「ふん…………ッ!!」
右ストレートが呻りを上げ、纏わりつくゾンビの顔面を殴り抜いた。
前を塞ぐゾンビの襟首をつかみ、振り回すように脇道に投げ飛ばす。
ゾンビ溢れる山折村にて、バイオハザードに巻き込まれた臼井浩志はゾンビを蹴散らしながら自身の勤める建築会社を目指していた。
とはいえ、そこに明確な目的がある訳ではない。
その行動は無事な知り合いがいればいいな、と言う薄い希望と薄い考えによるもでしかない。
だが、進んでいくうちに、その元より薄い目的意識も徐々に薄れていった。
行けども行けども出会うのはゾンビだけで、ひょっとしたらまともな人間は自分だけなんじゃないかとすら思えてくる。
何度目かの拳を振るう。
若いころはそれなりにヤンチャして喧嘩自慢で鳴らしたものだ。
動きの鈍いゾンビなんぞに後れを取る事もないが、さすがに無傷ともいかない。
なにより、これだけ全力で人の頭を殴れば、拳も傷付くものである。
だが、破けた拳の皮が見る見るうちに再生して行く。
ゾンビから受けたひっかき傷や噛み付きもすっかり回復してしまっていた。
「どーなってんだかなぁ」
この異常な再生力もそうだし、ゾンビ騒ぎもそうだ。
臼井は自分が頭のいい方じゃない事は自覚しているが、それにしたって訳が分からない。
夢の中にいると言われた方がまだ信じられるくらいの状況だが、残念なことに痛みも疲れも確かにあるのだ。
「臼井君じゃないっすか。何してんっすかこんなところで」
進行方向の先、夜の闇から声があった。
現れたのはさっぱりとした態度の美人とおどおどとした細身の男の2人組。
このバイオハザード発生から初めて出会ったまともな人間である。
「あっ……ども。えっと虎尾さんと遠藤さんでしたよね」
ようやく出会えたゾンビ以外の正常な人間は偶然にも顔見知りだった、
臼井は作業を終えるまでの一時滞在ではあるものの建築会社の社員である。
材料となる木材を提供してくれる林業会社に勤める遠藤と、非正規職員とは言え役場の土木・建築関連の部署に勤めている茶子とは面識があった。
とは言え一作業員でしかない臼井からすれば作業中に挨拶を交わした程度の顔見知りでしかないのだが。
「っと。会社に戻ろうかと、そちらさんはどこ行くつもりだったんっすか?」
「知り合いを探しに神社の方にっすね」
「はぁ……神社っすか。遠藤さんもっすか?」
頭を掻きながら適当な相槌を打って遠藤に話を振る。
さほど親しい間ではないが最低限場を回すだけのコミュニケーション能力が臼井にはあった。
だが、遠藤は何故か臼井の視線から逃れるように茶子の後ろに隠れていた。
「? あれ。ってか、めずらしいっすね。遠藤さんが女の人といるなんて」
遠藤俊介と言えば女性が苦手で通っていたはずである。
鼻血を出して倒れるなんて漫画みたいなリアクションが面白がられて現場でよく笑いの種にされている様を臼井もよく遠目で見ていた。
そんな遠藤が――いくら貧乳とはいえ――女性に縋りついているという状況は珍しいなんてモノじゃない。
「いやー。それが聞いてくださいよ臼井君」
「え、なんすか? なんかあったんっすか?」
「や、やめて下さいよ」
仕事がらみの微妙な知り合いとの絡みを若干面倒がっていたが、あまりにも珍しい状況に興味が沸いてきた。
話題がにわかに盛り上がってゆき、その騒ぎに誘われたのか、周囲にもゾンビが集まり始めた。
咄嗟に臼井は拳を構え、同時に茶子も殺傷ではなく制圧用の木刀を構える。
だが、拳と刀、それらが振るわれるよりも早く、銃声が響いた。
驚きのまま音の発生源である背後を振り向く。
するとそこには、こちらに小走りで駆けてくる警察官の姿があった。
「げっ」
茶子が嫌な物でも見たと言うように表情を歪めた。
そして、面倒事の様にその名を呟く。
「…………薩摩さん」
誰だかよくわかっていない様子の臼井に、茶子が小声で耳打ちする。
(村の交番に勤めてる薩摩って警官で、すぐ銃を撃ちたがるやべーヤツっす)
(ああ……)
凶悪犯どころか下着ドロや万引き犯にまで発砲したがるトリガーハッピー。
実際に誰かを撃ったと言う話は意外に聞かないが、すぐに銃を抜いて撃ちたがる様は軽犯罪者から恐れられている。
その影響か山折村の軽犯罪率は低い。その反動の様に重犯罪者が異様に多いのだが。
地元ヤクザと繋がった汚職警官であるなんて噂もあるくらいの問題児で。
気喪杉禿夫を頂点とする山折村関わってはならない人ランキングの上位ランカー。
それがこの警官、薩摩圭介と言う男だった。
その話を聞いて、交番から聞こえてきた銃声は恐らくこの人がゾンビでも撃ったのだろうと白井も納得を得た。
どうやら先ほどの発砲はクソエイムによりゾンビを大きく外れていたらしく、健在だったゾンビたちを倒している間に薩摩がこちらに到着する。
「ごっ無事ですか~~!?」
「ご無事っすよぉ。ちなみに薩摩さんの銃は当たってなかったっすからね」
現れたのは40過ぎのくたびれた警官だった。
ただ、その目だけは妙にぎらついて、血走っているようにも見える。
それが妙に不気味で、先ほどの茶子の話の信憑性をひしひしと臼井は感じていた。
「それで、3人も集まってこんな道端で何をしてたんだぁ?」
「勘弁して下さいよ薩摩さぁん。この状況で職質もないっしょ」
茶子が適当に応対し茶を濁す。
職質が碌な物じゃないと言うのは臼井も良く知っている。
こんな極限状況で受けたいかと言うと絶対に嫌だ。
「じゃあ急いでますんであたしらはこれで」
「ああ、俺も会社行かないとなんでこの辺で」
面倒事に巻き込まれる前に、遠藤を引き連れとっとと退散を決め込む茶子。
臼井もそれに乗じてこの場を離れようとした、だが。
「待て待て待てぇえいッ!!!」
唐突に薩摩が叫んだ。
単純に声の大きさに驚いて3人は足を止めてしまった。
「聞いてくれ! これは村を守るための話だ!」
妙に芝居がかった喋り方だが、そう言われては耳を傾けざるをえない。
募金や慈善事業と同じだ、正義の話は無視する方が悪となる。
「諸君もご存じだろう! 今この村に存亡の危機が迫っている!!
この村を守護れるのは誰だ! 俺か!? お前か!? そうだ村民だぁ!
この村の村民こそがこの村を守護るんだよぉおお! 立てよ村民!」
中年警官による熱い演説が始まる。
臼井は村民ではないのだが空気を読んで黙っておいた。
「俺たちの一番の敵は何だ!! そこのキミ!」
「え、あっ。俺っすか…………? えっと、自分自身? みたいな?」
「違う! 適当なことを抜かすなッ!! 二度と言うなよ!!」
鼻先に指を押し付けられながらめっちゃ怒られた。
適当に答えたのはその通りなのだが、臼井は世の不条理を感じた。
代弁するように隣の茶子が答える。
「まあ、こんなウイルス作ってた研究所じゃないっすか?」
「惜しい! けど違う! 特殊部隊だよッッ!!」
クスリでもやってるんじゃないか?と疑うような壊れたテンションで出題者はすぐ答えを言った。言いたかったのだろう。
「この村は派閥だの都市開発だの下らない小競り合いを繰り返してきたクソ村みてぇな村だが。
今こそ小さな因縁は忘れて手を取り合う時だ! 力を合わせて共に戦うべきなんだよ!!!
バラバラになってちゃダメだ! 村人は一致団結して国家の犬ども特殊部隊を撃退するだよおおおおおお!」
テンションはメチャクチャだが、確かにその理屈には一理あった。
数が多い方が有利なんてことは戦術以前の当然の話だ。
戦力を分散して各個撃破されるくらいなら集結させた方がいいのは自明の理である。
「薩摩さんにしては良いこと言うじゃないっすか。まあ国家の犬は薩摩さんもっすけど」
「確かに一方的にやられっぱしってのは気に食わねぇっすね。俺この村の住民じゃねぇっすけど」
「えぇ……」
喧嘩慣れした2人は一定の納得を示す。
しかし遠藤だけが、その血の気の多さについて行けず気後れしていた。
「けど、事態の解決のために女王を狙ってる人もいるかもしれませんし集結するっていうのは難しいんじゃ……?」
遠藤が冷静な意見を差し込む。
むやみに人を集めたところで内ゲバが起きる可能性が高い。
女王を倒して事態を解決しようと言う人間が一人でもいれば成り立たない話だ。
「だからこその一致団結だ! 山折村の魂を見せつけてやろうぜぇえええええ!
ここは俺達の村だ! 外から来た奴らなんかに好き勝手されてたまるかよ!! そーだろお前ら!!?」
呼びかけに同意の声はなかった、が演説者は特に気にしていないようだ。
一人、根拠ゼロの絆論を掲げて盛り上がっている。
何故この人はこんなにテンション高いのだろうか。
これだけの興奮に足る「何か」があったのだろうか?
「けど、よくわかりませんけど、そういう荒事のプロに勝とうなんていくら集まったところで難しいんじゃ……」
「安心しろ! 我ら村民には目覚めた異能の力がある! 特殊部隊なんて目じゃないぜ!!」
「異能?」
「そうだ! ここまで生き延びたお前らにも心当たりくらいはあるだろう?」
言われて見れば多少なりの心当たりはある。
臼井は自身の異常に速い傷の回復。
茶子は自分自身には思い当たる所はないが、同行する遠藤に確かに異変があった。
「ってか遠藤さんのアレって異能だったんすか?」
「えぇ………………」
何の役にも立たなすぎる。どこかデメリットしかない。
これで特殊部隊なんて怪物たちとどう戦えと言うのか。
「異能の力で特殊部隊を撃退する、映画みたいでカッコいいだろう?」
ふふんと自慢げに胸を張る。
どこか状況に陶酔しているようにも見える。
「うーん。仮に特殊部隊を撃退で来たところで、それって根本的な解決にはなりませんよね?」
特殊部隊の撃退は延命にはなるだろうが根本的な解決にはならない。
ウイルスもそのまま、ゾンビになった人達も元に戻らない。
一致団結して外敵を倒した後で、女王探しの魔女狩りが始まっては、目も当てられないより悲惨な結末になりかねない。
「そう! いい質問ですね!」
どこぞのジャーナリストみたいにビシッと指差し答える。
「結論から言おう!! 解決する必要は――――、ないっ!!」
「「「ん?」」」
「ん?」
互いに首を傾げ合う。
元から微妙だった話の雲行きが急ピッチで怪しくなってきた。
「一応聞いときますけどなんでっすか?」
完全に呆れた口調で茶子が尋ねた。
碌な答えが返ってこないのは分かり切った問いである。
「異能と言う選ばれし超常的な力を手に入れた! ゾンビと言う撃っていい敵も出来た! 合法的に銃が撃てる!! そもそもなぜ解決する必要があるのか?」
「はぁ……そんなに銃を撃ちたいんならお空に向かって撃ってればいいじゃないっすか」
「バッカだなぁ……何もない所を撃っても空しいだけじゃないか。的があるから、いいんじゃあないか……」
40過ぎのオヤジがうっとりとした顔で呟くように言う。
生理的嫌悪で寒気がするような光景だった。
落ちてきた弾丸に当たってろと言う皮肉を込めた言葉だったが、その意図はまるで伝わっていないようだ。
「的と言ってもただの的じゃあないぜ。ポイントは高い方がいい!!」
「ポイント?」
「そう! ただの的は1点。動く的は3点。動物は5点。ゾンビは10点。悪党は100点だ!
今の山折村は的が集まる最高のステージだ! 特殊部隊には1000点やってもいい!!」
謎のポイント制が始まった。
薩摩にとって、どれだけ気持ちいいかのポイントである。
溜まったところで特典はない。
「銃が打ち放題の新時代はすぐそこだ! ピンチはチャンス! 山折村で世界を取ろうぜ!!!」
うおおおお、と盛り上がる薩摩だったが。
聴衆の反応は冷めた物だった。
「何言ってんだこいつ」
「頭沸いてんっすかね」
臼井と茶子の2人が辛らつな言葉を投げかける。
当然と言えば当然の反応なのだが、演説者たる薩摩は理解を得られなかったことに不満げに口を尖らせた。
「うーん。つまり君たちは、俺の最強の計画には同意できないと?」
「そーっすね。お互い時間の無駄だったと言う事で」
「まったく聞いて損したぜ」
はぁと大きくため息を付いて、拗ねたような幼稚な反応を見せる。
「正義に従えない。ってことは2人はこの村の敵かぁ」
言って、薩摩は両手の指先をそれぞれ臼井と茶子に向ける。
「ッ!?」
「――――――バン!」
瞬間。二人の体が何かに弾かれた。
臼井は太腿から血を流してその場に倒れこむ。
「あらら、頭を狙ったのに」
エイムがずれて足元なんて打ち抜いてしまった。
腿を撃たれた臼井は立ち上がることもできず、その場にうずくまっている。
「やってくれたっすねぇ…………!」
一方、茶子の方は無傷だった。
薩摩が外したのではなく、茶子は刀の腹を眼前で盾にして空気の弾丸を受けとめていた。
能力を読んでいた訳ではない。彼女が読んだのは殺気だ。
殺気を感知して、その軌道上に刀を置いていたのである。
「それが……アンタの異能ってやつっすか……?」
「どうだぁ? カッコいいだろぉ~?」
指拳銃を見せつけるようにポーズを決める。
「ハッ! いい年扱いて、ガキの遊びみたいな能力っすね!!!」
「男の子はいつまでも子供心を忘れないんだよおおぉおおおおおおお!!!」
薩摩は指先を茶子に向け、片腕で手首を支えるように構える。
茶子はその射線に合わせて盾のように刀を構え真正面から走った。
銃口よりも指先の方が射線は読みやすく、先ほど喰らった感触から威力もそれほどではない。
十分に防げる。
一発受けた後、返す刃で即座に首を刎ね落とす。
現役の八柳新陰流の弟子として最強。
それを可能とするだけの技量が茶子にはあった。
己が悪と定めた相手であれば躊躇わず斬れ。師の教えである。
何の罪もない被害者であるゾンビを斬るには躊躇があったが、外道を斬るに躊躇いはない。
迎えるは子供遊びが如き指鉄砲。
指で銃を再現する子供のごっこ遊びの延長である。
だからこそ、その空想は形となる。
必要なのはその再現に足る具体的なイメージ。
そして反社との繋がりにより銃の横流しを受けていた彼にはイメージを確固たる物とする様々な銃を撃った経験があった。
「――――――S&W M500」
イメージするのは最強の銃。
その指先に具現化する常人が手にしうる最大にして最強のハンドガン。
「どっっかーーーーーんッッ!!!!」
放たれる50口径の衝撃。
凶悪なグリズリーすら一撃で屠り去るその一発は、構えた刀をへし折りそのまま茶子の体を吹き飛ばした。
血と肉を周囲に飛び散らせ、ゴミみたいに吹き飛んだ茶子の体は地面に落ちる。
吹き飛んだ肩口から血を噴出させ池のような血だまりを作ると、そのまま動かなくなった。
「『銃は剣よりも強し』ンッン~。名言だな、これは」
反動も再現しているのか薩摩の手がジンジンと痺れる。
これもまた心地よい痺れだ。
当然だが、流石に大口径は連射はできそうにない。
「テ……んメェ…………ッ!」
「……ぶひゃッ!」
甘美な痺れに意識を持っていかれた薩摩が、横合いから思い切り殴りつけられた。臼井だ。
茶子のように先読みして弾丸を防いだわけでもなく、銃の直撃を受け腿を撃ち抜かれた臼井が力強く地面を蹴って薩摩に殴りかかっていた。
左頬から顔面を思い切り殴りぬかれ薩摩が尻もちを付いたところに、頭に血を昇らせた臼井が馬乗りになる。
「死ねオラぁ!!」
ヤンキー時代に立ち戻ったように暴言を放ち、マウントポジションのまま殴りかかる。
撲殺する勢いで拳の連打を浴びせかけよう拳を大きく振りかぶった。
だが、振りぬいた拳が空を切る。
拳を振りぬいた体制のまま、腹部から血を流してそのまま崩れ落ちた。
臼井の腹部には薩摩の指先が密着状態で付きつけられていた。
銃相手に組み付いてはならない。組み付くのなら手を自由にさせてはならない。
街の喧嘩自慢でしかない白井は武器を相手にするセオリーを理解してなかった。
だが、それも致し方あるまい。
敵が銃を持っていれば警戒もしようが、子供遊びであるが故にこの銃は指鉄砲の形を取るだけで撃てるのだ。
子供に銃を持たせるような、その手軽さこそが何よりも恐ろしい。
「警官殴るとか何考えてんだぁテメェ!? 公妨(公務執行妨害)だぞぉ~!? このぉ犯罪者がよおっっ!!!」
上に乗っていた臼井の体を引き剥がすと、薩摩は怒りに表情を歪めながら立ち上がった。
そして倒れた臼井に向かって指鉄砲を向けると、そのまま癇癪をぶつける様に連射する。
炸裂音のない空気銃が抵抗できない相手を一方的に打ちまくる。完全なる死体撃ち。
ここまで銃弾をしこたま撃ち込まれて、生きていられる人間などいるはずもない。
そのはずだが。
「ぐ………………ぅ…………ぁ……っ」
死に体の肉塊が声を上げる。
これだけの銃弾の雨に晒されながら、臼井はまだ生きていた。
それどころか、撃たれた傷がみるみる撃ちに塞がってゆくではないか。
「…………おいおい。マジかよ!? おいッ、マジかよッッ!!?」
それは驚愕か、はたまた歓喜か。薩摩が声を荒げる。
子供のようにはしゃぎながら、踊るように手を叩いた。
薩摩の指には異能による無限の残弾がある。
そして目の前には無限に再生する悪党がいる。
それが意味するところは、すなわち――――。
「――――ボーナスタイムだッ!!」
無限に悪党に銃が撃てる。
ポイント稼ぎたい放題のボーナスタイムに突入した。
両手で作った指鉄砲を悪党に向ける。
連射性を重視し威力を低めの銃を想像しながら、リズムを刻むように隙間なく交互に連射する。
「ンギモッヂィイイイイイイイイイイイイ!!!」
銃を撃つ快楽が全身を打ち抜く。
ボーナスタイムの快感に打ち震える。
「………………ぁ…………ぁぁ」
その地獄のような光景を遠藤は見ている事しかできなかった。
完全に状況においていかれ腰を抜かしてその場にへたり込むことしかできない。
「ふぅ…………」
一仕事を終えた爽やかな気持ちで、薩摩は額に浮かんだ汗をぬぐう。
つい夢中になってしまった。
やりすぎてしまったかな、なんてらしからぬ反省を少しだけした。
そこに残っていたのは、もはや人間としての原形をとどめていない血と肉片と汚物の塊だった。
朱く染まった髪の毛らしき束が散らばり、零れ落ちた眼球が野ざらしのまま転がってゆく。
臓物は合い挽き肉みたいに入り混じって、中から零れた汚物が泥みたいな汁を垂れ流していた。
薩摩はその結果には興味を持たず、背後へと向き直る。
そこには目の前の惨劇を受け入れられず瞳孔を開いた顔で呆けた遠藤と。
「………………あれ?」
血だまりの中心で寝ていたはずの茶子がいなくなっていた。
血だまりからは引きずったような血の跡が地面に続いている。
どうやら茶子は生きていて、逃げ出したようである。
ボーナスタイムに夢中になって気づかなかったようだ。
血の跡を追えばトドメはさせるだろうが、薩摩はそうはしなかった。
銃が撃ちたいだけで別に茶子を殺したいわけじゃない。
極端な話、銃を撃つという手段が達成できるなら茶子の生死という目的はどうでもいいのだ。
臼井は死に、茶子は逃げた。
この場に残ったのは薩摩と、事態についていけず腰を抜かしたままその場で動けなくなった遠藤だ。
「遠藤くぅ~ん」
「……ぅ…………ぁあ」
喉の奥から絞り出すような音が漏れる。
声をかけられ、恐怖と混乱でとまっていた遠藤の頭が再起動を強制された。
「君は俺の理念に賛同して、協力してくれるよね?」
不気味なまでににこやかな声で、薩摩が答えを迫る。
断ればどうなるかなど、考えるまでもない。
「ぼ、僕は…………」
喉が窄まり、奥底から震える。
この答えで己の運命が決まるのだ。
怖くないはずがない。
「僕は………………付いていけません」
ガタガタと震えて涙を流しながら、それでも首を横に振る。
一緒に行くわけにはいかなかった。
薩摩が不愉快そうに眉根を寄せた。
ぶち壊れた理解不能な倫理観。
快楽のために人を殺した凶悪性。
ついて行かない理由は山のようにある。
「だって…………」
だが、それだって生き延びたいのなら嘘をついて首を縦に振ればいい。
それだけなのに。
どうしてもそれはできない。
彼にはそうできない理由がある。
その最大の理由。
それは。
「だってあなたが――――――巨乳美女に見えるからぁあああああ!!」
ターン。
「訳が分からん」
実銃で遠藤の額を打ち抜き、この村で最も訳の分からない男はそう言った。
【臼井 浩志 死亡】
【遠藤 俊介 死亡】
【D-5/道/1日目・黎明】
【
薩摩 圭介】
[状態]:左頬にダメージ。高揚、箍が外れている
[道具]:拳銃(予備弾多数)
[方針]
基本.銃を撃つ。明日に向かって撃ち続ける。
1.放送施設へと向かう。邪魔者は射殺、気が向いた時にも射殺。協力者は保護。
2.放送によって全生存者に団結と合流を促し、村を包囲する特殊部隊に対する“異能を用いた徹底抗戦”を呼びかける。
3.包囲網の突破によって村外へとバイオハザードを拡大させ、最終的には「自己防衛のために銃を自由に撃てる世界」を生み出す。
[備考]
※交番に村の巡査部長の射殺死体が転がっています。
※薩摩の計画は穴だらけですが、当人は至って本気のようです。
※放送施設が今も正常に機能するかも不明です。
虎尾茶子は草原を這いずりながら逃げていた。
左肩の肉が吹き飛び白い骨が見えていた。
肩から下はピクリとも動かない。繋がっているのが奇跡のような状態である。
動くたび傷口より零れた血液が地面に赤い線を引いていた。
まさに命からがらと言った有様である。
「クソっ…………あのジジイッ」
茶子は吐き捨てるように悪態を付くが、今は逃げるしかない。
完全なる敗走。弾丸が肩に逸れ生きているのは敵の射撃の下手さに助けられたに過ぎない。
茶子には薩摩が臼井に夢中になっている間に遠藤を見捨てて逃げるしか選択肢がなかった。
力が足りない。それ以上に異能に対する理解が足りなかった。
遠藤のような例しか知らず。自己の異能すら自覚していない。
そんな状態で勝てる相手ではなかった。
(商店街が近いか……? 薬局はどのあたりだったっけ……? ダメだ頭がぼーっとしてきた)
血を流しすぎている。
まずはこの傷を治さなければならない。
せめて血止めだけでもしなければ、出血多量で死にかねない。
この状況でゾンビや危険人物、ましてや特殊部隊なんかに出会ったら終わりである。
茶子は意識を保つべく唇を強く噛み締め、草原を這い続けていった。
【D-4/草原/1日目・黎明】
【
虎尾 茶子】
[状態]:左肩損傷
[道具]:木刀
[方針]
基本.ゾンビ化された人は戻したいが殺しはしたくない
1.今は逃げて傷を治す
2.神社に行って犬山はすみやその家族を保護する
3.自分にも異能が?
[備考]
※自分の異能にはまだ気づいていません。
最終更新:2023年02月03日 00:49