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 月光に照らされた黒紫色の砂漠の上に、その資源プラントはあった。
筒状の燃料タンクが立ち並び、何基かが炎を上げ、半マイル四方に広がる舗装を赤に染めている。中心には巨大な建造物が明かりを受けてもなお黒々とそびえ立ち、その物陰には重質量の影が鎮座していた。
 戦車ですら踏み潰してしまえそうな無限履帯。人間の上半身を模した砲塔。シリンダー・カートリッジが特徴的な長身の砲を二挺、その両手に握っている。球体状の頭部の隙間からは緑色の光が漏れる。車両型AC〈マーヴェット〉だ。
 フェオはその暗く狭苦しいコクピットの中にいた。唯一の光源であるモニターは立ち上る灼熱の黒煙柱より先、極寒の夜が落ちる広漠たる砂海を映している。
 ちりり、と電子音。
 不気味なマスコットが画面下から這い出てきた。マタドールの衣装を着た二頭身の骸骨が不気味な笑い声を上げる。飛び出た眼球は血走っていて、一向に視点は定まらない。悪趣味だ。
『来たぜ、雇われ』
 次いで、ヘッドセットからしゃがれた声が漏れる。フェオのクライアント、市民の友のボス、エル・マタドール。彼の憎たらしいキャラクターが画面上を所狭しと走り回っている。
『あくまでも“ショー”タイムだ。分かってるな?』
「はいよ、ボス」
 表示された計器を剣先で突ついて遊んでいる様子を見ながら、フェオは肩をすくめた。
「危なくなったら、さっさと逃げる。報酬額以上の仕事はしなくていい」
『へぇ、ゲロっちまいそうな顔の割には偉くお利口なんだな、“不細工男(オンブレ・フェオ)”』
「よく言われる。昔はこれでも――」
『無駄口叩いてねぇで仕事しろ』
 通信が無情に切れ、コミカルな悲鳴とともにマタドールの頭が破裂した。

 それから暫くして、暗闇に覆われた空に、ひとつ、一層深い影が現れた。この距離にきて初めて気づいた、と言ったほうがいいのかもしれない。
 プラントのあちらこちらの物陰から赤い光弾が続々と撃ち上げられた。垂直ミサイルだ。徐々に速度を落とし、空中に制止。先端の角度を変えて、ひときわ眩しい光を吐き出すと、矢のように飛んでいった。
 空中で爆発が連続する。大型の輸送ヘリと懸架されたACの姿がぬめりと浮かんでは、また闇に塗り潰される。大量のボルトが一気に抜けるような音の後、ヘリの羽音が身を翻し、遠ざかる。
 遠く砂丘の上に発光が、すっと降りていった。そして、そこで青白い光が爆発し、軌跡を描いて向かってくる。

「さて、と」
 フェオは指先でモニターに映る光を背負った機影を愛おしげに撫でる。そして、心に巣くう死神――遠い過去より彼を責め立て続ける罪――に微笑みかけた。
「今日こそ俺を捕まえられるかな、ヨローナ?」
 グローブをはめた。その裏地を醜く焼けただれた手のひらに食い込ませる。布が擦れ、皮膚がじわりと熱を帯びる。
 フェオの笑顔が動揺に曇っていく。

「俺には分からない。些細な刺激にすら火照るこの肉体と、情の流れを凍てつかせたこの魂。半ば乖離した“二つの俺”の、何を以て生きていると言えるのか。ヨローナ、お前が与えた咎は、理解すらも赦さないというのか?」
 そう、ひとりごちると、かぶりを振って、溶解に努める。俺は俺だ。俺はひとつだ。魂を肉体に溶かす。

 崩れた顔を隠すようにバイザーを引き下げる。黒に光る強化プラスチックがモニターに再現された戦場を映す。そして、フットペダルを踏みつける。〈マーヴェット〉が金切り声を上げながら、無限履帯の歩を進めた。
 指先を振るい、通信系統に指示。回線を開く。
「ひとつ問う」
 応えを待たずに、続ける。
「貴様は俺を殺せるか。俺の歩みを、止めてくれるか」
 右目から膿んだ涙が零れ落ち、パイロットメットのクッションに滲んで消えた。そして、フェオはシニカルに微笑む。憂いのかげりは最早ない。

「さぁ、派手に愛し合おうぜ、ダーリン」
 小気味よい閃光と炸裂音が、夜のとばりを吹き飛ばしていく。






最終更新:2012年07月09日 18:41