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彼には桜がよく似合う


作者: 本スレ 1-091

571 :オリキャラと名無しさん :2015/04/22(水) 04:39:53

4年がかりか5年がかりでようやくでかしたお花見SS置いていきます。

※先生と京さん(本スレ 1-866)の山も落ちも意味もない世間話。
※801成分まるで無し。
※町医者→牧先生、彼1→京さん、彼2→繊さん、その人→先生のお母さん、友達→零さん

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どこかで咲きこぼれている桜の、可憐な花弁を風が攫う。

何の変哲もない、極々平凡な町医者の目の前に、彼は音もなく舞い降りた。
場違いで時代錯誤な黒衣の礼装姿の彼を、この町医者は歓迎してはいない。
己の支配圏に断り無く立ち入った凶賊、といった認識だ。
事実、その通りだった。
自宅の縁側に腰をかけ、少し冷めた茶を啜り、眼前の庭地を眺めているだけの休息の時に、突然の来訪。
そんな町医者の心中などには一切の関心も持たず、彼は膝を折り頭を垂れた。

「御機嫌よう」

ただただ麗しく、唇が開かれる。

「……何の用だ」

「生憎、貴兄に用向きなどございませんが、事の序でに寄ったまで」
「繊ならいねえぞ」
「存じております」
「……まあ、座れや。茶でも出すよ」
「ああ、どうぞ御構い無く。口に合いませんので」

腰を浮かせその場から逃げようとした所を阻まれ、仕方なく少しばかり離してまた腰を置く。
居心地の悪さを隠せない。町医者は彼のことが苦手なのだ。
また、彼はそれを承知の上で接してくるのがさらに鬱陶しい。

「貴兄はご遠慮なさらずに、お茶を」
「いいよ。あんたのせいでぬるかった茶がすっかり冷めた」

半分ほど残っていた茶を、足元へ撒き散らす。その小さな水溜りに、一片、花弁が舞い落ちた。
この青臭い顛末を、彼は涼しげに受け流す。
頑是無い行動だという自覚はあったが、焦慮に駆られる心が勝った。
掌に汗が滲む。恐ろしいのだ。この人喰いの怪物が。
自分がどれだけ彼の不興を買おうが、決して危害を加えられるようなことはないと理解してはいる。
それでも、畏れを拭えない。

「お花見を御所望でしたので、お連れしました。貴兄の母君を」

母親の話をされても、町医者はその顔を思い出せずにいた。
記憶が全く無い訳ではない。
幼い頃、手を繋いで公園を歩いた。丁度、今頃のような、桜の季節だった。
似合わない、派手な黄色のエプロン。柔らかく温かな掌。小気味好いサンダルの音。
ねだって買ってもらった綿菓子の甘い匂い。
ただ、その顔だけを思い出せない。

「元気にしてるのか?俺の母親は」

ようやく搾り出した言葉は、まるで他人事のように、現実味が消失している。

「少し、福与かに成られました」
「そうか」

それ以上言葉が続かないことに失望を覚え、思わず嘆息を漏らした。

「……道でばったり出会っても、まあ気付かないんだろうな」

誰に聞かせるでもなく、自分に言い聞かせるためだけに、言葉に出した。
そうすることで、感傷に浸ることができるのではないかと、そう期待して。

「お会いしたいですか?」

思い掛けない言葉が、町医者の耳を掠めた。
たった一言だった。だが、胸を掻き乱すに十分な一言。

「え?」
「丁度今、此方にいらしてますし」

夕陽が照らすような、琥珀色の瞳が町医者の顔を映す。

「そんな簡単なもんなのか?そんな簡単に……」
「冗談です。貴兄を少し揶揄ってみただけです。期待しましたか?」
「…………ッ!」

彼の言葉が真実であったとして、町医者は申し出を受け入れはしなかっただろうと思う。
それでも、揺さ振られた心は落ち着くことを知らない。
苛立ちを誤魔化すように茶碗を口元へ運んだ。中は空だ。先ほど自分で振り撒いた。
思わず舌打ちが出た。

「おい。一人にさせておいて大丈夫なのか?」
「ご心配ですか?」
「……そりゃそうだろ!」
「此方での守護は協定外ですから、如何な事が起きようと知ったことではございません」
「……おい……!!」
「冗談ですよ。本当に、揶揄い易い方ですね」

花開くように、彼は嫣然と微笑んだ。それが猶更町医者の気に障った。
町医者は苛立ちを隠そうともせず、所在無げに弄んでいた掌中の湯呑を足元へ叩きつけた。
砕け弾かれた欠片が一つ彼の青白い指先を掠め、赤い雫が一滴、陶器の肌を染める。

「……一度壊れた物は、元には戻らないというのに」

彼はその欠片を拾い上げ、懐中へ仕舞った。

「この茶碗には申し訳の無い事をしました。
 貴方が此処まで堪え性の無い方だとは………………ああ、存じておりました。
 完全なる私の手落ちですね、後程新しい物を寄越します」

彼が一一逆撫でする様な口振りなのは、自分の所為であると町医者は知っている。
自分の感情の浅さを見透かされていると、気付いていた。
自分を産み育てた母親なのに。感慨無くするりと通り過ぎていく。
この苛立ちは、自分自身に起因するものだと自覚している。
気持ちを切り替えるように、町医者は大きく溜息をついた。
項垂れたその髪先に、そっと何かが触れた。

「失礼、花弁が」

見ると彼の指先には薄紅色の桜の花弁が摘まれていた。

「姿は見えずとも、こうして存在を示すことができるのですね。そして、忌々しいほど掻き乱す」

険が取れ、替わりに寂寥が滲んだ声音と表情に釣られ、町医者の口から思いがけず歌が漏れた。

「『世の中に絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし』か?」

「……貴兄から業平が出てくるとは、正直、意外でした」
「……俺にはそんな情緒なんて無いとでも言いたいのか?」

これ程有名な古典ならば知っている。
確か返しの句もあったはずだが、そちらは忘れた。なんとなく哀しい歌だったような記憶だけがある。

「桜はお好きですか?」
「まあ、大抵の日本人は好きなんじゃないか?」

ならば自分はどうなのか、即答できなかった。
嫌いではない。ただ、好きと言えるほどの関心が無かった。
彼の見込み通りだ。花を愛でる風情など持ち合わせていない。

「それではそろそろ戻ります、お邪魔しました」
「おう、二度と来ないでくれ」

それは、町医者の率直な気持ちだった。それに対し彼は恭しく頭を下げ、消えた。
ただ一人残された町医者は、そのまま庭に一歩踏み出し、かつて湯呑み茶碗だった破片を拾い集めた。
空を仰ぐと薄桃色の花弁が過ぎていく。

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「悪い、ちょっと用事」

同伴者にそれだけ告げ、思わず走り出す。
東屋に一人佇む懐かしい姿を見つけた。この場には居ない筈の存在。

「お前、何してんの」

数十年前と猶変わらず、その人は晴やかに笑っていた。

「あ、繊さん。元気そうだね」
「お前は太ったろ。団子食ってる場合じゃねえよ」
「やめてよ、気にしてるんだから!
 京さんにねだって連れて来て貰っちゃった、お花見!
 繊さんも?」

その人は、食べかけていたみたらし団子を一口で頬張り、立ち上がった。

「繊さん、何か食べたいものある?ほら、金魚とかww」
「あんな小っせえの食わねえし。それに、ちゃんと小遣い貰って来たから自分で買うよ」
「ああよかった、あの子にもちゃんと甲斐性が育ってる!
 で、いくら貰ってきたの?」
「300円」
「……あのケチ!それじゃ何にも買えないよ、もう……。もっとせびんなさいよ。
 ああ、医者って儲かる商売だとばっかり思ってた。じゃあ綿菓子買ってあげるね」

その人は宣言通り綿菓子を買った。彼のものと自分のものと、二人分。
子供向けアニメのキャラクターが描かれたビニール袋を持ち歩くのを恥入る感覚は、幸か不幸か二人とも
持ち合わせていなかった。

「じゃ、友達待ってるから俺行くわ」
「繊さん友達できたんだ!?」
「うん」
「気をつけてね!」
「お前こそ」
「ありがとう」

彼が走り去るのを見届け、その人はまた奥へ向かった。
緩やかに続く石段を上る度、息が上がる。

「ふぅ、痩せなきゃ……」

少し歩いただけ、なのにこれほどまでに疲労しているのにはやはりそれなりの理由がある。
この数十年、仕事も運動もせず、まともに体を動かしていない。
それらがすべて許されていなかった。

しかし、寂しいとも退屈だとも、思っていない。
幾らかの制限はあったが、何かを所望すればそれらは大抵叶えられた。
編み物をしたいと言えば毛糸を、読書をしたいと言えば本を用意してくれた。
そうだ、桜を見たいと思ったのはあの本の所為だ。
作者名も作品名も記されていない。
すべて手作業で丁寧に綴じられた、この世に唯一冊のみ存在している本。
それを読んでいる時の彼は、穏やかで優しくて、美しかった。
何時しか、自分が手にした本よりも彼を眺める時間の方が長くなっていった。
そして生じる逆らい難い好奇心。読んでみたいと告げたら快く貸してくれた。
自分の前に誰か作家でも居たのだろう。
いざ読んでみると、内容は、稚拙で凡庸極まりないものだった。
文法は乱れ、選んだ語の響きもリズムもおさまりが悪い。書き間違いも幾つか見られた。
ただただ、湧き上がる感情のままに織られた言葉の数々。
それは文芸作品と呼べるような物ではなく、刹那的な、まるで恋文だった。
その“恋文”の始まりと終わりには同じ一文が綴られていた。

――彼には桜がよく似合う――

すっと、風が耳元を通り抜けた。

「そろそろ、参りましょうか」

その声に、ふと我に返らされ振り向いた。
怖ろしいほどの満開の桜の下、虚空の中に彼は立っていた。
軽い既視感に襲われる。

「……京さん、あなたはほんと桜が似合うのね。
 坂口安吾や梶井基次郎にでもなった気分」
「おや。どちらも狂気的に描かれておりませんでしたか?」
「でも神秘的よお」
「椿にはもっと大輪の花がお似合いです」
「それって、表面積が広いからって言った!?」
「……言ってません!」
「いいわよ、ダイエットするわよ」
「では、その綿菓子は?」
「これ食べ終わってからよ!」

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「先生ただいま!」

ひと時の、森閑とした時間が終わった。

「おう、お帰り。楽しかったか?」
「俺、花見って行った事無くって……!桜も、綺麗だった!」
「これ、お前にお土産」

目を輝かせ頬を紅く染めている少年とは対照的に、彼は無感動に手にしたビニールの袋をを投げた。

「ん?綿菓子か?懐かしいな、みんなで食うか。零もこれならいけるだろ?」
「う、うん……!」

町医者は袋の口を開け、ひとつまみの白い塊を少年へ差し出した。
少年は暫く口にするのを惜しむようにその塊を見つめていたが、ようやく一口頬張った。

「美味しい……」

釣られて町医者も一口。

「ああ、これも」

彼は、羽織ったパーカーのポケットから手を取り出し、ふっと一息吹きかけた。
室内に小さな桜の花弁が舞い、町医者の上に降りかかる。
思いがけず無邪気な土産に、思わず口元が緩む。

「……おい、誰が片付けるんだ?」
「ぴよぴよにやらせりゃいいだろ」
「ちょっ……!」

終わり。

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最終更新:2015年04月30日 00:40
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