雨の音が聞こえる。もうずっと降っている。装甲越しに響く音と、装甲の隙間から滴り落ちる雨の滴が私の身体に落ちてくる。
軍服は水をたっぷりと吸って、ぐっしょりと濡れている。重みを増した軍服から感じられる感触が不快でも今の自分には軍服を脱げない理由がある。
自らの腹部に突き刺さる青い破片。私のACの、装甲の破片。その破片が今は血の赤に塗りつぶされている。
準備の悪い事に、手元には救急用の道具がない。鈍い痛みがずっと続いていて、動いていないうちは楽でも、少し動くだけで破片に肉が抉られる。
「ひ、ぐ……ぁ」
あげまいとした声が漏れる。元々私は痛みにずっと耐えられるほど強い人間じゃない。
敵も味方もいないこの場所に取り残された今でなければ、きっと死んでしまいたいほどに顔を紅潮させてしまうだろう。
そんな心配ももう杞憂になる。多分、今の自分は青い顔をして、ひどい顔になっているだろう。
誰にも見せられない顔だ。でもいいのだ。これから先死んでいくなら、この身体がどんなひどい顔をして死んでも気にする事はない。
「はぁ……っ、ぅぁ……ぁ」
痛みに声を上げながら、手を伸ばす。何の変哲もない缶を手に取る。
蓋を開け、缶の中からドロップが吐き出される。味など確認していないそれを口に放り入れる。
「……うぁ……っ、死ぬ間際の贅沢も許されないってんですか……」
ハッカの飴。血に混じったそれは酷い味だ。辛味と鉄の味の混ざったおぞましい味。
おぼろげな意識が無理矢理に現実に引き戻される。せめて甘い思いを抱いて死にたいのに。
「……あぁ……っ、もう……ままなりません、ね……」
ドロップ缶を投げつける。足元に転がり、僅かにへこんだそれを再び拾う気にはならなかった。
中はもう空っぽで、これ以上痛い思いはしたくないからだ。
目を瞑る。このまま眠りについたら、この痛みともさよならできる。
死の瞬間には人間は冷静になるというが、きっとそうじゃない。冷静になるのではなく、諦める。
本当に諦めるのだから、何もしないし、何にも動じない。きっと今の私がそうであるように。
「……ふぅ……」
深呼吸をする。雨は相変わらず止まないが、眠ってしまえばそれでいい。そうすればもう聞こえなくなるのだから。
だがこのままでは眠れない。だから、少し思案にふけろう。考え事をしているうちに眠気も来るはずだ。
―――およそ数時間前の出来事になる。
さる外部勢力との交戦。何のことはない、いつもの作業。
味方に内通者が居た事を除いては。
外部勢力に雇われたその男の裏切りにより、我が部隊は壊滅的損害を受けた。
部隊は散り散りになり、外部勢力に蹂躙された。
敵の攻撃を受けながらも、運よく逃げ延びたと思ったらこれだ。
裏切者のACのショットガンを至近で受け、装甲片が腹に突き刺さる。
裏切者を蹴り飛ばし、そのまま銃撃を叩き込んでようやく撃破した。
「裏切りなんて、されるとは……思わなかったなぁ……っ」
部隊でずっと戦ってきた仲間だった。自分の境遇を受け入れてくれた人でもあった。
裏切られるのは思ったよりも堪えた。こういう事をされてもなんともない、と思っていたのに。
「……うくっ……ぁ……」
意識が消えかかる。眠りにつくのは間近のようだった。安堵している一方で、汗が噴き出る。
既にぐっしょりと濡れた軍服の感触で分からなくなっていても、自分が恐怖している事は分かった。
あぁ、やっぱり怖い。自分がなくなっていくのは怖い。死にたくない。
「諦め、悪いなぁ……私って……」
次第に痛みが引く。あぁ、もうすぐそこなんだ。
もう一度目を瞑る。そして強く眠る事を意識する。そうしていないと怖くて眠れそうにないから。
でもだめだ。眠ろう、そう強く意識すればするだけ、眠りを妨げられる。
「このまま、死ぬのは……やっぱり、やだなぁ……」
こんな事を呟くのは何故かこれが最初じゃないような気がする。
前にも一度、こんな事があった気がする。
でも思い出せない。記憶する事と忘れる事は得意なはずなのに、覚えていない。
忘れてしまったなら、こんな感覚は覚えないのに。でも覚えているというにはおぼろげで。
「あー……もやもやしてる……なぁ……」
皆死ぬ瞬間はこんな感じなのかもしれない。未練とか後悔を抱えて、死んでしまうのかもしれない。
今の自分のように。嫌だって言っても無駄なんだろうな。でも、嫌だ。こんなのを抱えたまま死ぬのは。
急に意識が途切れ始める。あぁ、死神というのは何て悪辣な奴なんだろうか。
自分が死にたくないという思いを少しでも抱いた瞬間に、その鎌を振り下ろすのだから。
酷い話だ。せめて死ぬときくらい苦しくしなくたっていいじゃないか。
私は死神に考えられる限りの罵詈雑言を心の中で呟いて、そこで意識が途絶えた。
次、目覚めた時には真っ白な天井が目に入った。
周りを見回せば、面倒臭そうな顔でこっちを見る男がいた。
どうみても天使には見えないその男を見て、自分が生きているという事実を知った。
死にたくなかったはずなのに、無性に残念な気持ちになる。
男がこちらのげんなりした顔を見て、やれやれという表情を浮かべた。
「やぁ死に損ない。気分はどうだい?」
私は作り笑いで答える。
「最悪です」
最終更新:2012年06月11日 02:50