promised sign ◆SXmcM2fBg6
○ ○ ○
特殊鋼の刀と、光子の剣が鍔競り合う。
剣軍の掃射は超加速性能を持つ
アストレアには掠りもしない。
故に戦いは、必然的に接近戦となり、お互いの剣を激しくぶつけあっていた。
バーサーカーは右腕に雪片弐型を、左腕に魔剣を構え、アストレアへと烈火の如く攻め入る。
対するアストレアは右手に超振動光子剣「chrysaor(クリュサオル)」を構え、左手の「aegis=L(イージス・エル)」でバーサーカーの攻撃を防ぐ。
闘いは両者ともに一歩も譲らず、互角の様相を呈している。
だがその天秤は少しずつ、バーサーカーへと傾いて行った。
バーサーカーの宝具と化した白式は、その黒き魔力によって強化され、十全以上の動きを見せる。
それによりバーサーカーのメダルは大きく減っていくが、同時に“破壊衝動に任せた戦闘行動”という、己が「欲望」により増加もしていた。
アストレアも同様に、戦闘によりメダルを消費しつつも“自分で決めた事をする”という「欲望」により増加させていたが、あくまで“決めた事”は切嗣の協力をするという事。
バーサーカーとの闘いはそれによる結果でしかなく、「欲望」が間接的である分メダルの増加量も消費量に比べ少なかったのだ。
結果として、アストレアは戦力ではなく持久力によって窮地に追い込まれていく。
その事を自覚し、アストレアは闘いの早期決着を決意した。
「このっ! とっとと落ちろーッ!」
クリュサオルにエネルギーを注ぎ、バーサーカーへと一撃する。
そのまま攻撃を防いだバーサーカーが反撃に移る暇を与えず、連続攻撃を敢行する。
「このこのこのこのーッ!!」
超加速を限界まで活用し、前後上下左右あらゆる方向から急襲する。
だがバーサーカーはそれを二刀で防ぎきり、次第に反撃への糸口を掴み始める。
そしてアストレアの軌道を完全に読み切り、クリュサオルの一撃を魔剣で迎撃した。
その瞬間。
「どっせええええええい!!」
クリュサオルに蓄積したエネルギーを解放。打ち合った魔剣を一刀のもとに両断した。
「もういっぱーつッッ!!」
そのままエネルギーを全開にしたクリュサオルで、バーサーカーを雪片弐型での防御の上から切り裂く―――
「な―――んで!?」
―――ことが、出来なかった。
クリュサオルはその膨大なエネルギーを消失させ、逆に雪片弐型がエネルギーの刃を形成していた。
エネルギーの刃は即座に消え、雪片弐型は通常形態へと戻っている。
バーサーカーはそのまま、先ほどの反撃のように激しく攻撃してくる。
アストレアのように全方位からではなく、力任せの正面突破。
先ほどの現象に対する困惑も含めて、その苛烈な攻撃の勢いに圧され、僅かにバランスを崩す。
そこをバーサーカーは容赦なく付き、雪片弐型を大きく振り上げる。
「このッ! 負けるもんかーッ!!」
イージス・エルを展開しその一撃を防ぐ。
だがその瞬間だけ、雪片弐型が再びエネルギーの刃を形成し、展開されたバリアを消滅させてイージス・エル本体と接触し、アストレアを弾き飛ばす。
「く――ッ! また消された……!?
よくわかんないけど、あの刀に触れたらエネルギーが無くなっちゃうみたい」
一応自分の事をバカだと理解しているアストレアは、深く考える事を即座に止め、とにかくエネルギーの刃に触れなければいいだけと結論付ける。
「―――負けないんだからっ!!」
再びクリュサオルを構え、バーサーカーへと突撃する。
メダルの枚数も有限だ。クリュサオルの無駄撃ちは出来ない。
故にメダルが尽きる前に、必殺の一撃を確実に決められるだけの隙を作りだす。
再び繰り広げられる剣戟。
闘いは、剣技ではバーサーカーが上回り、速度ではアストレアが上回っている。
白式の切り札をバーサーカーは使いこなし、自身の切り札をアストレアは封じられている。
ヘルムに覆われたバーサーカーの表情は窺えず、アストレアの表情は焦りが浮かんでいた。
「絶対に……負けないんだからぁぁあああっ!!」
「██▇▇▆▆██▀▀▀████▃▃▃▅▅██━━ッ!!」
刻一刻と減っていく時間の中で、遂に状況が動いた。
お互いに渾身の力で一撃したその瞬間。
バーサーカーの手から雪片弐型が、
アストレアの手からクリュサオルが、
それぞれの武器が宙へと弾き飛ばされた。
そしてその瞬間―――アストレアの敗北が決定した。
剣を回収しようと意識を逸らしたアストレアに、突如無数の武器が襲いかかったのだ。
それによりアストレアは加速の機を失い、バーサーカーの接近を許してしまう。
その両手には聖剣と魔剣。更には斧や鎌、曲刀といった武器がスピンして機動を変え、アストレアの背後から襲い来る。
イージス・エルは全方位をカバーできない。
バーサーカーの攻撃を防げば背後から迫る武器が、背後からの攻撃を防げばバーサーカーの剣が。
それぞれが必殺の威力を以ってアストレアの命を奪う。
「~~~~~~ッッッ!!!」
もはや絶体絶命のその状況に、アストレアは己が死を覚悟し、
その命を奪うためにバーサーカーの剣が振り下ろされた、
その時だった。
―――聖杯の誓約に従い、令呪を以てバーサーカーに命ず!―――
響き渡ったその声は、バーサーカーの魂の根幹そのものに働きかける。
いかに狂っていようと、決して聞き違えることの出来ないその声が、断固と明確に宣言する。
―――汝、害意を持たぬ者への一切の攻撃を禁止する!―――
瞬間。
アストレアへと迫っていた剣が、それを振るう腕が、それらを統治する肉体が、バーサーカーの意思に反して無理矢理に押し留められた。
バーサーカーは令呪で告げられた命令通り、剣を失いバーサーカーへと攻撃する意志を失っていたアストレアへの攻撃を、強制的に中断させられたのだ。
アストレアはその一瞬の活路を逃すことなく、唯一バーサーカーの意志とは関係なく迫る剣軍をイージス・エルで弾き飛ばし、素早く距離を取った。
そしてアストレアの窮地を救った声の主を探して、船の残骸が散らばり火の手の上がっている地面へと目を向ける。
そこには、彼女にお弁当をくれた恩人――
衛宮切嗣の姿があった。
―――決着は、速やかにして成った。
もとより何十人もの魔術師を殺し続けてきた切嗣と、たった一年、それも身体を壊すほどの付け焼刃で魔術を習得しただけの雁夜とでは、勝負になどなる筈がなかったのだ。
切嗣は雁夜の操る「翅刃虫」と呼ばれる甲虫の群れを、軍用警棒とコンテンダーの銃把(グリップ)の底で打ち落とすことで対応し、難なく雁夜を地面に這い蹲らせ拘束した。
久しぶりの魔術行使の反動に全身が痛むが、行動に一切の支障はない。
もはや雁夜には、どうすることも出来ない状況だ。
それでも雁夜は未だに無駄な抵抗を続けていた。
「くそっ! 殺してやる! 殺してやるッ!!
こんな……こんな所で死んで堪る―――ガァッ……!!」
感情のまま叫びを血反吐とともに吐き出し、魔術行使を試みる。
同時に体内の刻印虫が過剰に励起し、さらに肉体を壊していく。
そうやって文字通り身を削って集めた魔力も、切嗣が押し付けたスタンガンにより魔術となる前に霧散した。
だがそれでも、ここで終わる訳にはいかなかった。
たとえ激痛に全身を苛まれようと。
たとえ身体が醜悪に崩壊してしまおうと。
もとより一月と持たない命。どれだけ壊れようが、目的さえ果たされるのなら構わなかった。
成し遂げると誓ったものがあった。
思い知らせてやると誓った奴がいた。
絶対に救ってみせると誓った子がいた。
その為にも、こんな所で死ぬ訳にはいかない。
こうしている今もあの子は――桜は、間桐臓硯によって教育という名の拷問を受けているのだ。
彼女を救うためにも、彼女にあんな顔をさせた時臣に思い知らせてやるためにも、こんな所で終わる訳にはいかないのだ。
「―――てやる……。生き残ってやる。絶対にっ、生き残ってやるッ……!」
うわごとの様に繰り返される言葉。
そこまでして見せる生への執着に、切嗣は単純な死への恐怖や、魔術師が見せる義務感の様なものとは違う何かを感じた。
―――かつての衛宮切嗣ならそこで終わっていただろう。
容赦なく令呪を奪って雁夜を殺し、後顧の憂いを断つ。
それが衛宮切嗣であり、それが『魔術師殺し』だった。
だが―――
「お前はなぜそこまで生に執着する。お前は何を望んで、聖杯を求めた」
切嗣は、知ってみようと思った。
間桐雁夜が、聖杯に託すはずだった望みを。
雁夜の身体を起こし、暗示と共に訪いかける。
一人前の魔術師であればレジストなど容易なそれも、雁夜にとっては抗えぬ呪縛だ。
まともに魔術も扱えない雁夜は、魔術に抵抗する術すらも覚束なかったのだ。
「ぁ――――聖杯なんて……知った事か………。そんなモノ……魔術師同士で勝手に、奪い合っていればいい……」
焦点の合わない瞳で虚空を見つめ、感情を吐露するように切嗣の問いに答える。
そう。聖杯なんていらない。そんなモノは、俺にとっては何の価値もない物だ。
魔術は嫌悪の対象でしかないし、そんなモノの為に人の心を踏みにじる魔術師など、憎いだけの存在だ。
だけどあの人は……葵さんは、その典型的な魔術師を、遠坂時臣を愛した。
だから自分から身を引いた。それで彼女が幸せになるならと諦めた。
けどあいつは……時臣の野郎は、そんな彼女の心を踏みにじった。
葵さんと、凛ちゃんと、桜ちゃんの、大切な絆を引き裂いた。
間桐の家がどんな場所かも知らないで、古き盟友に頼まれたからと、父親として幸せを願ったが故だと。
そう言ってあの人は、泣いていた。
そうしてあの子は、笑わなくなった。
「だから俺は……聖杯戦争に参加した……。あの子の笑顔を奪った、時臣の奴に……思い知らせてやるために………。
聖杯を手に入れる報酬として、あの子を……桜ちゃんを………間桐の家から、解放するために…………」
それが、間桐雁夜の望みだった。
嫉妬もあるだろう。憎悪もあるだろう。
だがその根幹にあるのは、大切な人を救いたいという想いだった。
「そうか……」
口に出来たのは、それだけだった。
誰かを救いたいという願いは、切嗣とて人一倍持っている。
むしろ、だからこそ聖杯戦争に挑んだのだ。
この世界から、あらゆる悲劇をなくすために。
―――だが考えてしまった。
もしその時の自分が間桐雁夜の願いを知ったとして、衛宮切嗣は彼を認めたのだろうか。
彼の望みに協力し、魔術師の家に囚われた少女を助けたのだろうか、と。
きっと助けなかっただろう。
むしろ敵の弱点として利用し、諸共に屠っていたに違いない。
それほどまでに追い詰められていたのだ。衛宮切嗣という男は。
救われぬモノは必ずある。
全てを救うことなどできない。
千を得ようとして五百をこぼすのなら。
百を見捨てて、九百を生かしきる。
それが最も優れた手段。つまり理想だと。
そう信じて、非情に徹して、より多くの人々を救ってきた。
だがそうして得た平和が、本当に救いとなったのだろうかと、今にして思う。
そうやってもたらした救いで、救われた人は笑えるのだろうか、と。
“爺さんの夢は――――”
その言葉を思い出す。
その時に思い出した感情を、思い出す。
そして思った。今からでも、間に合うだろうかと。
「わかった―――桜ちゃんは、僕が救おう。だから君は、少し休め」
気が付けば、そう口にしていた。
だが不思議と戸惑いはなかった。
それどころか少女を救うための算段まで既に始めていた。
そしてその事が、嬉しいと感じられた。
「どうして……そんな」
「僕は『正義の味方』だからね。誰かが悲しんでいるのを、見過ごすことは出来ないんだ」
自分は『正義の味方』なのだと。
他の誰にでもなく、自分自身に誓うように口にした。
こんな自分を『正義の味方』だと信じてくれた、自分の息子に胸を張る様に。
その言葉は、一人誰も信用することの出来ずにいた雁夜の心にするりと入り込んだ。
暗示による影響もあっただろう。精神が隙だらけだったのもあるだろう。
だがそれでも雁夜は嬉しく思った。
自分以外にも、桜ちゃんを助けようとしてくれる人がいるのだと。
そんな人がいてくれるという事は、こんなにも―――
「そうか。ああ―――安心した」
そうして間桐雁夜は、意識を失った。
長い間、ずっと張り詰めていた神経が緩んだのだろう。
その寝顔は、醜悪に歪んだモノでありながら、とても安らいだものだった。
雁夜の手から令呪を転写する。
切嗣の言葉に安堵し、精神の緩んだ雁夜から令呪を摘出するのは難しい事ではなかった。
雁夜を近くの木にもたれ掛けさせ、周囲に軽い認識疎外を掛ける。
彼にはまだ生きていて欲しいと思った。
そして、彼が守ろうとした少女と一緒に笑っている所を見てみたいと願った。
それはもはや、『魔術師殺し』としてはあり得ない選択だった。
だからそれを誇らしく思う。
『魔術師殺し』の衛宮切嗣は五年前にもう死んだ。
ここにいるのは、息子に約束した『正義の味方』なのだと。
そうして切嗣は、炎の燃え広がる大桜へと走った。
空ではアストレアとバーサーカーが遥か上空で激戦を繰り広げている。
「これは、想像以上だな」
アストレアの空戦能力も、バーサーカーの異常性も。
どちらも既に切嗣の理解を超えていた。
アストレアの高速起動は、魔力で水増しされた動体視力を以てしても、その軌跡さえ捉え切れない。
バーサーカーの戦闘技術は、あらゆる武装に精通している切嗣すら知らない様な、未知の兵器でさえ完全に使いこなしている。
両者互角の戦いは、いつまでも決着が付かないのではと思わせた。
「しかし、どうやってバーサーカーを止める」
今すぐ止まれと命令する?
―――無意味だ。その場凌ぎでは意味がない。
自害させて危険を減らす?
―――確かにそれは有効だろう。だが今の状況、たとえバーサーカーであっても戦力は貴重だ。
戦闘行動そのものを禁止する?
―――それでは本末転倒だ。サーヴァントは戦いこそが本分。戦闘を禁じるなら自害させた方が良い。
つまり必要なのは、こちらへの攻撃を禁止し、かつ問題なく戦闘を可能とする命令。
その最適な言葉を模索する。
そうしている間に、上空の戦況は動いた。
アストレアとバーサーカーが激突し、弾き飛ばされた光によりクリュサオルがアストレアの手から落とされたことを把握する。
「まずい……!」
アストレアの武器はクリュサオルだけだ。
それを取り落としたという事は、攻撃の手段をなくすという事。
そしてその隙を、バーサーカーが見逃さないはずかない――――!
「聖杯の誓約に従い、令呪を以てバーサーカーに命ず!」
咄嗟に令呪の使用を宣言する。だが命令はどうする。
アストレアを救い、バーサーカーを止め、問題なく行使できる。
それを可能とする命令は――――
「汝、害意を持たぬ者への一切の攻撃を禁止する!」
ほとんど直感に任せた言葉だった。
害意とはつまり、相手を傷つけようとする意志だ。
アストレアは武器を飛ばされ、攻撃できない状況だった。
それならば、“害意を持たぬ者”に該当し、バーサーカーを止められるのではと思ったのだ。
そうして命令は意図した通りに成立し、結果、アストレアは生き延びることが出来た。
「……ふう。とりあえずは、なんとかなった。
けど、こんな賭けは、二度とごめんだな」
だが約束した『正義の味方』であり続けるのなら、これから何度もこういう事が起きるだろう。
可能な限りそれを避けるためにも、より安定した戦力が必要だ。
それを思うと、『正義の味方』を張り通すことに不安を覚える。
それで本当に、人々を救う事が出来るのか、と。
けど今は、
「ありがとうね、切嗣、おかげで助かったわ」
彼女が無事だったことを、純粋に喜ぼう。
「いや、お礼を言われる事じゃないさ。
今回はどうにかなったけど、最悪君を死なせていたかもしれないんだから」
「えっ、そうなの!? けど助かったんだから、深く考える必要はないんじゃない?」
「はは、そう言ってくれると、助かるよ。
さて、それはそうと、バーサーカーをどうするか考えないとな」
バーサーカーは今なお令呪に抵抗を続け、空中で身体を硬直させていた。
だがようやくそれも諦めたのか、徐々に高度を地面へと降り立つ。
「アイツ、もう大丈夫なの?」
「ああ、令呪で縛ったからね。バーサーカーに害意を持たない限り、あいつは僕たちを攻撃する事は出来ない」
「がいい? ってなに?」
「……つまり、こちらから攻撃しようと思わなければ、安全って事だ」
「なるほど!」
「………………」
本当に理解したのか今一つ信用できないが、それは置いておくとする。
バーサーカーは武装を解除してよく知る鎧姿に戻ると、こちらに向かって歩いてくる。
それにアストレアは思わず身構えるが、バーサーカーが剣を構える様子はない。
ある程度の距離まで近づき、立ち止まった行動を見て、ひとまず安心する。
令呪で縛ったからだろう、一応はマスターと認めてくれたようだ。
と言っても所詮はバーサーカー。令呪がなければ、すぐに牙をむくに違いない。
バーサーカーへの残り令呪は二画。
一つは最終手段の自害用として、もう一つは慎重に使わなければならない。
この戦いでアストレアもメダルを大量に消費した事だろう。その補充手段も考える必要がある。
「そういえば、君の前にバーサーカーと戦っていた彼はどこに?」
「あれ? そう言えば居ないね。どこに行ったんだろう?」
「…………まさか!」
背筋が粟立つとともに、死神の笑い声がした。
それは、幾度となく人の死を見届けてきたが故の、ある種の直感の様なものだった。
それが今、奴らの勝ち誇った“歓喜”を感じとっていた。
「アストレア、ついて来てくれ!」
「えっ!? なに!? いきなりどうしたの!?」
アストレアの戸惑う声をよそに、全速力で走りだす。
すでに間にあわないと、手遅れだと心のどこかで観念している。
けどそれを受け入れる事は、諦める事は出来なかった。
「雁夜!」
息を切らし、肩を揺らしてその場所に辿り着く。
認識疎外の魔術を掛けた、間桐雁夜が眠っている図のその場所には、誰もいなかった。
赤色に彩られたそこにあるのは、撒き散らされたメダルと、放置された支給品と首輪と、一際赤い“箱”だけだった。
ただ一つ異様な“箱”は、切嗣にとって、この上なく見慣れた色をしていた。
それがどういう意味を持つのか、考えるまでもなく理解した。
「………………………………くそっ!」
地面に膝をつき、拳を叩きつける。
湧き上がる後悔を押し殺すように、強く歯を噛み締める。
証拠はない。確証もない。ただの直感でしかない。
しかしそれが厳然たる事実だった。
衛宮切嗣が『正義の味方』として再起し、初めて行った行動は、
凶悪な殺人鬼を助け、一人の人間を死なせただけだったのだと――――
「……切嗣、あの…………」
僅かに遅れてやってきたアストレアが声をかけ、何も言えずに押し黙る。
ここに誰がいたかはわからない。けれど、周囲の状況からここで何があったのかは判る。
そしてだからこそ、かける言葉が見つからなかった。
ありきたりな慰めは、時としてその人を、より惨めにするだけだ。
今の彼に、何も知らない自分が、一体何を言えるのだ、と。
そう思って、何も言えなくなった。
そんな彼女に、切嗣の方から声をかけた。
「アストレア。メダルは君が回収しろ」
「切嗣?」
「僕は………諦めないぞ………」
そうだ。世界が非情だなんて、そんな事、とっくの昔に解っていた。
だからかつての衛宮切嗣は、それ以上に非情になる事を武器にして、自分の理想を貫こうとしたのだ。
けどそれでは、一番大事なものが守れなかった。
だから、こんな事で諦める事は出来ない。
多くを守るために必要なのが非情になることであっても、大切な物を守るためには非情になってはいけないのだ。
そんな正義では、何もかもを失うだけだったのだから。
「諦めてなんか、やらない。何度だって挑戦してやる!」
絶対に諦める事はない。
交わした約束を、無為にすることだけはしない。
かつて夢に見た『正義の味方』として、人々を、人々の笑顔を救ってみせる。
何度失敗してしまっても。
たとえこれが、より多くを救うためにより多くを殺してきた衛宮切嗣への、婉曲な罰だったとしても。
「改めて約束するよ、間桐雁夜。
君が救おうとした桜ちゃんは―――僕が救ってみせる。
だから君は、安らかに眠ってくれ」
かつて間桐雁夜と呼ばれた人間だった、赤い“箱”へと手を触れてそう誓う。
「そのためにも、まずはこの殺し合いを終わらせる。
だからアストレア、改めてお願いする。―――頼む、僕に力を貸してくれ」
きっと、今まで以上に厳しく苦しい道のりになるだろう。
第四次聖杯戦争から五年。桜がまだ生きているかはわからない。
この殺し合いが終わった時に、自分がいつの時代に戻るのかわからない。
そもそもこの殺し合いで、生き残れるかもわからない。
それでも『正義の味方』を貫くのなら、誰かの協力は必須だ。
アストレアの背後に、幽鬼のように佇むバーサーカーのような“道具”じゃない。
力を合わせ、共に困難を打破する本当の“仲間”が。
「うん、いいわよ。私の力を貸してあげる」
そしてアストレアも、同様に誓った。
自分は衛宮切嗣の事を何も知らない。
何を望んで、何をしたいのかもわからない。
けど、この人の力になろうと思った。
誰かのために悲しむことの出来る、この人の助けになろうと。
だってそれは、
桜井智樹も一緒だったから。
智樹もまた、自分以外の誰かのために頑張ろうとする人だったから。
だから私は、衛宮切嗣の力になろうと決めた。
「そうか―――ありがとう」
「切嗣、改めてこれからよろしくね」
「ああ、こちらこそ」
お互いの手を、握手するように握る。
今度こそ人々を助けると誓った。
この人の力になると誓った。
その、約束の印のように。
【一日目-午後】
【E-2/林】
【衛宮切嗣@Fate/Zero】
【所属】青
【状態】ダメージ(小)
【首輪】110枚:0枚
【装備】トンプソンセンター・コンテンダー@Fate/Zero、起源弾×12@Fate/Zero、軍用警棒@現実、スタンガン@現実
【道具】基本支給品(弁当なし)、スコープセット@Fate/Zero、首輪(間桐雁夜)、ランダム支給品2~6(切嗣+雁夜:切嗣の方には武器系はない)
【思考・状況】
基本:士郎が誓ってくれた約束に答えるため、今度こそ本当に正義の味方として人々を助ける。
1.まずは情報を集める。そのために会場の外縁部に行く。
2.1が完了したら、あるいは併行して“仲間”となる人物を探す。
3.無意味に戦うつもりはないが、危険人物は容赦しない。
4.バーサーカーの動向に気をつける。
5.『ワイルドタイガー』のような、真木に反抗しようとしている者達の力となる。
6.謎の少年(
織斑一夏に変身中のX)、
雨生龍之介と
キャスター、グリード達を警戒する。
7.
セイバーと出会ったら……?
8.間桐雁夜への約束で、この殺し合いが終わったら桜ちゃんを助けにいく。
【備考】
※本編死亡後からの参戦です。
※『この世全ての悪』の影響による呪いは完治しており、聖杯戦争当時に纏っていた格好をしています。
※バーサーカー用の令呪:残り二画
※セイバー用の令呪があるかどうかは後続の書き手さんにお任せします。
※アストレアから、智樹たち、及びエンジェロイドの情報を聞きました。
【アストレア@そらのおとしもの】
【所属】緑
【状態】健康
【首輪】145枚:0枚数
【装備】超振動光子剣クリュサオル@そらのおとしもの、イージス・エル@そらのおとしもの
【道具】基本支給品(弁当なし)
【思考・状況】
基本:自分で決めた事をする。
1.衛宮切嗣に協力する。
2.知り合いと合流(桜井智樹優先)。
3.バーサーカーの動向に気をつける。
4.謎の少年(織斑一夏に変身中のX)を警戒する。
【備考】
※参加時期は48話終了後です。
【バーサーカー@Fate/zero】
【所属】赤陣営
【状態】ダメージ(小)、狂化
【首輪】95枚:0枚
【装備】白式@インフィニット・ストラトス、王の財宝@Fate/zero
【道具】アロンダイト@Fate/zero(封印中)
【思考・状況】
基本:▅▆▆▆▅▆▇▇▇▂▅▅▆▇▇▅▆▆▅!!
2.令呪により、一応マスター(衛宮切嗣)に従う。
【備考】
※参加者を無差別的に襲撃します。
但し、セイバーを発見すると攻撃対象をセイバーに切り替えます。
※令呪による呪縛を受けました。下記は、その内容です。
・害意を持たぬ者への一切の攻撃を禁止する。
※ヴィマーナ(王の財宝)が大破しました。
【軍用警棒@現実】
アストレアに支給。
警棒・トンファーの2種類の使い分けが出来る特殊警棒。
これで殴られると結構痛い。
【スタンガン@現実】
アストレアに支給。
普通のスタンガン。一般人程度なら痺れさせることが出来る。
改造すると非常に危険。
【スコープセット@Fate/Zero】
アストレアに支給。
AN/PVS04暗視スコープとスペクターIR熱感知スコープ、およびそれらを同時に使用できる特製スコープマウントの三点セット。
全部合わせると結構重い。
【王の財宝@Fate/Zero】
剣崎一真に支給。
アーチャーのサーヴァント・英雄王ギルガメッシュの宝具。
中にはこの世の全ての財宝や宝具、その原典が収められている。
ただし、“乖離剣エア”と“天の鎖”は入ってない。
○ ○ ○
「へえ~。見た事もない虫が混じってる。こんなボロボロで、よく今まで生きて来られたよね」
手元の赤い“箱”を持ち上げ、太陽の光で透かすように覗き見る。
だからと言って中身が透けた訳ではないが、彼には何か見えたのだろう。
「それにしても、ここには面白い人がいっぱいいるんだね。ネウロに会うまでの楽しみが増えたよ」
例えば黒い騎士。
人間観察に並みならぬ自信がある彼の観察眼を以てしても、あの騎士の表層すら窺い知ることは出来なかった。
そんな事は初めてで、つい中身を見てみようと奮闘してみたが全く叶わなかった。
戦闘に特化しているらしい分だけ、ネウロよりずっと強かった。
例えば翼の生えた少女。
まるで神話に出で来る天使のようで、魔人らしいネウロと並んで中身を見てみたい人物第二位に堂々のランクインを果たした。
彼女がいなければ今頃、死にはしないまでも大ダメージを受けていた事は間違いないだろう。
黒い騎士と互角に戦えていた事から、自分では敵わないくらいに強いだろう。けど彼女なら不意を付けば中身を見る事もできそうだ。バカそうだし。
「それにしても、ちょっと勿体なかったなぁ。
ちょっと扱いにくかったけど、アレがあれば正体を隠したまま戦えたんだけど」
あの白式というパワードスーツがどういったものかは知らないけど、あれを作った人はすごい天才だろう。
なにしろ制限されているとはいえ、自分の擬態を見破りかけていたのだ。
ちょっと擬態中の人間の限界を超えれば、すぐに本物かどうか調べてくる。
その度にバレない様に擬態し直すのは苦労したものだ。
殺す前に聞こえた声から、正義漢の強い少年を演出したつもりだったけど、どうも違ったみたいだし。
「まあ機会があったら、似たようなものを探すのも良いかもね。
「織斑一夏」の知り合いを探せば、一人くらいは持っている人もいるだろうし」
そう言って「織斑一夏」―――否、怪物強盗X.iは、赤い“箱”を地面に置いた。
そうして散らばったメダルを回収しようとして。
「おっと、もう気付いたんだ。意外と速かったなぁ。
ん~~………、言い訳するのも面倒だし、あの少女もいるみたいだからここは逃げるとしよう。メダルや支給品はこんなに早く気付いたご褒美だ。
それじゃあ機会があったらまた会おうね。―――その時は『俺』に気付くかな?」
そう言うやいなや、驚異的な身体能力で林から森、さらに林、と、木々の間を駆け抜ける。
真に驚嘆に値するのは、その間まったくの無音だった事だろう。
これからも彼は、赤い“箱”を作り続ける。
自分の中身を知る、その時まで――――
【間桐雁夜@Fate/zero 死亡】
【一日目-午後】
【E-2/健康ランド前】
【X@魔人探偵脳噛ネウロ】
【所属】緑
【状態】健康、織斑一夏の姿に変身中
【首輪】145枚:0枚
【装備】なし
【道具】“箱”の部品@魔人探偵脳噛ネウロ×29ランダム支給品2~6(X+一夏)
【思考・状況】
基本:自分の正体が知りたい。
1.ネウロに会いたい。
2.バーサーカーやアストレア(両者とも名前は知らない)にとても興味がある。
3.IS及びその製作者にちょっと興味。
4.殺し合いに興味は無い。
【備考】
※本編22話後より参加 。
※能力の制限に気付きました。
※細胞が変異し続けています。
※Xの変身は、ISの使用者識別機能をギリギリごまかせます。
【“箱”の部品@魔人探偵脳噛ネウロ】
怪盗Xが作成する、人間の中身の詰まった“箱”を作るための部品。
肝心の中身は現地で蒐集してください。
【全体の備考】
※【D-2/大桜跡地】にヴィマーナ(王の財宝)の残骸、基本支給品一式×2、不明支給品0~3、ラウズカード(ジョーカー)が放置されています。
※発生した火災が、戦闘の影響でさらに燃え広がりました。
最終更新:2012年12月25日 19:58