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「祭りの前」


作者:SS 本スレ 1-091様

321 :オリキャラと名無しさん:2013/08/10(土) 02:24:28

1-091 です
うちの寄生虫の子ら(本スレ 2-283)のSSを投下します
 ・アスカ×ロイコ←サイファで、サイファ視点です
 ・ヤマなしイミなしオチなしついでにエロなし
 ・どこの国のどこの祭りかなんて考えたらだめ!

322 :祭りの前:2013/08/10(土) 02:25:23

この部屋にはブラインドがない。正確には、この部屋のブラインドは壊れている、だが。
所有主であるロイコ・クロ・リディウム氏の手技によるとすぐに修繕は可能であろうにも
拘らず。
ルーバーが巻き上げられたまま、窓の上部に置かれている。
何故上げたままなのか、下げたままでもよいのではないか……何気無しに一度、問うたことが
ある。
その返答に、自身の粗忽さを悔いた。
『オープンにしてた方がさ、殴られにくくなるんじゃねーかって、そう思ったんだけどな』
あまり効果はないみたいだ、と後に続いた。

外界から遮断され屏息していた私は、視界に広がる外という風景に最初は慣れなかった。
昼には流れる雲や風に揺れるフラッグにすら気を揉み、夜には星の光や月の明かりに眩めいた。
更には、僅かに聞こえてくる波の音や、虫や鳥獣の鳴き声が耳について離れなかった。
両隣・後背は無人、正面は老婦人の一人住まいで、壁越しに話声が聞こえることなどないのが、
最低限の慰めだった。
そして私がここへ来て3日目の晩、
『眠れないか?悪いな、慣れてくれ』
こう言って少し困ったように笑った彼を、月明かりが照らした。
近くに感じる月を美しいと思った。その光を受けた姿は更にも美しいと、心から思った。
『……綺麗ですね』
思わず口に出してしまったこの言葉の真意は、幸か不幸か伝わらなかったようで、
『星の降る夜はもっと綺麗だぜ?手を伸ばせば拾えそうになるんだ』
そのような話を聞いているうちに不安が解け、体が眠ることを拒まなくなっていた。
眠りながら頬に感じた微かな温もりは、月明かりではなく彼の指先から得られたものだったと
信じたい。

頬を日差しが撫でるおかげで私は朝が来たことを知る。
それにもうひとつ、私に朝を知らせるものがある。
今朝はオリーブオイルとガーリックのリッチな香りが馥郁としている。
検食された食事を頓着無しにただ口に運んでいただけの私であったが、今では空腹を刺激されて
目覚めるのが心地よい。
「ああ……香ばしいですね。何ができあがるんです?」
「起きたのか、早いな。残念だが朝飯はまだだ。まあいい、顔洗ってこいよ、お前も手伝え」
そう言いながら、オリーブを器用に刻みながらパンへ放った。
私はその後ろをすり抜けバスルームへ向った。冷たい水で洗顔しながら、感覚を覚醒させる。
「サイファ、お前チキンはいけるよなあ?」
鏡越しにこちらを覗き込んでいるのが見え、私は鏡の中の彼に向って頷いて見せた。
海に程近い町のため、ここでの食卓にはエビやイカ、カキなどの魚介を中心に野菜や豆などが
あがることが主である。
おそらく私はここに来て鳥獣肉を食したことがない。
とはいえ、市場に肉屋がないわけではない。また、魚介に比べて肉類が高価なわけでもない。
「私、ロイコさんはお肉がだめなんだと思ってました」
「ん?……だめっつーか、まあ……あまり好きな方じゃないな。触りたくないっつーか」
意外だ。
「イカの腸は鷲掴みにできるのに?」
「ばか、イカは全然かわいいだろ。そう言や、お前、俺が捌くの見て泣いてたっけな」
「泣いてません、少し怖かっただけです」
そんな他愛ない会話をしながら、キッチンで隣に立つのは楽しい。
私にできることなど限られているが、それでも邪魔にせず立たせてくれている彼には感謝
している。

『コーヒーはだめか?』
手をつけられないまま、すっかり湯気の消えたシンプルなカップが下げられた際、私は正直
安堵した。
ただ、自分から救いを乞い、その手を躊躇わず掴んでくれた言わば恩人に対して、礼を欠く
行為であったと今でも後悔している。
食事や飲料に毒物を盛られたことが過去に一度や二度ではなかった。
手足の痺れや、意識が遠のく感覚を今でもはっきりと記憶している。
やがて一切の食事がデリバリーになり、侍従たちが毒見をするようになってから、私は進んで
飲食することができなくなった。
その事情を話している間、彼はこちらを見て静かに聴いてくれていた。
信じてくれるなどとは思っていなかった。一笑に付してくれても構わなかった。
彼は私を立たせ、キッチンへ招待した。
『俺はカフェオレの方が好きなんだ。お前は?』
『私も、ミルクは好きです』
よし、と小さく言うと、冷蔵庫からミルクを取り出し、小さなガラス製のポットに注いだ。
その横ではステンレス製のケトルが火にかけられていた。
『俺は甘党だからシロップも入れるからな?とりわけバニラシロップが好きだ』
明るい琥珀色をした小さな瓶の蓋を私の目の前で開けてみせた。甘い香りが広がった。
粘度が高いのか、傾けても流れる様が緩慢としていた。
『おい、シロップがそんなに面白いのか?まずお前はこれを自分で洗え』
気付けばミルクに沈む液体を食い入るように見つめていたらしい。
そんな私の眼前に、先ほどまで私の前に置かれていたカップが差し出された。
私のために淹れられたコーヒーはもう捨てられていた。恥ずかしくも申し訳ない気持ちが
あふれた。
『すみませんでした、せっかく淹れていただいたのに……』
『気にすんな』
目を細め、口角を少し上げて言った。
無意識に微笑んでいるとき、彼はこういった表情をするのだと最近気付いた。
『ほら、湯が沸いた。それ返せ』
私の手の中からカップがとりあげられ、シュンシュンと音を立てているケトルの長い口を
伝って湯が注がれた。
続けてドリッパーにも注がれていくが、手際よく描かれていく湯の弧線にしばし見惚れた。
『なんだ、ヤカンも珍しいのか?じゃあ、今度はもっと面白いもん見せてやるから、よく見とけ』
そう言うと、ミルクの入ったポットに何か細い金属棒――ミルクフォーマーというのだと、後から
教えられた――を入れ、攪拌し始めた。
見る間に泡立つと、ミルクとバニラの甘い香りが沸き立ち、更に体積を増していく様子に、
私は思わず感嘆の声をあげてしまった。
私がミルクに夢中になっている間にコーヒーが抽出されており、用意された二つのカップ
に注がれていった。
その上から随分柔らかくなったミルクが乗せられた。そのうちの一つが私に差し出された。
『見てただろ?俺は怪しいもんは何も入れてないし、
そのカップはお前自身が洗ったやつだ。まず飲んでみるからな?』
一口含み嚥下し終えた後に、唇が『美味い』と語ったのを見た。
それ以来、彼は、調理の際に私が側に立つことを許容してくれた。

「ところで、教えてください、何を作ってるんです?」
触ることが苦手だといった鶏肉をわざわざ使い、平時より早起きをしてまで一体何を作っ
ているのか……。
「何って、明日は聖女祭だろ?」
「……ああ!もうそんな時季ですか……。それで、チキンのタルトを作ってるのですね」
お祭りのご馳走といえば、チキンのタルトが定番である。
しかしながら私は数年来食したことがない。それどころか時節の流れを意識しなくなって
数年経つ。
「今年はお前がいて助かった。
 そっちの鍋にチキンあるだろ?もう冷めてるだろうから、むしってくれ」
「はい、むしるだけでよければ、私にもできます」
「むしったやつはこれに入れてな?」
手渡されたトレーの中には、フォークと見慣れないトングが入っていた。いつもパスタを
掴んでいたものとは形状が違う。
おそらく、鶏肉を素手で触らないように用意したものなのだろう。
「ロイコさん、食べるのは大丈夫なんですか?」
「何が?」
「お肉です。触るのは相当苦手そうですけれど……」
「まあ、上手く作れば美味いからな。それに、こいつ食わねえと始まらねえしよ」
「嫌いじゃないのなら、普段からもっとお肉を食べた方がいいですよ。
 私もお手伝いしますから」
「……お前は優しいな。
 ……実はさ、アスカ、肉の方が好きなんだ。外食するといつも肉だし」
「それなら尚更……」
「でもあいつ、俺が肉苦手なの知ってるから、串焼きとか作ると怒るんだ。
 んで、ほんとは生モノ食えないくせに、茹でた魚でマリネ作るとまた怒るんだ。
 あとで吐き出すくせによ。
 もうほんとわけわかんねーよな」
表情を緩めながら、こちらに顔を向けた。悩んでいるはずなのに、なぜ楽しげに話せるのか。
そしてなぜ私は胸が苦しくなるのか。
「って、お前に愚痴ってもしょうがねえよな。つか、早くでかして朝飯にしようぜ。腹減った」
彼の手元ではいつの間にやらタルト生地が伸ばされ、型に敷かれていた。あとは私の鶏肉を待つ
ばかりのようだ。
「すみません、私、手際悪いですね……」
「いや、余計な話してたのは俺だ、悪い。細かく千切ってくれてサンキュ」
手伝うつもりが逆に迷惑になっていたのではないか、そのような懸念は残るが、なんとかタルト
作りを終え朝食にありついた。

タルトが焼きあがるまで私たちは、食器を片付けたり掃除をしたりシーツを洗濯したり、
休みなく動き回った。
「ロイコさん、すごくいい匂いがします!」
「よし、まだ蓋は開けるなよ?冷めるまで待て。つまみ食いするなよ?」
「我慢します!」
「よし。電話してくるけど、つまみ食いしたらお前の分はないからな?」
「心得ました!」
部屋を出、階段を下る彼の背中に呼びかけた。
電話をかけるごとに階下へ降りていくので、私に聞かれたくないのだなと思い退室を申し出たが、
不要な気遣いだと、断られた。
この部屋は携帯電話の電波が届きにくい、らしい。

「……ああ、アスカ?おはよう」
『……ああ』
「忙しい?」
『……まあな』
「でも、今日ぐらい、帰って来るだろ?タルトも焼いてあるし」
『………………』
「ん?どうした?」
『……一人で焼いたのか?』
「いや、サイファに手伝って貰った。つか、お前が手伝えよな」
『……悪かったよ』
「来年は絶対手伝えよ?」
『わかったよ。……なあ、今夜は花火が上がるだろ?その広場に来いよ』
「わかった。そこにお前も来るんだな?」
『……ああ……あいつも連れて来いよ?』
「うん?サイファ?ああ、びびって腰抜かすかもな」
『……じゃあ、今夜』
「うん、待ってる」

私はしばらくオーブンの窓の向こうで鎮座するタルトに見入っていたようで、
「ヨダレ拭けよ」
と肩を叩かれるまで、背後に立つ彼に気付きもしなかった。
慌てて口元に手をやったが、彼の冗談だと気付いた。
その様子に彼は柔らかな微笑をくれるので、私は揶揄されることすら嬉しいと思う。
「それにしても随分大きく焼けましたね。パーティー開けそうですよ」
「残念ながら、このボロ家でパーティーは無理だな。
 切り分けて近所に配るんだ、世話になってる礼にな。
 午後からはその配達やら買出しやらで忙しいからな、今のうちに休んどけ。
 今日は一日が長いぞ。
 夜には花火を見に行くからな?その後は帰ってきて3人ぼっちのパーティーだ。
 朝まで飲むぞ?」
一気に言い終えると、ソファに横たわった。
いつもならば階下へ降りて廃品の修繕や仕入れ……と言ってもゴミを漁っているようにしか
見えないのだが、それらの仕事に取り掛かる。
「ロイコさん、お店どうします?私が店番しましょうか?」
「ほっとけ、誰も来やしねえよ。今日明日は休業だ。
 俺ちょっと寝るからよ、2時頃には起こしてくれ。昼は適当に冷蔵庫漁って食えよ?」
まぶたが重そうに閉じていく。
初めて見る寝顔に、触れてみたいと思うより先に指先が目蓋をなぞっていた。
頬が意外と柔らかだとか、唇の端が切れていたりだとか、睫毛の落とす影が長いだとか、
私よりも少し背の高い身体を窮屈そうに折り曲げて眠るだとか。
このような機会でもなければ決して知り得なかっただろう。
もっとも、彼がソファで眠っているのは、私がベッドを占領してしまっているからなのだが。
多大な迷惑をかけているに違いないだろうが、ここを去り私宅へ戻る、と一言口に出すことが
できずにいる。
それは去り難いが故であると、そうなのだと思う。

【END】

以上です
おととしのクリスマス用に書きかけていたなんていまさら言えない!


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最終更新:2013年08月10日 22:28