オーダーミッションNo.011
【大型建造物破壊】
――誰が為のワルツ
(投稿者:怨是)
難易度:C 依頼主:カストリアガード 作戦領域:イル・シャロムから少しはなれた辺境 敵対勢力:バンガード 敵戦力:不明、警備部隊orなんらかのACの増援の可能性あり 作戦目標:大型建造物を内部から破壊、またデータの入手 特記事項:想定外の戦闘に対して増額。 |
概要: バンガードが建造を進めている謎の建物に潜入調査を行ないます。 この建物がどのような機能を有するかは定かではありませんが、謎の建造物をこのまま見過ごすわけにはいきません。 建設途中の今の段階で破壊するのが得策です。 この施設付近で怪しい動きをするACの確認もされております。
依頼内容は、施設内部に侵入し、小型の爆弾を複数個設置し、内部から破壊することです。 構造上、外からでは破壊ができません。また、強固な場所に設置しても意味がありません。 こちらの用意した数の爆弾でかならず破壊しなければならないため、設置場所を慎重に選んでください。
そして、この建物が何であったか、何をしているかのデータの入手です。 データの読み取り作業は、我々の工作部隊が行ないます。
なお、想定外の戦闘によって、何らかの戦果をもたらした場合は、報酬を上積みすることを約束します。
それではお願いします。 |
「カストリア……カストリカの間違いかしら」
エリザベートは眼鏡――以前、老眼鏡などと揶揄する少女性愛趣味のクソ野郎が居たのでしばき倒した事があったか――のズレを直しながら、もう一度端末を覗き込んだ。
「何度読んでも“c”が抜けてるわね」
書き損じや誤字脱字の類いは、急場を要する依頼であれば特にそうだが、別に珍しい事ではない。但し地名の場合は詳細に記さねば依頼主と傭兵の間に重篤な齟齬が生まれる為に、あまり間違えて欲しくない部分だ。場所によっては似たような名前の都市が隣り合った場所に位置していたり、名前の一部分を変えた姉妹都市が出来たりなどといった事もあるのだ。
何よりエリザベートは、書き間違いというものをこのチームの誰よりも嫌っていた。受諾はしよう。だが、この阿呆なガード隊員は後で絶対に人間椅子にしてやろうなどと、エリザベートは端末閲覧用にこしらえた眼鏡を外しながら思った。
「ふむ。余程慌てて書いたと見える」
「――ッ!」
背中から急に声を掛けられ、全身の毛が逆立った。気配など毛ほども無かった筈だ。
声の主はジャン・ポール・ドラクロワ。顔は悪くないが何処か抜けている、エリザベートの側近である。
「どうした、驚く要素は全く無かった筈だが」
「あんたさっきまでガレージに居なかった? いつの間に戻ってきたのよ」
ドラクロワは悪びれた様子も無く、頭を振った。
「所用は既に済ませた。それと、ガレージではなくアトリエと呼んで頂きたいのだが」
アトリエ……ここまで来ると悪癖というより病気だ。別段、嫌悪感は無いが、エリザベートには彼が自らの機体を美術品扱いしたり、ガレージをアトリエと呼んだりする感覚がまるで理解できなかった。
「喧しいわよ。幾ら着飾ったって、ACは弾を撃つ、戦闘の為の道具だわ。その本質は変わらない」
「また得意の“本質”か。これで何度目になるだろうな。エリー」
こめかみの辺りがほんの僅かだが揺れた。その名で呼ぶなと何度云った事か。名前はイントネーションまで確実に、完璧に発音して欲しい。でなければ最初から呼ばないで欲しい。
「私がエリーって呼ばれるのは嫌って云うのも、これで何度目かしら?」
「失敬」
「で? 当然、あんたも来るでしょ?」
苛立ちが収まらぬまま問うた。相変わらず、ドラクロワは涼しい顔をしたままだった。
「無論だ。破壊は創造の原初に成り得るという、偉大なる先人の言葉もある」
「……然様で。じゃあ私、準備するから」
ドラクロワがドアを開けて出て行ったのを確認すると、エリザベートは部屋の鍵を閉め、クローゼットからパイロットスーツのセットを取り出す。
ブラウスとスカートを脱ぎ、ベッドに投げ捨てる。次にハイヒールの靴を脱いで、ストッキングは敢えて脱がぬままパイロットスーツのインナーに脚を通す。裸から着用する人々にとってこの行為は奇異に映るだろうが、歴とした理由がある。長時間の操縦によって足のむくみを併発し、戦闘終了後にパイロットスーツが脱げなくなるという事があるからだ。
インナーの袖に片腕ずつ通し、背中のジッパーを首の後ろまで上げる。それからハイネックのレオタード状のアウターを着込み、ベルトを着ける。手袋とブーツを手足に、ヘッドセットを右の耳に装備。最後にその上からコートを着て、準備完了だ。
「みんな付いてきてるわね?」
エリザベートは後方のカメラに写された映像を確認する。今回連れて来た部隊は三つ。そこにカストリカ・ガードの工作部隊を加えて四つの部隊での侵攻だ。ミラージュ隊とエタンダール隊は、防衛型MTと支援型MTの混成部隊だ。エクレール隊は飛行型MTとドラクロワのAC――ラファールで構成されている。
《あれがバンガードの施設か》
ドラクロワの声に気付き、頭部カメラへと映像を切り替えた。ドーム状の建物の中心に、尖ったアンテナの様な物が刺さっている。飾りではないと信じたいが、妙な胸騒ぎがした。
「情報に依れば、そうみたい」
《……醜悪だ。吐き気を催す程に》
「あんた、こういう建物嫌いだったもんね。悪いけど吐くなら通信は切ってからにして頂戴」
《解っている》
苦虫を噛み潰した様な表情が目に浮かぶ。
「正面から攻め込むのは得策じゃないわ。ミラージュ隊は右翼から、エタンダール隊は左翼から迂回してリコンを投射。エクレール隊は散開し、それぞれの援護を。工作部隊のトラックは安全を確認してからおいでなさい」
《ミラージュ隊了解》
《エタンダール隊了解》
《エクレール隊了解》
《こちらカストリカ・ガード工作部隊、了解しました》
モニター上に反応数が表示される。数十機は優に超えていた。マップと照らし合わせ、ガイドビーコンを配置する。
右翼手前側のA地点は敵が密集しており、また左翼手前側のB地点にかけて帯状の防衛ラインが形成されていた。何処から攻め込んでもスナイパーキャノンの砲台に狙われる。動きの遅い防衛型MTでは、あっという間に一網打尽だろう。
「……流石はバンガード。いきなり内部に潜り込める程、甘くはないわね」
《その割には防衛部隊の動きが無いな。誘っているのか?》
「どうかしら。長年の経験から云って、彼らはそんな酔狂をやらかす手合いじゃないわよ」
エリザベートはかつて、第9領域の外で活動していた。まだこの区域が、バンガードではなく政府軍が覇権を握っていた頃だ。彼らの戦い方は必ずと云って良い程、基地の手前で戦闘を行なっていた。奥まで潜り込めるのはごく僅かの強者か、そうでなければ被弾を顧みない特攻馬鹿くらいだった。
「ほら、おいでなすった」
《狙撃型か。姿を隠すとは卑怯な》
「リコンの反応まで掻き消すなんて、相当な手練れね。まだ居るかもしれないわ。慎重に――」
云い掛けている最中にも、ドラクロワは狙撃型のレーザーサイトを潜り抜け、レーザーブレードで敵機を両断していた。リコンの反応以上の敵機が居ると解っていながら突っ込むとは、この男もまた度し難い特攻馬鹿に違いなかった。云わんこっちゃない。警報が辺りに鳴り響き、偽装を解除した警備の機体が次々と現れる。
「――ねぇ、慎重にって云ったの聞こえてなかった?」
《わざわざ連中の隠れんぼに付き合う義理もあるまい》
「足並みを乱さないでよ。まぁ、慣れっこだからいいけど……こっから先は指示とか飛ばさないから、あんたは勝手に遣って頂戴」
《そうしてくれると助かる》
見覚えの無い機影が複数、敵の輸送ヘリから投下される。両腕にはオレンジ色の光を放つレーザーブレードが装備されていた。格闘型MTとでも云うのか。バンガードは、随分と面妖な新兵器の開発にご執心らしい。怪しげなACというのはもしや、これの事か。
《格闘型……なるほど、閉所ならそういった手合いも有効活用が出来るな。存外面白い物を作るではないか、バンガードも》
エリザベートは格闘型が着地する瞬間を狙い、スナイパーキャノンで破壊する。搭乗者の訓練も碌に済ませてないのだろうか。今一つ、扱いに慣れている様子は感じられなかった。
「私に接近した奴も片付けてよ。こっちはパルスガンくらいしか自衛手段が無いんだから」
《解っている》
施設防衛部隊の過半数を片付け、安全が確認されたルートに味方工作部隊のトラックを通した。
随伴機として、エリザベートも同行する。ぽっかりと口を開けた穴は、敢えて壁を作っていないのだろう。機材搬入、及び重機が出入りする為の通路として使われているらしかった。構造的に脆い場所があるとしたら此処だ。最初の爆弾を設置する。
辺りを見回してみた。
「屋内の演習場? にしては、おかしな構造よね。ジル、見て」
階段状にセメントが固められており、機体の足下の映像を拡大すると、ボルトで留める為の小さな穴が幾つも、規則的に穿たれている。
《……観客席でも配置するのか、これは》
「奥の方にはステージがあるわ。って事はここ、演説専用の会場かしら。酔狂な建物ね。外見はあんなに無骨なのに」
《上にはスポットライト……音響装置に、スライド式のカーテンと幕もあるな。劇場か何かかもしれん》
風の噂で聞いた実験部隊と何らかの関係があるのだろうか。否、ACで小芝居をやるなど、頭にナットを目一杯詰め込んだ阿呆のやる事だ。そんな馬鹿げた事を誰が許すだろうか。ステージの方角へと向かいながら、エリザベートは首を傾げた。
「でも建てたのはバンガードでしょ? 何の為に?」
《解せぬ……だが、依頼は依頼だ。爆破する》
「そうね」
ステージ上に次の爆弾をセット。ついでにその近くにもセットする。確かこういったステージは奈落と呼ばれる仕掛けがある。舞台下に空間を設ける事で、劇の表現に幅を持たせるのだ。大昔、まだ国家が存在していた頃、とある島国で生まれたのが発端だとか、そんな話を亡き祖母から聞いた気がする。祖母は演劇マニアだったので、情報に間違いは無いだろう。ともかく、床下がスカスカなら爆破すれば崩し易い筈だ。
「私はちょっと完成後にどういう使われ方するのか、興味があったけど」
《美学を愛する者ならば、もっと良いデザインの劇場を作る筈だ》
「えっと……」
色々と云いたい事が喉元まで迫り上がってくるが、その言葉のどれもが確たる結果を生まないという事を、エリザベート自身が誰よりも解っていた。どうせ思うだけならタダだ。さっさと終わらせて帰りたい。
「……まぁいいわ」
さて、残る設置箇所だが、ドーム状の建物の為、蹴って昇る事が出来ない。よって天井を爆破する事だけは出来ないのだ。大型の爆弾を人間が持つ事も出来ず、また重機に載せて天井に仕掛ける事も出来ない。
入り口とは正反対の場所へと設置し、それから先程までの三つを結ぶ様にして設置すれば後は問題無い……と信じたい。頭が駄目なら足下だ。ACに飛行能力でもあれば、この高い天井もどうにか出来たのだろうが。
「最後の爆弾を設置したわ。出ましょう」
《あぁ》
最早、此処に用は無い。施設外周の警備に当たらせていた部隊もしっかりと仕事をしてくれていたらしく、損害は殆ど無いまま、防衛部隊だった連中を蹴散らしていた。
「工作部隊は聞こえてるかしら? こっちは爆弾の設置も終わらせたわ」
《こちら工作部隊。有力なデータは何一つ得られなかったが、仕方あるまい。脱出する》
「屋根の上に付いていたアンテナについても?」
《あぁ。スキャンしたが、中に何らかの装置が付いている訳でもなかった。とんだ肩透かしだよ》
よくある話だ。大袈裟に騒がれる事に限って、本を質せば大した事ではなかったりする。そしてその逆もある。
――ピラミッドでも建てるっていうなら、お宝探しも出来てワクワクしたんでしょうけど。
溜め息混じりに自軍の撤退を見届けながら、エリザベートは起爆スイッチを押した。建築中の劇場らしき建物は、音を立てて崩れ落ちた。爆弾の設置箇所を拘った甲斐あってか、綺麗に潰れてくれた。
「ふふん、我ながら良い仕事ぶりよね……」
思うに、あらゆる仕事の収穫とは成し遂げた後の達成感ではなかろうか。エリザベートは静かに、そう確信した。
「――そうして我々一行は悪の牙城を突き崩し、帰路に着いたのであった。謎の城は今も風に晒されたまま、聳えており、その役目を知る者は誰一人として居ない」
語り終えたドラクロワはその場で本を閉じ、お辞儀する。観客席から拍手喝采が沸き起こった。拍手が止む頃に観客席側から女性が現れ、ドラクロワに労いの言葉と共にコーヒーを差し出す。コーヒーに口を付け、ドラクロワは微笑んだ。
「ムッシュ・ドラクロワ、今日もありがとうございます。良かったらこの後の夕食にも如何ですか?」
「毎度すまないね、マダム。では――」
云い掛けると、子供達は急に群がり、ドラクロワの両足を掴み始めた。
「今日も断るつもりだぜ。薔薇のおじさんはいつも忙しいもんな」
「でも今日は暇だよね? 薔薇のおじさん!」
止められるのは気にしないが、その呼び名――“薔薇のおじさん”だけは我慢ならない。
「ゴホン。薔薇のおじさんではない。美学王と呼び給え」
「なんだよビガクオーって。ショータイムするロボット?」
「おじさんパクリだー!」
「こら。お兄さんをいじめないの。困ってるでしょ?」
マダム・イノークスが子供達を窘め、ドラクロワから引き剥がす。じたばたと暴れる子供達だが、やがては鎮まった。
「少し、待ってて頂きたい」
ドラクロワは苦笑を隠さず、子供達に身振りを交えて待って貰った。それから窓を開け、バルコニーへと出る。端末を取り出し、我等が恐怖の女帝エリザベートへと連絡する為だ。余計な物音を立てては彼女が機嫌を悪くする。
「エリー、今は大丈夫か」
《その呼び方はやめろって云ったでしょ。で? やけに遅いじゃない。何処で道草喰ってるの?》
子供達が窓に張り付き、こちらの様子を覗っていた。ドラクロワは端末と子供達とを交互に見比べる。
「少し帰りが遅くなるが、構わんか?」
《別にいいけど、具体的な時間は教えてくれないと、スケジュール調整が出来ないわ》
「23時には出発する。到着時刻は未定だ」
不安そうな面持ちの子供達に、ドラクロワは笑顔で手を振る事によって和らげようと試みた。
《あんたねぇ。そういう曖昧な所が私は嫌いなのよ。今日はもうそれでいいから。夕食は出先で済ませるワケね。後日、しっかりと報告して貰うから、報告の内容も頭の中で考えておいて頂戴。内容次第では懲罰も覚悟しておく事。いいわね?》
「……無論だ」
《ここ最近、仕事のたんびにこうなんだから。機密漏洩なんてしてたら、解ってるわよね?》
「私がそういう下劣な真似をすると思うか?」
《いや、思わないけど……あぁもう! あんたの顔見てたらイライラしてきた! 帰る時はジョルジュに連絡して。私、飯喰って風呂入って寝る! 以上、通信終わりっ!》
ヒステリックな声と共に通信が切れた。
毎度の事ならそろそろ慣れて頂きたいものだ。ああも苛立つ必要性など何処に在ろうか。生理の重たい日でも来ているのだろうか……などと胸中にて立ち込める暗雲を溜飲し、苦笑いへと変えながら、バルコニーからリビングへと戻る。
「マダム。上層部からの許可を得た。今日はここで夕食を頂こう」
「あら。本当に? みんな! お兄さんが晩ご飯を一緒に食べてくれるわよ!」
「やった!」
彼らはマダムの実の子ではない。此処は孤児院で、マダムが若き身一つで育てていた。子供達の笑顔は眩しく、愛らしく、未来への希望に満ち溢れている。
ドラクロワはこの光景を、この小さな世界を守りたいと思った。彼らが成長し、今の自分達くらいの歳になる頃には、孤児院の外で様々な“汚れ”を見る事になるのかもしれない。だが、自分達の努力次第でその汚れは少なく出来るかもしれないのだ。彼らが寄り合い、こうしてマダムの庇護がある内に、世界をより美しい、愛すべき物に変えねばならない。だからこそドラクロワは美学王を名乗っている。美を愛する孤高の存在として、この世を導く為に。
「ママ。薔薇のおじさんが何かウットリしてる。ジコトースイしてるよ」
「……薔薇のおじさんではない。美学王だ」
登場人物
最終更新:2013年11月18日 05:05