『何を考えて戦っているんだ?』
青年はその問いに暫く考えていた。
その問いは随分と深く青年の意表を突いたらしい。
「それは、主義主張の話かな。それとも、実際に何かを考えて戦っているかって話だろうか」
『後者だ』
いつものように、モーテルの一室を暗くして、青年はコンソールをテーブルの上に置いている。どっしりとしたソファに深く腰掛けて、顎の辺りに手をやっていた。
コンソールの向こうから溜息を吐く気配が感じられる。
『お前に関しては、何もかもがよく分からん。今までそれなりに長い間仕事をやってきているが、この先その無知によって良くない結果が引き起こされないとも限らない』
「別に、知るべきことは何一つないよ」
青年は冗談めかしたように言うが、結局その場にもたらされたのは沈黙であった。
青年は少しだけ眉を顰める。
「何も考えないようにしてるんだ」
そしてそう言った。
再びの沈黙があった。
『そういえば、以前にもそんなことを言ってたな』
「そうだよ、何も考えないことが大切なんだ。
思考は戦闘において敵なんだ。何かを考えようとすればするほど、養分と酸素が無駄に消費される。そうなると判断が鈍ることは請け合いだろ?」
青年はそう言って、それから急に口を噤んだ。
首を俯きがちに曲げて、そして足の上で組んだ掌を茫洋とした視線で眺めている。
『もっともらしく聞こえるよ』
青年が微かに笑みを浮かべる。
「だろう?」
『ああ、しかしお前はいつも何かを考えているじゃないか。少なくとも戦闘をしていない時のお前に関しては、いつでも何かを考えている。そうじゃないか?
そんなお前が、戦闘中のコツを答えるに「何も考えないこと」だと言っても、説得力に欠けるとは思わないか』
男の発言に、青年は苦笑いを浮かべながらに目を閉じる。
「全くその通りだね」
『そうだ。
俺としてはお前が何を考えていようが自由にやってもらって構わないとも思うが、しかしお前は仕事をやる相手としてはとことんミスマッチだよ。俺としては、もうちょっと分かりやすい人間を相手に仕事をやりたかった』
「ご生憎様……」
青年はそう言って、それからはソファに身を預けたまま、沈黙を保ち続けていた。
やがて通信が向こうからオフにされる。部屋の中に暗闇が満ちる。
◇
戦いにおいて何かを考えることは敵だ。それは勿論その通りだ。
しかし頭の中に何かが、青年にとって制御することの難しい何かがその鎌首をもたげているのを彼は度々感じる。それをどうにかして押さえつけようとする。上手くいく・いかないに関わらず。
それは一体何の為に存在しているのだろう、と思う。
分からない。
戦闘においては、何も考えないことが重要だった。下手に何か考えを巡らしたところで、むしろ見い出せたはずの突破口を見失うということは、ままあることだと青年は理解していた。
それでも、青年の中で湧き上がる何かが存在していた。それが青年を、時に絶望的な包囲の外に導くことも、あった。
それは、結局のところ選びようの無いことなのかもしれない、と思う。
そしてそれを選ぶことは、かつてなら、できたのかもしれないとも思う。
青年が暗闇の中で小さく笑みを浮かべる。
投稿者:Cet
最終更新:2012年08月28日 01:40