青年は窓を閉めた。その音で少女は目覚めてしまった。
「ヴィルヘルム……?」
青年は首の向きを変え、寝台に横たわる少女へと視線を遣った。「そうだよ」、と少女がいたずらに不安を覚える前にそう答える。見るからに少女はほっとしたような表情をして、やがて目を閉じた。
「ねえ、今何時?」
「さあ、何時でもいいじゃないか」
「でも、こんなに暗いものかしら、夜中でも……。
それに、こんなに暗いのにどうして貴方は灯りも点けずにいるの?」
青年は暫く何かを考えていた。
「僕は夜目が利くんだよ」
「何それ」
少女はそう言って笑った。
青年もそれに合わせて笑う。
「ねえ、何だか眠いの」
「そうだろう、まだ夜だから」
「こっち来て」
ごく短い沈黙があって、青年は少女の隣へと足を進めた。
「つまずかずに来れたよ」
そう言うと、少女は柔らかく微笑んだ。
「よかった……」
ほう、と息をつく。
そして、暫く何も喋らなかった。二人の存在だけが空白を満たしていた。
それだけで、少女はある種の充足を得ていた。青年は、それを確かめるように、寝台の脇で静かに佇んでいる。
「……ねえ、あれから何があったの?」
「何も心配しなくていい、君は今、ゆっくり休んでいるんだ」
「そう」
少女は言葉を切る。
青年は、少女の頬に手を遣った。
それは青年自身にとっても、予想の外の行動だった、自分で自分の行為に、驚いていた。何だって今こんなことをしてるんだろう、と今度は思わず手を引っ込めようとして、その手を二ひらの温もりが覆った。
そうすると、無理に手を引っ込めようとはせず、そのまま、温もりに手を委ねていた。
「これから……」
少女が口を開く。どこかおぼつかない口調だった。
舌がもつれているような響きがあった。
「何にも、苦しいことなんか無いのよね」
青年は一瞬考える時間を取った。
「そうだね」
再び沈黙が降りる。
手のひらの温もりだけが、この空間で唯一実体を持った存在であるかのようだった。沈黙が静かに部屋の中につもっていく。空気がそれに合わせて、少しずつ色を変えていくのが、青年には手に取るように分かった。
「ごめんなさい」
少女が首を傾けて笑った。その様子が、青年にはしっかりと見えていた。
「でも、ほんとはそんなこと、誰にも」
もつれる口調で、少女はゆっくりと喋る。
「分からないよね……」
今にも眠りに就きそうな調子で。
青年が、添えられた手を強く握った。
「ごめんなさい……私……弱く……」
青年はいつまでも手を握っていた。
いつまでも、いつまでも手を握っていた。
朝の光が、いつまでも二人の影を照らしていた。
◇
「ありがとう」
青年は、その機体のキャノピーの中に身を埋めて呟く。
「もう、怖くないよ」
そして、イグニッションキーを強く捻った。
強い振動に揺り動かされるとともに、暗闇のキャノピーに光が満ちる。
青年の頭部を覆うヘルメットに光が反射して、その表面に淡く眩しい模様を作り上げた。
投稿者:Cet
最終更新:2012年04月23日 14:44