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オーダーミッションNo.003
【アリーナ(vsショートテイル)】

――交錯、新緑と深紅

(投稿者:怨是)


 私はある日を境に、毎晩のように悪夢に魘されている。
 昨夜もまた、あの緑色の機体の悪夢に目を覚まされた。
 今夜も眠らせてくれないのだろうと思うとより一層、あの八重歯の見える脳天気な笑顔がひどく憎らしい。

 一つ、思い出話をしたいと思う。
 これは私が傭兵になって間もない頃。半年ぐらい前だったか。
 あの日、砂塵が舞い散るアリーナで、私は――



「調整も済ませたし、後は練習した通りにやるだけだね」

 砂漠エリアのガレージにて、ガーネット・グランスカーレットは深呼吸をする。乾燥した空気は喉に良くないが、こうでもしないと緊張が解れないのだ。
 初試合の相手は『ショートテイル』という名だったか。確か同じJブロックのガレージで機体を整備して貰っている筈だ。母が云っていた。試合の相手とはなるべく挨拶をしておけと。

「早速行ってみますか」

 我ながら、軽やかさを感じさせる口調とは裏腹に足取りが重い。まだ心の奥底にこびりついた緊張が、洗い流せていないのか。
 ガーネットは母代わりの、二人の元傭兵に育てられた。一人は神楽、自分と同じ黒い髪を持つ、淑やかでありながらも活発な女性だ。もう一人はドロシー、健康的な小麦色の肌が自慢の、竹を割ったような性格の女性だ。父親に該当する人は居ないし、育ててくれた二人の内どちらもが実の母親ではない。天涯孤独のこんな自分を拾って此処まで育ててくれたのは、ひとえに彼女らの愛情に依るものだろう。
 ――あの二人に、恩返しをしたい。
 今や手の届かない所へと往ってしまった二人に、如何様にして恩を返せば良いのか訊く術は無いが、二人が目指していた事は知っている。神楽は戦乱の世に再び平和を取り戻す事。そしてドロシーはアリーナのトップになる事だった。
 よし、回想は打ち止めだ。間もなくショートテイルと出会うだろう。何やら整備員と熱く語らっている緑色の髪の女性が、恐らくショートテイルその人だ。

「こんにちは! 貴女が、ショートテイルさん?」

「いかにも」

 凛とした……というよりもキリっとした表情で腕を組み、それから右手の親指で己の顔を指し示す女性は、何とも悠然とした雰囲気を纏っている。どことなく、ドロシーを思い起こさせる仕草だ。

「泣く子も黙るショートテイルとはウチのことだっちゃ」

「ガーネットです、よろしくお願いします」

「君が期待のルーキーだっちゃね。アリーナの道は険しく、そして険しいっちゃ。でも君の輝くセンスなら、きっと乗り越えられる筈だっちゃ!」

 ――今、何か“険しい”を二度云わなかったか?
 ふと脳裏を過ぎる疑問符はさておいて、先輩の話を聞く。

「ミグラントとは度胸。そして秒単位での覚悟の連続だっちゃ。迷いは捨てて、常に自分を信じる事が大切だっちゃよ。後、困ってる人は必ず助ける。そうすれば如何なる苦難も云々……――」

 なるほど。ガーネットは折りたたみ式端末のテキスト機能を用い、先輩たるショートテイルの言葉を一言一句残さず書き留めた。中には先程の様に文法的に首を傾げたくなるものもあったが、これは単に本人の性格や教養によるものだろう。別に、多少言葉が話せなくとも、仕事が出来なくなる訳でもあるまい。何より、真剣な表情で語る彼女は、先輩としての風格に満ち溢れており、彼女について行けばきっと如何なる困難も乗り越えられそうな気がする。そんな頼もしさを感じさせた。

「以上の点を踏まえておけば、君もいつかはヒーローだっちゃ」

「はい!」

 端末を閉じてポーチに仕舞い込み、礼も兼ねて握手する。ショートテイルの碧眼は、透き通るような緑色をしている。傭兵には行き場を無くした感情を溜め込んでいる人が多いと神楽から聞いたが、どうやらこの人は例外らしい。人格破綻者ではなく、それでいて何かを諦めてもいない。
 暫くしてからショートテイルが上機嫌な表情で再び整備士と語らい始める。

「いやぁ、それにしてもこんな可憐な少女が挨拶に来てくれるなんて、ウチもいよいよ名が売れてきたみたいだっちゃね!」

「はははッ! 今回だけだろ! いつもは挨拶どころか足蹴にされてるじゃねぇか! 何年やってんだお前!」

「もう大ベテランと呼ばれても遜色ないっちゃ!」

 賑やかに会話する二人に、ガーネットはただ、ただ、呆然と立ち尽くすだけだった。まさか今の流れで「その、大人ですけど。一応」などとツッコミを入れられよう筈も無く、かと云って視線を落として己の発育不良気味な身体を凝視するのも今の憂鬱さに拍車を掛けそうだった。
 まぁ、仕方の無い事か。平均的な女性を十センチほど下回る身長と、起伏の殆ど無い体つき、また童顔である事が、実際の年齢よりかなり幼く見せてしまっているのは自分でも理解していた。

「具体的に云って見ろって。そこのお嬢ちゃんがビックリするぜ」

「一年と二ヶ月だっちゃ」

「あっはっは! 大ベテランなのにFランクなのはお前くらいだよ! この無能生存体!」

「ひどい事云うちゃね。幸運の女神に好かれているからこそウチは生き延びてるんだっちゃ!」

 今、途轍もなく不穏な単語が聞こえたような気がする。Fランクと云えば、駆け出しの自分と同じランクではなかったか。死にやすい仕事で今日まで生き存えているのは、ひとえに恵まれた才覚の成せる業だろう。が、万年Fランクというのもそうそう居る者でもない。一体何をやらかして、今のランクに甘んじているのか。
 とはいえそれを尋ねる余裕は無さそうだ。試合開始時刻まであと僅か。ガーネットは愛機の下へと駆け寄った。そろそろ出撃準備をせねばならない。



 相手の機体の傾向は読み取った。十代の頃はよく、学校代わりにアリーナへと足を運んだものだ。それ故か、パーツを一目見れば大体の戦い方は解る。ショートテイルの機体、ドレイクV-03は逆関節特有のジャンプ力を活かし、上空及び近距離から射撃戦闘を繰り広げるタイプだろう。両手にサブマシンガン、左右のハンガーユニットにはそれぞれショットガンとHEATパイルが装備されている。肩部の格納武器は、あの腕部では装備不可能な筈だ。射出時のハッチが見当たらない。警戒すべきはHEATパイルのみか。
 対するこちら側は重量二脚型。火力も装甲も、圧倒的に此方が勝っている。いざとなれば装甲型の両腕で攻撃は防げるし、レールキャノン、パルスマシンガン、ハンガーのバトルライフル、そして両肩に格納されたロケットというよりどりみどりの高火力で押し切れる筈だ。

 試合開始のブザーが鳴る。廃線のレールを踏み潰し、ガーネットは愛機――エレジーを発進させる。
 程なくして、ドレイクがグライドブーストで突っ込んできた。流石に素早い。レールキャノンのサイトでは捉えきれない。と、断念しようとした矢先の事だった。敵機のドレイクが急激に失速し、膝を折るようにして着地する。まさかエネルギー切れか。

「チャンスは物にしろって云ってましたね、先輩」

 ガーネットは舌なめずりをしながらレールキャノンのトリガーを引き、チャージする。ACおよそ三機分の高度から着地すれば、起き上がるまでにはそれなりの時間を要する。先刻の先輩の言葉を反芻し、レールキャノンから金属の塊を勢い良く射出した。コンソールがレールキャノンの命中を宣告する。そう、これは宣戦布告である。ガーネットにとって記念すべき初試合は、初撃を奪った事で早くも鮮やかに彩られた。

「次!」

 二発目、装填完了。さぁ、もう一発かましてやるとしよう。
 幸い、距離はまだある。ドレイクはここぞとばかりの悪足掻きと云わんばかりに、ジャンプとハイブースト機動を繰り返し、何とかレールキャノンのサイトに捕捉されないよう動いているが、無駄だ。此方は常に機体を微動させて照準を調整している。やがてドレイクの両手の豆鉄砲が装甲を叩くが、シールドを展開した重量二脚の装甲に、そんなものは無意味だ。
 画面一杯に光が広がり、光の塊が爆音を奏でてドレイクの装甲を穿つ。装甲の破片が砂塵に吸い込まれ、そこかしこに小さな砂の柱を形作った。

「なる程ね、初試合には持って来いな訳だ」

 あまりにも稚拙すぎる。こんな戦いぶりでよくもまぁここまで生き残って来られたものだ。彼女はきっと、いわゆる老害という奴だ。口先ばかりが達者な、ただ長生きしているだけの弱者だ。さて、今日で後進に道を譲って貰うとしよう。
 レールキャノンを捨て、バトルライフルへと持ち替える。此処からは相手の射程範囲内だ。油断は出来ない。ドレイクがショットガンへと持ち替え、接近を試みてくる。

 ――させてなるものか。
 ガーネットはエレジーの左腕に装備されたパルスマシンガンを、トリガー一杯に引き続け、放つ。銃口からは青白い光の塊がバラ撒かれ、ドレイクを溶かす。

《うぐぐ、中々の腕を持ってるっちゃ。君、才能あるっちゃよ》

 あくまで自分が先輩であり、自分が優位である事を疑いたくないつもりらしい。

 ――でも先輩。それって負け惜しみにしか聞こえませんよ?
 その言葉は胸中に仕舞い、無益な挑発は避けつつも、ガーネットの口元は笑わずには居られなかった。左右から回り込もうとするドレイクだが、既に此方の射程範囲内だ。幾らでも迎え撃てる。機体を転回させ、敵機の方角を向けば良いのだ。時折放たれるショットガンが此方のエレジーの装甲を抉るも、密着しての射撃ではない為、大した損傷には至らなかった。

「そろそろチェックメイトとさせて貰いますよ、先輩!」

 両肩からロケットを放ち、ドレイクの動きを止めんとする。が、それは見事に外れた。そこそこの爆発範囲を誇るロケットがこうもあっさりと避けられるのは釈然としなかったが、それよりもガーネットを驚嘆させたのは、背を向けて逃げるドレイクの姿だった。

「えぇッ、ちょ、待ってよ! 正々堂々とやるんじゃなかったの?!」

《そ、そうは云っても死ぬのは恐いっちゃ!》

 こんなのが先輩だなんて。こんなのが初試合の相手だなんて。拝啓、お母様。早くもわたくしガーネットは心が折れそうです。どうか、不甲斐ない先輩相手に試合を盛り上げ、此処まで奮戦したわたくしを評価して頂ければと思います。敬具。
 ……は、さておき。今こいつ“死ぬ”とか云っていなかったか。冗談じゃない。勝手に人を、試合に紛れて対戦相手を殺す無慈悲な技巧派殺人鬼に仕立て上げないで頂きたいものだ。

「いやいや、殺さないよ! 試合でしょ?! ちょっと痛いだけじゃない、何をそんなに! 何の問題ですか?! それでもあんた、正義の味方?!」

《ウチが何の味方だろうと恐いもんは恐いんだっちゃ! ひっ!》

 バトルライフルのHEAT弾を、事もあろうにハイブーストによる後退機動からのブーストチャージで無力化した。蹴り飛ばす事で弾の軌道を逸らし、HEAT弾頭に含まれる薬剤を虚空へとぶちまけさせたのだ。その技術は認めるが、差し引いてもこいつはクズだ。最低のクズ女だ……己の信念をこうも簡単に自らへし折るとは、何が正義の味方だ。何がヒーローだ。笑わせるなよカエル女。

「……あんたが泣くまで、シバき続けてやるから!」

 有りっ丈のパルス弾を、ジェネレータのコンデンサが続く限り、そしてパルスマシンガン本体のエネルギーパックが保つ限り、撃ち続けた。先程とは打って変わって、有効打が得られない。大粒の雨の如く降り注がせているにも拘わらず、僅かに掠める程度が関の山だ。業を煮やしたガーネットは両肩のロケットも織り交ぜる。

《ご、後生だっちゃ!》

「大丈夫だよ。私は新人だし、コックピット越しに殺す方法なんて解らないし!」

《“もしかしたら”もあるかもだっちゃよ!》

「その時はその時! 死ぬのが今か先かの違いだけ!」

 右脳と左脳の噛み合わせが悪いとでも云うべきか。思わず口を突いて出た言葉は、我ながら悪鬼羅刹の如く怒気に充ち満ちて、気分が悪い。
 ――待たれよ見知らぬ其処の君、今のは事故よ。故意に非ず。くれぐれも咎めたもうなかれ。
 胸中に渦巻くそんな懇願の言葉も虚しく、次から次へと猛毒を伴う語彙が喉から溢れ出た。そして、当たる筈も無いパルスマシンガンも同じく銃口から飛び続けた。コンデンサが底を突き、警告音を鳴らしている。

「何だよあんた、ホントにさ! 正義の味方だ先輩だって得意気に語ってたあんたが、そうやって情けない声でひぃひぃ逃げ回って! 私の母さんならそんな事はしなかった! てっきりそういうエンターテイナーかと思ったら、客観的に見てグダグダでつまらない試合にしちゃってるしさ、あんたホントに先輩かよ! これがハイスクールのサークル活動だったら間違いなくブーイングの嵐だろどう見ても!」

《キレすぎて一周回って何云ってるかさっぱりだっちゃ! 落ち着いて!》

「細けぇ事ぁいいんだよ!」

 過熱する感情に反して、思考は冷静だ。進行方向を的確に予測し、ロケットを放つ。被弾で怯んだ所に、パルスマシンガンとバトルライフルで畳み掛けてみる。命中率は相変わらず思わしくないが、じわじわとAPが減り続けている。試合の上では、APをゼロにさえすれば、如何なる状況であろうと勝利となる。次のワンセットで決めてやる。

「ちょろいもんだぜ。その綺麗な顔をフッ飛ばしてやる!」

 試合会場に僅かに残ったビルを蹴り、上空へと逃げるドレイク。まずった。ACはその構造上、真上に撃てるようには出来ていない。重量二脚の旋回性能では、即座に背後へと方向転換する事もまた不可能だ。

「この! ヒーローならヒーローらしく正々堂々と戦――」

 云い掛けた途端、ドレイクの姿が画面一杯に映る。今までに無い衝撃が、背を打った。

「――たわばっ!」

 危うく舌を噛みそうになる。気付けば、額をコンソールに打ち付けていたらしい。どくどくと脈打って流れる真っ赤な鮮血が、コンソールに小さな点となって滴り落ちている。モニターには、パイルを繰り出したドレイクがそのままの姿で立ち止まっていた。コア上部をパイルが貫いたのが決定打になったと推測される。あんな神懸かりの回避をしながら相手の油断を誘い、深追いさせた上で己のテリトリーへと誘い込み、必殺の一撃を見舞ったという事か。果たして、こんな遣り方が、正義の味方のする事だろうか。
 試合終了のブザーが鳴り響く。泣こうが喚こうが、負けたのだ。ガーネットは。

《……やったっちゃ》

「こんな事って……」

《一時はどうなるかと思ったけど、やっぱり正義の味方に勝利の女神は微笑んでくれたんだっちゃね! 神様ありがとー! 愛してるっちゃ!》

 勝利に酔いしれるショートテイル、否……カエル女を余所に、ガーネットの心中は暗澹たるものだった。このカエル女は、母親代わりだった神楽とドロシーによく似た、これからも信頼しうるであろう人物と踏んでいたが、とんだ見込み違いだったらしい。或る時は正義の味方を嘯き、尊大な口調で己の信条を語り続け、或る時は弱者を装い、相手の油断を利用して勝利を物にするとは。

「あの女……絶対に、絶対に許すもんか……!」

 涙など流れなかった。代わりに、厚手の手袋越しに、爪の食い込んだ手の平から流れる鮮血が、ガーネットの抱く激情を何よりも雄弁に語っていた。勝敗までの所要時間は恐らく、観客にとってそう長くないものだったろう。だが、コックピットハッチを開ける気も失せたガーネットにとって、こうして流れる時は、煉獄に沈殿するかの如く、永く、永く感じられた。



 ――これが、私が傭兵になって間もない頃。ほんの半年ほど前の話だ。

 それからの私は、ただひたすらに鍛錬に明け暮れた。
 雑多な武装勢力を一人で潰そうとしてみたし、試合にも何度も申し込んだ。
 でも、何度挑んでも勝てない。
 機体を二度も変えても。ランクを上げても。時には卑怯な手を使って、良心の呵責に胸を痛めても、尚も!
 あいつは、絶対に斃れなかった。いつも時間切れが訪れるか、或いは私が倒れる形で勝負が付いてしまう。

 私は戦う。私が私の輪郭を保つ為に。
 毎晩の悪夢に屈さず、いつかあの笑顔を再び恐怖に染め上げてやる日を夢見ながら。
 私は何度でも、この引き金に指を掛けてやろう。

 お前の涙を見るまでは。



登場人物



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怨是 読み切り
最終更新:2013年11月18日 04:31