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Jukebox Migrant




 彼がそれを発見したのは、マリファナで朦朧としつつ荒野に愛車を走らせていた時だった。廃墟とすら呼べない、風化しきった残骸の間に動体反応があるという《フリーウェイ・エクスプレス》からのシステム・ノーティスを受け、マックス・フリーマンは下唇に火のついたジョイントを張り付かせたままモニタにしかめっ面を向けた。

「ああ? 一体全体なんだってんだ……」

 キーをいくつか叩き、件の動体反応を拡大する。不鮮明な映像がモニタに広がり、彼は大雑把に周囲と比較してその物体の大きさを目算した。

「人間じゃなさそうだが、かといって他の動物でもねえな……」

 最近噂を聞く怪生物だか生物兵器だかじゃねえだろうな、とマックスは口の中で呟き、《エクスプレス》の速度を落とす。無意識のうちにベルトで留められたホルスターに手が伸びている事に気付き、彼は舌打ちした。





 外気の汚染度をチェックし、彼はキャビンを開け放った。乾燥した熱風が流れ込み、日焼けした髪と肌を刺す。

「ヘイ、そこの! 言葉は通じるか?」

 《エクスプレス》は残骸のすぐ手前の位置で、アイドリングで待たされている。タラップの上に立ち、彼は眼下で動く何か──まだ判別がついていなかった──にもう一度声をかけた。

「聞こえてるか? その辺から逃げ出した家畜だったら射殺して食っちまうぜ」
「射殺だと?」

 唐突に返ってきた声に、マックスはぎくりと身をこわばらせた。その拍子にジョイントが口の端からはがれ、火の粉を散らして落ちていった。

「我が剣を前に無粋にも銃を持ち出そうとは不届き千万、貴公は礼儀を知らぬと見える」
「ああ? 喋れるんなら喋れるって言いやがれ、何が礼儀だ」

 彼はほとんど反射的に人差し指と中指を揃えて突き立ててみせ──「おっと」と呟いて左手で覆った。

「まあいいや、話が通じるんなら早い。こんなとこで何してんだか知らんが、乗ってくかい?」
「ほう! この諸行無常にして末法の極みにある世界にも良心は残っていたというわけだ──」
「乗ってくかどうか聞いてるんだぜ、それにタダとも言ってない」
「今しがたの事だが、少し困った出来事があったのだ。しかし某とて背に腹は──」
「よしわかった、とにかく乗れ。話は後で聞く」
「──うむ」

 眼下で新たな動きがあった──そこでマックスはようやく気がついたのだが、彼が話しかけていた相手はドラム缶だった。身じろぎし、不器用にタラップを登るドラム缶だ。彼はドラム缶が話をする事も、動き回る事もさして気に留めなかった。いい具合にマリファナが回っていたのだ。

「奇妙な格好をしているな」

 キャビンへ入ったドラム缶は、マックスを上から下まで眺めてからそう言った。近くで見るとこのドラム缶には手足と思しきものがあり、また目に相当するであろう部位も存在した。どこで声を出しているのかはわからなかったが。
 ともあれ、ドラム缶の指摘はある意味で正しかった──マックス・フリーマンは《ランダージョック》の正装に相当する衣服を着ていたのだが、それはカウボーイと爆撃機搭乗員を折衷したような独特の服装だった。

「馬鹿言え、奇妙なのはあんただぜ。俺のフライトジャケットは由緒正しい品物さ」
「一つ一つがいかに正統で、非の打ち所なきものであろうとも、律されぬ寄せ集めは混沌と呼ばれる」
「わかりやすく言ってくれ。まいいさ、俺はマックス・フリーマン。あんたは何て言うんだい、ミスター・ジュークボックス?」
「ジュークボックス? ……ふむ、では騎士(シュヴァリエ)と名乗らせてもらおう」
「けっ、俺はな、そういう気障ったらしい“名乗らせてもらおう”だの“名前などない”って奴が大嫌いなんだ。本名は何だ?」
「しかし、某としてはそのように言うしかないのだ。某の名は、シュヴァリエだ」
「よしわかった、俺はあんたをミスター・ジュークボックスって呼ぶ。長いが仕方ねえ。俺はフランス語ってのが発音できなくてよ」

 マックスは新しいジョイントをシャツのポケットから引っ張り出し、火をつけた。ひとしきり吸い込み、満足げな顔で肺を煙で満たすと、運転席に身を沈めた。彼は思い出したかのように、手持ち無沙汰げに立っているシュヴァリエを振り返った。

「それじゃ出発するぜ、お客さん。飛ばしゃしないから立っててもいいが……あんたその格好で座れるかい?」
「……」

 ドラム缶は器用に脚──のようなもの──を折り畳み、身体の下にたくし込むと、その場に座り込んだ。ドラム缶が座り込むというのもまったく奇妙な話ではあるが、そうとしか言いようがないのだ。

「器用だねえ。じゃ、行くか──ヘイ、ミスター・ジュークボックス、なんか一曲やってくれないか?」
「一曲? ふむ、某の喉を試そうてか。ではこれはいかがかな──?」

 当然ながら“ミスター・ジュークボックス”はジュークボックスではなかったため、マックスの要望に応える事はできなかった。正確に言えば応えようとはしたのだが、レパートリーが彼の好みとまったく噛み合わなかった上、どこからともなく発せられる音声──何故か伴奏つきだった──は骨董品のディスク・プレイヤーか何かのようにノイズまみれだったのだ。
 マックスは激しく毒づきながらラジオのスイッチを入れ、スティーヴ・サウンド・ショーの曲が流れているチャンネルを見つけ出して事なきを得た。彼らは《蜥蜴重工》へと向かっていた。





 《蜥蜴重工》のさして大きくもない社屋のすぐ脇に設けられた駐機場に《エクスプレス》を雑に止め、マックスはミグラントとしての生活に必要なあれこれの書類やサイン、与信素子のやり取りを手早く済ませた。

「──然るに、何ゆえ我々はこのような場所にいるのか?」
「ミスター、それはな、今からあんたが俺に飲みをおごるからさ。タダじゃないって言ったろ?」
「その程度の事、某には──いや、貴公が際限なく飲むと言うのであれば話は別だが──問題ではないが、ここは好かぬ」
「じゃ我慢してくれ。俺は《蜥蜴重工》に来た時は必ずここで飲む事にしてるのさ」

 彼らは、《蜥蜴重工》が居を構えている施設の片隅に設えられた酒場にいた。夜に差しかかりつつある時間という事もあり、《重工》のスタッフやここに立ち寄ったミグラントなどの客足は多い。その中で、彼ら──主にシュヴァリエだが──の姿はひどく目立つものだった。人がごった返しているおかげであまり離れているとよく見えず、またドラム缶を直視した人々も自らの飲み過ぎだと思い込む点は多少の救いであった。
 シュヴァリエは不審げな様子で頭をめぐらせ、やがて諦めたように肩をすくめた──肩があったとしての話だが。マックスは隅にある傷だらけの椅子に勢いよく腰を降ろし、同じく傷だらけの床に悲鳴を上げさせた。

「まあ座んな。……ヘイ、マスター! ブラックリングを出してくれ!」
「おう、マックスか? いきなりブラックリングとは、さてはでかい仕事でも当てたか?」
「相変わらず運びはからきしだぜ。ただ今日はスポンサーがいるのさ」
「なんだそりゃ──」

 人ごみをかき分けるように、ウィスキーボトルとグラスを手にしたマスターがのっそりと現れた。ウェイターたちの手が回り切らず、彼自身もフロアを歩き回らねばならないのだ。そしてドラム缶の姿を目にした彼は、半端に腕を伸ばしたまま硬直した。

「──アー、ハ?」
「こいつが今日のスポンサーだぜ、砂漠で拾ったのさ」
「拾ったとは異な事を言う。某は貴公に同道しただけだ」
「うるせえ、干物になっちまえ」

 マスターの手からグラスとボトルをひったくると、マックスはなみなみと注いで照明に透かし、満足げに笑うと一気に飲み干した。

「で、ミスター・ジュークボックス? あんたは何か飲むのか?」

 彼は首を傾げつつカウンターに戻るマスターに顎をしゃくってみせた。シュヴァリエは首を振った──ドラム缶に首はないが。

「そうかい。しかし一人で飲んでても面白くねえな、誰か……おう」

 酒場の中を見回すと見知った姿がいくつかあり、そしてその一つが彼らを見て怪訝な表情を浮かべていた。座り込んだドラム缶はある意味で背景に溶け込んでいるのだが、それでもシュヴァリエが何かしらの身振りをすれば目立ってしまう。その視線は、何か異常なものを見てしまった事を物語っていた。

「ライラじゃねえか、一人ならこっち来いよ。今ならこいつがおごってくれるぞ」
「え」

 カウンターに寄りかかっていた若い女が、釈然としない表情のままぎくしゃくと二人に歩み寄った。片手にはカクテルがわずかに残ったグラスがあるが、酔いは半ば醒めてしまった様子だ。

「あー、ミスター・フリーマン? これは、このー、これはー……」
「某をして「これ」とは何という言葉遣いであるか、娘。無礼にも程があろう」
「ミスター、落ち着きな。世間が想像以上に広いって事を知らない奴は多いんだ。……マックスでいいぜ、ライラ」
「いや、世間とかそういう問題じゃなくてさ、おかしいでしょ」
「どこがおかしかろうが俺の知った事じゃねえな。俺が飲んで、こいつがおごる。シンプルでいいぜ、最高だ」

 マックスはボトルを掴み、自分のグラスにもう一度目一杯注ぐと、その勢いでライラの手にあるグラスにまでウィスキーを注いだ。

「あああ!? ちょ、フリー……マックス! 何すんだよ!」
「俺の酒が飲めねえってか? そいつはべらぼうに高いんだぜ、残さず飲めよ!」
「この酔っ払い!」
「うるせえ、鏡見ろ鏡!」
「調子に乗って戻すでないぞ、酔漢ども」
「お前さんはクレジットの心配でもしてな! そら、次だ!」
「ったく、それじゃーこのライラさんが付き合ってやろうじゃないの」





「あん?」

 テーブルに突っ伏していた男が唐突に身を起こし、反射的な動作で拳銃を抜いた。いつの間にか朝を迎えている酒場には人気がなく、彼の目の前で寝息を立てている赤毛の女──ライラと、仏頂面でカウンター内を清掃しているマスターしか見当たらない。マックスは不満げな唸り声を発して銃をホルスターに戻し、べたつく金髪をかきむしった。

「マスター、支払いはどうなった? あのジュークボックスはどこへ行ったんだ?」
「支払いはあの……あー、彼……だと思う……が素子で全額払っていったよ。お前さん方が潰れちまった後にな」
「で、そのまま出ていったのか。クソ、しくじったな。連絡先の一つでも押さえときゃよかった」
「仕事の相手に向くとは思えんが」
「人生、仕事だけでもねえだろ。面白い奴は捕まえとくもんだぜ。……ま、ツキが回ってくればまたお目にかかれるだろうさ」
「そうかい。──おい、この子は置いていくのか」

 全身が上げる抗議に呻きつつマックスが立ち上がったのを見て、マスターがいまだに眠っているライラを指差した。マックスは肩をすくめ、フライトジャケットを羽織った。

「ライラは働き過ぎなんだよ。たまにはたっぷり寝かしとけ。俺にとっ捕まって潰されたって言えば遅刻なり欠勤なりの言い訳も立つだろ……嘘じゃねえしな」
「どうせ今思いついたんだろうが、その言い分は」
「バレたか。でもそんな間違ってもねえだろ? ベッドなり何なりに移動させんのは任せるぜ、俺はとっととズラかる」
「おうよ。次に来るまでにはまともな運びを見つけとくんだな」
「保証はできねえ相談だぜ」

 笑い声を爆発させ、マックスはドアを開けて出ていった。
 まだ日は高くないにもかかわらず外気は乾き切って熱く、空はどこまでも突き抜けている。
 マックスはのんびりと歩きながら歌い始めた。伴奏を付けてくれるジュークボックスはないが、そのうちまた見つかるだろう。



最終更新:2012年09月12日 01:14