そこは洋館の大広間だった。
小さな民家ならばすっぽりと入ってしまうのではないかと思えるほどの空間である。
だが、今その空間は所狭しとひしめき合う様に、80名近くの人間が蠢く様に集まっていた。

俺、尾関裕司も一団の中に立ち尽くすその一人だ。
さっきまで野球の練習をしていたはずなのに、気が付いたらここにいた。
辺りを見渡すと、目に映るのは一面の白。
地面も壁も白の大理石で埋められおり、四方には芸術性すら感じさせるような意匠の柱が立ち並んでいる。
壁際には絵画が並び、室内を照らすのは煌びやかなシャンデリアである。
およそ一般人は縁遠いような、厳かさすら感じられる絢爛さだった。
現実感がなく、白昼夢でも見ているようだ。

「――――おはよう。大半の人は初めまして、そうじゃない人はこんにちは」

白い空間に浮き上がるように現れたのは、穿たれたような黒。
一段高い壇上に立っていたのは、黒いタキシードにシルクハットを被った男だった。
映画か何かから飛び出してきたような衣装は、紳士というより道化じみた雰囲気を感じさせる。
それは白いシーツに落とされた一滴のインクのような、いやでも目に付く異物としてこちらの認識に滑り込んできた。
目元を隠すシルクハットの下から覗くのは、亀裂のような歪な笑み。

「僕を表す呼び名はいろいろあるんだが、とりあえずここではワールドオーダーとでも名乗っておこうか。
 まぁあれだ。気づいているだろうけど、君らをここに集めたのが僕というわけ、ちょっと殺し合いをしてもらおうと思ってね」

軽い。本当に軽い、友人を食事にでも誘う気軽さでワールドオーダーと名乗るその男はそう言った。
同時に、横合いから銃声が響いた。
一つや二つではない。
タタンとリズミカルさすら感じられるような発砲音が続く。
それらは全てが吸い込まれるように、男の脳天に正確に向かってゆく。

「言い忘れていたが、『攻撃』は『無意味』だ」

カランと軽い音を立ててワールドオーダーの足元に薬莢が落ちる。
何をしたわけでもない、放たれた銃弾を気にするでもなく、視線すらやらず、男はただそこに立っていただけ。
にもかかわらず、弾丸の雨にさらされたワールドオーダーは無傷だった。

その事実に、動揺が波のような騒めきとなって一団に奔った。
同時に、肌をひり付かせるような殺意が周囲から膨らんでゆく。

「うん。まあ元気があってよろしい、のだけれどまずは説明を聞いて、」

瞬間。男の言葉を遮るように瞼を焼く程の閃光が放たれた。
放ったのは額に二対の角を生やした青い男。
人間一人どころか、この洋館ごと吹き飛ばすのではないかと思われたその攻撃はしかし。

「だからさ――」
眩しくて見えない光の先から、一片も変わらぬ声が響く。
「――――『無意味』だって」
一帯を吹き飛ばすはずの光の奔流が、何一つ焼き払うでもなく霧散してゆく。
その光が晴れた先にあったのはやはり、無傷の男の姿だった。

呆気にとられたモノ。様子見に切り替えたモノ。展開についていけないモノ。
理由は様々だろうが、今度こそ会場は完全に静まり返った。

「うん。落ち着いてくれたようでよかった。
 最悪『動き』を『封じて』しまう予定だったけど、それをやると僕も動けなくなるからね」
そういってパンと仕切りなおすように手を打ち、口元だけで男が嗤う。

「何者だ?」
静寂を割って、鋭い視線と共に問いを投げたのは剣道服の男だった。

「……『革命狂い』。国際指名手配されているテロリストだよ」
答えはワールドオーダーの口からではなく、後方にいた警察服を着た外国人から返ってきた。

「テロリスト、なんて無粋な呼び方は止めておくれよ。革命家と呼んでほしいものだね」
「何が目的だテロリスト。お前の敵対者でも集めて殺し合わせようって悪趣味な催しか?」
「まさか。僕の異名を知っているのならわかるだろう? 目的なんて一つに決まってるじゃないか」
そこで言葉を切ったワールドオーダーの口元が、これまで以上に三日月のように歪む。

「――――――革命さ。そのための殺し合いだ」

意味が分からなかった。
その言葉はきっと誰にも理解されていない。

「わけがわからねぇな。だいたいそんな言葉に、はいそうですかと我々が従うと思うのか?」
かぶりを振って肩をすくめた探偵服の男が言う。
同じく肩をすくめたワールドオーダーは答える。
「そうだねぇ。でも、できれば矯正はしたくないんだよね。
 ま、強制はするけどね。その辺を含めてまずはルールを説明しよう。ご静聴を願うよ」
そう言って、ワールドオーダーはピンと指を立てた。

「君たちはこれからとある小島で最後の一人になるまで殺し合う。
 その島の地図。数日分の水と食料。時計に磁石、懐中電灯くらいは全員に支給しよう。
 あとは名簿だね。この場にいる参加者たちの名前を記した名簿を配る、知り合いがいるかもしれないから一応見ておくといい。
 そして、先ほど僕が撃たれたからわかるだろうけど、武器を持ってる人間が何人かいるね。
 これじゃ不公平だから、武器は改めて配りなおそう。なるべく不公平のない様にランダムに配るよ。

「6時間に一度、島全域に向けて放送を行う。
 放送では進捗状況を伝える。要は死者の発表だね。
 あとはルールの変更などの連絡事項があればそこで伝えるので聞き逃さないように。

「そして首輪だ。もう気づいてる人も多いだろうけど、君たちの首についてるそれ、爆弾だから。
 本当かどうかの実演が必要かな? まあその辺は僕という人間を信じてもらうしかないね。
 貴重な参加者をそんな理由で減らすのもバカらしいしね。

「その首輪は地図に記されたエリア外に出ると爆発する、様は逃げようとしても駄目だってことだね。
 あとは放送毎に禁止エリアが設定されるので、そこに侵入しても爆発することとなる。
 猶予は発表より二時間、そのエリアにいる場合は早急に離れるように

「あとは一定時間死者が出なくてもランダムで誰か一人のモノが爆発する。
 時間は、そうだな最初は放送があるまでの6時間としよう。
 まあこれは安全装置というか本来機能すべきルールではないのであまり気にしなくていい、時間の変更があれば放送で伝えるよ。

「進行中のルールは以上だ。一応、この辺は別紙にまとめて配布するので、改めて見返すといい。
 お次は、勝者への褒賞の話に移ろう」

理解が追い付かない。頭が事態についていけない。
ただひたすらに現実感がない。
だというのに、流れるように矢継ぎ早に話は進んでゆく。

「勝者の願いはなんでも叶える、と言いたいところだが僕の用意できるモノには限りがある。まあ最大限の努力はするがね。
 まずは僕のできることを提示しよう、入って」

その呼びかけに応えるように、カツンと足音が響いた。
ワールドオーダーの背後から現れたのは一つの影。
それは年の頃は僕と変わらないような少年だった。
そしてそれ以外に特筆するべきところのない、特徴がないのが特徴のような少年である。

「警戒しなくてもいいよ。彼は君たちと同じ参加者だ。
 そして今生まれたばかりの名もない登場人物Aでもある。だが」

少年の頭にワールドオーダーがそっと手をのせる。
そして、少年の体が一瞬ビクンと跳ねた。
少年から手を離したワールドオーダーがこちらに向き直る。

「これで、彼は僕になった」

言葉の意味が分からなかった。
だがすぐに気づく、外見は少年のままだが、少年の口元に浮かぶのは亀裂のような歪んだ笑み。
歪んだ少年の口元が開く。

「『自己肯定・進化する世界(チェンジ・ザ・ワールド)』
 僕の能力の一つさ。対象のパーソナリティを書き換える。これで僕は僕になった、そうだろ僕?」
「ああ、残念ながらこの能力自体の付与はできないのだけれど、もう一つのほうは問題なさそうだね、僕」
「無機物にも設定可能だ。そこに飾ってある絵を人を食らう呪いの絵にすることだってできる」
「勝者が望むのならば、この力でなりたい自分にしてあげよう」
「殺し合いの事実を忘れるのも自由だし、なんなら王様や大統領にだってしてあげる」

交互にしゃべる二人のワールドオーダー。
衣装も体格もまるで違うのに、雰囲気が、挙動が、存在が同じとしか思えない。
頭がおかしくなりそうだった。

「この能力で君たちに殺し合いに肯定的な設定を追加してもいいんだけど、そこはまあ君たちの自主性に期待しよう」

褒美の話どころではない。
殺し合わなければ人格を弄るぞと、そう暗に脅している。
自分が自分じゃなくなるという恐怖はある意味死よりも恐ろしいのではないか。

「……貴方。神にでもなったつもり?」
白いローブを着た金髪碧眼の美女が問いかける。
その問いに、初めてワールドオーダーの表情から笑みが消える。

「それは違う。僕は人間だ。神などという完成物とは違う」

その声は、これまでの楽しげなものとは違っていた。
何処か熱を帯びたような、あるいは祈りのような切実さを帯びたような。

「人間には進化の余地がある、革命の余地がある、ならばその先を目指すべきだ。
 そう、人間は人間のまま、神を超えるベきだ」

その熱の正体。それは狂気だ。
その狂気を前にしてヒーローも悪の組織も龍も勇者も魔王も誰も動けない。
誰一人、彼を理解できない。
世界の支配者(ワールドオーダー) 。
この空間を彼の狂気が支配していた。

「裏社会の抗争も、悪の組織とヒーローの戦いも、タイムスリップも、異世界の発見も、慣れてしまえば日常だ。
 常に革命しづけなければならない。進化し続けなければ意味がない。世界は革命を求めている!」

両腕を広げ謳うように、踊るように。
天向かって支配者は宣言する。


「さあ革命を始めよう! 人間の可能性を見せてくれ!」



【革命――――開始】

※主催:ワールドオーダー
※『自己肯定・進化する世界(チェンジ・ザ・ワールド)』の効果により登場人物Aの設定がワールドオーダーの設定に書き換わりました
※参加者となったワールドオーダーが使用できる能力は『未来確定・変わる世界(ワールド・オーダー)』のみ
『自己肯定・進化する世界(チェンジ・ザ・ワールド)』は使用不可能

投下順で読む 001.Dumme Marionette
時系列順で読む

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

最終更新:2015年07月12日 02:11