたしは信じてる! ううん、信じたいの! だからそんなこと言わないで、克己ぃぃぃぃっ!」
「さやか……」
そんな叫びに驚いたのか、彼にしては妙に優しい――きっとそれが、生前の彼の”素”に近いのだろう声色で、エターナルの仮面越しに克己がさやかの名を呟いた。
それはあるいは、さやか自身知らず知らずのうちに拠り所としていたことなのかもしれない。
真実に絶望し、過去に縋っても。過去は過去でしかない以上、不変ではない今に振り回され、少しずつ居場所をなくし追い詰められていくさやかと――初めからさやかのような、縋るべき過去すらない克己とで。懸命に明日を目指し、前だけを見つめ続けている克己の方が、ずっと『今』を生きているように思えていたから。
そんな克己のようになりたいと、きっと密かに思っていたから。そんな彼の口から、生きていることが錯覚だなんて、さやかは聞きたくなかったのだ。
例え肉体としては死人であろうと、化け物であろうと。どれだけ過去に裏切られ、失おうと。いつか来る本当の『死』の瞬間までは、その魂は人間性を捨てずに生きて行くことができるのだと……克己を通して、いつの間にか胸に灯していた小さな希望を、消したくはなかったから。
前を向きさえすれば、誰にだって明日を求めることはできるのだと、信じていたかったから。
「心、ですか……」
そんなさやかの、ワガママとも言うべき訴えに対する意外な応えは、エターナルと力比べを続けるナスカが漏らした独白だった。
「……美樹さやかさんでしたね。あなたの言葉に私、感動しました。
私もNEVERですが……冴子さんへの愛がある限り、自分を人間だと信じていこうと、改めて思えましたよ」
微かながらも、確かに心が篭っていると認識できる感謝を敵対者からぶつけられたことに、そんな場合ではないだろうにさやかは戸惑ってしまっていた。こんな想定外のやり取りもまた、言葉を持たない魔女との戦いにはない経験だった。
「お礼と言ってはなんですが、あなたが人間だと信じる彼が……あなたから見てまだ人間であるうちに、今度こそきちんと死なせてあげましょう」
だが感謝するという言葉とは裏腹に、やはり悪は悪意のまま、他者を害することを宣言する。
その台詞が吐かれたとともに、エターナルを襲う火の手が勢いを増す。それはまるで特大の腫瘍のように膨れ上がって、エターナルの白い姿を己の中へと飲み込んだ。
「うぉおおおおおおおおおっ!?」
「っ、やめろぉ――っ!」
初めて聞く克己の苦鳴に思わず絶叫し、跳躍しながら手にしていたサーベル、さらに生み出した二本目を立て続けに投擲したが、ナスカはさやかを一瞥もしないまま、サイコキネシスで投剣を空に縫い止めた。さらに無防備に宙にあるさやかへと、超能力で反転したサーベルが牙を剥いて襲いかかって来る。
「――くぅっ!?」
何とか具現化を間に合わせた三本目の剣で、造反した二本の刃に貫かれることを防いださやかだったが、その間に炎の勢いに押されたエターナルの抵抗が弱まり、いよいよ光の切っ先によってその頭部が差し貫かれるまでの、秒読みに入ってしまっていた。
(だめ……っ!)
成す術もなく落下しながら、さやかの心をそんな否定の感情が塗り潰した。
克己が死んでしまう。さやかが弱いから。安全なところで見学して、マミを一人で戦わせて死なせた、卑怯な頃の自分と変わらないから。
(そんなの、もう嫌――っ!)
恭介にまた、大好きな音楽をして欲しかったからという願いもあった。だけどそれだけじゃなかったはずだ、さやかが魔法少女になりたいと願ったのは。マミが命を懸けて守った街を、
暁美ほむらのような身勝手な魔法少女の縄張りにされ、穢されたくないと思ったはずだ。
何よりその日のうちにまどかの危機を知った時、自分の中にあった願いは、欲望は、決してキュゥべぇとの契約の代価を果たさなければなどという感情だけではなかったはずだ。
今度こそ――友達を助けられる力が欲しいと、そう願ってキュゥべぇと契約したはずなのだ。
だったらもっと、力が――今また目の前で死んでしまいそうな、さやかに希望をくれた大事な『仲間』を救えるだけの力が……力が、欲しい――っ!
――――そんな彼女の欲望に、応える輝きがあった。
「――何っ!?」
後一秒足らずでエターナルを串刺しにし、克己をただの首なし死体と化すはずだったナスカが、拘束していた敵の身体を投げ出しながら、そんな驚愕の声を上げた。
何故なら――突如飛来した青色の流星が、弾丸の如き勢いでナスカに突き刺さり、自身よりも遥かに大きなその身体を殴り飛ばしていたのだから!
さやかは地面に叩きつけられたが、メダル一枚分ぐらいの消費と引き換えに、そのダメージをエターナルローブが引き受けてくれた。続いて未だ燃え続けながら落下しているエターナルの元へと、さやかは無我夢中で起き上がり駆け寄る。
そのままでは到底受け止めきれなかっただろうエターナルの身体を、消化ついでにローブを使って受け止める。激突自体がさやかに害を及ぼし得ると判断したらしいエターナルローブはきちんとその運動エネルギーを無効化し、エターナルの物理量を何とか魔法少女が支えきれる程度にまで落としてくれた。
「さやかか……」
さやかが自分の首輪から、十五枚ほどセルメダルをエターナルへと譲渡していると、ほんの数分前までは想像もできなかった、克己の憔悴した声が聞こえて来た。
「……助かった」
そんな、彼らしくない素直な感謝の表明に――今度は仲間を救えたのだ、という感慨に一瞬息を詰まらせながらも、さやかは首を横に振った。
「助けたのは、あたしじゃないよ」
答えた後、エターナルを横たえながら視線を上げたさやかは、恩人というべき闖入者の姿を捉え、微かに目を見開いた。
「……ガタック、ゼクター」
それは説明書で見た、さやかに支給されたライダーシステムの根幹を成す存在。青い金属製の体躯を持った、機械仕掛けのクワガタムシ。
ガタックゼクターはその呼び名に答えるように、頭部を上下にして頷くようなジェスチャーを見せていた。
このメカに聞きたいことは色々あったが、今はそんなのんびりした場合ではないと、嫌が応でも思い出させる声が漏れてきた。
「絶好のチャンスを……私、ショックです」
ガタックゼクターの突進により、猛烈な勢いで地面に叩き落とされていながらも、未だ戦闘可能だと言わんばかりに立ち上がるナスカを視界に収め、さやかの中の焦りが再燃する。
同時に、目の前に現れたメカに対して抱いた希望もまた、それによって一層輝きを強くする。
「ガタックゼクター……あたしに力を、貸してくれる?」
さやかの問いかけに対し、ガタックゼクターはさやかとは見当違いの方向へと飛翔する。
だがそれは、拒絶ではなかった。
ナスカとの戦いの邪魔になると、手放しておいたさやかのデイバック。ガタックゼクターはその中から銀色のベルトを引っ張り出して、それをさやかの下に運んでくる。
「させません」
「――おっと!?」
その邪魔をしようと加速したナスカに対し、それまでまるで戦闘不能の死体であるかのように横たわっていたエターナルが突如として起き上がった。無警戒に接近していたところに鋭いナイフの一閃で脇腹を切り裂かれ、ナスカが傷口を抑えながら思わずといった様子で飛び退る。
「なっ……超加速に、当てた……っ?」
「悪いな。もう目が慣れたよ」
嘯きながら、エターナルは再びローブを纏って完全な姿へと戻っていた。
「くっ……ならば美樹さやかを……!」
「バカが」
一転追い詰められたかのように歯軋りするナスカに対し、わかってないなと言わんばかりに、愉快そうにエターナルが嘲笑を浮かべる。
「あいつはもう弱点じゃない」
そんな克己の言葉に、さやかはどこかくすぐったい気持ちになりながら、ガタックゼクターから渡されたライダーベルトを、自身のソウルジェムに重ねるようにして身に纏っていた。
そう――エターナルが再びローブを装備したのは。ナスカには理解できなかったようだが、彼はもう、余計なハンデを気にする必要がなくなったということを意味しているのだ。
「あいつが今の俺達の、切り札だ」
ナスカに向け、右親指を下に突き立てる克己の、そんな宣言を受けて――ガタックゼクターを手にしたさやかは、克己がエターナルに変身する時のように――戦士へと変わることを示す言葉を、その口で紡いでいた。
「変身っ!」
《――HEN-SHIN――》
さやかの決意を認めるように、ベルトに挿されたガタックゼクターが、その言葉を追唱した。
最終更新:2012年12月25日 19:52