私は、荒野に立っていた。知らぬ場所である。草木は辺りには見当たらず、ただ閑散としている大地が広がっていた。
人がいるはずもなく、この荒涼とした大地に、私は立ち続けていた。私は、『彼ら』が来るのを知っていた。
 何故知っているかなどと問われても、私には答えられない。ただ、『彼ら』は私に会いに来るのだ。
『彼ら』が来るようになったのは何時からだっただろうか。私が子供の頃からだったか、それとも、大人になってからだったか。どちらでもない。

――人を殺すようになってからだ。

 私が軍人になり、鉄の悪魔を駆り、人を殺すようになってから、『彼ら』はやってきた。つまり彼らは、彼らを殺害した私に対して復讐を行いに来ているのか。
復讐ならば、私は甘んじてその身に罰を受けようと思っている。『彼ら』は殺されるべくして殺されたわけではない。戦場に出てきたからといって、殺されていいわけではない。
私に命を奪われた者達の誰一人として、死んでいい人間などいなかった。私は汚い人間である。自らの命可愛さに、生活の為にという俗な理由で軍人になり、他人を殺してきたのだ。
 自らの命可愛さに軍人になるという事は、滑稽な事と受け取られるかもしれないが、自分が生きる為には軍人が一番合っていると思ってしまったのだ。
とても誇れたものではなかったが、命を奪うという行為に関しては、自信がある。何事にも優れていなかった私にとって、これは心強い武器であり、生活の支えであった。
 美男なわけでもなく、かといって不細工かと言えばそうでもない。頭も良いわけではないし、芸術に関して何か優れた感性があるわけがない。殺しという事を除けば、『私』という人間は特徴も何もなく、人の海に流されてしまえば、そのまま海の底を流れていき、沈むだけの流木や泥にしかすぎない。
殺す術だけが、私という名の白紙に色を塗ってくれるものであり、人から喝采を浴びる作品として表してくれるものであったのだが、色を塗るために使用される道具――犠牲になった人々――はどうであろうか。
私という作品が人々から持て囃され、素晴らしいと称えられたところで、彼らの犠牲という土台は見えるはずがない。私という作品は、数多の犠牲によって生まれたのだと述べても間違いではないのだ。
 こうして考えてみれば『彼ら』が私を恨むのは、当然の事だ。私は彼らに、純白な雪が泥水をぶちまかれて、その汚れを吸い取り穢されていくように、彼らの憎悪によって穢されなければならない。
罪深い人間である私は、こうして裁かれるべきなのだ。裁かれてこそ、私は安心することができるのだ。彼らが私に向ける殺意、憎悪の全てを受け止めて裁かれて楽になりたい。

――頼む。

 彼らは、私という存在をどんなにしてもいいはずなのだ。私に復讐したからといって、彼らが罰せられることは無いだろう。私は彼らより、よほど人を殺し、奪い、穢している人間だ。
気が付けば私は、叫んでいた。私を裁いてくれと、殺してくれと何度も何度も叫んでいた。悪い話であるはずがない。私は無抵抗であり、彼らは私を数の暴力によって一方的に蹂躙できる程に集まっているのだから。
しかし、彼らは私を殺さない。罵りもない。ただ、眼球が消え去り、ぽっかりと空いてしまった空洞から、憐みを感じさせながら私を見つめているだけなのだ。
 懇願し、哀願し、しまいには私が狂気に陥りながら謝罪しても、彼らは見つめているだけだ。私達以外には誰もいない大地で、私は彼らに泣いて許しを請うが、彼らは答えないままだった。
そうしている内に私は、目を覚ましてしまう恐怖を覚える。彼らが遠くへと歩きだし、私は一人、許しを得られぬまま、光に包まれるのだ。

 「私は何時になれば」

 その一言を呟き、ついに目が覚める。見慣れた殺風景な部屋が広がり、先ほどまでの荒野はもうどこにもない。
裁かれるべき罪人である私は、結局裁かれぬまま、また夢から帰ってきてしまったのだ。

 「何時になれば、私は裁かれるんだ」

 裁かれるのを待つのではなく、自ら死のうと考えた事はなかった。それは罰ではなく、苦しさから逃げるだけの事にすぎない。それは、悪徳である。
彼らは、いったい何時になったら私を裁いてくれるのだろうか。彼らが裁かないのであれば、また別の誰か――私の中には、私を裁いて欲しい個人がいるが――でもいい。
生活の為に殺しを肯定し、殺す事に悩みを持つ矛盾した私を止めて欲しいのだ。それすらも我儘な願いなのだと分かっていても、望むのを止められない。

 「……とりあえず」

 願いは動かなければ叶わない。いつも見るようになってしまった夢について思いを巡らすのは甘美な時間ではあるが、朝食もまだなのだ。ベッドから起き上がって、洗面所へと向かいながら、今日の予定を確認する。
確認するといっても、私にはそれほど忙しい要件が入っているわけではない。軍人になり、辞めて傭兵となり、再び仮初ではあるが軍人へと戻ってきた私。あまりにも芯がなく、ふらふらとしている自分を少々滑稽に思いつつ、ベッドから起き上がる際に持ってきた手帳を開き、仕事が無いのを確かめた。
 軍人に戻ったと言っても、正式な軍人ではない。正規の軍人では出来ないような仕事――よく言われる裏仕事とか、手を汚したくない人の代わり――をする為の、駒のようなものだ。
傭兵でも雇った方が私のような屑を雇うより余程安上がりだとは思うが、依頼主からすれば、傭兵より口が堅く、無駄な事はしない――依頼内容だけを完璧に行う者――奴の方が都合が良いらしい。

 「飼い犬か」

 思わず自嘲する。犬の方が、まだ私に比べて誇りがあるかもしれない。犬は飼い主が危機に瀕した時、助けるような行動を取るとは聞くが、私ならば、まずしないだろう。どうしようもない考えをしながら、蛇口を捻り、些か冷たすぎる水――水があるだけで、かなり恵まれているのだが――を顔にぶつけて、意識をよりはっきりとさせる。
仕事がなければ、特にやるような作業はない。酒場で時間を潰すか、アリーナでも観戦して、ついでに情報でも集める作業をするぐらいのものだ。
 アリーナとは便利なものだ。今や実質最強戦力の一つであろうACとパイロットを使い、過去に行われていたような見世物としての戦いを行う。無論、死者も時には出るのだが、それがよりリアルだと思っているのか、観客は熱狂するのだ。
私からすれば、仕事前の下見として見るぐらいだが、それでも面白い見世物ではあると思っている。作られた試合も多いが、別に娯楽として観戦する分には何も問題はない。
下見という点からすると、相手が実戦で“本当”にその機体や戦法を取ってくるとは限らないが、参考程度にはなる。癖も出来るだけ覚えておいた。実際、そのおかげで何回かは命を拾っている。
屑の方が長く生き延びられるとは困った世界だとつくづく考えるが、生き延びてしまったのだから仕方ない。裁かれるべき人間が裁かれず、裁きを受ける必要もない者が死んでいく。
 神というのは、愛している人間ほど殺して、自分の手元に置きたがるのかと考えたが、私と似たような屑も次々と死んでいっているので、きっちり選別はしていそうではある。となると、我々人間は神にとって、燃やすしかないゴミと、もう一度手元において使える資源。それぐらいの違いしかないのかもしれない。

 「神様を信仰するのも考え物か」

 裁かれたいと願う身からすれば、まずは神に対して裁かれたいと願うものなのだろうが、私はそんな気にはなれない。私を裁くべき者は何時だって同じ人間だ。
神が裁くのならば、もっと世の中は綺麗になり、安定して回っているはずだ。世界がこんなにも汚染されることもなかっただろうに。牛肉だって毎日食えただろうに。
 自らが用意した朝食を眺めつつ、溜息を一つ吐く。貧しい食事ではあるが、毎日食べられるだけでも、一応は神に感謝しておくべきなのか。

 「どうでもいいか」

 結局いつも通りに神に祈りも捧げずに食事を取ることにした。依頼が来るまでは暇なのだから、この後酒場でも行こうと心に決めて。
屑には屑なりの生き方がある。裁かれ方がある。その信念もまた、自分を表す存在意義となるのだろうから。

 「腹も減ったし、そろそろ」

 朝食を貪ろうとしたその時に、ドアを叩かれた。狙ったかのようなタイミングの悪さに思わず溜息が出る。何より、このタイミングの悪さから、押し掛けてきた人物が推測出来るのも嫌なのだ。
出たくはない。出たらどうせ面倒な事が待っている。無視すれば、何も問題は起こらないはずだ。無視しとけばいい。

 「そうだ、ゆっくりと朝食を取れば」

 ドアが叩かれる音が激しくなり、軋む音すらしてきた。叩くというより、蹴っているような音もする。私は、やっぱり神様など信じるべきではないとの思いを心に抱いてから、ゆっくりと朝食を取ることを諦めて、ドアの方へと歩いて行った。






 「遅い」

 「人の朝食を妨害して、その言葉ですか」

 「当然だ。貴様は上官というものを何も分かっておらんな? ん?」

 上官と言っても、仮初の存在だ。自分は、軍人ではあるが、正規の軍人ではなく、軍人という枠だけに一応は収まっている傭兵だ。軍人に戻っているというのは、形だけの事に過ぎない。
それをこの女は理解していないのだろうか。別に嫌いではないのだが、少々うんざりする所があるのが面倒なだけだ。
 私よりも屑ではなさそうだが――そもそも私のような屑が何人もいても困るのだが――この女もなかなかの所ではあるだろう。
こっそり手に入れて、保存しておいた私の酒を漁っていたり、人の部屋を見て殺風景すぎると言ってきたり、この女には遠慮というものがないのか。

 「文句がありそうな顔をしてるぞ、少尉」

 「ありますね。 それを言ったところで貴方はやめてくれないから、言わないだけですが」

 「うむ。 私という存在が良くわかってるじゃないか。 ん?」 

 やはり、何を言っても無駄だろう。さっさと死なないだろうか、この女、と口には決して出せない言葉を心の中で吐き出しながらも、彼女に要件を言うように促した。
彼女はいざ聞かれると、人差し指を立て、口先の所で振りながらわざわざ勿体ぶって焦らしてくる。私をからかいたいのだろうが、そんな事で苛々するほど私は少年ではない。
 彼女はしばらく私の様子を窺った後、溜息を吐いた。

 「つまらん男だな。 相変わらず。 ん?」

 「私に面白みを求めるのが間違ってますよ。もっと若くて初々しい男をからかうんですな」

 「そうしたいところだが、可愛い男が見つからんのでな」

 だったら、もっとも可愛くないであろう私を弄るのは止めてほしいものだ。

 「可愛い男探しなら、後で手伝いましょう」

 「うむ。よろしく頼む」

 「で、それはいいから要件を」

 「急かすな」

 この催促が二回目であり、私がこういう時の無駄な会話は好きではないということを知った上での、この発言なのだから恐れ入る。
見た目だけは美人であり、確かに男が欲情しそうな身体の持ち主だが、自分の情欲は刺激されない。普段から話していれば、間違ってもこの女を性欲の対象として認識しようとは思わないだろう。
 机に肘をつき、リズムを取るように指先を机に叩きつけながら相手の言葉を待つ。

 「この前、大規模なバンガードの調査部隊が新たに見つかった地下都市群へと探索に向かった話は聞いているな」

 「一応は」

 イル・シャロム以外の場所――それもあの荒れ果てた荒野――に、未開発の地下都市が眠っていたという話は聞いていた。バンガードの調査部隊がそこへ向かったという話もだ。
私にはどうでもいい話だったので、深くは聞かなかったが、結局収穫は何もなかったというオチがついていたはずだ。大部隊で行っただの、少数精鋭で突撃して帰ってこなかっただの、よくある噂話だと思っていた。
この女がわざわざ私にその話をするという事は、地下都市があり、バンガードが動いたのも事実だったということか。

 「噂話だと思っていたか。まぁ、私も噂話だと思っていたから確認するまでは正直穴を掘ってたら良い男が出てきたとかそういうものだと。あ、穴を掘るってそっちの」

 「どうでもいいので、続きをお願いします」

 下らない話に振り回されるのはもうごめんだと、意思を示す。

 「実際突入して、誰一人欠ける事なく帰ってきたらしいが、同時に何も持ち帰るべきものもなかった」

 「つまり価値が無いものばかりだったと」

 「そういう事だな。価値が無い、というよりは部隊を派遣してまで確保しておくという利点を見出せなかったんだろう」

 「私に話が来たのは、何か事情が変わったんですね」

 楽しそうだなと、彼女が私の顔を見ながら言葉を続ける。

 「何かありそうだというと、お前は本当に気持ち悪い笑顔になるな。子供が見たら泣くぞ。普段は無害なおっさんの顔をしているというのに」

 「否定する気はありませんよ」

 「……どうも、あいつらが捜していたのは表層だったらしくてな」 

 この時点で、話の想像は付いた。新しく深部へと続く道が発見されたのだ。バンガードの連中が無能なわけではない。地下都市というものは、どこに入り口があるのか分からない場合がある。
発見されたとしても、セキュリティシステムが起動した後に、自衛兵器に襲われたり、そもそも入り口自体をカモフラージュしている都市もあったぐらいだ。
 まるで鬼に見つかったら食べられてしまうから、深い森へと身を隠してしまう子供のようではあったが、笑う気にはなれない。軍人として生きていた時には、古代兵器を探すべく地下都市にも潜っていったものだが、どれもこれも酷い破損している状態でしか発見する事は出来なかった。

――出来なかったのだが、破損している状態ですら、凶悪な力を見せつけていたのだ。

 破損していた腕だけの部分だけでも、大型の砲台として機能を十分に発揮して恐ろしい火力を誇った。巨人の片腕は、小人をあっさりと薙ぎ払うだけの力を持ち合わせていた。
初めてその力が、目の前で振るわれた瞬間を目撃した時は、恥ずかしながら尿を漏らすかと思ったぐらいだ。同時に、心の底から憧れるものではあった。
私にとっては、殺す術の中でも、あれは美しいものであった。極めて美しい芸術を見て、震える人間がいるように、私は恐ろしいまでの力に震えたのだ。

 「つまり、奥にはまだ、それが眠っている可能性があると?」 

 「どうだかな。情報をもらったやつからは、大したものはなさそうって話だったんだが」

 「あったんですね」

 「話を聞く限り、データポストだけは生きているかもしれんってだけだ」

 十分だ。退屈な依頼ばかりだったが、今回ばかりは楽しめるかもしれない。

 「データポストを回収する。 で、私の任務はよろしいですね」

 「そうだな。あとは障害の排除だ。ついでに、時間との勝負でもある」

 「帰ってくることがあるかもしれない、ということですか」

 何が、とは言わずとも伝わるだろう。彼女は黙って頷いていた。

 「分かりました。速やかに済ませます」

 自分の顔が、笑みを抑えきれないのが分かる。ゾクゾクとしてくるのだ。おそらく、この話を知っているのは私達だけではない。嗅ぎつけた屑達も来るだろう。
裁かれたいと思うが、自分と似たような屑どもが集まってくる事にも喜びを覚える。私の罪は、殺されたいと願い、罪を贖いたいと望んでいるのに、殺したいという欲求がある。
どうしようもない屑だ。女が来れば、上手く捕らえることで情欲は発散できる。男でもいい。遊べれば問題ない。私は、子供が初めて遊び道具を与えられた気分になっていた。
 退屈だった日々に刺激が混じり、日常を歪めて、また私が罪を作っていく。それを悔いて、転げまわり、泣き叫びそうになるほどの罪悪感に駆られるが、私は同時に絶頂を迎えそうになるほどの喜びを感じられるのだ。

 「貴様は、本当に屑なのだな。 ん?」

 彼女が、呆れた顔で言う。そうだ、私は屑なのだ。
屑だからこそ、こんな命は破棄されるべきでありながら、永らえてしまうのだ。
最終更新:2013年11月20日 21:09