「そのことだって、きっと忘れてしまう」
青年はそう言った。
時刻は明け方なのか、夕方なのか――どちらなのかは分からない。ともかく赤色を帯びた光が、荒野に吹きすさむ、埃じみた空気を少しだけ浮き立たせて見せていた。
停止したキャリア・リグ(輸送機能を備えた戦闘補助車両)の壁面に、女性はもたれかかっていた。そして青年はその少し前方で座り込み、何を見るでもなく正面へと視線を放っていた。
青い髪の女は青年の独白に対して何か告げるでもなく、彼の後ろ姿を眺めている。
その女性の表情には、どこか厳しい感情が含まれているようでもあるし、一転して何の意味もない無表情のようにも思われた。いずれにせよその表情の意味は彼女以外の誰にも知られることはない。
やがて女性が口を開く。
「そりゃそうでしょう、何だっていつかは忘れるもんじゃないんですか」
「忘れたくない記憶だけが消えていって、忘れられないことだけが心の中で大きく大きくなっていくんです。
地獄ってこういうのを言うんですね」
青年が振り返って女性の方を仰ぐ。その口元には、微かに笑みが浮かんでいた。
そのときの女性の表情には、先程とは違ってどこか揺らぎのようなものが混入している。
眉間に皺を寄せており、青年の意図を量りかねているようであった。
「地獄? 地獄なんてその辺にたくさんあるじゃないですか」
女性は腕を広げる身振りを交えて、そう言う。
「僕は、そう思ったことはないですね。
地獄というのは、いつだって人間の内側にあるものなんです」
言って、青年は前を向いた。
その所作に対して間を置かずに、女性は再び口を開く。
「私は貴方みたいにぐじぐじとした悩みを抱えたこともないし、正直に言って貴方が抱いているような悩みの質も測りかねますけど。
結局貴方はどうしたいんです」
「僕は――」
青年は言いかけて、そしてかぶりを振った。
それっきり俯いてしまう。
女性はその後姿を依然眺めている。暫しの沈黙がある。
「僕は」
青年は重ねて口ずさむ。
そして顔を上げた。
投稿者:Cet
最終更新:2012年06月05日 00:49