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 そして、目を覚ます。
 何もかもが白く塗られている。
 最初は、そんな風に思われた。でも、その印象が間違いであったことには、その後すぐに思い至ることができる。記憶が途切れる直前にやっていたように、腕で自分の目元を覆うかのようにして、真っ白な部屋に身を横たえている。
 痺れて、感覚の曖昧になった腕を、顔の上からどける。
 眩しさが部屋の中を埋めていた。
 自分が普段目を覚ます場所とは違う。
 このご時世においては些か不用心なことに、こともあろうに窓が設けられた寝室であった。
 その窓からは、部屋全体を照らしだすほどの日光が注ぎ込まれている。
 その光によって、部屋全体が白みを帯びているように思われたのだった。実際には、部屋の壁面にはひび割れやくすみ、といった部分も目立っており、決して色彩が単一のもので統一された部屋でないことも分かった。
 そして、意識の奥底に眠っていた抑え難い警戒心が、ようやく蘇ってくるのを感じた。
 真っ白だった世界を、視覚的な暗闇が覆い隠していく。
 やらなければならないことがあったのではないか?
 でも、何故なのか身体が上手く動かない。
 自死、それだけが自分に要求された事柄だった。
 疾く死ぬべし。死ななければならない、一体この身に何があったのかは分からないにしても、死ななければならない。すぐに、今すぐに、どのような手段を使ってでも!
 そして、先ほどまで動いていた腕が、動かないことに気付いた。
 はっと視界が回復する。白い部屋へと、意識が舞い戻っている。しかし、先ほどまで存在していなかったはずの何かが、その部屋には存在を開始していることにも気付いた。一人の男だった。その男が、自分の体に覆い被さるようにして、そして両腕の根元を押さえつけているのだった。
 その男の顔の辺りは、妙にぼんやりとしていて、上手く認識することができない。
 意識が回帰を果たしてからは、妙に思考が冷静さを取り戻していた。でも、身体機能の自由のようなものはさして掌握できておらず、その掴まれた腕をどうにか動かそうとするという意思が、無意識の内に男の身体を跳ね退けようとしていた。
「落ち着けよ」
 男がぼそりと呟くのが聞こえた。
 わたしはおちついている。と心中で一人呟く。
 男は、そう一言言ってから、それから暫く何も喋らなかった。動こうとする私の腕と、ただただ格闘を続けている。それから、徐々に男の顔がはっきりと把握され始める。
 青い目が二つあった。
 それがまず最初に気付いたことだった。
 そしてその目はこちらを見つめている。どういった意図で見つめているのか、と思う。でも、その目はどこか頑なで、そして必死な色を帯びているということだけが理解できた。しかしそれも当り前だった、何故なら、私の人工筋肉が捻りだす甚大な臂力を、彼はどうにか自分の細腕において塞き止めようとしているのだから。
 暫くの間、その均衡が続いていた。でも気がついた時には、男は私の腕から自分の腕を解いていた。一体何があったのか、私にさえ理解ができないほどだった。
 男はいつのまにかこちらに背を向けて、少し離れた場所に立っていて、そして耳元に小型の通信機を押し当てていた。
ガーニー
 と男が声を上げる。
 それから暫くの間沈黙が続いて、最終的には、返答がやってくる。
『……何だよ』
「手錠」
『何なんだよ』
 そんな会話が聞こえた後に、通信が切れたようだった。私はその様子をはっきりと見て取る。
 それから、男はこちらを振り向いた。
 お互いに見つめ合う。
「大丈夫か」
 男の問いかけに、私は何も答えない。
 それどころか、視線を逸らして、そして天井を見た。
 すべすべとした天井だった。
「君は拉致されている」
 男はそう言った。
 私は反応を示さない。ただぼんやりと天井を眺めているだけだ。
 先ほどの抑え難かった意思が収まってからは、とにかく何をする気にもなれなかった。ただただ天井を眺める。男の話は、一応耳に届いてはいるものの、特に自分の意識に強く印象付けられることはない。
「栄養剤の点滴で、君の身体状態は維持されていたわけだけど、大丈夫かな」
 男の問いかけに、もう一度男の方を見つめた。
 そこに立っている男の表情は、さきほどの必死さを纏った表情から一変していて、柔和そうな、というか気弱そうな笑みが浮かんでいる。
 それから間もなく、私は自分の目を再び天井へと向けた。
 脱出のタイミングを窺わねばならない、というのが、まず最初に浮かんだことだった。徐々に思考が活性化を始めている、しかし、先ほどの一悶着が一体何だったのか、ということについては、どうしてなのか思考が一定以上に進むことができないでいた。
「君は自分の首を自分で絞めていた。
 文字通りの意味で」
 男はそう語った。
 空気が一気に澄み渡ったかのようだった。
 男の方を再度見る。
 男の表情は先ほどから更に変化していて、その意図のようなものを把握することは難しい。無表情のような、憐憫を湛えているような、どうにも言い難い表情だ。
 それから男は黙った。私も黙っていた。
 その小さな部屋では、一切のものが動こうとはしなかった。
 不意に、入り口の扉が油圧によって素早く横に開いた。ぷしゅ、という小さな音とともに、扉の向こうに、黒髪の男が現れる。
 男は入ってきて、そして私の顔と、金髪の男の顔とを交互に見回した。
「起きたのか」
 金髪の男はこくりと頷いて、それ以上何も答えなかった。
 よくよく見れば、金髪の男は実に若い風貌をしていた。年の頃は、よくは分からないが、いわゆる荒んだ部分と言うか、そういうものを覗わせない顔立ちだった。
「やっぱり、手錠は要らないよ」
「そうか」
 もう一人の男は頷いて、そのままじっとこちらの方を眺め続けていた。こちらは、若いと言えば若いのだが、人をはっとさせる類の若さを持っている訳ではない。また、目の色だけは青い。
「フルール・ド・リスを知っているか」
 金髪の、若く見える男がそう言った。
 私は黙っていた。依然天井を眺め続けている。
 それでも、私の身体は無意識の内に反応を始めていた。背中に汗が滲んでいる。細かい筋肉のけいれんのようなものを、押さえつけるのに随分と苦労する。
 金髪の男が再び口を開いた。
「君は監視されている。
 さっき、僕が君を制止する為に入ってきたのは、そういうことだ。バイタルサインもきっちりモニターされている。この部屋には監視カメラも存在している。
 隠し立てをすることは利口ではないと思うよ」
 男はそこまで喋った。私は依然黙っていた。
 そして男は溜息を一つ吐く。
「どうするガーニー」
 黒髪の男は黙っていた。ひどく呆れているらしく、呆れを通り越して無表情になっているようだった。
 金髪の男は暫く反応を待ち続けていたが、やがて諦めたのか首を振った。
 こちらの方へと視線を戻して、私の顔をじっと眺めている。
「フルールドリスは」
 今度は、黒髪の男が口を開く。
「バンガード直属のAC部隊と聞いている。
 あくまで噂程度の存在として扱われていて、その存在が公然と露呈したということは今までに起こっていない。それでも、昨日遭遇した白いACは、様々な目撃情報と重なるものだった」
 私は黙る。他にどうしようもない。
 機を見て逃げ去るか、あるいは――。
「この子、さっき君の方見たね」
「余計なことを言うな――とにかく、こちらに有益な情報が入らない以上、お前をどうすることもできん。無論、解放される目処が付くとも思わないことだな」
 先程から、足元に違和感があることに気付いていたが、どうやら寝台と繋ぎ合わされた足枷のせいで、身体を上手く動かすことができない。それと、付け加えて言えば、衣服が肌着に変わっている。パイロットスーツは処分されたらしい。下着はそのままの状態だった。
 パイロットスーツは基本的に耐圧、耐熱などの耐久性の観点から作成されているのであるが、場合によっては電子的接続を行う用途にも使われる。一種の通信機能もまた備わっていると言えた。
 しかし、それもこれも、あくまで専用のACと連動して機能するものなのであって、わざわざ剥ぎ取る必要は無かったのに、とも思う。仕方のないことではあるのだが。
 部屋を無言が埋めていた。
「白い重量逆関節は知ってる?」
 金髪の男が不意に呟いた。
 私は天井をじっと眺め続けていた。



投稿者:Cet

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最終更新:2013年01月26日 22:40