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 頭の奥から砂が擦り合わさるかのような音が響いている。
 否、それは実際に砂の擦り合わさる音だったのだ。吹き荒れる砂塵が過剰なリアリティを伴って、聴覚を圧迫し、同時にある種の幻覚のようなものを引き起こしていたのだ。
 しかしなんということはない。
 情報処理が高速化した際に訪れる弊害の一つだった。だからそれを今更気にしたところで、どうなるということでもないのだ。
 モニターに、本来映し出されていないところのノイズのようなものが走るのを感じる。それは錯覚だった。それが錯覚であるということは、どこか冷静に把握できていた。一種の病識とも言えたかもしれない。でも繰り返すように、気にしたところでどうにかなるようなものではなかった。
 視線を巡らせる。追従型のリコンを射出して、やはり想定通りにそこに一機の中量二脚型ACの姿を認める。
 破壊しなければならない。
 情報処理を高度化させていく。本来施行されることのないソフトが機器内のどこかで起動を果たす。センサーの指向性が更に微細なものへと変化し、そして受信される情報は並一通りの〈情報〉などといった範囲を逸脱したものとなっていく。
 その情報は、脳を軋ませる、比重を持った波のように思われた。
 それはこちらへと流れ込むにつけ、本来頭の中にあったはずのものを押し流していくもののように思える。その流れはある種の暴力として機能していた。頭の中で何かが蠢いているような感触がある。肉体が単純な物体としての枷を外して、本来届くはずのないどこかへとその指を差し伸ばしていくようなイメージが生まれている。そしてその目標である敵機の姿は、どこまでも明確な形で把握されていた。位置情報を半ば数値化というレベルにまで解析する。
 肩部のハッチが展開して銀色に光る二つの物体を射出する。
 白線を引きながら加速した物体は、眼前に伺えるビルの真上を擦過していくかに思われた。
 しかし次の瞬間にはその推進方向をひどく急激に曲げて、そのビルを跨ぐようにして『地表へと突き刺さった』。
 ビルを跨いですぐの場所に爆風を確認する。
 驚愕して目を見開く。そして思わず硬直してしまいそうになる指先に再び意識を取り戻すべく、一度視線を手元へと走らせて、再びモニターへと視線を飛ばしていた。
 次の瞬間、ビルの背後から走る一条の何かを捉える。
 それは自分の放ったものと同じものだった。思わず身を固くする。
 こいつは一体なんなんだ?


   ◇


 モニターがビル向こうから接近中の敵機を捉えていた。

 自分の呼吸の音が聞こえていた。というか、それ以外に聞こえてくるものは無かった。
 自分自身の肉体の自由というものが殆ど効かなくなっているのが、次の瞬間理解される。何でだ? と思う。ここのところは発作は起きてなかったのに、とも思うのだが、次の瞬間には口元がにやりと動くのだけが意識できた。
 僕は憮然とした気持ちになる。もういいや、と全てを投げ出してしまいたくなるような気持ちになっていた。こうなってしまっては、僕が一体何を思ったところで、決して自分の指の動きが止まるようなことにはならないのだと、はっきりと悟ってしまっていたのだ。
 しかし、僕の口元はそれ以上に何か言葉を発したりとか、あるいは口笛を吹くとか、そういう行動を始めようとはしなかった。何やら、全てが予定調和において行われているような感覚がある。でも、僕に今できるのは、せめて感情の自由において何らかのイメージを抱くということだけだった。
 まあいい、どうせ肉体に関して部分的に自由が効いたとしても、今のような気持ちではその自由を行使することもきっとないのだ。
 敵機は重量二脚型のACで、ブローカー――最近ではオペレーターの役割も請け負っている――ガーニーの報告通りに、データーベースから情報が検出されることはない。でも僕には溜息を吐く自由すらなかった。ただニヤニヤと歪んでいる口元に対して、ささやかな失望を感じる他に、自由と呼べるものはないのかもしれなかった。
 そして、敵機が予想だにしないタイミングで、肩部のミドルミサイルを発射する。
「あ?」
 と声が出る。声帯の自由が利けば、普段の僕でも似たようなリアクションを取ったかもしれない。
 でも、何故なのだろう。それはあくまで反射動作のようなもので、このタイミングでそのミサイルが発されたということに対して、僕は随分と冷静に、その必然性のようなものを認識していた。
 これは重要な一打なのだ、と。それ以上の認識は今必要ではないのだ、と。レバーを握る腕は澱みなく動いた。
 レーダーにすらはっきりと確認できないほどに高速で迫る弾頭の軌道を、脳裏においてイメージする。その上で、それがきっと自機に対して甚大な被害を及ぼせるという、その可能性を最大限考慮する。
 機体を反射的に後退させ、その上で弾頭の飛来を待ち構えた。聞こえないはずの風切り音が、静かに耳朶を打ち据えたような気がした。
 身体がコックピットシートへと押し付けられる。やがて、弾頭が至近距離において炸裂した。
 ミサイルが、明らかにイレギュラーな軌道によって自機へと降ってきたのだ。
 ひゅう、と口笛を吹いた僕は、続けて機体の操作へと集中を深めていく。レバーの上に飛び出た赤いボタンへと指を掛け、そして機体の方向を、レーダー上に表示された敵機から僅かな角度だけ逸らせてみせる。


   ◇


 白煙をたなびかせながら、物体はこちらから見て左方向へと飛び去っていく。何も起こらない。でもその時には、一切の行動は遅きに失する展開となっている。
 ミサイルとは逆方向にビルの影から飛び出したイエローの機体が、青い光に押されるようにして急激に接近しているのが見えた。
 現在の状態が危機的であるということが、混乱を起こし始めた思考の内でもなんとか把握することができる。ともかく敵機から距離を離さねば、と思う。後方へのグライドブースト――
 操作を入力した瞬間には、自分が過ちを犯しているということに気付く。
 チューンアップされた機体制御系統が、速やかにグライドブーストを展開させるに至り、スーパーチャージャーが大気を圧縮し劇的な機動力を機体へと伝えるに至る。しかし、さすがにそれなりの質量を持った重量級の機体においては、いかな改良を施された規格外のブースターであれ、即座に最高速度に達するといったことまでは不可能であった。
 イエローの機体がほとんど眼前にまで迫っている。
 敵機によって最初牽制の為に撃ち放たれた一発のミサイルに気を取られてしまったというのも、状況の混乱を生んだ一因ではあるだろう。何もかもが自身の想定通りにいかない。グライドブーストを起動させた時点で、武装を変更しウエポンラックに装着されていたショットガンを右腕部へと移動させ――間に合わない!
 イエローの機体を加速させていた背部の光が、さらに大きくなったように見えた。
 ハイ・ブーストとグライドブーストの重ね合わせ。
 常人の発想とは思えなかった。でも、その発想の意図というのだけは読み取れる。極端なまでの接近戦、それが意味するのは一つだけだ。
 私はハイ・ブーストを一度だけ入力する。極端な加速によって機体は大きく揺れるが、強化されたショックアブソーバーが何とか前後不覚に陥ることを防いでくれていた。
 衝撃。
 被弾している。
 最悪の事態を回避しようと無理な機動を行った為に、旋回行動が間に合わない。
 これ以上死角を取られ続けるわけには、と思う。でも、それが私の記憶の、最後の断片として残っているところの記憶だった。
 続けて起こった最も破壊的な衝撃を前に、意識は暗転を起こしていた。


   ◇


 相手の意識を逸らすような牽制攻撃、そして、グライドブーストとハイ・ブーストを併用した急速接近。
 これほど上手くいくものだろうか、と思われた。あるいは敵ACのパイロットは実戦経験に長けている方ではなかったのかもしれない。それにしても、それらの方策がことごとく効果を発揮した結果、敵機は大きな損傷をきたし、退却を試みていた。
 相手の武装は、基本的には中・遠距離での戦闘を重視したと思われる構成であり、接近戦においては、あくまで迎撃の為に使用することを前提としているらしい武装のみで、対応を試みていた。
 というわけで、後退を続ける敵機の、覚束ない機動を観察しながら、中・近距離を交互に入れ替えつつ追撃戦を行っていく。後退する敵機に対してのミサイル攻撃はほとんどの場合有効だったし、迎撃する側である敵機のミサイルは、さしたるアドバンテージを生み出すこともないまま、地形に突き刺さって砂塵を巻き上げていた。
 そして、その頃には無意識下の危機意識というのも大きく減退していたのか、手足の自由がかなり利くようになっている。ほっとしたというか、何というか、僕はひとまず完全に自分の意志を行使する形で、敵を追い詰めていくことに徹していた。
 さっきから敵の攻撃もほとんど止んでいる。戦意を喪失しているのか、それ以外の理由か。
 いずれにせよ追い詰められた敵機の行動としては、それらは特に珍しくはないものだった。
 不意に、通信機に対してガーニーからと思われる信号が受信される。
 甲高い電子音を聞いて、そして回線を開いた。
「こちらブラウ
『ブラウ、そちらに向かっている機影をもう一つ確認した』
「そろそろ勘弁してほしいね」
 僕はそう言いつつ、のろのろと逃げていく敵機に向かってミドルミサイルを一発発射する。ミサイルは敵機の側面に直撃し、そして敵機は大きくバランスを崩したようだった。
 逃げていく途上に、ぽっかりと穿たれていたすり鉢状の地形へと、衝撃に押し出される形で転がり落ちていく。
 バランサーがどうにかなってしまったらしい。
「データベースに該当する記録は?」
 そう質問すると、途端にガーニーの息遣いに切迫したようなものが混じるのを感じた。
 僕は密かに眉を寄せる。
「ガーニー?」
『該当アリ、但しOVAへの登録なし』
 努めて冷静さを保とうとしているかのような声色だった。
 今度は一体なんなんだろう、と思う。
「……ああ、こっちでもリコンに反応あったよ。結構近いみたいだ」
 僕はそう言いながら、こちらでもデータの分析を開始する。
 とはいえ、機体の方に登録してあるデータベースから独自に情報を検索するだけなので、それほどの精度を期待することはできない。でも、やらないよりはマシなことが多いのだ。
 そして僕の眉間にさらに深く皺が刻まれた。
 そこにあったのは、何と言えばいいのか、ある種の噂話の種のようなものであって、果たして信頼に足るものであるのかには疑問が残る類いの情報であったからだ。
 その直後に、ガーニーからの通信がやってきている。
『やはりそうか。
 ブラウ、接近中の機体は〈フルールドリス〉だ。
 存分に警戒しろ』
 この時点に至っては、ガーニーの声色は動揺を通り越していた。
 現実感の喪失された声、とでも言うべき声が、通信機越しに聞こえてきている。
 どこか無感覚な印象すら覚えさせる響きを前に、僕の方でも動揺の類が消えていくのが感じられた。
「あー、そういえば昔そういう依頼あったね。蹴ったけど」
『通信切るぞ、俺の声は邪魔になるだろうしな。
 ――いや、ちょっと待て』
 そこで、何やらガーニーの声に緊張が復すのが感じられる。
 もはやここまで来ると、眉はぴくりとも動かなかった。



投稿者:Cet

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最終更新:2013年01月04日 03:23