ここはどこにでもある平凡な貸家。
だが、その実態は異世界の使者、サキュバスの住む魔王軍侵略の前線基地である事を知る者はいない。
おお!見よ!
結構いい値段がしたお洒落なテーブルで、
覆面をした形容しがたき邪神が私のパソコンで作業しているではないか!

「って邪神様、なにやってるんです?」

サキュバスか、ちょっと待ってくれ、今記事をまとめてるんだよ」

「そんなことやってる場合じゃないですよね!?」

貸家に家主―サキュバスの怒号が響く。

「魔王様も暗黒騎士様もガルバイン様もみーんな死んじゃったから魔界大荒れなんですよ!?邪神様が纏めなかったらどう纏めるんです!?」

「うーん、それ纏めるの僕にも無理」

しかし、怒号の返事は無常であった。

「今の僕は覆面男だから42人殺したら数年消えなきゃいけないんだよね
 正直今の魔界って42人程度殺ったところで収まんないでしょ?」

「そ、そんな…私たちはどうすれば…」

「とりあえずその鎧でも持ち帰って相応しい魔族とか決めたら?」

リヴェイラが指をさしたその先、そこには、サキュバスの私服に紛れて見慣れた黒い鎧が掛けられていた。
間違いようがない、暗黒騎士のものだ。

「え…嘘…あの鎧って…崩壊した世界に残されたはずじゃ…」

「うん、そこから取ってきた」

邪神は腕を前に掲げ、呟いた。

「Etag NepO SseRdA NO ??????」

邪神の目の前に扉が現れる。

だが、開くはずがない。
サキュバスだって試したことだ。
いくらゲートを作り、座標をつなげたところでロストした世界につながる扉が開くはずがない。

そしてその扉はサキュバスの目の前で破壊された。

「え?」

サキュバスは思わず扉の中を覗き込んだ。
重力すら崩壊し、崩壊した研究所、ビル、その他もろもろが宙に舞っていた。
ここが魔王様の巻き込まれた会場なのだろう。

「い、今のってどうやったんですか?」

「むこうで強力な破壊があってね。
 僕なりに取り込んでみたんだ。」

やった当人はすでに記事の編集に戻り、作業を進めながら答えた。

「今の僕なら破壊されないものも破壊できる。
 邪神、いや、ラスボスの権能さ」

邪神は横の記事をつかみ、サキュバスに渡した。

「はいこれ」
「なんですかこれ」
「僕たちの世界の記事さ」

渡された記事に目を通す、そこに書かれているのは魔王、カウレスを代表とした自分たちの世界出身者の、リヴェイラが知る限りのあの戦いにおける顛末であった。

「継ぐものを探せ」
邪神の声色が変わる、いつになく真剣だ。

「勇者でも裏ボスでもなんでもいい、彼らの物語を受け継ぐものを探すんだ
 そして…殺し屋なんてものに負けた邪神を超えてくれ」

「…随分と、役割にこだるんですね」

「ああ、こだわるよ」

「あの男が作った役割、なんてものにこだわる理由はないんじゃないでしょうか」

外で爆音が響いた。
邪神が窓ガラスの外に目を向けると季節外れの花火が花開いていた。
そういえば今日は花火大会だったか。

「実は、ディウスくんと出会った時はそのつもりだったんだ。
 ピリピリしてたからね、なんなら創造主様がやったみたいな殺し合いでも開こうかと画策してたよ」

「はい?」

「リヴェルヴァーナを作った時から…いや、あの聖剣が出てきた時から頭に響いてたんだ。
 世界の全部を見通せる僕の後ろに、さらにもう一人いるんじゃないかってね」

かつて出会った真っ白なコックコートに身を包んだ男の姿が、サキュバスの脳裏をよぎる。
邪神から聞いた話ではすべての黒幕だ。奴に違いない。

「腹立たしいことに、たぶんそれすら創造主様の手の内だ。
 魔王と勇者の殺し合いで、僕が黒幕気取りで余計なチャチャを入れた場合、
 魔族と人間が僕相手に結託するルートに入る。
 聖剣なんてものをチラつかせて、自分の存在を僕にアピールしたのもきっと
 『裏ボス』の存在を僕から示唆させるためだろう。」

覆面に隠れた邪神の顔は伺えないが、
歯ぎしりの音から悔しさがにじみ出ていた。

「だがそんな創造主様も、あの殺し合いを開いて
周到な計画も役割もわざわざ壊したわけだよ」


「わかるかい?サキュバス
 裏ボス様が自分で壊した物語を、役割を
破壊神という機構として作られた、僕が継ぎなおして終わらせる。
最高の復讐じゃないか。」

「………」

「幻滅したかな?」

「いえ、結構見直しました。
 てっきり何も考えてないものかと思って心配しましたよ」

「言うね君」

「もしも、勇者や魔王様の記事を見ても、
そのあとに続こうとする者が現れなかったらどうします?」

「どうもしない。
 それで終わった、そう読者が思ったならそれでいいさ」

あの戦いで失われたものは多い、みな、創造主の勝手な都合で自分の物語から途中参戦したものばかりだった。
それが周知され、後に続くものが現れるなら、結構悪くないことだ。
流石邪神様!考えがお深い!
サキュバスはそう思った。

「ほら、僕って邪神だし、裏方に回るのさ。邪神らしくね。」

「…わかりました」

記事を読み終わったサキュバスは、窓ガラスの外へ目を向ける。
今は花火が花開いていない。休憩時間か終わったのか。
どちらも次の花火の布石となるのだ。
いや、そうしなければ。

「さて、それじゃあ行ってくるよ」

「どちらへ?」

「取材だよ」

邪神は扉の向こうを指さす。

「まだわかることもあるかもしれない。
 まだ取り込める破壊もあるかもしれない。
 まだ他の世界に続く扉があるかもしれない。
 今度は完全に崩壊するまで根気強くやってみるよ」

「長くかかりそうですね…」

「大丈夫、この扉は開けたままにしておくからラスボス戦が必要なときは呼んでくれ」

ディウスを倒し、復活を果たした剣神龍次郎、創造主を倒した新田拳正、光の賢者ジョーイ、
新たなカウレスならぬ勇者や魔王の意を継ぐものが邪神の脳裏をよぎる。
いつか自分も、彼らに負けるのだろう。

邪神は最後にこう残してこの世界を去った。

「また会おう。」

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最終更新:2019年11月03日 21:08