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 かつて人で溢れていた政府中枢都市イル・シャロムの街並みは完全に崩壊していた。
 ビルは巨人に殴られでもしたかのように横腹を抉られ、かつて入口だった場所には内蔵のように瓦礫が積もっている。その中から飛び出した人形の手は、煤と血で汚れている。いや、あれは人の手だろうか。
 市街戦のもたらす悪夢をまざまざと見せつけられた第175斥候狙撃小隊(通称:シエラのイナゴ)は、それでもカービン銃を手にして、歩道を走っていた。彼ら7人全員が、視界に収まるものすべてを監視し、危険を察知することに意識を傾けている。
 すでに過労と苦痛から解放され、無感の状態に入っていた7人にとって、それは難しいことだった。
 危険を見つけ出すことに対して訓練された彼らだったが、長引く戦闘と極度のストレス、そして疲労から、身体が自動的に感覚をシャットアウトしはじめたこの状態では、全力は出せない。
 もっとも、全力などというものに頼るほど、彼らは落ちぶれてはいない。



 とにもかくにも、我々は戦力で劣っていると政府軍残党が悟ってから、その攻撃方法はゲリラ戦へと変貌し、待ち伏せや背面攻撃などが多用され、瓦礫や残骸が政府軍残党の味方となっていたのである。
 だがそれに対抗する方法はとても簡単なのだ。瓦礫や残骸、建造物を完膚なきまでに破壊してしまえば、鼠と化した残党どもは無情な無機物の破片たちに押しつぶされて、圧死する。
 運よく圧死することがなかったとしても、近くに120㎜砲弾が着弾するのは精神衛生上よろしくない。耳もイカれるし、アドレナリンが吹き出して冷静な判断力が失われてしまう。圧力の変化で鼻水も吹き出す。
 けれど危険地帯を一気に走破すると言うこともまた、精神衛生上よろしくないのは事実だった。
 感覚でおおよそ2キロメートルほど走った狙撃小隊は、近場にあった集合住宅の二階で束の間の休息を取ることにしていた。
 砲弾が運悪く直撃したのか、二階のその部屋は外壁が吹き飛ばされていて、三階の部屋と吹き抜けになっている。
 瓦礫をどかして赤いソファに座り込んだマーカス・リーを尻目に、マクダウィルは薄汚れた能面のような顔をしながら半分しか残っていない窓枠に近寄り、目を細めて周辺の監視を始めた。ムーシェは各々が指示を受けずとも監視と休憩の役割分担を終えていることに満足しながら、ひっくり返っているテーブルを元に戻して、その上に地図を広げた。
 記憶している限りの情報を元に現在位置を割り出して、今小隊がギャラルホルン通りの『ドッジシティ』というふざけた名前のアパートメントに居ると言うことが分かった。ムーシェは地図を折りたたみ、北部野郎の癖に生意気だと毒づいた。粘ついた唾を白い瓦礫と埃だらけの床に吐き捨てる。
 ムーシェはざっと部屋の中に散り散りになった狙撃小隊の顔を確認する。面々の顔には、埃と土がこびり付いていて、黒く汚れている。目だけは真っ白で、二つの丸がぎょろぎょろと動く様は幽霊かなにかを連想せずにはいられない。人数は7人。誰1人として落伍してはいない。

「1等軍曹」

 ホッとしたのも束の間の出来事で、すぐに声を投げかけられる。
 誰が俺を呼んだ? とムーシェが肩を竦めると、窓際に置かれたオブジェのように、じっと外を見つめたまま不動を保っていたイオン上等兵が左手を上げた。右手はライフルを持っている。

「どうした?」

 と、ムーシェがイオンの真後ろに屈み込んで囁くと、イオンは静かに

「撃って良いでしょうか」

 とだけ言った。
 イオンのアイスブルーの瞳がなにを見通しているのか、ムーシェは確認しようがなかったが「止めておけ」とだけ言っておく。
 一応、彼の監視していた方向を見ては見たが、炎から立ち昇る白煙と分厚く立ち込める埃でなにも見ることは出来ない。

「居場所がバレるのはまずい」

 ムーシェはそう続け、

「了解」

 イオンが応じた。
 ムーシェはとりあえず、イオンに聞く。

「なにが見える?」

 小隊一の猟師は答えた。

「ヤンキーとウサギです」





投稿者:狛犬エルス
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狛犬エルス
最終更新:2013年12月08日 16:09