「少なくともお前はまともじゃないね、自分でも分かってるだろうけど。
何といったって、『俺』が分かってるんだからさ」
彼は、そう言った。あるいは僕はそう言った。僕は、僕に向かってそう言ったのだ。でも、僕はそれを意思して言っているわけではない。あくまでもそいつは僕の意思を無視して、喋っている。
そのはずだ。およそ間違いなく。
「ごちゃごちゃまた言い訳してんなよ、お前は俺なんだよ、俺がやることはお前の意思だ。『僕のやることは僕の意思』なんだよ、だからもうそれについてはよしとけ。
で、もっかい言っておくと、お前はとっくにまともなんかじゃないよ。去年の春先のことは覚えてるだろ、まあ、まだお前が俺のつっかえ棒抜きにはまともに歩けなかった頃だ」
……。
「というか、お前は戦闘に関わり始めたそもそもの初日からどうかしてたんだよ。
俺の言いたいこと分かるかな。つまり、お前は何か守りたいものを守ろうとすることにおいて、誰かを傷つけるということに一切の躊躇を覚えてなかったんだよ。
事実、お前はそうやってあの日に一人の不幸な人間を殺したわけだ。
でも何の感慨も湧かなかった。そうだよな? お前は今までにあの日のことを数限りなく思い出してきたけど、その中でお前の中にあの日犠牲になったバンガード兵士に対する罪悪感が湧いてきたことはほとんど一度として無かったはずだ。というか俺はお前だから分かる。『俺の中には一切の罪悪感が、今もなお存在しない』っていうこと。
お前は基本的に自分の都合によって誰かを傷つけたりすることに、何も罪悪感を覚えない人間なんだよ。あるいはそれによって自分自身を貶めているにせよ、どうしてもそのことを強いて辞めようと思えないんだ。そうだろう?
そんな人間がどうしてまともだと言えるんだよ」
「おい、
ブラウ、ブラウ。大丈夫か。ブラウ」
俺は果たしてまともなんだろうか。
「ブラウ、『いつもの』、か? だとしたら俺も強いて今のお前を刺激しようとは思わないが」
僕は多分まだ大丈夫だ。
まだ僕は歩いている。あの日のこともまだ覚えている、その限りで僕はまだ、少なくともある意味においてはまともだと言える。
そのはずだった。
「――ああ、
ガーニー。大丈夫、大丈夫だ。
『いつもの』だよ」
「おい……本当に大丈夫なのか? はっきり言って俺にはお前が今本当にまともでいるかどうかの判別が付かないんだよ。なあ、もう一度言うけど」
「大丈夫、僕は今のところまともだよ」
そう言って述べると、そのブローカーは一つ溜息を吐いた。
それは微かではあれ、安堵のようなものを帯びた息遣いであった。
「そうかい、まあ今回の依頼の説明をするって件だが、いいかな?」
「いいとも」
僕はその狭く暗い空間内で頷く。手のひらにぎりぎり収まらないサイズのコンソールを机に置き、木材を継ぎ合わせて造られた椅子に腰掛けている。それは日用品というものの性質において、致命的に『いたわり』という概念が損なわれた存在だった。要するに、商品として扱えるものでは到底なかった。
それでもそのモーテルではそれが当然のものとして調度品の扱いを受けている。もはやそういったことで一々文句を言う気にはなれなかった。
「目標はバンガードのAC部隊。ヘリで移動中のところを狙撃部隊によって襲撃し、撃ち漏らしをお前がやるっていう任務だ」
ブローカーが喋り始めたその最初の時点で、眉がぴくりと跳ねるのが感じられたが、しかしそれ以上には身体は反応しなかった。ただ僕は椅子の背に、その背もたれとしてロクに機能していないところのただの板切れに、体重を預けていた。
「作戦の難度としてはそれほど高いものではないだろう。輸送用のヘリがやられれば、その当然の流れとしてヘリは墜落し、また輸送されていたACもやられる。
むしろクライアントの連中はACが一機も残らないという場合の状態を想定しているくらいだ。
で、どうだ。報酬は“撃ち漏らし”の数によるってことだが――」
「受けるよ」
ほとんど即答だった。
ブローカーの方でも、その反応に何やら常ならぬものを感じたらしく、コンソールからは暫く沈黙が吐き出されていた。
「オーケー、じゃあ、依頼は受諾されたってことでいいんだな」
「勿論、そのつもりで僕は今郊外に来てるわけだし」
「ああ、分かった。
……ところで、最近のお前は一体どうなんだ? 今さっきだって本当にいきなりだったわけだし、こういうことが戦闘中にも起こるようでは、もしかしたら今後クライアントの信頼に何か――」
「ガーニー、それは君が考えることじゃないよ。むしろそれに心配するべきなのは僕の方だ」
「分かってるならいいんだ」
その言葉を境に、ブローカーは前触れなく通信を切った。
一転してその場に訪れた沈黙に、暫くの間僕は自分の身を浸していた。