評判通りの味だった。
仕事仲間が美味い美味いといって憚らないからどんな物かと思い、興味本位で尋ねてみたが『山オヤジのくそうめぇら~めん』なるラーメン屋は大当たりだった。
いや、店名は一瞬「ん?」てなる名前だったが。
なんでも聞けば土日は結構な時間待たないと食べれないぐらいの行列ができるような名店で、
県外にもリピーターがいるレベルらしい。
そんな話も納得の旨さで、また仕事でこの村に来るなら寄ろうと決めた。
ただ

「君もぜひ明日の抗議活動に参加してくれませんか?
この山の檻、山檻村を正しい方向に導くために必要なことなんです!」

今日に限っては後味最悪。いや、ラーメンは何も悪くない。
むしろあのラーメンに文句をつける輩が居れば、たった一回、たった一杯あのラーメンを食べただけの浩志も店の肩を持つ。
店主も悪人ではないだろう。
スープより先に具を食べようとしたら睨まれたが、こだわりなんて人それぞれだし、あの味の前には些細な問題だ。

「いや、俺明日仕事なんですけど?」

「それはどこでですか?まさかこの村でですか?いけません!
こんな村の発展に寄与することは、子供たちの未来を狭めるも同じ!
正しい事ではありません!」

臼井浩志は目の前の謎の正義感に駆られる小太りの親父、聖河 正慈に対して盛大に溜息をつきそうになりなんとか飲み込んだ。
確かに彼の勤める会社、設楽建設は関東の方と、この山折村とで二つの社屋を持ち、仕事は何故か田舎の別荘の点検の割合が同業他社に比べ多い……さらに言えば今日の現場の別荘の持ち主らしき(確か朝景とか言う名前だった。前の現場もそうだった気がする)にゴマすりしまくる社長の姿も社員の10人に1人ぐらいは目撃してるなど、
下っ端の浩志から見ても黒い金の流れを感じる会社だが、このおっさんに浩志は仕事としか言ってないので、特にそうゆう事情を知ってる訳でもないのだろう。
なんて考えている間にも止まらずに吐き出され続けるやれ正義だの、子供の為だの、この村は閉鎖的だの正しいようで薄っぺらいどこ目線なのか分からない語りは続く。

(こうゆうのって、下手に反論しない方がいいって言うよな?
でも多少強い態度で出た方が向こうも諦めてくれるか?)

それとも今からでも無視して社屋の宿泊所に戻るか?
いや、それで会社の事こいつに悪く言われたら俺クビかな?
なんて考えていると

「あの~すいません」

不意に背後から、スーツを着て駅を歩いていたら、そのまま景色に溶けてしまいそうな男が現れた。
顔色はあまり良くなく、なんだか具合が悪そうだ。

「はい。どうしました?何かお困りごとでしょうか?」

浩志よりも早く聖河が男に話しかけた。
まさかこの男にさっきの勧誘、と言うには一方的な成語の押し売りをするつもりじゃなかろうか?
と、思わず眉をひそめたが

「私、この村に友人を訪ねて始めて来たんですけど、道が分からなくなってしまいまして。
このあたりに、朝景という人の家を知りませんでしょうか?」

「それは困りましたね」

と、意外にも普通に対応した。
薄っぺらでも正義漢気取り通すつもりはあるらしい。

「ん?朝景?」

「知ってるんですか?」

浩志は一瞬聖河の目の前でこの話をしていいかどうか迷ったが

「……あっちの別荘とかが固まってる辺りにそんな表札があったような気が」

限りなく嘘は言ってない。
ただこの聖河の目の前で会社の不利にならない様にさえ立ち回ればいい。
そう考えて限りなくぼかして真実を伝えた。

「それだけ教えていただければ十分です。ありがとうございます!」

そう言って男は去って行こうとした。

「ちょっとお待ちを」

そんな彼を聖河は呼び止めた。

「あなたはこんな村に別荘を作るような人の元へ何をしに?」

「……別れを告げに。どうしてもつけないといけないケジメなんです」

男、宵川博もまた嘘をついた。彼はかつて文字通り金で売った娘、今はリンとよばれきっと今頃その朝景の陰茎をしゃぶっているだろう9歳の女の子の行方を知るためにやって来たのだ。
全ては未だ悪夢に現れ続ける娘だった肉体が変じた何かとしか言いようがない怪物が、自分のことなど、血のつながった親の事など何も知らず遊び半分に葬られたか、何かの気まぐれで愛猫の代わりにでもされてるだろうという事を知るために。

「素晴らしい!このような村とは縁を切ってしまうのが一番です!」

この村を聖河が言うような『山檻村』に間接的に最も貢献した男だとは露知らず、聖河は宵川を満面の笑みで賞賛した。
折角胃袋に収めたラーメンが気持ち悪く感じ出した浩志はさっさと戻ろうと、回れ右した。
その瞬間だった。
地震大国日本においても、大地震と呼んで差し付けない大揺れが訪れた。
三人は立ってられずに地面に伏せる。

「……結構長く揺れましたね」

「え、ええ……」

「全く、悪い事ばかりおこる村だ!」

いや、地震なんてどこでも起こり得るだろうと思ったが、この男にロジカルな会話をするのは無理だと判断し、浩志はズボンの泥を払って立ち上がった。

(会社大丈夫かな?
明日からの現場はまた関東の予定だったけど、また朝景さんとこの屋根修理になるのかな?)

「これからどうしましょう?」

不安げな宵川の声で浩志の思考は中断された。
自分は社屋に戻ればいいし、聖河も明日抗議をするといっていたから、今日はどこかに泊る当てがあるのだろう。
だが宵川は朝景を訪ねて来たと言っていた。
口ぶりからさするにあまりいい知り合いでもなさそうだし、このまま放置するのも目覚めが悪いかもしれない。

「不安だったら、交番にでも行ってみたらいいんじゃないですか?
丁度別荘とかある方と方向同じですし、途中までなら案内出来ますけど?」

そう言うと、さっきからあまり顔色の良くなかった宵川の顔が少しは良くなったように見えた。

「それはいい!そうと決まれば早速行きましょう!」

なんでアンタが仕切ってんだとか、浩志は言わなかった。
もうこのオッサンは好き勝手しかするつもりなさそうだし、どうせ夜が明ければ抗議でもなんでも好きにするんだから下手にトラブル起こさないようにしよう。
最悪お巡りに丸投げすればいい。
確か抗議も事前に打診が無いと交通規制とかで警察が動くというのをニュースで見たこともある。
それに最終手段だが、いざとなったら恥ずかしい荒んでいた時期があり、力仕事で日々鍛えている自分の方が有利だろう。
そう考えて浩志は二人と共に交番を目指した。
会社を横切り、右手に見える田園をが途切れたのとほぼ同時に交番が形がはっきりわかるぐらいの距離に見えて来た。

「見えてきましたね」

そう言って振り向くと、何故か二人は少し浩志との距離が開いていた。
気分でも悪くなったのか、二人とも電柱や膝に手をついて俯いている。

「2人ともどうしました?具合でも…」

「うぅうううあああああ!」

「!?」

近くにいた聖河に話しかけた瞬間、奴は小太りな体を余すことなく使って突進して来た。
なんとか避けると、激突する先を失った聖河は茂みに突っ込むように倒れ込んだ。

「別ベクトルで頭おかしくなってやがる……」

そして恐る恐る宵川の方も振り返ると、平凡な顔を暴力性に歪ませ、浩志を睨みつけている。

「クッソ!」

悪態をつきながらも浩志は突っ込んでくる宵川の膝を足が逆『く』の字になるように蹴りつけた。
がくがくと体を揺らして浩志の左横を抜ける様に倒れて来た宵川の後ろ髪と左手首を引っ掴んだ浩志は、さっき宵川が手を付いていた電信柱に顔面を叩きつけた。
白い欠片が散らばるのも構わず2,3回顔面を潰すように念入りにたたきつける。

「はぁーっ!はぁーっ!、、一体なんなんだ?」

浩志の疑問に答える者はいない。
ここに居るのはただ目に映るかつて同じだったものに襲い掛かる獣だけだ。

「がぁあああああ!」

「ッ!しまっ--」

咄嗟に左手で顔を守った浩志だったが、時期は6月。
普通に半袖のシャツでうろついていた浩志のむき出しの腕に聖河の歯が突き刺さった。

「ぐぅううう!」

今での喧嘩では感じたことの無い種類の痛みを感じる。

「このっ……似非正義野郎が!」

聖河の額にめがけて思い切り頭突きを繰り出してやると、狂っていても肉体の反応は正常なのか、腕から口を放し、フラフラと後ずさる。

「はぁっ!」

そしてやわらかい腹に一発蹴りをくれてやり、仰向けに寝転んだ顔面に容赦なく蹴りを、いや、蹴りと言うには乱暴すぎる踏みつけを叩きこむ。
十何発目かで、聖河は完全に動かなくなった。

「くそっ。まずいな。つい昔の感覚で容赦なくボコッちまった」

これ病院に連絡した所で救急車来てくれるだろうか?
そもそも大人しく治癒を受けてくれるだろうか?
過剰防衛と判断されないだろうか?
と、色々不安になりながら浩志は腕の噛まれた所をさすった。

「? なんだ?」

見るともう出血は止まっていた。
痛みも徐々にだが引き始めており、血管の辺りには薄皮が出来ている。

(まだ血も乾いてないのに何で!?)

そう驚く間にも噛み跡は徐々に小さくなっており、多分ちゃんと消毒さえしておけば、なんの傷跡も残らないだろう。

「本当に何が起こって、、」

その疑問は村中に響き渡った放送によって即座に解決させられた。
ウイルス感染。ゾンビ。ウイルスに適合した者だけに芽生える異能力。
B級アクション映画の没脚本でももう少しひねりがあるぞと突っ込みたくなるような内容だったが、ウイルスの影響下は兎も角、ゾンビと異能力は実物を見てしまっているから信じざるを得ない。
それに今の放送を無条件に信じようとしている連中も一定数居るのも間違いない。
じゃなかったら交番の方からこれまた映画でしか聞いたことの無い乾いた銃声が聞こえて来たりしないだろう。

「……会社戻るか」

社屋で待機している連中はまともだと良いんだけど。
と、脆く崩れる事が確定した期待をしつつ浩志は可及的速やかに会社に戻るべく、今来た道を戻り始めた。

【C-4/深夜】

【臼井浩志】
[状態]:健康、腕に噛み傷(異能により自然治癒中)、少しだけ失血
[道具]:今のところなし
[方針]
基本.未定(いろいろと訳が分からない)
1.とりあえず会社に戻る。
2.銃声から遠ざかる。
3.傷は、、消毒しておいた方がいいよな。その前に塞がっちまうか?
[備考]
※自身の異能やゾンビの存在を体感しましたが、
諸々の状況を飲み込めてはいないです。
※異能、超回復は致命的でない傷のみに有効です。
※薩摩が巡査部長を撃った音を聞きました。
聖河 正慈、宵川博のゾンビを殺害しました。

026.最強の男 投下順で読む 028.君と一緒にいられるなら僕は何もいらない
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SURVIVE START 臼井 浩志 ボーナスタイム

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最終更新:2023年01月14日 19:04