病院で暇そうにしていると、通路がやけに騒がしい。後で話を聞いたところ、政府軍の女性兵士らしい。部隊章から所属は外部処理班第4科だという。俺が話を聞いたころにはオペが既に終わっていたようだ。
隣の患者仲間に何故教えなかったんだ、と聞いたら、「お前はずっとぐうたら寝てたからだよ」と言われた。しょうがあるまい。ここは昼寝には最適なのだ。
さらには「お前元気なんだから運動でもしてろ。体力有り余ってるだろうに」とまで言われてしまった。
別に好きでここにいるわけではないのだが。おまけに最近の看護婦の俺への視線が実に痛々しい。わかってる、わかってるよ、お前らの言いたい事は。
正直な話、既に怪我も治って適度に運動しているのだが、上官が未だに前線復帰を許してくれないのだから、しょうがあるまい。
今回の負傷だって、そもそも病院に放り込まれるような事ではないのだが、わざと上官が大げさに申告してくれた上に、おまけにこの軍病院の医師とグルになってやがると来ている。
理由を聞いたら、「お前のぶっ壊した機体と弾薬費分をお前の保険で補填すんだよ」との始末。クソ上官殿め。やる事が汚いんだよ。
あの「大佐」が聞いたら、どんな顔をするかわかったもんではないが、その辺りは「委員会」とコネがあると噂の上官殿の手腕なのだろう。
実際この部隊で動いてる金の流れは異様とも言える。委員会の連中の資金のプール先なんて説が、上官殿の部隊で実しやかに囁かれている程にだ。
まぁそんな噂が立とうが立つまいが、一兵士でしかない俺にはどうしようもないうえ、それを「大佐」にチクるメリットもないのだが。
それよりも急患の女性兵士だ。是非一目見ておきたいところだ。美人なら是非とも色々と誘いをかけておきたいものだ。上官殿の部隊の女はきつすぎて叶わない。
急患と呼ばれた女性兵士の部屋には面会謝絶の文字がなかった。どうやら面会が出来るらしい。
とはいえ、一応看護婦共に見られるとまた愚痴を頂きそうなので慎重に扉を開ける。
ゆっくりと扉を閉め、部屋の先に進む。女性故か個室でぐっすりと眠っているようだった。
起こさないようにゆっくりと近づく。幼さが残る顔立ちではあるが、言うほどに年齢は低くないように思える。髪は所謂おかっぱという奴だ。
女の寝顔については色々あるのだろうが、概ね天使か悪魔で表現されるらしい。この女性兵士は、天使のように見える。が、なんとなく天使だけではないモノがにじみ出ているようにも見える。
時折聞こえてくる寝言が色々と物騒な物ばかり聞こえてくる。「豚め!」だの、「ざまぁみろ!」だのとのたまっている。どんな夢を見たら、そんな寝言になるのか。
この女、存外黒い物がありそうだな、などと思っていると女がゆっくりと目を開けながら……。
咄嗟に、身体を反らして回避する。自分の顔のあった位置を女の拳が通り過ぎる。
起きていたのか、と思ったが、女はひとつあくびをしながら、目をこすっている。寝相? いやいやまさか。
とりあえず女に掛ける言葉を考える。ふーむ、うーん、えーとだな。よし。
「やぁ、死に損ない。気分はどうだい?」
これで充分だろう。
するとあちらはあちらで作ったような笑顔で。
「最悪です。どちらさまでしょう。この病室、私の個室なので不法侵入という事でナースコール鳴らすんですけど」
「鳴らさなくていい。俺も病人だ。あと所属は違うがお前と同じ職場の人間だ」
ナースコールのスイッチを押し込もうとする女にそう返す。すると女は納得したのか指を離す。
ナースコールのスイッチを握りしめたままなのは、まだ警戒しているということらしかった。
「病人にしては嫌に機敏ですよね。さっきの回避といい」
「やっぱり起きてやがったのか」
「人に夜這いをかけてくるような輩を撃退するのには慣れておりますので」
どういう部隊に所属したらそんな風に……あぁ、俺も他人の事は言えんな。それだけで残念な気分になってくる。
「そんじゃ、俺は帰る」
「もうよろしいので? 夜這いかけないんですか?」
「なんでかける前提なんだ。かけてほしいのか?」
「かけても、いいんですよ?」
そういいながら、毛布をずらし、素足を晒す。なかなか綺麗な足だ。
胸元を軽く見せるように病衣をずらす。見かけの割には胸があるらしい。
しかししばらく何もせず注視していると、女は急に赤面しはじめて、病衣を正し、足を毛布にひっこめた。
「恥ずかしいならやるなよ」
「うぐぐ……これで大抵襲ってくるのに……」
「ハニートラップには慣れてるもんでな」
きぃー、とこちらを睨む女。この部屋ですることもなくなったので部屋を出ようとして、ふと気づいた。
「そういえば、お前、名前なんていうんだ?」
「普通、それ最初に聞きません?」
「ごもっとも。で?」
女はしばし考えてから。
「そうですね、中尉で」
「は?」
「は? ではありません。なぜ本名を見ず知らずの、それも不法侵入者に言わねばならんのです。本名が聞きたきゃ先に名乗りやがれってんです」
「そうだな。じゃ、大尉で」
「は?」
「は? じゃない。お前が階級で名乗るなら俺も階級で名乗るに決まってる」
そう返すと、中尉は頭を抱えながら。
「こ、こんなのが私より階級上なんて……女性差別です」
「ねぇよ。そんじゃお互い名乗ったし、この辺で失礼するわ」
「どうぞお帰りください。あ、待ってください」
「ん? まだなんかあるのか」
「はい。ポチっとな」
ナースコールのベルが鳴り響き、俺はやってきた看護婦の説教を食らわされた。
無事上官殿から「帰ってこい」との命令を受けた。
長い病院生活で看護婦に睨まれ、中尉に濡れ衣を着せらせ、白い眼で見られる日々からようやく解放された。
そして戻ってきて早々、新人の補佐をしろと命令を受ける。上官殿の無理難題はいつもの事である。
上官殿から紹介された新人に既視感があるのはきっと気のせいだと思いたい。
上官殿から名前を紹介された気がするが、その時は名前が入ってこなかった。片頭痛がした。
「よろしくお願いしますね? 大尉様」
どうみても作った声で、皮肉たっぷりに言ってくれる中尉の笑顔が、ますます頭を抱えたくなる気分にさせてくれた。
最終更新:2012年07月05日 01:23