青。
『
ブラウ、ACが一機そっちへ行った。今そのエリアで迎撃に出れるのはお前だけだ』
青。
『おい』
記憶が逆流している。
幾つもの爆発と、飛散した兵器の欠片、燃え盛る炎。
ただの青。
『聞こえているのかブラウ! 応答をしろ!』
今この世界には、僕を本当の名前で呼んでくれる人間はもう一人もいなかった。
だから、僕はただの青なのだ。
『おいオペレーター、パイロットのバイタルサインに異常があるんじゃ――』
でも、その記憶がまだ僕にはあった。
その記憶がある限りで、僕はまだ歩いていけるようだ。
不意に、外部の音声の一切が聞こえなくなる。
僕の耳に異常が生じたのだろうかと一瞬考えて、否定する。
いつのまにか動いていた右手が外部からの音声出力をオフにしていた。何のために?
「それって、本当なのか?」
誰かが僕に喋りかけていた。
その誰かは、実に今この場所であるコックピット内から僕に語りかけていた。そんなこと、できっこないはずなのに。
だって、さっき通信を遮断したのは紛れも無い事実だ。
まあもうそれはどうでもいいや。
ところで、本当か、って、何のこと?
「いや、お前がその記憶を忘れない限りで歩いていけるって言うから」
本当に決まってるじゃないか。
じゃないと、僕は何で今こうして生きていけるんだよ。説明がつかないだろ?
そいつは暫く黙っていた。
それから喋り始める。
「あのさ、そもそもお前、記憶記憶って言うけど思い出してみろよ。
お前、あの娘が最後に何て言ったか覚えてるだろ? 『ごめん、私は弱い』、だぜ?
これがどういう意味なのか分からないほどお前は馬鹿じゃないよなあ。つまりさ、彼女はこう言いたかったんだ。
『これから先、ずっと怖いものがないなんて言い切れるほどの確からしさなんて、どこにもない』
ってね」
……。
「だから俺が言いたいのはさ、お前にはもう俺しかいないってことなんだよ。分かるか?
お前自身言ってたろ? 人は自分自身の本質によって縛られる、ってさ。それが人の弱さなんだって。
だったらもう分かるだろ? お前が今歩き続けていられるのは、決してあの娘のお陰なんかじゃないんだよ。お前は俺によってのみ、動かされ、そして前へと進むことができるんだ。そうだろ?
お前が行き着く先も、目指すべきところも、ここにしかないんだよ。なあ、違うか?
設計図に書かれてるんだよ、お前は俺という存在に重なるしかないって」
…………。
「もう分かるだろ? お前はただの青なんだよ。
ただの青。
なあ、お前は俺なんだよ」
でも、僕は忘れないだろう。
「なあ、お前もう黙ってろ。
こちらブラウ、今からACの迎撃に向かう!」
僕はその光と、この震えを。そして僕の中のかけらが、あの温かい波長に打たれて身悶えした時のことを、きっと忘れないだろう。
最終更新:2012年05月01日 14:06