あれから何処をどう彷徨ったのかはよく覚えていない。
ふらつく足で帰還し、報告を済ませその足で何処も無く歩いた。
ただ、全てが煩わしかった。
人々の活気も、戦いの喧騒も。

――カストリカ

首都と呼ばれるイル・シャロムから離れた地方都市。
先日のクーデター騒ぎからも遠く、多少のゴタつきがあった様だが一般人には噂程度の物で町は平穏そのもの。
静かに暮らすには丁度良かった。
このまま此処で錆びて朽ちるのも悪くないか、もう自分の……いや自分達の夢は終ったのだと自嘲しながら。
何処の町だって大抵酒場はある、どういう理屈かは知らないが人が集まれば酒を飲む、酒を飲んで言葉を交わす。
だから酒場が何処にだってあるのは当然なのだと死んだ親父がよく言っていた、いつも滅茶苦茶な理屈を言う人だったが案外道理に適った事を言う、そんな人だった。
アイツもそんな奴だったな、と独りごちて出されたバーボンをロックで一気に煽る。
隣の客が「ヒュウ♪」と口笛を鳴らすがどうでもいい。
ああ、不味い。
今の時勢マトモな酒を出す店なんて殆ど無い。
大抵何に使うのだか解りゃしないアルコールを付け足し、水増しし色や香りだけ体裁を整えた物を酒と抜かして売るのだ。
酒を作る職人だった親父はそれを大層嫌い、信用できる相手にしか酒を回さなかった。
俺もこんな酒と呼べない代物は今まで口に付けようとは思わなかった、が。
今はこの酒でいい、生きてるのか死んでるのか最早自分でも解らない錆びた人間にはお似合いだ。
そしてまた不味いアルコールを浴びる様に飲む、何時の間にか隣の客が変わった様だがそんな事に気など留めなかった。
「変わったのう……ロウよ」
ああ、聞き覚えのある声だ、誰だったか……粗悪なアルコールが回った視界はおぼろげで、一時の間を要した。
尤も視界が悪いのは酒の所為だけではなかったが。
「……今更何の用だ、じーさん」
新たに隣に座った客は「フランク・モール」金にがめついが今時珍しいお節介焼のじいさんだ。
傭兵を辞めた今となってはもう会う事も無いと思っていたが。
「生きておるとは聞いとった、だがザマぁ無いのう? 以前はそんな酒絶対に飲まなかったろうに」
おどけた調子で喋るのはいつもの調子だがその顔は険しかった。
「ポンコツの俺には丁度いいのさ。 もうアイツは居ない、俺も……もう以前の様には戦えん」
かけていたサングラスを外し、フランクの目を睨む
「……! 目をやったのか……そうか」
「そういう事だ。 仕事の依頼なら活きのいい連中がいるだろう? そいつらを当たってくれ」
目を伏せたフランクに吐き捨てるように拒絶の言葉を続ける、そうだ、もううんざりだ、何もかも。
「仕事はいいんじゃ、なぁロウや、ワシの所に来んか? アルナもお前に会いたがっとる」
アルナ、そう言われてツナギとゴーグル姿の少女の顔が思い浮かぶ。
三年程前だったか、武装勢力に追われているじいさんとアルナをアイツと二人で助けて以来、じーさんは何かと世話を焼いてくれたしアルナは随分と懐いてくれた。
「……今年17になるんだったか」
「ああ、お前達が死んだと聞き、塞ぎ込んでおったがお前が生きておる、という噂を聞いての、会いたい会いたいとせがんでくるんじゃ、頼むよ」
あの元気な少女の顔が目に浮かぶ、この祖父に振り回されながらも明るく逞しく生きていた明るい表情が。
「……なら、尚更だ。もう帰ってくれ。俺は、俺達は―――『ザ・フリークス』は死んだ」
「………」
暫しの無言。
「また……来るからの」
フランクは去り、グラスの氷だけが寂しげな音を響かせていた。




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最終更新:2012年05月19日 17:30