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first contact


作者: SS 本スレ 1-091

555 :オリキャラと名無しさん :2015/02/26(木) 18:05:59

ついでに繊さんと牧さん ( 本スレ 1-866 ) の初めてのご挨拶も書きました
※エロなし
※先生が3歳頃の思い出話

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  first contact 

俺には母親の記憶が殆ど無い。
その代わり、奇妙な同居人のことは今でもよく覚えている。
なぜそこへ行ったのかまでは覚えてはいないが、薄暗い物置部屋の畳の上、両手両脚を縛られた姿で転がっていた。
そして、俺を見上げて笑った。
俺は、怖いとか気味が悪いとか以前にそれがとても苦しそうで、助けを求められているように見え、近付かずにはいられなかった。

「よう小僧。俺に食われないように気をつけな」

それが彼と初めて交わした言葉だった。

「……お、にいちゃん、だあれ?」
「誰、か。説明しづれえなあ」
「……わかんない……。いたいの?」

子供だった俺には縄目はきつく、解いてやることは出来なかった。

「おい。俺に近付くなって言われてねえのか、小僧」
「……わかんない。まきだよ、おにいちゃん」
「あ?」
「なまえ」
「ああ、そうか。いいから帰れ、小僧」

子供と魔族――当時はまだそうとは知らなかったが――との会話は噛み合うことがなく、興を削がれたのか、素直に言葉に従った。
だがその後も、俺は彼に会うためにその部屋へ通った。
それはただの好奇心によるものだったのか、憐憫の情が湧いてのことだったのかは、今では覚えていない。
恐らく、前者だったのだろう、と思う。

「また来たのか小僧」
「まき」
「あ?」
「なまえ」
「ああ」
「おにいちゃん、は?」
「俺の名を知ってどうする?口にすると呪われるぞ。お前の名もそうだ。俺に言われると寿命が縮むぞ」

子供相手に呪いだの寿命だの、理解できるわけがない。それを敢えて口にしていたのかどうかは定かではないが。
今でこそ、言葉の意味自体は理解できるが、そんな非科学的な霊障じみたものなど馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
大方、周りが迫害するための口実として勝手に決め付けたものだろう。
今に至るまでに何度お互いの名を口にしたかわからないが、現にこうして生きている。
それでも彼は頑なに俺の名を呼ばず、自分の名を名乗らなかった。こんな他愛もないやり取りが数日続いた。

或る日、俺はいつも通り物置に向かった。扉を開けると真っ白いガーゼが彼の目と口を覆っていた。
幼いながらも、それが尋常ではない状態だということは理解できた。

「おにいちゃん!」

相変わらず結び目はきつく、解いてやることは出来なかったが、かろうじて口元から布を取っ払うことは出来た。

「だいじょうぶ?」
「大丈夫じゃねえよ小僧おめえが俺にちょっかいだすもんだからおめえの親父が#$%&)?{`|‘{*+>!失せろ」

一息に捲くし立てられ、俺は二の句が継げなかった。ただただ驚いて、呆然と突っ立ったままだった。
それにしてもこいつの言葉の汚さは何に由来するんだ。

「俺は痛てえのは嫌い……」
「牧、この部屋に来てはいけないと、言ってあるだろう?」

気付けば後ろに父親が立っていた。肩に掛かった両手が異様に力強く、痛かった。
俺は父親が怖くなって、その場から逃げ出した。

「やだあ、ごめんなさいいごめんなさい……」

涙交じりに許しを乞う声が背中から聞こえ、耳を塞いで走った。釣られて泣きたくなったからだ。
俺は彼を見捨てて逃げ出したかのようで後ろめたかった。
夜、父親の隣で眠るのが怖くて仕方がなかった。その時初めて母親が恋しいと思った。少なくとも俺の記憶の中では。
泣く為に縋り付く存在が欲しかったが、誰もいなかった。独りでは泣けなかった。

それから数日、物置へは行けなかった。近くまで行っては引き返した。
父親に叱られたからというのもあるが、何よりも、彼にどんな顔で会えばいいのか分からなかった。
だが、啜り泣く声が聞こえた――ような気がして、俺は急いで物置まで走って扉を開けた。
彼は部屋の隅で膝を抱えていた。手足を縛る縄はなかったが、何の罰か服も着ていなかった。

「おにいちゃん……」
「なんでまた来た。お前、親父にしこたま叱られたんじゃねえのか」

蹲ったまま、くぐもった声だけが返ってきた。顔を上げて欲しかった。

「おにいちゃん、ないてるの?」
「泣いてねえよ馬鹿」
「いたいの?」
「泣いてねえって」
「ごめんなさい」

膝を付いて、剥き出しの背中に触れた。その肌の冷たさにぞっとした。
俺はそれを裸でいたせいだと思い込み、両手で抱きかかえるようにしがみついた。

「さむいの?」
「寒くない。暑い。離れろ」

そう言われても離れる気はしなかった。彼の声が少し震えていたからだ。強がっているのだろうと、そう思った。
冷たい身体を温めようと、自分の全身を可能な限り伸ばして包んだ。

「やめろ」

彼は俺の腕をそっと剥がした。

「いいから、離れろ。俺は寒くないし、俺のせいでお前の母親はここに居ないんだ。俺に気を許すな」
「おかあさん?」
「そうだ。お前の母親がいないのは俺のせいだ。
 そういやあいつも、椿って呼べ呼べしつこいかったな。お前とそっくりだ」

母親の話をした時、彼は少しだけ顔を上げて微笑んだ。
なぜ唐突に母親の話になったのか。
彼に思考転写だか精神感応だかの能力があることを、随分後に知った。触れれば腹の内が分かるらしい。

「泣きたいのはお前の方なんだろ?」

そう言って、彼は俺の頭を一度撫でた。ただそれだけで、十分だった。
俺は堰を切ったように泣き出した。
割り切ることなんてできない。当然だ。涙の止め方なんて知らなかった。

「困った。お前とどう接していいのか分からない」

彼はただただ俺を撫でていた。その声も手付きも優しかった。
彼に母親を求めていた訳ではなかったとは思うが、俺は泣く場所を見つけた。
甚だ迷惑だったろうとは思うが、もう、拒絶されることはなかった。
それに――

「俺の名は、繊と言う。お前の名をもう一度、教えてくれ。もう忘れないから」

   ※

「そう言や、膝枕して貰ってたなー」

誰も居ないのに思わず口から出てしまった。いや、誰も居ない訳ではないが、寝ていては居ないのと同じだ。
しかも俺が膝枕して貰っているわけではない。している側だ。

家に着くなりぶっ倒れた。無茶しやがって。少しは自分を大事にしろ。
今日は頭が半分以上吹っ飛ぶほどの大怪我を負わされた。ぱっと見治っている様に見えるが、触れるとまだ少し柔らかい。

癖の無い触り心地の好い髪の毛。初めて出逢った時と変わらない。表面の皮膚の冷たさも。
目覚めたら、離れろと言うだろうか。

もう少しこのままでいればいい。寝ている時くらいだ、こいつが素直なのは。
そんな俺の願いも空しく、膝の上で軽く身動いだ後、瞼が開かれた。

「……悪い、寝てた」

喉に張り付くような掠れた声に、思わず口元に指が滑る。

「もっと寝てていいぞ」
「なんか、夢見てた」
「夢?」
「小さい頃のお前の」
「可愛かったろ?」
「ああ、泣き虫だった」
「うるせえよ。いいから寝ろ」

頬を抓った俺の右手に、冷たい指が触れた。

「ありがとう」

消えそうな声だったが、そう聞こえた。そして、そのままそっと、瞼が下りる。同時に指先が離れようとした。
少しばかり名残惜しいが、同じ夢でも見るとするか。

終わり。



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最終更新:2015年02月27日 02:05