エアリアルオーバードライブ ◆SXmcM2fBg6


 ガシャン、と。硬い鎧の音が響く。

 そこは、まさに戦場跡だった。
 周囲には所々火の手が上がっており、大桜と呼ばれた大樹も既に倒木している。
 ここで戦闘があったのは明白だ。だが、そこまで激しい戦いがあったにもかかわらず、死体はどこにも見当たらない。

 それも当然。この戦いで敗れた者は人ではなかった。
 その者の名は“剣崎一真”。
 「ジョーカー」と呼ばれる醜悪な怪人であり、同時に、
 「ブレイド」と呼ばれる仮面ライダーの一人だった。
 彼は戦い、そして敗れ、カードとして封印された。


 ガシャン、と。硬い鎧の音が響く。

 だがそれは、黒い騎士にとっては何の意味も持たない事実だった。
 狂戦士と成り果てた彼にとって意味がある事は、ただ一つの目的だけだ。
 それを果たすために、新たなる武具と、斃すべき標的を求めて歩みを進めた時。


「お前、何やってんだよ」


 探し求めるまでもなく、新たな獲物が現れた。
 それが誰であるかも、それが何であるかも、一切関係がない。

「██▅▅▅▅▅▅███████▀▀▀▀▀█████▃▃▃▅▅ッ!!」
 狂戦士はただ、眼前の敵を粉砕するだけだ。
 地の底から響いたような雄叫びを上げ、突進しつつ道中で武器を拾う。
 そして浸食させた魔力により疑似的な宝具と成った武器――先ほども使った竹竿を、獲物へと向けて槍の様に突き出す。

「うおっ! た、竹竿!?」
 それを青年は紙一重で躱し、驚異的な身体能力で距離を取る。
 僅かに遅れて振り抜かれた竹竿の薙ぎ払いが、空気を破裂させた。

「くそっ! お前もかよ! お前もこんな殺し合いに乗っちまったのかよ!!」
 その微塵の躊躇いもない殺意を前にして、相対した青年「織斑一夏」もまた、応じるように己が武器を構えた。


        ○ ○ ○


 薬室解放、露出した薬莢のリムに指先を引っ掛けて外へと弾き出し、返す手で薬室内に二発目の弾薬を滑り込ませて、即座に銃身を跳ね上げ薬室閉鎖――

「……また一段と衰えたな」
 所要時間は二秒を超えている。コンマ一秒を争う殺し合いで、この隙はあまりにも致命的だ。
 いかなる“魔術”か、『この世全ての悪』によって呪われ、衰弱しきっていた肉体は聖杯戦争当時のものと何ら変わりない状態へと回復している。
 されど完全に戦いから離れざるを得なかった五年というブランクは、『魔術師殺し』と恐れられた衛宮切嗣の技術を錆びさせるには、十分すぎる時間だったのだ。

 そしてそれ以上に――――重い。

 自身の体の一部であるかのような錯覚を覚える程に馴染んだ、『魔術師殺し』という呼び名を象徴する魔術礼装。
 幾人もの人間の命を奪ってきたソレが、この上なく重く感じられたのだ。

 なぜならそれは、この魔術礼装は『魔術師殺し』の象徴であると同時に、衛宮切嗣の『理想』の象徴でもあったからだ。
 衛宮切嗣と共に在り続けた、聖杯という奇跡に縋る程に追い求め、そして砕け散った夢の残滓。
 それを手にしているという事が、酷く重いのだ。

「けど、だからと言って捨てるつもりはないさ。これは僕が背負わなければならない業だ」

 折れた剣を打ち直すように。
 砕け散った夢であっても、モザイク画のように繋ぎ合わせて。
 息子の士郎に誇れるような、立派な夢を織り上げるのだ。

 それが何もかもを失った衛宮切嗣の、新しい目標(ユメ)だった。

「だから僕は、こんな殺し合いは認めない」
 真木清人が何を望んでいるかは分からないが、碌なものでない事は確かだろう。
 故に、この殺し合いを根本から破綻させ、人々を救ってみせる。
 それこそがきっと、今自分に出来る『正義の味方』の在り方だろう。


 そう決意した切嗣のもとに、一つの人影が現れた。

「誰だ!」
 思わずその人影にそう叫んだが、気付かない内にここまで近づかれていた事実に、切嗣は自身の衰えを一掃実感した。
 なにしろ相手は、気配を一切隠していなかったのだから。

「くっ………」
 自身の緩み切っていた意識に歯噛みする。
 現在の自身の武装はコンテンダー一丁及び“起源弾”十二発のみ。
 コンテンダーは単発式の大型拳銃で、正面からの戦いには向かない。
 “起源弾”も物理的な破壊力は十分にあるが、魔的効果の方に真価があり、加えて補充は効かない。
 ハッキリ言って戦いに赴けるような武装状態ではない。
 故に接触するのであれば、十分に相手の情報を掴んでからでなければいけなかったのだ。

 交戦は絶対に避けなければならない。
 相手が殺し合いに乗っていれば、“固有時制御”を使ってでも即座に離脱する。
 そう覚悟し、相手の出方を待っていると。
 相手はバタンと倒れ、グウゥ~と、どこかで聞いた様な音が鳴った。

「はい?」
 思わず呆けた返事を返してしまう。
 今のは明らかに腹の虫が鳴ったのだろう。
 人影はうつ伏せに倒れたまま動く気配はない。
 一歩一歩慎重に近づき、改めて倒れたままの人影を観察する。

 髪は金髪で非常に長い。
 服装はちょっと見ないような奇抜な格好をしている。
 それに何より、背中から一対の大きな翼が生えている。

「これは………天使、なのか?」
 おとぎ話に出てくる神様の遣い。
 それが目の前の少女に対する第一印象であり、

「お腹……へった………」

 それが目の前の少女の放った第一声だった。


        ○ ○ ○


 擦れ合う鋼が、バチバチと火花を散らす。
 バーサーカーと「織斑一夏」の戦いは現状、互角と言ってよかった。
 単純な戦闘技術で言えば、バーサーカーに圧倒的に分がある。
 一つの時代に己が肉体のみで戦場を駆け、英雄にまで至った騎士と、いかに才能があれど、齢二十にも満たない青年とでは比べるべくもない。

 だがその圧倒的な差を埋めているのが、「織斑一夏」の操る『IS(インフィニット・ストラトス)』と呼ばれるパワードスーツだった。
 両者を互角の戦いへと至らしめているのは、戦闘領域の差。
 基本的に地上でしか戦えないバーサーカーに対し、空中戦を主体とするISはバーサーカーに容易な攻め手を許さなかったのだ。

 だがそれは、「織斑一夏」の勝機を意味するものではなかった。

「くそっ、これじゃ埒が明かねぇ」
 空中でホバリングしながら、眼下の狂戦士を見やる。
 鎧に隠れた敵の眼はしっかりとこちらを捕捉しており、自身を逃す気がないことを明らかに示していた。
 故に倒すとまではいかなくても、相手の行動に支障が出る程度のダメージを与えなければどうすることも出来ないのだが、バーサーカーはこちらが攻めに回れば堅固な鉄壁と成り、守りを固めればその驚異的な身体能力で怒涛の攻めを見せてきた。
 結果として、バーサーカーに与えれたダメージは無く、こちらは相手の攻撃を凌ぐのがやっとという状況になっていた。
 それに何より――――

(白式が――重い………!)

 織斑一夏がIS学園に入学して以降、ずっと共に闘い続けてきた相棒が、いかなる理由からか「織斑一夏」の操縦に応えきれていないのだ。
 それはギリギリの攻めや守りを行った時ほど顕著になり、白式はその度に何かを確認するようにシステムチェックに入り、そのラグによって次の行動が一手遅れるありさまと成っていた。

(このままじゃ負ける)

 バーサーカーの攻撃は刃を交える度にその精度を上げていく。
 こちらの攻めに慣れ、対応し始めているのだ。
 このままではいず自分の方が痛手を受けてしまう。

「やるしか……ない―――!」
 獲物を定めた鷹のように、全スラスターを展開する。
 これから行われるのは、逆転させる為の一か八かの賭けだ。
 これが失敗すれば、「織斑一夏」の敗北は決定される。

 バーサーカーもそれを悟ったのだろう。
 黒い魔力に浸食された竹竿を、槍のように構える。

「行くぞ――――くらええぇぇぇええッッッ!!!」

 全スラスターによる急加速。それによる超高速の突進。
 時地面への激突を避けるために、弧を描いて飛翔する。

 それ応じるように、バーサーカーも突撃する。
 タイミングは完璧。全速力を出す「織斑一夏」に回避する術はもはやなく、迎撃するしか手立てはない。

 傾き始める運命の天秤。
 大気を切り裂いて振るわれる逆転の一撃。
 空気の壁を突破して突き出される必殺の一撃。
 どちらもまともに受ければ、命の保証はない。

 その刹那の中、「織斑一夏」はそこに己が命運を賭けた。

 振り抜かれる袈裟掛けの一刀。
 突き出される必中の一刺。
 それらは相手の命を奪うために疾走し、

 その前に、凌ぎを削る一撃そのものと激突した。


 ――――これは偶然などではなかった。
 これこそが「織斑一夏」が賭けた、逆転の一手だった。

 「織斑一夏」が疑問に思っていた事は白式の不調だけではなかった。
 バーサーカーが操る竹竿、その異常な強度をこそ彼は疑問視していた。
 ただのステンレスの棒が、高い硬度を誇る“雪片弐型”と打ち合える筈がないと。

 そこで着目したのが、竹竿に蜘蛛の巣状に浮かび上がっている黒い筋だ。
 ただのステンレスの竹竿は、あの黒い筋によって強化されているのではないかと推測したのだ。
 もしそうであるならば、それを無効化することが出来れば、竹竿は破損しバーサーカーに武器はなくなる。
 そしてそれを可能とする方法はある。

 “零落白夜”
 白式の単一仕様能力。雪片弐型を通して対象のエネルギー全てを消滅させる必勝の一撃。
 それを用いれば、竹竿になされた強化も無効化できるかもしれない。

 だが竹竿の強化が黒い筋によるものでなかった場合、無駄撃ちに終わる上に、推測通りであったとしても、ISに依らないエネルギーを無効化出来るとは限らない。
 それに何より、“零落白夜”はエネルギーを食い過ぎる。乱発は出来ないのだ。

 だがあのままでは敗北すると悟った「織斑一夏」は、“零落白夜”に己が命運を賭けた。
 そしてその結果は――――


 振り抜かれる袈裟掛けの一刀。突き出される必中の一刺。
 それらは相手の命を奪うために疾走し、その前に、凌ぎを削る一撃そのものと激突する、
 直前。
 雪片弐型が変形し、エネルギーの刃を形成した。

 そうして竹竿と激突した雪片弐型は、竹竿を竹割りに切り裂き、完膚なきまでに破壊した。
 元々魔力にも効果があったのか、それともこの殺し合いに呼ばれたが故か、それは定かではない。
 一つ確かなのは、白式の“零落白夜”は、竹竿に浸食していた魔力を消滅させた、という事だ。

 どちらにせよ、「織斑一夏」はその賭けに勝ったのだ。
 バーサーカーは即座に竹竿を捨て、紙一重でその一撃を回避したため、倒すことこそ出来なかったものの、それでも天秤は「織斑一夏」へと傾いた。

 筈だった――――


「オォォオオオオッッッ!!!」
 今を勝機と、「織斑一夏」が疾風怒濤と攻め抜く。
 武器を失くしたバーサーカーに攻撃の手立てはなく、「織斑一夏」の躱すしか成す術はない。

 バーサーカーの攻撃を気にする必要のなくなった「織斑一夏」は、一切の加減なくバーサーカーへと攻撃する。
 それにより炎が燃え広がる草原は、地面を抉られ土を空へと巻き上げられる。

 ――その中に、置き去りにされていたデイバックが混じっていた。

 それを視認したバーサーカーは即座にデイバックへと駆け寄り、その中身を巻き散らかした。
 武器を求めての行動だろうが、巻き散らかされた支給品には銃器も長物もなかった。
 そしてその行動の隙を「織斑一夏」が逃すはずもなく。

「止めだぁァァアアッ!!」
 バーサーカーへと、必殺の意志を以て一閃した。
 その武器のない彼には防ぎようのない一撃は、しかし。

「なっ!?」
 その手に握られた、一振りの剣によって防がれた。
 だがその剣は、彼の宝具ではない。

 ―――実のところ、バーサーカーにとって「織斑一夏」の猛攻は脅威となっていなかった。

 たとえ竹竿を破壊されても、彼自身の剣を使えばよかった。
 彼がそうしなかったのは、それがメダルの無駄でしかなかったからだ。
 剣がなくとも対処できる以上、代用品を探した方が効率が良かったのだ。

 そうしてバーサーカーは、ある意味において彼自身の剣以上の武器を手に入れた。
 その宝具の名を“王の財宝(ゲート・オブ・バビロン)”。
 第四次聖杯戦争にてアーチャーとして召喚された英雄王が所有した、この世の総ての財を貯蔵した至高の宝物庫。
 バーサーカーはその倉の内より剣を取り出し、「織斑一夏」の一撃を防いだのだ。


 その事実を把握できない「織斑一夏」は、思わず驚愕に身を固めてしまった。
 その致命的な隙に、バーサーカーは「織斑一夏」を白式ごと打ち上げ、続く一撃で地面へと叩きつける。

「ガァッ!」
 衝撃で僅かにメダルが飛び散る。
 致命的な一撃こそ辛うじて防いだが、ダメージは大きい。
 肉体的にも、精神的にも。
 必殺の意思で放った一撃は必殺たり得ず、むしろより強力な武器を与えてしまったのだから。

 だが、バーサーカーの攻撃はこれで終わりではなかった。

「▆▆█████▀▀▀▀▀▀▀███▇▇▇▃▃██████▂▂▂▂▂ッ!!」

 雄叫びと共にバーサーカーの背後の空間に歪みが生じ――次の瞬間、無数の剣が、槍が、斧が、鎚が、まばゆい刃を煌めかせて出現した。

「ヅッ――――!!」
 体勢を立て直すのも惜しいとばかりに、スラスターを全開にして、地面を削りながらもその場から離脱する。
 直後。数多の武器が咆哮を上げて放たれた。

 放たれた無数の刃は「織斑一夏」によって抉られた大地をより深く抉り、爆散させる。
 だがそれにより舞い上がった土煙りを煙幕にして、「織斑一夏」は刃の豪雨を凌ぎきった。
 躱し切れなかった刃が白式の機体を損傷させているが、辛うじて致命ではない。

 飛行機雲のように土煙りの後を残し、宙へとより高く飛翔する。
 完全にとは言えないが、ここならばまだ安全なはずだ。
 バーサーカーにはもう勝てない。今の内に逃げる術を考えるべきだ。
 そう考えた「織斑一夏」の思惑は、しかし。

 三度開かれた門の内より出でたモノを目の当たりにして、決死の覚悟をしなければならないと確信した。
 宝物庫より現れた黄金に輝く“船”、『ヴィマーナ』によって。

「ちくしょう……!」
 悪態をつく暇もあればこそ、バーサーカーへと雪片弐型を構える。
 メダルを回収しつつもヴィマーナへと乗船したバーサーカーもまた門を開き、剣を弾丸として装填する。


 闘いは続く。これより先は、僅かなミスが死を招く決死行。
 「織斑一夏」が生き残るためには、バーサーカーを倒すしかない。


        ○ ○ ○


「いっただっきま~す!」

 そう言って少女は、ガツガツと基本支給品の一つであるパンをかきこむ。
 いっそ気持ちが良いその食べっぷりに、思わず微笑ましくなってしまう。
 そんな風に少女――アストレアを見つめながら、切嗣は先ほどの事を思い出していた。



「お腹……へった………」

 その一言から、切嗣は思わず――少なくとも表面上は――少女への警戒心を解いた。
 少なくとも、いきなり襲われる可能性は低いだろうと判断したのだ。

 そこで切嗣は、基本支給品の中に三日分のパンと水があった事を思い出した。
 少女にも同じように支給されているはずだが、それを食べないのは何か理由があるのだろうか。
 同情を誘うにしては、少し考えが足りない手だ。

 それはともかく、目の前の少女をどうするかと考える。
 三日分もあるのだから、多少分けてあげたところで問題にはならない。
 加えて自分の場合は、戦場ではロクに食べ物が手に入らない事などザラなので、一食抜くくらい平気だ。
 だがそれを少女に上げるメリットは何かを考える。

 ―――考えるまでもない。情報だ。
 キメラや吸血鬼は数多く見てきたし、殺してもきたが、真木清人の説明の場で見た怪人や殺された少女の操った機械。眼前の少女のような存在は見た事がなかった。
 ならば、もしそれらと協力する必要性や、敵対する可能性が出来た時、より効率的に動くためにも事前知識は必須だ。

 そこまで考え、切嗣は食糧を餌に少女と交渉することを決めた。
 決めたのなら行動は迅速に。警戒心を煽らないようごく自然に少女へと歩み寄る。
 途中、念のために魔術回路を待機状態にする事も忘れない。

「お嬢さん、ちょっと良いかな?」
「はえ~?」
「もしよかったら、僕の食糧を君に譲ろうか?」
「え、本当!?」
「ああ、本当さ。その代わりに、色々と教えて欲しい事があるんだけど、良いかな?」
「いいわよ。だからはやくごはんちょうだい!」

 交渉成立。
 即答で要求が受け入れられたことに、思わず切嗣の方が戸惑った。

「い、いいのかい? 僕と君は、どうやら違う陣営みたいだけど」
「へ~、そうなんだ。けどそんなのどうでもいいし、それよりごはん!」
「どうでもいい……事なのか? それは」
「だって私バカだから、難しい事よくわかんないし。あの、どくたー……だっけ? あいつの言ったこともチンプンカンプンだったもん。だったら私は、自分で決めた事をするだけよ。
 それはともかくごはんちょうだい!」
「自分で決めた事を―――か。よし、わかった。君を信じよう。
 でも食糧をあげるのは、情報を教えてくれたあとでね」
「そんな~! 早くごはん食べたい~~~!!」

 その言葉から少女への警戒をほぼ完全に解いた切嗣は、根掘り葉掘り少女へと質問を投げかけるのだった。
 少女の悲鳴のようなお願を軽やかに無視しながら。



「ごちそうさまでした!」

 アストレアから聞き出した情報を整理していた切嗣は、少女の言葉に意識を戻す。
 少女の隣には、パンの入っていた袋が散乱している。
 そこでふとある事に思い至った。

「そう言えばアストレア、君にも支給品があるはずだろう。その中に食糧はなかったのかい?」
「あったわよ」
「それじゃあどうしてお腹を空かせてたんだ?」
「ああそれはね。いざ食べようと思ってバックから取り出したら」
「取り出したら?」
「…………こけて、全部落しちゃって」
「あ、ああ……そうなんだ」
 満腹で幸せそうだった様子とは一転。一気にズーンと暗い影を背負う。
 その様子に聞かなきゃ良かったと後悔しつつ、半ば無理やりに話題を変える。

「それじゃあ今後の予定だけど。アストレア、君はどうするつもりなんだ?」
「そうねえ。ごはんくれた恩もあるし、智樹達と合流するまではアンタに協力してあげる」
「本当かい? まあ僕としては助かるけど」
 アストレアがエンジェロイドと呼ばれる戦闘兵器である事は既に聞いてある。
 その力がどれほどのものかは知らないが、おそらく今の自分よりは戦えるだろう。

「それじゃあ早速だけど。
 まず最初にするべき事は情報収集だ。情報の不足している今の状況だと、それこそ何も出来ないからね。
 そこでだ。まずはこの会場を調査する。地図で大まかな形はわかっているけど、闘いで地の利を得るためには、より詳細な情報が必要だ。
 だからまず、会場の外縁部を調べようと思う。何か質問は?」
「はい! なにがなんだかさっぱりわかりません!」
「あ……そう。じゃあ自分達が今いる場所がどういう場所なのか、一体何が在るのかを調べるとだけでも覚えておいてくれ」
「はい、わかりました!」
(心配だなあ………)
 アストレアの様子に、今後が心配になりつつも話を続ける。

「僕たちが今いるのは【E-3】にある公園で、ここから一番近い外縁部があるエリアは、【E-1】か、移動速度も考えればその下の三つのエリアか。ここからの方角は………あっちかか」
 そう言いながら周囲を見渡し、地図と照合し大体の方角を合わせる。
 その途中で切嗣の真似をしながら周囲を見渡していたアストレアが、あるものを見つけた。

「ねえねえ切嗣。あれ、なにかな?」
「あれは……煙? 何かが燃えているのか?」
 アストレアが指を指す方向を見れば、家屋で見辛くはあるが、僅かに煙が見えた。
 煙が上がっているという事は何かが燃えているという事で、何かが燃えているという事は燃やした誰かがいるということだ。
 切嗣は少しだけ何かを考え、

「場所は【D-2】か【E-2】だな。よし、今からあそこへ向かう」
「ラジャー!」

 アストレアの返事に地図をデイバックへと仕舞い、煙が見えた場所へと移動を開始する。


 ―――燃やした誰かがいるという事は、そこで戦闘があった可能性があるということだ。
 そのことを切嗣は重々承知していた。
 万全を期すならあの煙を囮に、集まってきた参加者の情報を得るべきだ。
 だが今回、切嗣はそれを行うつもりはなかった。

 戦っているのが殺し合いに乗った者同士なら問題はない。
 だがそうでなければ、この殺し合いに立ち向かう者が死んでしまう可能性がある。
 それを見過ごすことはできない、と息子に約束した『正義の味方』という夢を胸に、そう思った。


        ○ ○ ○


 空中戦へと移った白い騎士と黒い騎士の戦い。
 それは、白式を操る「織斑一夏」の不利という形で進んでいた。
 空中という、自身の操る“船”以外に足場がない状況だからか、バーサーカーは“王の財宝”による射撃攻撃しかして来ない。
 それは「織斑一夏」に幾分かの余裕を与え、その命を長らえさせていた。

 だが、バーサーカーが射撃攻撃しか行わないように、「織斑一夏」もまた、バーサーカーの攻撃を躱すことしか出来ないでいた。
 なぜなら「織斑一夏」の操る白式には、遠距離攻撃が可能な武装が一切備わってないからだ。

 つまりバーサーカーを攻撃するには“王の財宝”による絨毯爆撃を潜り抜けて接近し、その上でバーサーカーと剣を交える必要があるのだ。
 普段の白式の性能と織斑一夏の技量を持ち合わせていた時ならいざ知らず、不調をきたしている今の白式にはそこまでの性能は望めない。

 しかし、それ以外に手立てがないのも揺るぎない事実だった。
 故に「織斑一夏」は、降り注ぐ“剣軍”を躱しながら、その時が来るのを待ち続けていた。


 そしてその戦況を、【E-2】に位置する大桜に最も近い林から、使い魔を通じて視ていた男がいた。

「はは、いいぞ。殺せ。邪魔するヤツはみんな殺してしまえ!」

 名を間桐雁夜
 聖杯戦争を作り上げたマキリの魔術師であり、同時にバーサーカーのマスターである男だ。

 彼はバーサーカーの圧倒的優位を前に、この殺し合いにおける自身の勝利を半ば確信していた。
 先の怪物に変わった黄金の戦士との戦いや、今行われている闘いを鑑みて、バーサーカーに敵う者などいないと確信したのだ。

 それだけではなく、いかなる理由からか先ほどからどれだけバーサーカーが暴れようと、自身の魔力は少しも使われていないのだ。
 それはつまり、バーサーカーの暴走による自滅がないという事。
 その最大の懸念事項が取り払われた今、雁夜に恐れるモノは何もなかった。

「俺は負けない。俺は生き残って見せる。
 生き残って時臣の野郎を這い蹲らせてやる! そして、桜を――――」

 雁夜の感情に呼応してか、彼の存在を知らぬバーサーカーもより昂っていく。
 それを証明するように、使い魔を通じて見える戦況も最終局面へと移っていった。



 放たれた剣弾を掻い潜り、躱しきれない物は弾き飛ばす。
 そうやってバーサーカーの猛攻を凌いで、どれだけの時間が立っただろう。
 白式のエネルギーも残り僅かとなり、このままでは負けると顔に焦りが浮かび出した、その時、遂にバーサーカーが動いた。

 逃げ回る白式を追い続けるだけだった“船”が、更なる上空へと舵を取った。
 それはさながら黄金の彗星のように、天上で美しい弧を描き、闘いを終わらせんと「織斑一夏」へ向けて加速する。

 それを目の当たりにし、「織斑一夏」もまた、これが最後の攻防になるのだと確信した。
 そしてそれこそが、待ち望んだ最後の好機なのだと理解した。
 故に、剣の雨を放ちながら、大地へと加速する“船”へと挑む様に、自身もまた、“船”へと向けて上昇加速する。
 剣弾を掻い潜った先にいるバーサーカーに、限界まで加速の付いたカウンターによる一撃を与える為に。
 その一撃ならば、バーサーカーでさえも受けきれない筈だと信じて。

「オオオオオオォォォォォオオオ――――ッッッ!!!!」
 数多の武器が、白式の機体を掠め、削り飛ばしていく。
 一つでも避け損なえば十分な加速は得られず、まともに受ければ必死の一撃を紙一重で擦れ違っていく。

 まるで大気に焦がされ欠けていく流れ星。
 刹那に消えるそれは、「織斑一夏」の未来を暗示しているかのようであった。

 五十メートル、四十メートル、三十メートルと、秒単位で急激に接近する両者。
 その中で、接触の瞬間に合わせ雪片弐型を構え、最後の剣弾と擦れ違う。
 そして甲板にいる筈のバーサーカーに向けて剣を振りかぶり。

「――――なッ!?」
 バーサーカーの姿が、ない。
 擦れ違う“船”の甲板には、誰の姿もなかった。
 “船”はそのまま落下を続け、地面へと激突し大破する。
 そして「織斑一夏」は剣を振るうべき相手を見失い、思わず失速した。
 まさにそのタイミングを狙ったように、頭上から咆哮が響く。

 やられた、などと思う間もない。
 速度は失い、タイミングも崩された。
 対するバーサーカーは身の丈を大きく超える剣を手に、十分な荷重を得ている。

「グッ、ウオオオォォォオ―――ッッ!!!」
 振り下ろされる大剣を、渾身の力で迎撃する。
 速度を失った白式の機体は、その威力により先ほどとは逆に地面へと降下を始める。

「こんのおオォォォオオ―――ッッッ!!」
 その最中、火事場の馬鹿力か、それともバーサーカーの方は自由落下に近く、十分な力を乗せる事が出来なかったからか、遂にバーサーカーの大剣を弾き飛ばす。
 これが最後のチャンスと、バーサーカーが新たな剣を取る前に、返す一刀にスラスターの加速も加え、不可避の一撃を振り抜く。

 足場もなく、剣を抜く間もないバーサーカーに防ぐ術はない。
 もはや覆せぬ死の運命。

 ―――されど、それを凌駕するのが英雄だ。

 振り抜かれた刃は、バーサーカーの体を切り裂く事は出来なかった。
 堪える為の足場のない空中で、刀を振り抜いた勢いのままに白式が回転を続ける。
 「織斑一夏」の勝利を約束した筈の一撃は、バーサーカーの両の掌で挟み取って止められていた。

 自身の最後の一撃を白刃取りで封殺された「織斑一夏」は、その事実に驚愕していた。
 だがバーサーカーの能力を知らない彼は、バーサーカーに武器を触れられているという状況の致命的な意味を理解出来なかった。
 故に次の瞬間、「織斑一夏」は更なる驚愕を味わった。

「な、なんだ!?」

 白式から次々にエマージェンシーのコールが送られてくる。
 それに戸惑う暇すら与えず、バーサーカーは「織斑一夏」の生身の肉体に強烈な蹴りを叩き込んだ。
 同時に発動する絶対防御。操縦者を命の危険から守るそれが発動すると同時に、白式はバーサーカーの魔力に完全に掌握され、「織斑一夏」への装着を強制解除した。

「な――――――ッ!!??」
 当然「織斑一夏」の体は宙へ投げ出され、すぐに地面に墜落し転げ回った。
 バーサーカーの一撃により、地面へと接近していたのが功を奏したのだ。
 だがそれでも全身は満遍なく打ちつけられ、メダルはまたもばら撒かれ、激痛にまともに動く事が出来なかった。

「ち……くしょう……」
 痛みを堪えつつ、どうにか顔を上げる。
 するとそこには、新たに手にした武装を身に纏う漆黒の騎士の姿があった。
 その黒き魔力がいかなる変容をもたらしたのか、白式はバーサーカーの黒い鎧をそのままに、一切の無理なく展開されていた。
 白色だったその装甲を黒色に染め変えて。

「あ…………」

 バーサーカーが、黒い雪片弐型を振り上げる。
 織斑一夏と共に在り続けた相棒が、己が主へと牙を向いた。
 その絶望的な光景を前に、「織斑一夏」は自身の死を悟った。

 だが、運命は彼を見離さなかった。

 振り下ろされる黒き刃。
 「織斑一夏」の命を奪う筈のそれは、しかし。

「てりゃああああーッ!!」

 バーサーカーを背後から急襲した、光輝く剣への迎撃に当てられた。

 不意打ちの一撃を防いだバーサーカーは即座にスラスターを展開し、警戒のために距離を取る。
 そうやって出来た「織斑一夏」とバーサーカーとの間に、一人の少女が割って入る。

「あんたは………」
「話は後で。今はコイツを何とかするのが先」
「あ、ああ、わかった」

 言うが早いか、少女は背中の翼をはためかせ飛翔し、一気にバーサーカーへと切り込む。
 応じるようにバーサーカーもスラスターを展開し、少女に向けて加速する。
 両者はぶつかり合う駒のように互いを弾き飛ばしながら、より一層高く天空へと上昇していく。

 その神話のような光景に、「織斑一夏」は身体の痛みも忘れ、ただひたすらに見惚れていた。



「くそ! あと少しの所で邪魔しやがってッ!」

 人気のない林に怒号が響き渡る。
 使い魔を通じて送られてきた映像を見て、最後の最後で妨害された事実に憤っていたのだ。

「それに一体何なんだ、あいつは。バーサーカーと互角?
 ふざけるな! なんだよそれは! あんな奴がごろごろしてるんだったら、俺に生き残る術なんてないじゃないか!」

 バーサーカーを以って勝利条件を満たし、何が何でも生き残る。
 もしバーサーカーが反旗を翻しても問題ない。いざとなれば令呪で律するだけだ、と。
 それが間桐雁夜が導き出した、生き残るための唯一の戦法だった。

 だがバーサーカーレベルか、それ以上の強さを持った参加者が何人もいれば、流石のバーサーカーと言えど消耗し、いずれは負けてしまう。
 そうなれば雁夜には生き残る術がない。自分の操る蟲如きで、サーヴァントと渡り合うような連中に敵う筈がないのだ。

 もしバーサーカーに理性があれば話は違ったかもしれない。
 だが、バーサーカーはあくまで狂戦士。自身の消耗など度外視して、力尽きるまで暴れ狂う暴走機関車だ。
 回復のための休憩や、消耗を抑える手段になど、考えが及ぶ筈がない。

「くそっ! くそっ! くそっ!
 どうする。どうやって生き伸びる。方法を。何か方法を考えろ!
 バーサーカーを令呪でコントロールする?
 バカな! 参加者は六十五人。リーダーに限定しても四人いる。令呪が足りる訳がない。
 他に協力者を探しだす?
 無理だ。こんな醜い化け物みたいな奴を、誰が信用する!
 くそっ、一体どうすれば――――」
「そこまでだ。今すぐ奴を止めろ、バーサーカーのマスター」

 生き残るための方法を必死で考えている雁夜に、冷徹な声が放たれた。
 咄嗟に思考を切り替え、声のした方へと振り返る。

「お前は……確か、セイバーのマスター」
 そこにいた人物は、言峰綺礼からサーヴァントのマスターであると教えられた人物。衛宮切嗣だった。
 切嗣は短剣を想わせる拳銃をこちらへと付き付けている。


 時間的に言えば、切嗣たちが煙を発見してから、実は十分と経っていない。
 ならばなぜ切嗣がこれほど早くバーサーカーの元に辿り着き、間桐雁夜を発見したか。
 その答えは単純に、アストレアが切嗣を抱いて飛行した。ただそれだけだ。

 アストレアに抱きかかえられて【D-2】の戦闘空域前まで飛行した切嗣は、流石にバーサーカーとISの激しい闘いに呆気にとられた。
 だがすぐに気を取りなおし、アストレアに支給されていたスコープ二種を双眼鏡のように扱い、火災の起きている大桜の周囲をぐるりと見渡すことで間桐雁夜を見つけた。
 そうして切嗣はアストレアにISの操縦者を助けるよう指示を出し、切嗣自身は雁夜の元に向かったのだ。


 コンテンダーを雁夜に突き付け、少しずつ油断なく足を動かす。
 “起源弾”の無駄撃ちを避けるため、接近して制圧するのに十分な距離まで近づく。
 そうしてお互いの距離が七メートルを切った時、切嗣は感情を殺した声で最終宣告を告げた。

「もう一度だけ言うぞ。今すぐにバーサーカーを止めろ」
「ハッ、バーサーカーを止めろだって? 無理だ。あいつは俺の命令なんか聞きやしない。
 どうしてもあいつを止めたいんなら、令呪を使うしかない」
「――――――――」

 薄々予測していたとはいえ、想像通りの状況に眉を顰める。
 止める方法が令呪しかないという事は、相手に令呪を使わせるという事。
 それはつまり、同時に絶対のピンチも招くのだ。
 もし間桐雁夜が令呪を以って切嗣への攻撃を命令すれば、一瞬で転移してくるであろうバーサーカーに確実に殺される。
 流石のアストレアも、いきなり眼年から敵が消えて対処が出来る筈がない。
 何より彼女はバカだ。バーサーカーが逃げたと勘違いして安心してしまう可能性もある。

 つまり雁夜に令呪を使わせる事は出来ない。
 バーサーカーを止めるには、雁夜から令呪を奪う必要があるのだ。

「俺は、こんな所では死ねない……! 死ぬ訳には、いかないんだァッ!!
 蟲どもよ、奴を喰らい殺せェェッ!!」
「Time alter(固有時制御)――double accel(二倍速)!」

 その事を両者が認識すると同時に、ここに新た成る先端が開かれた。


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最終更新:2012年11月15日 15:37