イル・シャロムから少し離れた場所にかつて栄華を極めたであろう市街の跡地がある。
遥か昔の大戦により破壊しつくされた様はもはやかつての面影は残っていない。この近辺は直接的な戦域からは遠ざかっている為、運び屋達にとっては単なる通過点でしかない。
その市街跡地の一角、一際大きなビルの残骸の中に隠れるように二機のACが存在していた。
車両型の脚を持った機体は肩部にあったであろうランチャーが無くなっており、頭部の装甲が剥がれ落ちて中のカメラが露出している。
もう一機の鳥のような脚を持った機体は両腕が無く、コア部の増加装甲が剥がれ落ちていた。
二機とも痛々しいほどに損傷しており、機体の脚部に付着した泥と弾痕がイル・シャロムでの戦闘の苛烈さを物語っているようにも見えた。
そして両者の機体はそれぞれが細部こそ違えど、見る者が見れば政府軍のACである事がうかがえた。
大尉と中尉は、会話も無く互いにコックピットの中で非常用の水と食糧を貪っていた。非常時だからこうしている、というわけではなかった。
非常食の味など愉しむほどの美味でもなく、お互い話すほどのネタはなかった。イル・シャロム脱出前は、両者とも半ば自棄を起こしていた為に饒舌だったのである。
簡単な食事を済ませると、中尉がおもむろに口を開いた。
「さて大尉。無事イル・シャロムからの脱出には成功しましたが、状況は芳しくありません。機体がこの有様ですからね」
中尉の発言そのものにはさしたる意味はない。これは確認だ。自分達の状態がどういうものか、そしてどういう環境に置かれているか。
イル・シャロム脱出に成功したのはある意味、大尉も中尉も想定外ではあった。死ぬつもりはないにせよ、生きて日の目は見られるとは正直思っていなかったからだ。
それ故にこの先の事までは考えていない。当然だ。確実に脱出できるアテがあったなら、低層区からの脱出にはもう少し余力を残しておけた。
もっとも余力を残していれば、間違いなく二人は低層区で戦死していただろう。彼らは化け物と呼ばれるほどの強さを持ってはいなかった。
弾薬の余剰は既にないに等しく、中尉の機体に至ってはMTにすら劣るだろう。しばしの話し合いの後、中尉のACはここで放棄し、こちらの機に搭乗する事になった。
コックピットハッチを開き、中尉を中に迎え入れる。「男臭いです」とは彼女の言葉だ。「我慢しろ」と言うと、彼女は一度コックピットから抜け出し、中尉自身のACに戻る。
そして何やらスプレーのようなものを持ってきて、コックピット内に撒き始めた。
「なんだそれは」
「消臭剤です。コックピットに押し込められるだけでも辛いのに匂いまで我慢なんかできません。―――これでよし」
「街に付いたらシャワーをたっぷり浴びるといいさ。ま、宿の質は俺の金で出せる範囲内だがな」
「大したお金なんかないでしょうに。イル・シャロム脱出までに持ち出せた金額なんて私と合算してもたかが知れてます。保険も降りませんね、確実に」
「保険も何も俺たちはとっくに死んでるだろうに。―――あぁ、そういや飴が切れてるそうじゃないか、食うか?」
「おや、めずらしいですね大尉。私の功績を称えてしかるべき報酬を与える用意があるとは思いませんでしたよ」
そういって中尉の目の前でドロップ缶を見せる。カランカランという音色が大層気に入ったのか礼もなしに受け取り、中身の飴をよく見ずに口に含む。
中尉は最初こそ笑顔であったが、飴が舌に触れるとその味に「ギャッ」という悲鳴をあげて、ぺっぺっと口から“ハッカ”の飴を吐き出した。
「何だ、勿体無い」
「な、何しやがるんですか! わざとやりやがりましたね! この外道!」
「わざとじゃないぞ。俺が持ってる飴を渡しただけだ」
「ぐぐぐぐぐ。大尉、神様から罰を食らいますよ、食べ物を粗末にして」
「神様なんて信じてないヤツが言うことじゃあないな」
「当たり前です。神様が私の役に立った試しなんて一度だってないんです。ああいう類の者は性格が悪いと相場が決まってるんですよ。あぁ、舌が! 舌が!」
怒りの表情をあらわにしながら、舌がひりひりするのか涙目になる中尉。思わず顔がにやけてくる。
中尉は基本的に甘い物を好む。その為、大抵は今持っていたドロップ缶の飴をよく食べるのだが、その中に混じっているハッカだけは苦手なのである。
ハッカ特有の味がとにかく不快な感覚にさせるらしい。前に一度だけ他の飴と舐めて相殺する微笑ましい抵抗を見せたが、当然のごとく無駄に終わった。
運悪くべったりと他の飴にくっついて剥がれないハッカドロップを口の中で舐め溶かして、分別する作業を口内で行う際の中尉の涙目の表情は今でも思い出される。
「そもそもお前が俺に甘い飴を渡した試しがないだろう。お前、大抵俺にいつもハッカを押し付けるだろうが。だいぶ前には口に直接詰め込んでくれた事もあったな」
「そんな昔の事までねちねちと覚えているとは陰険ですね。あぁ、陰険だからこんな非道い事が出来るんですねこの鬼畜。責任取ってください」
「クーデターの数日前の話だぞ。お前、本当に自分にどうでもいいと思ったことはすぐに忘れていくな」
「ははは、何を言いますやら。人間は忘れる生き物なのです。忘却とは人間の叡智だと誰かが言っていたではないですか。うぅ、まだ舌がヒリヒリします」
しばらくこちらに見えないように色々な物を落ち着かせてから、中尉が口を開いた。
「ふむ。イル・シャロムからはだいぶ遠ざかりましたが……この近辺だと、ビフレームかカストリカ辺りですかね」
「まぁそうなるだろうな。余り遠いエリアまで行くと山賊共にぶち当たらんとも限らんしな。旧政府のお膝下なら、妙な真似をしなけりゃ殺されはせん」
「ここに留まるよりは余程意味はありますか。で、どっちに行くんです?」
「カストリカだ。今後ビフレームに行くにしても、色々な物の補充にどの道カストリカに寄る必要がある」
「了解。えーと、カストリカまでの最適ルートは、と―――」
そういって中尉は目を瞑る。しばらくして、ゆっくりと目を開いてから「カストリカまでのルートは引っ張ってきましたよ」と言ってきた。
「つくづく便利だな、その特技」
「細かいルートは移動しながら指定しますんで移動してください。後で報酬はしっかり頂きますよ大尉殿」
そういって中尉のナビゲートの元、カストリカへとACを移動させた。
中尉が最後に言い放った言葉は聞こえない振りをした。カストリカに到着した後で思いっきり拗ねていた。
投稿者:ナグツァート
最終更新:2012年06月11日 02:53