その空間は、暗闇で満ちていた。
微かな揺れが感じられ、断続的に、カタカタという音がどこからか響いている。そこはガレージであり、また、移動中のキャリア・リグの内部でもあった。
移動中の構造物であるということを前提にして考えれば、その空間はひどく広い。
何といったって、体高にして五メートルに達するところの戦闘兵器、ACを輸送することを可能にした車両なのである。そのガレージには中二階が設置されており、壁面を取り巻く回廊のようである。そこからは作業用のキャットウォークが張り巡らされている。
そもそも、“キャリア”・リグとは名ばかりで、その実情は陸上を走行する武装空母、と表現した方がしっくり来るのではないだろうか。
今そのガレージには一人の青年が立ちすくんでいて、そこに鎮座する、イエローで彩色されたフォルムを見上げていた。
辺りは暗闇だった。採光の為の設備は取り付けられておらず、一体今どんな時刻帯にあるのかは定かではない。微かな補助灯の暖色だけが、乗務員の安全の為に薄すらと明りを発している。
ふと、青年が視線を下ろした。
そして首の向きを変える。
微かな足音が、補助灯によって照らし出すことのできない範囲で響いているようだった。
やがて、その暖色の灯の下に、一人の男性の姿が現れる。壮年と見える年頃で、青年に向けられたその表情には穏やかな笑みが湛えられている。
敵意の類は見られない。
「やあ、眠らないのかい」
「ええ」
青年は答える。そして、首の向きを再び正面へと戻した。
その、壁面に固定された機体の姿を眺めている。
すると、男性の安全靴から響く幾つかの音があって、彼は青年の隣に立っていた。青年と同じようにACを見つめている。
「……グッジョブ。良いACだ、構成に無駄がない」
「ありがとうございます」
青年は軽く頭を下げる。
青年が視線を向けると、男性は依然ACの方を見上げていた。ACの前面に取り付けられたカメラアイから、何らかの情報を読み取ろうとしているかのように、真摯な目を向けている。
青年は口を開く。
「……消灯前に、整備の状況を確認させてもらいました。とても良い仕上がりだったと感じています」
「それは重畳。自分は、直接の整備要員ではないけれどね」
男は微かな笑みを更に深めて、にっこりと笑ってみせた。
青年の口元にも、自然と笑みが浮かぶ。しかし、次の瞬間にはその笑みも引いている。
打ち寄せた波が砕けるかのような、束の間のことだった。
青年が再び視線を正面へと戻すと、男が青年を一瞥した。
「明日は、アリーナへの出場があるそうだね」
ぴくり、と青年の体が身じろぐように動く。
彼は、ゆっくりと男へ視線を向ける。
「ええ」
「『若くして現れた期待の傭兵』“
ブラウ”と、『アリーナの豪腕』、バタリアの傭兵“パトリオット・チャリオット”。
中々期待できるカードだと思うね、いや実際期待してるんだけどさ。
お前さんが勝ってくれれば、ウチの整備連中にも発破をかけることになりそうだし」
青年はこくりと頷く。
男は満足そうに笑った。
「じゃあ、考え事も程々にして、明日に備えて眠るのが良いと思うよ」
「そうですね、適当に、引き上げます」
「ああ」
男は手を軽く上げて、それから踵を返して去っていった。
青年はその姿を眺めている。