『自分はとても今の時代に適応した人間であり、特に苦労らしい苦労も感じる事無く人生を心から楽しんでいる、かなり幸福な部類の人間なのではないだろうか』

 大体においてキサラギはそんな事を考えながら日々を過ごしている、彼女は概ねそんな人畜無害な思考回路の持ち主である。

 彼女の考えを大雑把に書き連ねるならば、つまるところこうである。

 自分はこの荒れ果て疲弊した世界にあっては両親から虐待を受けるでもなく大切に育てられ、2月29日に生まれだが4年に一度しか誕生日を祝ってもらえないなという事もとくに無く、今思えば恐ろしく度が過ぎた専門教育を受ける機会に何度となく恵まれ、色々あって故郷は消えてしまったが自分だけはそこから手際よく抜け出し、比較的スリリングな社会見学の果てにこの安全な場所に流れ着くことができ、名前を偽って経歴を誤魔化しても特に気にする者も居らず、自分の持つ技能が活かせる職場に巡りあい、興味の赴くままに好きな事をやれる自由な時間があり、必要以上のその他諸々は自分の胸にだけ仕舞っておけばおおむね平穏な日々を過ごす事ができる。
ついでに住み込みで働かせてもらって、皆でご飯を食べちゃったりもするというオマケ付きだ。
何といい事ずくめの人生だろうか。

 それに比べれば、両親から2月29日に生まれたので0229という簡潔にも程がある名前を付けられた事や、生まれてすぐに両親や一族徒党から伝統的な処方として何かされたようである事や、政治的な理由で生まれる前からすでに生殖能力を取り去られていた事や、一族徒党の全てが彼女一人を残してこの世から去った事や、故郷が何処かの誰かの大人の事情で消えてしまったことや、ここにたどり着くまでの社会見学で生きる為に少なからず不道徳な事に手を染めてしまった事などは、今となっては終わってしまった事であり、時折懐かしむ程度の些細な出来事である。

 そんな事を考えながら、キサラギは湯気を立てているマグカップを片手に、間延びした口調でテーブルの向かいに座る女性に言う。

「幸せ過ぎて怖いですねー、こんなに充実した穏やかな日々を過ごしても良いんでしょうかねー」
「またそれですかキサラギさん、あいも変わらずポリアンナ症候群ぎみですよ?」

 1日の業務も終わりぎわ、夕日が差しこむ休憩室でいつもどおりの女性陣のコーヒータイム。
安っぽい折畳み式のテーブルに突っ伏して、長すぎる前髪を指に絡めて遊ぶキサラギを呆れた様子で眺める女性はため息交じりにコーヒーを啜った。

「だいたいこんな砂漠のど真ん中にある零細企業で整備係をやってて、何がどういう具合になれば幸せになるんです?」
「あら、わたしはけっこう好きですよここ?蜥蜴重工っていう名前も可愛いじゃないですか、極東の言葉ですよねトカゲって確か?」
「貴方の名前のキサラギだって極東の言葉じゃないですか、それにトカゲって爬虫類のアレでしょう?何がどう可愛いのか私には理解しかねます」

 無愛想にツンケンとした口調で応じる女性に対して、キサラギは特に何がどうという事も無いらしくコロリと話題を変える。

「バイトのおねーさんは相変わらず辛辣ですねぇ、美人さんなんですからもっとニコニコすれば良いとキサラギさんは思いますよ?」
スマイルは1回100Auと決めてますから、あとキサラギさんのほうが年上ではないんですか?」
「うふふっ、それに関しての詳細はとっても秘密です♪」

 じゃれあいがとても心地良いと言わんばかりにテーブルに預けた頭を傾げて微笑むキサラギと、それとは対照的にきちんとパイプ椅子に座り常に無愛想で通しているクールな女性オペレーター。
あまり仲が良さそうには見えなが、これが蜥蜴重工の名物オペレーターであるところのバイトのねーちゃんと、同じく蜥蜴重工にはそれなりの人数が居る整備員のなかの1人のキサラギのごくごく日常的でフレンドリーな会話である。

「だいたい普通の人は自分の整備した戦闘兵器が何処かで人を殺したりしてると想像すれば、幸せな気分にはならないかと」

 バイト嬢の日常的な辛辣言葉を受けても、キサラギは意に介した様子も無くいつの間にか取り出したクッションに顎を乗せて頭を揺らす。

「それはほら、使う人が殺すワケですしなにより仕事ですから。そういうおねーさんだって、効率良く敵を殺す為のナビゲートしてますよ?」
「それは当然です、仕事ですから。そして重ねて言うとキサラギさんのほうが年上では?」

 結局は今回もその手の話題はいつもと同じ着地点に到達した、今更人殺しがどうのと騒ぐような乙女でもない。
自分達のしている事を真剣に考えるよりは、茶化して茶飲み話にするくらいの神経があったほうがこの業界では都合が良いのはいつの世も同じである。

「お互いヤクザな家業に従事してますよね、コワイコワイ」
「今更ですね、ところでキサラギさんのほうが年上ですよ?」

 さらに拘るべきところにはとことん拘り、あまり聞きたくない事には平気で聞かなかった事にする特技があればさらに都合が良い。

「ところで今日のお夕飯は何にしましょうか?」
「一昨日社長がキャラバンの方から買っていた羊でいいんじゃないですか?そしてキサラギさんのほうが年上です」
「むぅ、ヤケに拘りましたね今回は」
「大切な事ですから」

 自分の言葉に満足そうに頷きながらコーヒーを啜るバイト嬢の仕草に親しみを覚えつつ、いざ夕食の準備に取り掛かるべく机の上から起き上がり、パイプ椅子の背もたれに寄りかかるようにして「うーん」と伸びをするキサラギはそのままの姿勢である事に思いあたりふと動きを止めた。

「ところで、その羊さんって今朝もまだ『メ~ッ』って鳴いてましたよね?」

 コーヒーのマグカップを傾けるバイト嬢もはたとそれに気づき一瞬身を強ばらせた。
そしてたっぷり1分ほど思考を巡らせてからコトリとマグカップをテーブルに置く。

「今日は日が悪いので羊はまた今度にしましょう、ところで賞味期限が切れそうな保存食があるんですが整備課の皆さんも含めて今日から処分に入るというのはどうですか?」
「日が悪いのなら仕方ないですね、私は構いませんよ。羊さんにも手伝ってもらいますか?」
「キサラギさんは協力的でとても助かります、ではさっそく備蓄倉庫から引っ張りだしてくるよう指示を出してきますので」

 何がどう日が悪いのかサッパリよく解らないが、バイト嬢はその手の労働はあまり得意ではなかったらしい。即座に戦術的撤退に入る彼女の代案を素直に受け入れキサラギもあっさりと同意する。
羊に関しては暇な時に誰かに手伝ってもらう事にしつつ、バイト嬢が部屋を出ていくのを見届けながらキサラギは再びテーブルの上のクッションに身を預けた。
バイト嬢が居なくなった休憩室、そっと忍び寄る眠気に抵抗するでもなく、夕日に照らされ静かな時間を1人で過ごす彼女の思考はまた振り出しに戻った。

「きっと、こんな穏やかな日々を幸せって言うんでしょうねー」

 もうすぐ日が落ちて夜になれば気温もぐっと下がり、昼間の高温からは考えられないような凍える寒さが訪れる。
今ではもう思い出になってしまったあの放浪の日々、心もとない装備に包まり眠れぬ夜を凍えて過ごした日々も今では懐かしむ余裕すらある。
そして、それらを思い出す度に今の環境がとても恵まれている事を彼女自身の記憶が教えてくれる。

 キサラギは砂漠のど真ん中にあるこの施設がとても好きだ。
空調の効いた部屋も、砂漠の熱風が通り過ぎる地上ハンガーも、元はどう考えてもミサイルサイロだったであろう地下ハンガーも、なにもかも居心地が良く感じる。
ちょっとバクテリアの作る汚泥の匂いがキツい汚水の浄化施設も、入ったら干乾びそうなボイラー室も、地下水を組み上げるポンプ室と深い縦坑も、時々ダダをこねる発電施設も、全てが自分の生存を助けてくれる。
廃品の積みあげられたジャンクヤードも、工作機械が並ぶ絵に描いたような工房も、火砲の発射音と砲弾の炸裂音の響く兵器の試射場も、旧時代のハイウェイとトンネルを利用した簡易滑走路とバンカーも、どれも気分をワクワクさせてくれる。
周囲の砂漠に出かけ、1週間ほどかけて大気や土壌の汚染濃度を調べて回る定期調査も彼女にとっては楽しみの1つでしかない。

 これ以上を望むとしたら、一体何を望めばいいのだろうか?

時々そんな事を考えるが答えは出ない、無理に出す必要も感じない。
これぞ充実した人生、これぞ自分の最適な居場所。

そんな事を考えながら優しい眠りに落ちる彼女は、やはりこの荒れ果て疲弊した世界に住む、本当の幸せ者の1人なのかもしれない。





投稿者:こくよくちょー

最終更新:2012年05月09日 02:59