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オーダーミッションNo.018
【弱小ミグラント救援】

――箱庭の救世主は腰痛持ちだった

(投稿者:怨是)


「ちょっと待て。説明してくれ」

 シメオン・ムーシェは現状を把握し損ね、脳から溢れ出た視覚情報を必死に掻き集めた。その様子はきっと、バケツから零れたのが水ではなくて本当に良かった、などとぼやきながら洗濯を始める主婦の様であるに違いなかった。
 起きがけに振り向いたせいで首が痛い。そしてもしも飛び起きようものなら、背中に乗っている彼女を振り落としてしまう為に、それも出来ずに居た。

「ん? どれについてですか?」

「全部だ。全部」

 具体的な状況を詳細に列挙すると、うつぶせで眠っていたシメオンの上に、何故かメイド服を身に纏った赤い髪の女性――エルフィファーレが跨がり、執拗に背中のツボを突き続けている。コックピットが潰れて圧殺される夢に魘されたのは、これのせいだろう。

「……その、いつも狙撃してるとやっぱり肩が凝るかなって思いまして。ボク、おばあちゃんの肩もみとか小さい頃やってたから」

「唐突じゃないか?」

「日頃から考えていたんです。シメオンの為にボクは何が出来るだろうって」

 エルフィファーレは、いつになく神妙な表情を見せる。その所作は甲斐甲斐しい新妻を想起させ――事実、略式とはいえ先月に挙式したばかりだ――シメオンは互いの愛情が未だ薄れずに在る事を嬉しく思った。一方で、その服装には首を傾げたかった。

「気持ちは嬉しいが……何故メイド服なんだ? 何処で買ってきたやつだ?」

「殿方に奉仕するにはこの格好が一番いいらしいですよ。スピアーズさんがこの服をくれた時に云ってました。どうです? 似合います?」

 エルフィファーレはベッドから飛び降り、膝丈のスカートをはためかせながらくるくると回って見せた。白いレースのガーターストッキングがやたらに扇情的で、これでは寧ろ給仕というよりも売春婦だ。スピアーズ――あのお調子者の同僚は、どういう了見でこの服を寄越したのだろう。シメオンは考えれば考える程、静かな怒りが胸の内を満たして行くのを感じた。

「似合いすぎて、軽く憤慨した……ちょっとあの馬鹿に、炒りたてのホットビーンズを死ぬほど食わせてくる」

 シメオンは背中が軽くなった事をこれ幸いにと立ち上がり、拳銃を手に取った。ホットビーンズ――銃弾はこの前の収穫で文字通り腐るほど入手した。このまま在庫を余らせて火薬が湿気てしまうくらいなら、少し在庫処理をしても構わないだろう。無論、身体に直接撃ち込むのではない。シメオンは、綺麗に人型に壁をくり抜いてやるつもりだった。恐怖は持続させてこそ真価を発揮する。
 エルフィファーレが血相を変えて、腕を掴んでくる。

「まぁまぁまぁまぁ! 私も着たかったから、こうして着ている訳ですから! ねっ!」

「それもそうだろうが……何故あいつが持ってたのかっていうのも疑問だよな……」

「多分、ガールフレンドのエレンさんに着せてあんな事やこんな事を……うふふふ……な予定だったとか?」

「……あんまり考えたくないな」

「私も、興味はありますけどね。こすぷれえっち。で、質問はこれで全部ですか?」

 何やらとんでもない事をさらっと云ってのけた気がするが、そっとしておこう。奇妙な出来事に遭遇したせいで眠気は吹き飛んだものの、先日の戦闘による疲れはより一層重みを増した。シメオンは拳銃を置き、再びベッドに寝そべる。

「そうだな」

「じゃあ次はボクの番ですね」

「何だよそれは」

「どこが凝ってるか教えて下さい」

 シメオンは漸く得心した。“ボクの番”というのは、とどのつまりエルフィファーレが質問する側になるという事だ。ならばと考えたシメオンは、エルフィファーレの好意に甘える事にした。

「全部、かな?」

「シメオン、好きですよね。それ」

「“それ”っていうのは?」

「“全部”っていうのです。何が好きかってボクが訊くたんびに、全部って。この前ボクの何処が好きかって訊いた時だって……」

 ――自分で話を振っておいて勝手に赤面するなよ。

「俺は、欲張りだかんな。全部好きだし、全部欲しい。滅多に全部手に入らないんだから、せめて数少ないチャンスはものにしたいんだ。解ってくれるか? エル」

「……まぁ、全身マッサージはしますよ。でもその中で特にどこかなって」

「じゃあ肩だな」

「肩ですね。オーケー、それでは」

 エルフィファーレは注文を承諾すると、自身もストレッチを始めた。

「お、おう……」

 なるほど、気合いが違う。シメオンは思わず気圧された。エルフィファーレは何度か伸びをしてから、シメオンに再び俯せになる様にと促してきた。
 存外、マッサージの腕は悪くない。何処で体得したのかは解らないが、これならそれなりの店でも通用するだろう。血流のほぐれる感覚が、シメオンの意識をまどろみへと誘う。肩から首にかけての筋肉が、徐々に弛緩して行く。鎖骨の周りが揉まれる頃には、シメオンはすっかり夢見心地だった。

「――もしもし? ねぇってば。シメオン」

 肩胛骨付近の筋は、下手を打つと骨を強く押してしまうからなのか、背中に居るエルフィファーレもどうやら慎重にやってくれているらしかった。肩から背骨にかけての筋肉を、中心に集める様にして揉まれる。いいぞ、エルフィファーレ。そのままもう少し上を……

「ねぇってば。質問、まだあるんですけど?」

 シメオンは背骨を強く押された痛みで、我に返った。

「……何だよ」

「あのですね」

 すると、エルフィファーレが耳元に触れるか触れないかという距離で囁いてきた。吐息に熱っぽさは感じられず、例えるなら浮気を問い詰める様な、何処か冷め切ったトーンを内包していた。

「昨日の話ですけど、何処へ行ってたんです?」

「知り合いの研究所がACに襲撃されてたから、そこの救援に向かっただけだよ」

「最近、ふと思うんです。そうやっていつも通りに出撃して、いつか、ふと消えてしまうんじゃないかって」

 近頃の彼女は、殊更に甘えてくる。彼女が元来持っていた性根がそうさせたのか、窮地を救われた経験からか、健気な一方で寂しがり屋な側面を持っていた。シメオンは、それがここ最近、一層目立つ様に感じた。

「俺が死体で帰ってきた事が一度でもあるか?」

「無いけど……」

「じゃあ、いいだろ。大した戦闘でもなかった。だから終わりだ。この話は」

「やだ」

 エルフィファーレは、ぷいとそっぽを向く。彼女の潤んだ両目と頬を膨らませた表情がひどく愛らしく映り、そのせいでマッサージを中断させてこのままスピアーズの思惑通りに動いてやろうとも思ったが、すんでの所で思い留まった。シメオンにとって、欲望に負けるという選択は禁忌だった。折角の好意を無碍にするのは、人として犯してはならない罪だと考えている為だった。
 シメオンの沈黙の理由を知ってか知らずか、エルフィファーレはむくれたまま続ける。

「どういうACと戦って、どういう風に工夫して、どういう風に生き残ったか。そこまで詳しく話してくれないと」

「全部かよ」

「好きですよね? “全部”って言葉」

「ったく……話すから、続きを頼む」

「はーい」

 とはいえ何処から話すべきか、シメオンは決めかねていた。依頼文に記されていたゾホウク・ヒルの施設は、単なる作物の研究所だ。やましいものは何一つ無い。この施設ではガラスの天井で雨風を防ぎ、過剰な紫外線を遮断し、作物を健康な状態で育てている。設立された当初は喰えたものではなかったが、ここ数年は品種改良によってマシな味になってきた。が、これについては別に、話すべき内容でもないだろう。
 筋繊維へ断続的に加えられる圧力は一先ず頭の片隅に追い遣り、情報の整理に専念する。

「そうだな……研究所はそこそこ大きくてな。AC三機分くらいは通れる」

「幾ら広いと云っても、その広さじゃ狙撃なんてできないじゃないですか」

「まぁな……最初は外で戦う手筈だった」

 予定では侵入を未然に防ぐべく、遠距離から施設外で戦闘中のACを狙撃するつもりだった。シメオンの愛機ブラヴォー・フォーは四脚型ACでスナイパーキャノンの大きな反動も抑え込んでくれる為、精密な狙撃が可能だ。それに流れ弾が施設に当たっても、ACの襲撃による損害拡大に比べれば大した事は無い。

「だが、施設に入るしかなかった」

「既に敵のACが研究所に入り込んでいたから?」

「そういう事だ」

 シメオンが到着する頃には既に“白いAC”が研究所に侵入し、破壊活動を行なっていた。防衛戦力は軒並み壊滅状態――ガードの足下にも及ばない安物MTばかりだから当然とも云えたが――に陥っており、援護は絶望的だった。唯一の救いは、施設内部には比較的長い通路があり、そこからならスナイパーキャノンでの狙撃が可能だという事だった。

「天井がガラスになってる巨大な温室があってだな。俺はそこに面した直線の通路で、柱の陰から探知機を飛ばして、様子を見た」

「擦れ違ったりは? 例えば、通路が幾つか分かれ道になってて、迂回できたりとか」

「ACが通れる広さの通路は、一本道になってる。ただ、あくまで依頼内容は防衛だ。あまりのんびりは出来なかった。だから、威嚇射撃をしておびき寄せる事にした」

 設備は可能な限り残しておかねばならなかった。待ち続けて破壊活動を継続されては、いずれ作戦失敗になる。スナイパーキャノンの砲撃音は甲高く、閉鎖空間ではそれがかなり反響した。

「中々の手練れだった所為で、俺の方から出向く事になったがな」

 五発目、時間にして三十分後に漸く敵の動きが止まった。施設の壁はACの武器だけでは容易に破壊できない程度には分厚く、敵ACを追い詰めるのにさほど時間は掛からなかった。最深部で破壊活動を行なっていた白いACは重量逆関節型で、右肩には“04”の文字が描かれていた。通信で投降を促したが、返答代わりに飛んできたのは弾丸だけだった。

「狙撃は?」

「当てたのは二発までだ。後は、接近されたからハンドガンに持ち替えた」

 接近戦に重きを置くパイロットなら、自機にロケットやミサイルを搭載していただろう。しかしブラヴォー・フォーはサブコンピュータを搭載していた。遠距離型の火器管制装置は、捕捉距離に反比例して照準速度が遅い。その弱点を補うつもりで積んだが、あの戦闘ではそれが却ってあだになった。瞬間火力の低い補助兵装では、特殊な改造を施された白いACへの決定打には成り得なかった。

「どうにか懐に潜り込んで、敵ACのガトリングガンを無力化したが、あの場所で下手に距離を取っていたら俺が危なかっただろうな」

「……倒せました?」

「いや。結局逃げられたよ。そいつは垂直ミサイルの仕様を逆手にとって、例の温室で射出したんだ。温室のガラス天井は見事に木っ端微塵だよ」

 敵ACは逆関節型特有の跳躍力でそこから脱出した。四脚型のブーストジャンプでは届かない。シメオンは追撃を諦め、施設の外から残存する敵戦力を確認した。あのAC一機だけだという事と、既に戦闘領域には敵が居ない事が判明すると、シメオンは施設の通信室に報告を入れた。

「でも、変ですね。威嚇射撃が聞こえた時点で、さっさと他の温室から脱出すればいいのに」

「ACが通れる広さのガラス天井も、やっぱり一つしか無かったんだ。他はそんなに大きくない」

「なるほど」

「ブースタが速度重視型だったから、瞬発力はともかく、持続力はそこまで無い筈なんだけどな。バンガードの事だから、財団の技術で何かしらの改造を施していた可能性が高い」

「財団ですか。何処に行くでも、付いて回りますよね……」

「知り合いでも居るのか?」

「昔、ちょっとね。はいっ、丁度終わりましたよ」

 エルフィファーレがシメオンの肩を軽く叩き、背中から降りる。
 シメオンは大きく伸びをした。強ばっていた首回りも、狭いコックピットに押し込められた反動で鈍痛を発し続けていた脛も、数十分前のそれらの不調が嘘の様だ。シメオンは大きく伸びをした後、エルフィファーレに向き直った。

「ありがとう。助かったよ」

 シメオンはそう云って、エルフィファーレの頬に口付けした。同時に彼女の鮮やかなワインレッドの髪も撫でる。羽毛の如く柔らかい手触りの髪はまだ幾らか湿り気を帯びていて、彼女がシャワーを浴びてからそれほど時間が経っていない事を示していた。
 ふと、シメオンの胸に重みが加わる。見れば、エルフィファーレが手を当てていた。

「このまま、いいですよね?」

 エルフィファーレは舌なめずりをし、ややあってからシメオンの唇を奪ってきた。薔薇の香りが広がり、上半身に僅かな荷重が掛かる。彼女の服装以外は、いつも通りの夜だ。初めからそのつもりだっただろうと胸中にて毒突きながらも、シメオンは眼前の悪戯猫に押し倒された。



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怨是 読み切り
最終更新:2013年11月18日 05:11