雨が降っている。
多くの雨が降っていた、青年は傘を差していて、喪服を着ていた。
そこは墓地であった。今は雨のせいでくすんで見える芝生も、晴の日にはきっと眩しく輝くだろう。その墓地の中でも、特に奥まったスペースに、老人と少女の身体は収められていた。
濃い緑の垣根によって、その場所が周囲から視線に晒されることはまずもって無い。そこはある意味においては終着地点の様相を呈していた。周囲からは閉ざされていて、ここから先へはどこへも進むことができない。そういう場所だった。
参列者は既に立ち去ったあとで、青年の他には、ただ一人の壮年の男性だけが立っていた。眼鏡を掛けていた。
お互いに、暫くの間視線を交わすことはなかった。
しかし、あるタイミングにおいて二人は同時に視線を差し向ける。
ざあざあと音がしている。
「エンリカは――」
壮年の男が口を開く。
「休日にはよく出かけていました、何をするとは言ってくれませんでしたが……。それは、ひょっとして貴方と一緒にいたのかな」
「そうですね」
青年は返答した。
そこからまた沈黙が始まった。雨の音だけが、その場の欠落を埋め続けている。
やがて、男がまた口を開く。
「正直、色々と思うところはあります。
でも、貴方以上に上手くやれる人間も、結局はいなかったのでしょうね。それだけは、確かなことなのだと思います」
男はそう言った。
そして、一つ会釈を青年へと行う。
それを境にして、男は踵を返した。雨の中で湿った草を踏みしめる音だけが暫く響く。その音もまた、青年の聴覚から少しずつこぼれ落ちていく。
そのようにして青年は一人になった。
雨が全てを埋めていた。雨は降り続けていた。
ふいに、青年が自ら傘を傾ける。当然彼の身体は冷たい水気に覆われることとなる。
彼の身体を、小さな感触が絶え間なく叩き続けていた。
前髪が垂れ下がり、彼の目元を覆っている。
そして彼の口元が動く。さようなら、と呟いている。
投稿者:Cet
最終更新:2012年06月06日 00:09