怠惰 ――Sloth――(前編) ◆ew5bR2RQj.



――――怠惰。

キリスト教における「七つの大罪」の一つ。

怠ける事、だらしがない事。


そして、先延ばしにする事。


  ○ ○ ○


「そんな……仁美ちゃんと杏子ちゃんが……」

定期放送が終わり、最初に声を上げたのは鹿目まどかだった。
傍では巴マミも暗い顔をしながら立ち尽くしている。
志筑仁美佐倉杏子
彼女達の友人である二人の死が宣告されたのだ。

「そうか、佐倉杏子が死んだんだね、彼女のような手練の魔法少女が脱落したのは痛い損失だ」

感情が篭っておらず、抑揚のない声調。
言葉を紡いだのはキュゥべえ――――否、インキュベーター。
彼らにとって魔法少女は消耗品でしかない。
杏子との付き合いが長かったからといって、感傷を抱くことは無いのだ。

「あなたは……ホントにッ!」

悲愴から一転、怒りを顕にするまどか。
穏やかな彼女には似合わない感情。
インキュベーターに感情が無いことは知っていたが、それでも怒りを覚えずにいられなかったのだ。
放送が始まる直前、唐突に姿を現したインキュベーター。
彼に言いたいことは山ほどあったが、放送を聞き逃すわけにはいかない。
だから放送を優先し、インキュベーターの対処を保留にしたのだ。

ガメル……」

一方で映司は自らの罪を突き付けられる。
グリードであるガメルを殺害したこと自体に罪悪感はない。
しかし、彼の死を悲しんだ少女が居た。
それは確固たる事実として、彼の心の中に根付いている。
そして、懸念材料がもう一つ。
放送で「アンク」の名前が呼ばれたこと。
死亡したのは、どちらのアンクだったのか。
今の放送では、どちらが脱落したか分からない。
もう一人のアンクの性格を考えれば、早急に脱落していることが望ましいだろう。
かと言って、今はアンクと顔を合わせたくない。
先の戦いで暴走したこともあり、映司の覚悟は更に揺らぎつつあった。

鹿目まどか、巴マミ、火野映司
定時放送により齎された情報で、三者三様の悩みに頭を唸らせる。
その、最中。

「嘘、だろ……?」

桜井智樹の腕から、バサッとデイパックが落ちた。

「そはらとアストレアが死んだ? ハハッ、あのオッサン、なに言ってんだよ、バカじゃねーの」

ぽかんと口を開きながら、智樹は目を見開く。
手を震わせながら呆然と立ち尽くし、乾いた笑いを口にする。

「残念だけれど、この放送に嘘はないよ」
「そ、そんなはずはねぇ、だってそうだろ、あいつらが死ぬわけがないじゃん」

淡々とした声色のインキュベーターに対し、智樹は早口で捲し立てる。
信じられない現実に直面し、必死で目を背けているようだ。
見月そはらやアストレアが死んでしまったことが、智樹には信じられなかった。
彼女達が簡単に死ぬとは思えなかったし、それに殺し合いに関してもいまいち現実感を抱いていない。
殺し合いが始まってから六時間。
彼がしてきたことと言えば、エロ本を読むか、マミやまどかの胸を見ていたくらい。
龍騎に変身して戦いはしたが、すぐに変身を解いた。
最初に犠牲になった二人以外、一度も死体を見ていない。
殺し合いの渦中にいながら、彼はどこか上の空であった。。

「そうだ……そはらちゃん! いつの間にか居なくなってて……私がもっとしっかりしていれば……」

そはらの名を聞き、まどかは落胆の色を濃くする。
短い時間ではあるが、彼女も「そはら」と顔を合わせていたのだ。
――――実際は「そはら」の名を騙った別人なのだが。

「やめろよ! そんなの……そんなのあいつがホントに死んだみたいじゃねえか!」

大声を張り上げ、まどかの襟首を掴む智樹。
突然の蛮行に抵抗する間もなく、恐怖と驚愕が入り混じった表情を浮かべるまどか。
一触即発の空気が、場を支配する。

「智樹君、やめるんだ」

数秒の沈黙を経て、声を上げたのは一番の年長者でもある映司。
智樹の腕を抑え、まどかの襟首から手を引き剥がす。

「でも、あいつらが死ぬわけが――――!」
「目を背けたくなるのは分かるよ、でも事実なんだ」

何処までも残酷な答え。
そはらとアストレアが、もうこの世にいない。
真剣味のあるその声は、嫌でもそれを実感させる。
智樹は肩を落とし、へなへなとその場に座り込んだ。

「……智樹君」

崩れ落ちた智樹を心配そうに見下ろすまどかとマミ。
再び沈黙が訪れる。

「ごめん」

ゆっくりと立ち上がり、背を向ける智樹。

「ううん、こっちこそごめんね」
「まどかが謝ることじゃねえよ、それよりも……ちょっと一人にさせてくれ」

そう告げた智樹は、返事を聞くこともなくメインルームを後にした。


  ○ ○ ○


「本当に何も知らないんだな?」

智樹が出て行ってから一時間以上が経過したメインルーム。
彼のことは心配だったが、今は一人で気持ちを整理する時間だ。
殺し合いはまだ終わっていない。
不安定な精神状態で挑めば、今度は彼自身の命が失われてしまう。
そう判断して、まどか達は智樹を追い掛けなかった。

それに今の彼らにはやるべき事がある。

「だから何度も言ってるじゃないか、あくまで僕はこの周辺の監視を任されているだけなんだ」

映司の質問に対し、呆れ混じりに答えるキュゥべえ。
放送が始まったことで保留になっていたが、映司達は彼への尋問を行なっていた。

「ホントなの、インキュベーター?」
「はぁ、君もしつこいね、それにその呼び方もやめてくれないかな?」

まどかが刺のある尋ね方をする理由は、彼女の参戦時期にあった。
今の彼女は魔法少女システムの全てを知っている。
ソウルジェムの秘密、魔女の生まれ方――――キュゥべえの本性。
自分達を騙すような形で契約を交わした彼に対し、彼女は少なからず怒りを抱いているのだ。

「今の僕達は送信機みたいなものなんだ。此方から情報を送ることはできても、向こうから情報を受け取ることはできないのさ」

キュゥべえの説明によると、彼らは地図上の各施設に一匹ずつ配置されているらしい。
その仕事は参加者の監視。
彼らが直に参加者を「視る」ことで、本部にいる個体がその情報を集める。
インキュベーターの特性を理解した効率のいい仕組みだろう。
しかし、普段の彼らとは違うところがいくつかある。
その一つが、他の個体との繋がりが断絶されていること。
他の施設にいる個体と情報を共有することはできないし、本部にいる個体からも情報は送信されない。
彼らの言葉を使うなら、送信機専用の個体なのだ。

「キュゥべえは本当に何も知らないんじゃないかしら」
「油断しちゃ駄目ですよ。インキュベーターは聞かれなかったことは絶対に答えませんから」

契約に際し、彼らが嘘を吐くことはない。
その代わり、大事な情報も言わない。
自らが不利になる真実は隠し、都合のいい希望だけを振りまくのだ。

「うーん、もしキュゥべえが本当に何かを知っていたとしても、今は答えないんじゃないかな」

頭を捻りながら映司は言う。
これ以上の問答が不毛と判断したのか、彼もまどかを窘める側に回ったようだ。

「……そうみたいですね」

尻尾を枕にして寝そべるキュゥべえを見下ろし、まどかは眉を顰める。
武器を翳して脅迫することを考えたが、無限のバックアップを持つ彼らには然程効果がない。
そもそもいくらキュゥべえと言えど、脅迫などという残酷な手段は取りたくなかった。

「でもその代わり、このインキュベーターは連れ歩くことにします」

何か情報を知っているのなら、彼を連れ歩く価値はあるだろう。
そう判断し、まどかはキュゥべえを抱き抱える。

「あなたのこと、許したわけじゃないからね」
「そうか、それは残念だよ」
「そうやって何でもないことのように言って! マミさんからも何か言ってやってください!」

まどかの怒りも何処吹く風と言うように、キュゥべえが態度を崩すことはない。
その態度が、余計に怒りを助長させる。

「ごめんなさい鹿目さん。ずっとキュゥべえと一緒だったから、騙されてるって分かっても実感が沸かないの」

だが、マミはキュゥべえを責めなかった。
困ったようにはにかみ、申し訳なさそうに告げる。

「もう、マミさんったら……」

煮え切らないマミの態度に、まどかは深く溜息を吐く。
この優しさが彼女の美点であるが、今だけは少々恨めしさを覚えざるを得なかった。

「でも、契約は駄目よ」
「それなんだけど……今は契約を交わすことができなくなっているみたいなんだ。だから安心してよ、僕としては不服なんだけどね」

彼の言葉を聞き、まどかはふと疑問に思う。
異世界や時間軸の歪曲、それにインキュベーターの改変。
この殺し合いの主催者は、一体どれほどの力を持っているのだろうか。
想像も及ばない力の大きさに、彼女は改めて恐怖を覚える。

ちょうど、そんなタイミングだった。

外から耳を劈くような爆音が轟き。
遅れるように、大きな衝突音が響いたのは。

「なに、今の音……?」

唐突に鳴り響いた轟音に、まどかは恐怖心を抱く。
ディケイドやメズールのような危険人物が近づいてきたのだろうか。
マミや映司に視線を移すと、同様に険しげな表情を浮かべている。

「……行きましょう」

最初に立ち上がったのはマミ。

「もし誰かが襲われていたら助けないといけないし、それにもし危ない人でもここに入ってくるわ」

彼女達が根城にしているキャッスルドランは非常に目立つ建物だ。
地図上にも明記されているため、誰かが侵入してくる可能性は高い。
もし室内で戦闘になった場合、自衛手段のない智樹に被害が及ぶこともあるだろう。

「まどかちゃん、マミちゃん、危ないと思ったら逃げてね」

オーズドライバーを腰に装着し、窓の下を見下ろす映司。
死角になっているのか、そこから何が起きたのか把握することはできない。

「分かりました」

覚悟を決め、まどかも立ち上がる。
メインルームの扉を開け、長く続く廊下へと足を踏み入れる三人。
そうして智樹が向かった先を一瞥し、彼女達はキャッスルドランの出口へと向かった。


  ○ ○ ○


「これは……交通事故?」

キャッスルドランの扉を開き、真っ先に飛び込んできたのはタイヤ痕。
擦り付けたように黒々と刻まれたタイヤ痕は、舗装されたコンクリートの東側へと続いている。
それを目で追うと、終着点で一台のライドベンダーが横転していた。

「人が!」

そして、ライドベンダーの向こう側に倒れている男が一人。
衣服に血が滲んでおり、遠目からでも重症であることが分かる。
彼がライドベンダーの運転手だったのだろう。
道路に刻まれたタイヤ痕の濃さから、相当速度を出していたことは想像に容易い。
先程の爆音の正体はエンジン音であり、衝突音はライドベンダーが横転した音だろう。
危険人物かと警戒したが、交通事故とあっては話は変わる。
まどか達は一目散に倒れている男へと近付いた。

「だ、大丈夫ですか!?」

油の臭気が鼻を突く。
接近することで、改めて男の惨状が伝わってきた。
全身のあらゆる箇所に赤黒い傷が散見し、血に塗れていない箇所などない。
胸部の損傷は特に酷く、確実に肋骨は折れているだろう。
首から上も血だらけであり、鮮やかな黄とピンクで染められていたであろう髪は血に濡れていた。

「うぅ……痛ぇ……」

辛うじて息はあるようで、男は呻き声を上げている。
だが、一刻も早く治療を施す必要があるだろう。

「すぐに治癒魔法を掛けます! 鹿目さんも手伝って!」

ソウルジェムを取り出すと、マミは負傷した男に翳す。
彼女に続くように、まどかもソウルジェムを取り出した。

「待って」

しかし、映司がそれを止める。

「この人……ジェイク・マルチネスだ」

紙束と男の顔を見比べながら、映司は険しい声で言う。
まどかとマミが慌てて顔を覗きこむと、男の顔に錠のような刺青が刻まれていた。
映司が持っている紙束はガメルが遺した詳細名簿。
参加者のパーソナルデータと初期位置が記された代物である。
キュゥべえの尋問をしている間、並行してこれの検分も行なっていた。
その際に目に付いたのが、目の前で転がっている男――――ジェイク・マルチネス。
特徴的な風貌と危険過ぎる経歴から、彼らの記憶に留まっていたのである。

「あんなにスピードを出していたのも、悪さをして誰かに追い掛けられていたからじゃないかな」

持ち前の目敏さで、冷静に状況を解析していく映司。
彼が言葉を発する毎に、ジェイクの顔が露骨に歪んでいく。

「ジェイクさん、どうして貴方が急いでいたのか教えて下さい、そしたら――――」
「ごちゃごちゃウゼぇんだよ糞餓鬼がぁ! うだうだ言ってねぇでとっとと俺様の治療しやがれ!」

罵声と共に指先から紫色の光線を放つジェイク。
光線は映司の持つ紙束を正確に撃ち抜き、瞬く間に炎上させた。

「うわっ!」
「火野さん!!」

炎上する紙束に気を取られている内に、ジェイクは素早く距離を取る。
両者の間にある距離はおよそ三メートル。
まどか達は気付いていないが、ジェイクは先程の交通事故による負傷は一切ない。
地面に激突する直前、バリアを張ることで難を逃れていた。

「鹿目さん!」
「分かりました!」

まどかとマミは同時にソウルジェムを輝かせ、少女から魔法少女へと姿を変える。
流れ作業だったため詳細まで覚えてないが、詳細名簿にはジェイクが大罪を犯した犯罪者であると記されていた。
おそらくこの場でも殺戮を行なってきたのだろう。
人間相手に魔法を行使するのは避けたかったが、取り逃がせば新たな犠牲者が生まれるかもしれない。
相手を無力化する必要があった。

「俺も戦うよ」

そして、映司もまどかの横に並ぶ。
オーズドライバーの両端の窪みに赤と緑をメダルを差し込み、最後に黄のメダルを中央に装填。
バックルを斜めに傾け、右腰に装着された円形の機械――――オースキャナーを手に取った。
これで横一列に並んだメダルを読み込むことで、仮面ライダーオーズに変身することができる。

「変――」

腕を交差させ、次々とメダルを読み込んでいく。

赤――――タカ。
黄――――トラ。

だが、最後のバッタメダルを読み込むところで映司の手が止まった。

「火野さん?」

隣にいたまどかが訝しげな目で映司を見上げる。
そうして、彼女は気付いてしまった。
オースキャナーを握る映司の手が、僅かに震えていたことに。

「俺は――――」

幼さの中にも凛々しさを醸し出していた映司。
しかし、今の映司には凛々しさが無い。
恐怖に怯えるような顔は、母の説教に怯える幼子のようだった。

「オラアアアアアァァァァァァァァァァァ――――――――ッ!!」

三人の間に生じた一抹の隙。
それを見逃すほど、ジェイクはお人好しではなかった。
怒声を上げながら、全速力で疾走。
その迫力に気圧された三人は初動が遅れ、三メートルの距離はあっという間に消え去ってしまう。
映司の腰からオーズドライバーを、右手からオースキャナーを剥ぎ取るジェイク。
去り際に足元を光線で撃ち抜き、三人から距離を取った。

「ベルトが!」
「火野さん、捕まって!」

急速に膨張していくコンクリート。
熱を伴った道路は破裂し、破片が周囲へと飛び散る。
まどか達は咄嗟に横に飛ぶことで、コンクリートの破裂から逃れていた。

「ギャハハハハハ!! ざまぁねぇなぁ! ヒーローさんよぉ!」

オーズドライバーを腰に巻き、オースキャナーを構えるジェイク。

「どうしよう、このままじゃあの人がオーズに変身しちゃう」
「大丈夫、オーズに変身できるのは俺だけ――――」

過去にアンクから聞いた言葉。
今の時代でオーズに変身できるのは、封印を解いた映司だけらしい。
故にジェイクに変身されることはない。

映司は、そう思っていた。

「な……」

映司の表情が驚愕に歪む。


――――タカ! トラ!! バッタ!!!


オースキャナーが装填された三つのメダルを読み込み、軽快な歌声を奏でる。


――――タ・トバ! タトバ! タ・ト・バ!!


ジェイクの正面に三色の円が出現し、重なりあって一つの紋章となる。
それは彼の胸に取り付くと、全身を別の姿へと変貌させた。
黒を基調としたスーツを、派手な色合いの装甲が包んでいく。
鷹の頭、虎の身体、飛蝗の脚。
上から順に赤、黄、緑の色が印象的な戦士。
仮面ライダーオーズ・タトバコンボだ。

「お~、これが最新のヒーロースーツか? なかなかスゲェじゃねーか」

満足そうに声を弾ませながら、オーズは自分自身を見回す。
実際はヒーロースーツでは無いのだが、そんなことは彼にとって些末事だ。

「そんな……オーズに変身できるのは俺だけのはずじゃ……」

一方で目の前の光景に動揺を隠せない映司。
実際に対面しても、自分以外がオーズに変身したことが信じることができなかったのだ。

――――この殺し合いを開催するに際し、真木清人は様々な支給品に細工を加えた。
例えば、ファイズのベルト。
オルフェノク以外は変身できない代物だったが、調整することで人間による変身を可能にした。
例えば、紫のメダル。
コアメダルを破壊できる性能を危惧したのか、暴走の危険性を上昇させた。
オーズドライバーに関してもそうだ。
映司のみが変身できるのを不公平と判断したのか、他の参加者でも使用できるように調整されていた。
無論、相応のメダルは要求されるのだが。

「火野さんは下がっててください!」
「一応、キュゥべえも!」

出来ることなら傷つけずに捕縛したかったところだが、オーズに変身したとなれば話は変わってくる。
相手はガメルを殺害し、多くの仮面ライダーを相手に立ち回った戦士だ。
本気で挑まなければ、自分達の命が危険に曝される。
自衛手段のない映司とキュゥべえを避難させ、まどかとマミは左右に別れた。

「とりあえず逃げられないようにしないと……」

ジェイクが交通事故に遭ったのは、おそらくバイクで全速力を出していたからだ。
誰かから逃げていたのか、何らかの目的地があったのか。
理由は分からないが、彼がここで足踏みしている暇がないのは事実だ。
オーズの力を持ち逃げされれば、より多くの被害が出てしまう。
故にここから逃亡されないように立ち回る必要があった。

「降り注げ、天上の矢!」

まどかの手に出現したのは、木の枝を連想させる弓。
頂点の花弁が開くと同時に大量の矢が装填され、一斉に上空へと解き放たれていく。
着弾点はオーズ本人を含んだ道路の東側。
これで道を塞ぐことで、逃亡を阻止することを狙ったのだ。

「はぁ~ん、なるほどねェ」

強化された脚力で矢から逃れながら、嫌らしく笑うオーズ。
その彼の足元が黄色く光り、大量のリボンが芽吹くように地面から現れる。
これはマミの魔法。
リボンで雁字搦めにすることで、オーズの無力化を図ったのだ。

「ハハッ! 無駄無駄ァ~!」

出現したリボンが両断される。
いつの間にかオーズの手には、華美な装飾の施された剣が握られていた。
魔皇剣・ザンバットソードだ。

「くらえ!」

マミの魔法の隙を縫うように、まどかが正面から光の矢を放つ。
先程と違って本数はないが、速い。
量よりも質を伴った矢は雷の如く宙を駆け、紫色の障壁に阻まれて消滅した。
これこそがジェイクに与えられたNEXTの一つ。
読心力はニンフに奪われたが、バリアーは健在なのである。

「お前らもしかして、ここから俺が逃げると思ってんのかぁ~?」

まどかの視線の先で、オーズがけらけらと笑う。
彼女はかつて映司が変身するオーズを見ているが、今のオーズはまるで別の存在だと思った。
まどかから大切な存在を奪った映司だが、それも彼なりの正義に準じた結果だ。
未だに蟠りはあるが、それでも映司が良い人であるのは分かる。
しかし、ジェイクは違う。
彼はディケイドと同様、平然と誰かを傷つけることができる人間だ。
自分達が止めなければ、罪のない人々に危害が及んでしまう。

「安心しろよ、俺は逃げねぇ。テメーらに用が出来たからな」

クククッと笑いながら、オーズはまどかとマミに人差し指を突き付ける。

「テメーらは治癒能力を持ってるんだろ? だったら俺様のために使えよォ~
 ……まっ、そう言っても使わねぇだろうな
 だったら……もうこうするしかねぇよなぁ!?」

人差し指の先端に紫光が集合し、それが一メートル程の薄い円状に広がっていく。

「この力でテメーらをボコボコにして服従させてやるぜぇッ! ギャハハハハハハハハハハハハハハハ!! たまんねぇなァ!!」

下品な笑い声と共に、円形から大量の光線が発射された。


  ○ ○ ○


時間は一時間ほど遡る。
メインルームを出た智樹は、男子トイレの個室に篭っていた。
何故、トイレなんだと言う者もいるだろう。
決して適当に場所を選んだわけではない。
トイレという空間は、彼にとって意義のある場所だった。

ある夜の日、彼の下には一体の未確認生物(エンジェロイド)が舞い降りた。
気が付いたら自らの手に鎖が巻かれていて、その先は未確認生物が嵌める首輪に繋がっていた。
ピンク色の綺麗な髪に、何を考えているのか分からない顔、たわわと実ったおっぱい。

そして、天空まで届きそうな純白の翼。

名前はイカロスと言った。

何だかんだでイカロスと暮らすようになってから、智樹の生活は激変した。
元々慌ただしい日常であったが、より過激さを増したのだ。
無駄な高スペックと非常識さを併せ持つイカロスは、息をするように次々と問題を起こす。
家が破壊されることは日常茶飯事、世界が滅亡しかけたこともあった。
その度に説教したが、イカロスの奇行は止まらない。
やがて彼の日常には学校一の変人と呼ばれる先輩に、極道(セレブ)な実家を持つ生徒会長が加わる。
そこに殺人チョップを繰り出す幼馴染が混ざれば、もう平凡な日常など訪れないだろう。

だが、変化はこれだけでは終わらない。

いつの間にか未確認生物は増えていたのだ。
貧乳でちんちくりんのニンフに、爆乳だけど馬鹿のアストレア。
未確認生物が三人になったことで、彼の日常を取り巻く破茶目茶っぷりも三倍――――いや、それ以上に上がっていた。
智樹の家は彼らの集合所のようになり、人の出入りがない日は無くなった。
ハッキリ言って、鬱陶しいと思うこともあった。

そんな彼にとって、唯一落ち着けた場所がトイレだ。
用を足すという特性上、ここに誰かが侵入してくることはない。
鍵を掛けてしまえば、まさに堅牢な城である。
彼にとって、トイレとは最後の聖域なのだ。
――――最も未確認生物達は持ち前の握力で扉を抉じ開けて入ってきてしまうのだが。

薄暗いトイレの個室。
ズボンも降ろさないまま洋式便器に腰掛け、智樹は頭を垂れている。

「嘘だ……」

消え入るほどに小さな声。
トイレの壁に反響した声は、薄闇に溶けて消える。
聞き届ける者はただ一人。
声を発した本人である智樹だけだ。

「あいつらが……死ぬわけがねぇ……」

それでも彼は呟き続ける。
狭い個室を埋めるように、ひたすら呟き続ける。

そはらとアストレアが死んだ。
彼の日常を織り成していた大事な二人がもうこの世にいない。
そんなこと、信じられるわけがない。
真木清人とかいう気味の悪いオッサンが嘘を吐いたに決まっている。
エンジェロイドの耐久力は言うまでもないし、そはらも人智を超えた殺人チョップを繰り出す女だ。
彼女達が生半可なことで死ぬわけがない。
いや、そもそも彼女達がいれば、殺し合いなんてすぐに潰してしまうだろう。
イカロスやアストレアは強いから、ディケイドやルナティックのような悪い奴を蹴散らしてくれるはずだ。
ニンフは機械に強いから、あっという間に首輪を外してくれるだろう。
もしかしたら、そはらのチョップで首輪を切断できるかもしれない。
ここには居ない先輩や会長が、知力や武力を用いて真木清人を制圧してくれる可能性だってある。
自分達に掛かれば、こんな殺し合いは簡単に『終末』を迎える。
誰一人欠けることなく、誰一人傷つくことのない、最高のハッピーエンドを掴み取れるはずなのだ。

「そうだよ……」

こうやってトイレに篭っていたら、いつものようにアストレアが扉を抉じ開けてくる。
怒って説教をするが、彼女は「ごはんごはんー!」と要求ばかりして聞く耳を持たない。
そうしているうちにそはらが現れ、下半身丸出しの彼を見て悲鳴を上げる。
一切の非が無いのに「トモちゃんのバカーッ!」とか言って、殺人チョップを繰り出してくるのだろう。

ああ、そうだ。
さっきは鬱陶しいと言ったけれども、こんな日常が嫌いじゃなかった。
いや、嫌いなんてものじゃない。
イカロスが、ニンフが、アストレアが、そはらが、先輩が、会長がいる日常。
波乱に富んでいて、平和と呼べる日が無い日常。
若干鬱陶しいと思うこともあったけど、それすらも嫌いになれない。

桜井智樹は、今の日常が好きだった。
日常を織り成す彼女達のことが、狂おしいほどに好きだった。

「……早く、来いよ」

だが、扉は開かない。
トイレの内部は静寂に包まれ、呟いた声は闇の中で霧散する。
それでも智樹は待ち続けた。
背中から翼を生やした未確認生物達が扉を抉じ開けて来るのを。

五分経ち、十分経ち、二十分経ち、三十分経ち。

扉は、開かない。
扉が、開くことはない。

それでもひたすら待ち続けて、およそ一時間以上が経過した頃に例の爆音が鳴り響いた。

「……なんだ?」

朦朧とする意識の中、ぼんやりとした思考で智樹はそれを聞く。
最初は理解が追い付かなかったが、しばらくするうちに一つの仮説に辿り着いた。

――――あれはイカロス達なんじゃないか?

彼女達が持ち込んでくるトラブルには、大きな音が伴うものが多かった。
原理は分からないけどとにかく強い兵器に、言語を失ってしまうほどに音痴な歌声。
イカロス達が、外にいるのではないか?
その考えに至った瞬間、智樹はトイレを飛び出していた。


  ○ ○ ○


舞台は戻って、キャッスルドランの正面道路。
火野映司とキュゥべえが見守る中、二人の魔法少女と一人の仮面ライダーが激闘を繰り広げていた。

「ティロ・ボレー!」

マミの周囲を浮遊する四本のマスケット銃が同時に火を吹く。
火薬により推進力を得た弾丸は、ジェイク・マルチネス――――仮面ライダーオーズに向かって一直線に駆けた。
オーズは強靭な脚力を用いて跳躍。
弾丸は彼の足元を通過し、あらぬ方向へと飛んでいく。
だが、マミは次の手を打っていた。
使用済みのマスケット銃を一丁手に取り、銃身を握り締める。
それをバットのように振り回すことで、宙に浮いていた残り三つのマスケット銃を打ち飛ばしたのだ。
空中にいる以上、それを回避する手段はない。
オーズはザンバットソードを振り被り、迫り来るマスケット銃を両断しようとする。

しようとして、腕が止まる。

打ち飛ばされたマスケット銃が、突如大量のリボンへと姿を変えたのだ。
抵抗できないまま黄のリボンに絡め取られるオーズ。
脱出しようと藻掻くが、彼の右手を桃色の矢が撃ち抜いた。

「ギャアアアァァァァァ――――ッ!! いっでえええええぇぇッ!!」

甲高い悲鳴と同時に、カランと金属音が鳴る。
彼の手からザンバットソードが離れ、地面へと落下したのだ。

魔法少女と仮面ライダーオーズの戦い。
まどかは苦戦すると考えていたが、予想を下回る展開を迎えていた。

オーズが余りにも弱すぎるのだ。

「クソッ! クソォッ! あのメスガキに能力さえ消されてなけりゃ、テメェらの攻撃なんか読めるのによォ!」
「やっぱり貴方、心を読む力を失っているのね」
「あっ……!」

オーズの叫びを聞き、マミは意地悪く笑う。
辛うじて地面に着していたオーズは、しまったと言うように間抜けな声を上げた。

オーズ――――ジェイク・マルチネスが圧倒されている理由。
今までの戦闘による負傷や、虎徹やニンフに対する憎悪で冷静さを失っていること。
オーズの力をまるで使い熟せていない等が挙げられる。
しかし、一番の理由は読心力を封じられていることだった。
二つのNEXT能力を授けられたジェイク。
自らが神に選ばれた人間だと信じ、幼少の頃よりこの能力に頼ってきた。
逆に言えば、今までの人生を読心力に依存していたとも言える。
戦闘から交渉に至るまで、ありとあらゆる場面で彼は読心力を活用していた。
自分で考えることを放棄し、読心力で全てを解決してきたのだ。

そんな彼が読心力を失えばどうなるのか?

考えることを放棄してきた人間が、突然物事を考えられるわけがない。
読心力を失った今、彼の思考力は誰よりも劣っている。
今までの怠惰による代償を、この場で支払わされているのだ。

「それは火野さんのベルトよ、返しなさい」
「黙れこの売女がぁ! テメェらなんか陵辱した後で売春宿に売り飛ばしてやる!」
「……ホントに下品な人」

リボンを強引に引き千切ったオーズは、口汚く少女達を罵る。
まどかとマミは表情を歪めるものの、決して挑発に乗ることはない。
数週間ほどではあるが、まどかとマミは見滝原で共闘している。
互いの魔法や癖、戦法などを知り尽くしているのだ。
そんな彼女達のコンビネーションに、今のジェイクが立ち向かえるわけがなかった。

「お~い、何処にいるんだよ」

まどかとマミが同時に攻勢に入ろうとした瞬間、余りに間の抜けた声が響き渡った。
この場にいる全員の視線が、新たに現れた闖入者に向けられる。

――――桜井智樹だ。

「智樹君、来ちゃ駄目!」

マミが制止の声を上げるが、現状を理解していないのか智樹はすたすたと歩いてくる。
気が付いた時には、既に彼はすぐ傍にまで来ていた。

「なんで出てきたの!? 危ないから下がってて!」
「いや、なんか大きな音がしたからさ、それよりもさっきの音は――――」

「お前、もしかして桜井智樹か?」

マミと智樹の問答を遮るように、ドスの利いた声を上げるオーズ。
歓喜と憎悪と憤怒が入り混じった形容しがたい声だった。

「そうだけど……誰だよ、お前?」

あくまで軽い語調のまま問い返す智樹。
肯定の言葉を聞き、オーズは額に掌を乗せる。
そうして、

「ブッヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャッ!! こりゃあいい! 最高だぜ! いや、ホント、ギャハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

盛大に、げらげらと笑い出した。

「な、なんだよ、お前……つーか誰だよ、火野じゃないのかよ?」

狂ったように笑うオーズに気圧されたのか、智樹の顔は怯えが混じっている。
心なしか、顔色も悪いように見えた。

「いや、ハハッ、悪ぃな、お前が智樹か。えーっとよ、なんつったか? あのガキ、ニンフ?」
「お前、ニンフに会ったのか!?」
「ああ、会った会った! さっき会ったぞ」
「何処で会ったんだよ! おい!」

必死の形相で問い掛ける智樹に対し、オーズは嘲るような態度を崩さない。


「殺したよ」


そして、唐突に言い放った。

「は?」
「ニンフって奴は俺に歯向かってきたからよぉ、ぷぷっ、片腕もぎ取って、ぶっ殺してやったぜ」

笑いを堪えながら、それでも堪え切れずに吐息を漏らして、オーズは言葉を紡いでいく。

「ぷはっ! やっぱ我慢できねぇ! ギャッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」

すぐに我慢が出来なくなったようで、腹を抱えながら盛大に爆笑するオーズ。
耳を塞ぎたくなるような、醜悪な笑い声だった。

「そんな、酷すぎる……」
「……ホントに最低最悪の人ね」

露骨に嫌悪感を示すまどかとマミ。
今までの生涯を振り返っても、ここまでの外道は見たことがなかった。

「ッ……この野郎ォォォォォ――――ッ!!」

激昂する智樹。
震え混じりの怒声を上げ、全速力で走り出す。
マミが制止の声を上げるが、頭が沸騰した智樹には届かない。
固く握り締めた拳を振り上げ、オーズに殴りかかった。

「はっ、バカじゃねーの」

だが、拳は届かない。
使い熟せていないとはいえ、今のジェイクはオーズの力を得ているのだ。
一歩後退することで拳を避けると、智樹の細腕を掴み取った。

「がああぁぁぁ……っ!」

オーズに腕を締め上げられ、苦悶の声を漏らす智樹。
間髪入れずにオーズは彼の背後に回ると、余った左手の指で銃の形を作る。
それを智樹のこめかみへと突き付けた。

「動くなってやつだな、へへへ」

緑の複眼でまどかとマミを見据えながら智樹を盾にするオーズ。
俗にいう人質と言うやつだ。
能力の応用で光線を放つことができるため、今の状況でもそれは成立している。
智樹は必死に抵抗しているが、オーズの握力から逃れることはできない。
攻勢を解くしかなかった。

「おぉ、いい子だぜぇ、じゃあ次はそうだなァ
 お前ら全部服を脱げ、それでひれ伏して、俺様に謝れェ!」

形勢が自分に傾いたからか、オーズは非常に上機嫌である。
一方で魔法少女達は下された命令が屈辱的だったためか、羞恥に頬を染めていた。

「ほらほら、早くしないとこいつの頭がパーン!ってなるぜ」
「離せよ! この! この!」
「ぴーぴーうっせんだよ! 少し黙ってろ!」

左手で握り拳を作ったオーズは、智樹の頭を勢いよく殴り付ける。
跳ね跳ぶように首が曲がり、空中を鮮血が舞う。
突き抜けた衝撃が鼻の粘膜を刺激し、鼻血が吹き出したのだ。
殴られた頬は赤黒く染まり、口元からも血が流れている。

「がっ……ぁぁぁ……」

仮面ライダーの拳を耐えられるほど、智樹の身体は丈夫に出来ていない。
悲鳴も上げることができないまま、悶えるように呻き声を漏らした。

「オラ、早く脱がねーとこいつの頭が――――」
「……わ、分かりました。ぬ、脱ぐから……だから智樹君に乱暴するのはやめて」

これ以上抵抗すれば、本当に智樹は殺されてしまう。
そう判断したまどかは命令を承諾する。
マミも顔を真っ赤にしながら頷き、手を震わせながらスカートに伸ばした。

「クヒャヒャ! おい智樹! 美少女たちのストリップショーだぜ! 見とけよ見とけよ~!」

オーズに頭蓋を掴まれ、強引に正面を向けさせられる智樹。
声にならない声を上げるが、オーズには聞こえていないようだった。

無力化されたまどかとマミ。
戦う力を奪われた映司に、人質となった智樹。
外道の手に正義を抱いた者達が堕ちようとした瞬間。

「オラァァァァァァァァァァ――――――――ッ!!!!」

新たな正義の戦士が、爆音を伴って戦場へと現れる。

「なぁっ!?」

ライドベンダーで跳躍しながら、鏑木・T・虎徹――――ワイルドタイガーが雄叫びを上げる。
あまりに大胆な登場に度肝を抜かれるオーズ。
智樹を掴んでいた手の力が、僅かに緩む。

「あっ、待ちやがれ!」

その隙を逃すことなく、智樹はオーズの下から離れた。
人質を失った結果、オーズに眼前に迫っているのは巨大なタイヤ。
バリアを展開する暇もなく、ライドベンダーの突撃をその身に受ける。

「グギャアアアァァァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!

劈くような悲鳴を上げ、空中に放物線を描くオーズ。
ゴム毬のように何度も地面を跳ね、やがてコンクリートに叩き付けられた。

「ふぅ……大丈夫でしたか、お嬢さん方?」

激突する寸前でバイクから飛び降りていた虎徹は、悠然とした口調でまどか達に声を掛ける。
半ば曲芸のような技でも、ハンドレッドパワーを用いることで難なく実行できた。

「あ、ありがとうございます……」
「貴方は……ワイルドタイガー?」
「おっ、俺も有名になったもんだねぇ……で、アイツは?」

蹲っているオーズを指差し、虎徹は問い掛ける。
実際のところ、彼はオーズの正体がジェイクと認識して攻撃を仕掛けたわけではなかった。
ジェイクを追跡している最中、たまたま現場を発見しただけである。
持ち前の正義感から無視することもできず、ライドベンダーを唸らせて突撃したのだ。

「糞虎徹がよぉ……何度も何度も邪魔しやがって……」

膝を震わせながら、オーズはゆっくりと立ち上がる
生身なら間違いなく即死だっただろうが、オーズの装甲が致命傷を防いでいた。

「……やっぱりお前、ジェイクだったか」

先程認識していなかったと述べたが、虎徹はオーズの正体がジェイクであると予想はしていた。
人質を取って女の子をひん剥こうとするような下衆が、ジェイク以外にいるとは思えなかったからだ。

D-4での戦闘を終えた後、虎徹とジェイクはライドベンダーによる追跡劇を繰り広げていた。
初めて心の声の読めない状況下に陥ったジェイクは、無我夢中で虎徹を振り切ろうとする。
脇道への進路変更や光線による妨害等、ありとあらゆる手段を尽くした。
だが、虎徹は離れない。
どれだけ足掻いても喰らいついてくる男に、ジェイクは生涯感じたことないほどの恐怖を覚えていた。

そうして一時間以上が経過し、ジェイクはキャッスルドランへと辿り着く。
しかし、既に彼の精神は限界に達していた。
だから彼は運転を誤り、交通事故を起こしてしまったのだ。

「大体テメエが首突っ込んでこなきゃよぉ、俺様はあの女を侍らせて遊べてたはずなんだ……許さねぇ、ぶっ殺してやる、ぶっ殺してやる」
「お前なんかが仮面ライダーに変身すんな、そいつはそんなに安いもんじゃねぇ」

虎徹の出現で怒りが頂点に達したのか、オーズは身体を戦慄かせながら呪詛の言葉を吐き出す。
事情を知らないまどか達にも、彼らの間に並々ならぬ因縁があることは理解できた。

「アンタ達は?」
「私は巴マミです」
「か、鹿目まどかです!」
「鹿目まどかに巴マミ……もしかして暁美ほむらの友達か?」
「ほむらちゃんと会ったんですか!?」
「……ああ、でも話は後だ、アイツを先にぶっ倒す」

両の眼を鋭く尖らせ、虎徹はオーズを睨み付ける。

「ぶっ殺してやる、ぶっ殺してやる、ぶっ殺してやる……」

剥き出しになった怒りは、もはや殺意と変わらない。
最初に戦っていた時とは比べ物にならないほどの悪意が、彼女達に叩き付けられる。
それでも彼女達が怯むことはない。
二人の魔法少女と一人のヒーローは肩を並べ、偽りの仮面ライダーと対峙する。

「……あれ?」

その時、ふとまどかの耳に奇妙な音が届いた。
大量の金属が零れ落ちるような、そんな奇妙な音。


「ブ ッ コ ロ シ テ ヤ ル」


それが前兆だった。

NEXT:怠惰 ――Sloth―― (後編)

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最終更新:2013年05月04日 15:17