「判りませんよ、私には。脳が一時的に狂ってるとか、そんなことしか――」
「それが正解だ」

                       ――西澤保彦『人格転移の殺人』



一がその女を見つけたのは、べたついた潮風の吹きつける港近くの道路だった。

「なンだおい、随分と酷くやられてんな」
それが女を見つけた時の一の第一声だった。

女の様子は酷いものだった。
身体は一糸纏わぬ裸。しかし元々は美しかったであろうその顔も、身体も
全身が余すところなく重度の火傷を負っており、まだこうして生きて動いているのが不思議なくらいだった。
これでは余程の異常者でもない限り、全裸で歩いていたとしてもこの女を襲う者はいないだろう。
女は気が狂っているのか、あーとかうーとか意味のない言葉を漏らしながら徘徊していた。

「おい」

道のど真ん中に立って話しかける一の存在に気づいていないのか
大火傷の女は一の横をふらふらと通り過ぎようとする。

「無視してんじゃねーよ」

足を引っ掛けると、女は簡単に転んだ。
何のアクションもなく道路の上に転がると、女は初めて一の存在に気がついたというように胡乱な瞳で一を見上げている。

「なんだその角、お前、もしかしてブレイカーズん所のバケモンか?」

一が気になっていたのは、火傷よりむしろ女に頭に生えている山羊の様な角の存在だった。
何かの装身具かとも思ったが、近くで見てみると本当に頭から生えているようだ。
確か悪徳商会の商売敵である秘密結社ブレイカーズは、人間を改造してこういうイカレた形の化け物を作り出しているらしい。
ブレイカーズ製の改造人間なら、全身にこれほどの熱傷を負ってもこうして生きて活動していることにも合点がいく。

「まァ、それならそれで好都合だわ」

この女を殺すことでブレイカーズに対しても宣戦布告できるなら
一にとっては一石二鳥だった。


思わぬ横槍が入ったせいで初戦が不首尾に終わった後
一は次の獲物を探して港の方へ移動していた。
こちらを目指したのは、しばらく前にこの方角から爆発音が聞こえてきた為だ。

この火傷の角女は、恐らくその爆発でやられたのだろう。
ならばこの先には、爆発を起こし、このブレイカーズの改造人間をここまで痛めつけた何者かがいる筈だ。
その強者を打ち殺す。蹂躙する。踏み潰す。
そうやって今度こそ自分の力を、どこかで様子を窺っているであろうワールドオーダーに見せつけてやる。
この女はメインディッシュの前の、云わば前菜といったところか。


ずきり、と左肩と左脇腹の応急処置をしただけの銃創が痛んだ。
スケアクロウを殺す直前に闖入してきた娘にやられた傷だ。あのクソガキにもいずれ死に勝る返礼をしてやらねばならないが
まずは目の前の女だ。

失敗した初戦の厄落としも兼ねた記念すべき一人目の生贄がこんな死に損ないの『中古』とは少々物足りないが
ブレイカーズに痛手を負わせることができるなら良しとしよう。


この女の死を通じて、その後に続く悪党商会会員以外の全ての参加者の死を通じてワールドオーダーとブレイカーズに教えてやる。
本当に強いのは誰かを。
本当の悪党が誰かを。
この『悪の最終兵器』茜ヶ久保一が、一流の悪党の美学を奴等に教育してやる。



一のオッドアイの瞳が妖しく輝き、掌にサイコパワーが集中する。
出来れば少しは楽しみたいが、この女の様子では一撃でくたばるかもしれない。
まあいい。どうせ先は長いんだ。お楽しみのチャンスはこれからも沢山ある。

「ま、とりあえず死んどけ」

こうして茜ヶ久保一は、虐殺への第一歩を踏み出した。



尾関裕司

皆様方、ごきげんよう。わたくしの名前は尾関裕司。
当年とって芳紀14歳の花も恥らう乙女でございます。
習い事は野球を少々嗜んでおりますの。好きな食べ物は焼肉丼。好きな漫画家はちばあきおと矢吹健太朗でございますですわ。

筋肉モリモリマッチョマンの変態童貞男と馬鹿にされていたのも今は昔
今のわたくしはフリルのついたピンク色のドレスに身を包んだ美少女ですのよ。ごきげんよう。

「うん、よく似合ってるよユージーちゃん!」
「エヘヘヘヘ、それほどのこともありますけどォ……」

鵜院さんがにこにこ笑いながら俺……じゃなくてわたくしの新しい服を褒めてくれましたわ。
ここは商店街。このお洋服は商店街の中にあった洋服屋から男臭い学生服に変わる服としてギッてきたものですわ。
私と鵜院さんが服探しをしている間に、バラッドお姉様はピーターを引き連れて
イヴァンとかいう奴を見つけるためにそこら辺を探し回っておられますですことよ。

「……君を見てると、郷里にいる妹が小さかった頃を思い出すよ」
「妹さんがおられるんですか?」
「うん、そういえば実家にはもう何年も帰ってないなぁ……」

愛らしいわたくしの服装を見ながら、しみじみと望郷の念を呟く鵜院さん。
その様子はとても悪の組織の一員とは思えません。この人本当に悪党なのでございますか? 悪党って何だよ(哲学)


「クソッ、イヴァンの奴、どこに隠れているんだ!」
合流場所の広場に行くと、いつになく荒っぽい苛立った声を上げてバラッドお姉様が帰ってらっしゃいましたわ。

「ごきげんようお姉様。見つかりませんでしたの?」
「お姉様? ――まあいいや。駄目だったよ。あの卑怯者のことだ、どこかの建物にコソコソ隠れているだろうと思ったんだが……」
「はははっ、わかってませんねぇ、バラッドさんは」

苛ただしげに髪をかき上げるバラッドさんの横で、相変らず手首拘束されたままのお供のピーターがなんか言っています。

「……何が言いたいんだピーター」
「イヴァンさんのように計算高く臆病なタイプはこんな人の集まりそうな場所に篭城したりしませんよ。
 そうですねぇ……この近くでいえば見晴らしがよくて篭城しやすい山荘か、人目につかなそうな鉱山あたりにでも陣取るんじゃないかな。
 いやはや全く、バラッドさんは殺しの腕は立つのにこういった人心の機微に頭が回らないのだから……」
「ピーター」

あ、バラッドさんがいい笑顔で笑っていますわ。
うちの姉ちゃんでも経験あるけど、女がこんな笑い方をする時ってのは……

「ヴゲェ!?」
「わかってんならもっと早く教えやがれッ!このダボがッ!」

おおう、綺麗な腹パンがピーターに極まりましたねぇ!
堪らず倒れたピーターにバラッド姐さんは容赦ない追撃の蹴りを浴びせています。
ピーターは悶絶しながら「ありがとうございますありがとうございます」って言ってますね。仲いいなこいつら。

「お、お二人とも落ち着いて!ねっ、ねっ」
慌てて鵜院さんが仲裁に入ります。本当にこの人は苦労性ですね。
ピーターは別に死んでもいいけどオロオロする鵜院さんが気の毒なので、わたくしも助け舟を出しますわ。

「まあまあバラッドさん、ほらこれ」
「ん?」
そう言ってバラッドさんに渡したのはせ○とくんのぬいぐるみ。

「憤った時にはモフモフするものをモフモフするのが一番ですわ」
「わ……私は別にこんな物……」

そう言いつつもドギマギしてぬいぐるみをモフるバラッドさん。
ふっふ、やっぱこのぬいぐるみが気になってたんすねえ。
こうした些細な気配りも美少女のたしなみですことよ。
思いやりの欠片もない実花子とか初山とかいう女は俺の爪の垢でも煎じて召し上がったほうがよろしいのではなくて?
……それにしてもユキさんといいバラッドさんといい、こんな怪人のぬいぐるみが好きなのか……女心は複雑怪奇ですわ。

「それでその……バラッドさん、
 わたくし、お花摘み(←これを言ってみたかった!)に行きたいのですけど……」
「あ、ああ、便所ね。早く行っておいで」

あらやだバラッドお姉様ったらお下品。

「ユージーちゃん、一人で大丈夫かい?」
「ええ心配ありませんことよ。では皆様方ごきげんよう」

不安そうな鵜院さん、俯き気味でせ○とくんをモフるバラッドさん、その足蹴にされ続けているピーターに背を向け
わたくしは一番近くのショッピングモールにあるトイレに入っていきました。




あったあった。ちょうど階段の上り口の所におトイレがありましたわ。
早速――っていつものくせで男子便所に入っちゃったよ。失敗失敗。
今の俺は大手を振って女子便所に入れるんだからよォ~たまらねえぜ。いい時代になったもんだ。


さて用を足そう、と思ったときに気がついた。
そういや女の子になってから出すのって初めてだな。
いや、そもそも今の俺の体、着替えるときにちょっと見たけど
あの時は更衣室の近くで鵜院さんが見張っていたせいでじっくりと確認できなかったんだよなあ。

でもこの女子便所という空間なら誰にも邪魔されず
この現在の俺の女の子の体を隅から隅まで隈なく調べられるんじゃないかな?

「いいの? そんな事して」

思わず自分で自分に問いかけてしまったが
いいに決まってるだろ!誰に迷惑かけるわけでもない、俺の体なんやで!

「よ、よし。やるぞ。やってやるぞ!」

フンスと鼻息を吐いて気合を入れると、俺は個室の一つに入り、服を脱ぎ始めた。

「夢幻の彼方へ、さあ、いこう!」








――数十分後――



「ああぁ~~~」



カ・イ・カ・ン


すごい世界だった。

未知への冒険だった。

今まで厚いベールで隠されていた神秘の秘密を、こんな形で知ることができるなんて。


僕が伝えたいことは一つだけ。


「スゴいね。女体(はぁと)」




荒い息と満足感に包まれ、俺は幸福だった。

しかし、ただ一つだけ満足できない、満たされないことがあるとすれば……

「これでチ○ポさえついていれば完璧だったのに……」


元が男だからか。
股間に性剣エクスカリバーがないとやはり物足りない。
女体の神秘は堪能できたが、約束された勝利の剣が消え去ったことだけは残念無念だった。

だが止むをえまい、全てを得ることは叶わぬ。それが人生なのだから――

「あっそうだ」

そういや随分長く神秘の探求をしていたが、今何時くらいなんだろ。
時計を見てみる。

「ゲェーッ!?」

もうン十分も経過してんじゃねーか!

「やべえ……バラッドさんに殺される……」

バラッドさんのハイパーヤクザキックを思い出し、俺は真っ青になって服を着直すと個室から飛び出した。
せめて誰か迎えに来てくれればよかったのに!

慌てて便所から飛び出す直前、遠くで爆発音がした。

「ん?」

それに気をとられて便所から出た瞬間

何かが俺にぶつかってきた。

「げッ!?」

頭に強い衝撃を感じ、俺は意識を失った。



天高星


「……今、人の声が聞こえませんでした?」
「聞こえ……たかな?」
「どう……でしょう」
「どう……なんだろうね」

困ったように呟く自分の顔を見ながら、天高星は曖昧に応えた。
おそらく目の前の裏松双葉の目にも、困っている彼女(今は彼だが)自身の顔が映っているのだろう。


入れ替わりと性別転換という特殊体質の他は普通の人間である彼等二人は
とにかく夜明けまでは建物の中に隠れてやり過ごそう
暗いうちに出歩くのは危険すぎるし、明るくなったら救助が来るかもしれない
そう考えて、とりあえず商店街にあるショッピングモールの二階、その一番奥の狭い部屋に隠れてじっと息を潜めていた。

只でさえ心細い状況であるのに、今は身体すら自分のものではない。
それがより一層彼らの不安を掻き立てていた。

「あのさ、裏松さん。
 君の体が女の子に戻るのって、大体どれくらいの時間がかかるとか、わからないかな?」
「ひぇ!?」

星としては当然の質問をしただけなのだが、双葉は何故か顔を赤らめている。
(顔は星自身のものなので自分でその様子を見るのは気持ち悪いことこの上ない)

「そ、そうですね、人によって違う……ん、じゃ、ないかな?と思います……
 人によっては一週間くらい平気かもしれないけど、私は数時間で……」
「は?」
「い、いえ!なんでもないです!そのうち!そのうちです!」

慌てて首を振る双葉、どうも彼女は自分に対してまだ何かを隠しているらしい。
しかし荒っぽく聞き出す気は起きなかった。彼自身争いや暴力は大嫌いだし、自分の体を傷つけたりもしたくない。

結局は待つしかないのか。彼はぼやくことしかできなかった。

「僕はこれから何をすればいいんだろうなあ……」
「そうですね、ナニを擦れば……」
「は?」
「ナンデモナイデス……」






部屋に隠れてしばらく経った頃、星はついに我慢できず立ち上がった。

「天高先輩!? どこに行くんですか!?」
突然の星の行動に双葉が驚きの声を上げる。
「トイレに……」
「へっ?」
ポカンとした双葉に、申し訳無さそうに星は告げた。
「ごめん、出来るだけ見ないようにするから」
「あ、は、はい。気にしないでください」
複雑そうな表情の双葉を残して、星はそっと部屋の外に出た。


足音を殺して歩きながら、星は考え続ける。
とにかく、一刻も早く元の体に戻りたい。
その為には、現在のこの体を女性体に戻さなければならない。
しかし一体何が変化のスイッチなのか? 双葉は時間経過だと言っていたが、どうも何か誤魔化している様だ……


そんな考えに熱中していたのがよくなかったのだろう。

気もそぞろに階段を降りている途中、遠くで爆発音がした。

「ん?」

不意に聞こえてきた爆音、それに気をとられ、彼は階段を踏み外した。

「うわッ!?」

階段を転げ落ちる瞬間、階段降り口にあるトイレからフリフリの服を着た少女が出てくるのが見えた。

その少女との距離は一瞬で縮まり、そして――


頭に強い衝撃を感じ、彼の意識は闇の中へと落ちていった。

《鵜院千斗》

「遅い!」

バラッドの苛立ちを含んだ怒声に、鵜院千斗は思わず
自分が怒られたわけでもないのに首を竦めてしまった。

「まあまあバラッドさん、まだ十五分程度じゃありませんか。
 レディは色々と時間がかかるものです。貴女も淑女ならそれくらいグオェッ!」
「まだ十五分!? もう十五分の間違いだッ!」

地面に伸びたままのピーターに蹴りを入れるバラッド。
その手に抱えられたままのせ○とくん人形のモフモフでも、最早彼女の苛立ちは抑え切れないらしい。
まあ宿敵を探すのに既に時間を無駄にした彼女からすれば、一刻も早くここから出発したいのだろう。

それにしても……矢張り長過ぎる。千斗も心配になってきた。
一応ショッピングモールの面している通りからガラス越しにトイレの入り口は監視しているが
ひょっとしたら急に気分が悪くなって中で倒れているかもしれない。

「俺、ちょっと声をかけてきます」

ユージーの様子を見に行こうとした矢先だった。
千斗にその『声』が『聞こえて』きたのは。

(――――タス――ケ――――)
「!! 茜ヶ久保さん!?」
「何!?」「何ですと!?」

突然叫んだ千斗に驚くバラッドとピーター。
彼らの耳には何も聞こえていない。それはそうだろう。千斗に聞こえているのは彼の上司である茜ヶ久保一からの
超能力による精神感応によって届けられる特殊な『念波』だった。それも救助を要請する内容の。

「茜ヶ久保さん!どちらに居られるんですか!」
(ウイン―――タ――スケ―――――)

しかも今までに経験したことのない嫌な念波だった。
テレパシーが恐怖と苦痛のノイズで掻き乱されている。今まで幾度も窮地はあったが、こんなことは初めてだった。

「茜ヶ久保さん、待っていてください!今すぐ行きます!」
内容は混乱しているが、この念波の発信元を探せば茜ヶ久保の居場所がわかる。
彼の尋常でなさそうな様子に、千斗は矢も楯もたまらず走り出していた。

「ウィンセント!」
「ウィンセントくん!」

バラッドとピーターの声に、千斗は一度だけ振り返り、深々とお辞儀した。

「バラッドさん、ピーターさん、お世話になりました。
 俺、これから茜ヶ久保さんを助けに行きます。ユージーちゃんも、皆さん、どうかご無事で!」

尚も背にかかる二人の声を振り切り、千斗は茜ヶ久保の念波を感じる方向へ全力で走る。

茜ヶ久保は間違いなく殺し合いに乗っているだろう。
別にワールドオーダーに従う訳ではない。ただこんな環境を与えられて、あの男が大人しくしている筈がないのだ。
恐らく現在彼が見舞われている危機も、その行動に端を発したものに違いない。
彼にとっては悪党商会の構成員以外の全てが敵だ。ユージーもバラッドもピーターも、その例外ではない。
彼らを庇おうとするなら、千斗自身も。
茜ヶ久保を助けるということは、今まで行動を共にした彼らと敵対するという事だ。

しかし、鵜院千斗は茜ヶ久保を助ける道を選んだ。
たとえ悪党であっても、彼は仲間を見捨てることは出来なかった。






どれほど走ったのか、千斗は港近くの倉庫まで来ていた。
その内の一つ、屋根や壁の破れた廃倉庫の中から念波の発信を感じ取る。

「茜ヶ久保さん!」
叫びながら倉庫に駆け込むと、仄暗い倉庫の中に土埃が濛々と舞い上がった。
思わず噎せそうになりながらもう一度名を呼ぶ。
「茜ヶ久保さん!ここにいるんですか!」

その呼びかけに応じ、薄闇の中から不明瞭な声が聞こえた。

「ゔい゙ん――か――?」
「茜ヶ久保さん!僕です!悪党商会戦闘員鵜院千斗ただ今参りました!」
「ゔい゙――だすげ――」
上ってきた朝日が差し込み、割れた壁や天井から光が注がれ、倉庫内が明るくなる。

「茜ヶ久保さん、一体何が――――」

朝日に照らされた光景を目にした千斗は
そこで言葉を失った。



倉庫の奥の壁に、茜ヶ久保一は磔にされていた。

大の字に開かれた両手両足の付け根部分に鉄棒が突き刺さり、彼の体を地上から1m弱ほどの高さに固定している。
更に彼の串刺しにされた手足の先は、左手を残して全て途中から出鱈目に捩じ切ったように切断されていた。
残された左手も、有り得ない方向に曲がって途中から骨が突き出ている。
まるで残酷な子供が壊したオモチャの残骸のような出鱈目な姿で、千斗の仲間はそこに存在していた。

「ゔい゙ん――」

動けずにいる千斗を見る、茜ヶ久保のアルビノの白面は半分が黒く焼け爛れ
オッドアイだった片目は抉り抜かれ、血とも膿ともつかない液体が涙のように流れ出していた。
鼻は削がれ、耳は千切られ、言語が不明瞭なのは顎が砕かれている為らしい。
長い付き合いの千斗でも一瞬見分けがつかないほど、茜ヶ久保は破壊され、しかもまだ生きている。


「どうして――?」

何も考えられなくなった頭で、千斗の口から零れた言葉がそれだった。

「や゙られ゙だァ――あ゙い゙つに゙」
「あいつ――?」
「あ゙のお゙んな゙」

女――?

「あ゙いづお゙れ゙のごうげぎ
 ぜんぶよ゙げやがっだ
 な゙に゙する゙がぜんぶわがってるみだいにぃぃぃ」

千斗には信じられなかった。
茜ヶ久保は他の悪党商会の幹部と比べれば格は劣るものの、その超能力を使った攻撃は凶悪無比
単純な戦闘能力でいえば半田やユキを上回るポテンシャルを秘めた強者なのだ。
事実、今まで何人ものヒーローが彼の超能力によって屠られている。
そんな彼が、只やられるだけでなく、こうまで拷問されるなんて――

「と、兎に角すぐ降ろしますから――」

早速行動に移そうとして、千斗はまた固まった。
茜ヶ久保の切断された手足の断面が、毒々しいピンク色の肉に覆われて血が止まっている。
傷が回復しているのだ。彼がここまで肉体に損傷を受けてまだ生きているのは、この治癒の所為だろう。
これはとても自然に治ったものではない。

どんな手段を使ったのかは知らないが、敵は茜ヶ久保の傷を『治療』したのだ。
恐らく、すぐに殺さず、出来るだけ長く彼を苦しめるために。

不気味に肉の盛り上がったその断面を見て、千斗は全身に冷水を掛けられたような戦慄を覚えた。
それは、悪党である彼の心でさえ底冷えのするような悪意だった。

「あ゙いづお゙れ゙のでとあ゙じをぐい゙やがっだ
 お゙れ゙のみ゙でるま゙え゙でお゙れ゙のであ゙じをぐい゙やがっだぁぁぁ」

虚ろな眼窩から血の涙を流し、茜ヶ久保が叫ぶ。
千斗はこみ上げてくる吐き気と砕けそうな膝を堪えながら、茜ヶ久保に近づいた。

「だ、大丈夫ですよ、ドンの知り合いの病院に行けば、きっと治療を――」
「あ゙ーーーー!あ゙ーーーー!!」

突然茜ヶ久保が磔の身体を揺らし、絶叫した。
彼の残った片目は恐怖に限界まで見開かれ、それは千斗の背後を見ている。

「えっ」

そこにきてようやく背後の気配を感じた千斗は振り向いた。


そこには

頭に角の生えた
全身が焼け爛れた女が
緋い瞳をこちらに向けて
笑っていた。


「ウィンセント!危ない!」

そんな声が遠くから聞こえた気がした。

「EgdeDnIw」


「交」に続く

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最終更新:2014年04月25日 15:54