オーダーミッションNo.014【前線基地救援】 CASE1「見えない正義」
難易度: A 依頼主: ノマド 作戦領域: BURIED FACILITY 敵対勢力: バンガード 敵戦力: 敵AC部隊br()作戦目標: 基地の防衛、敵AC部隊の撃破 特記事項: 複数出撃可能 概要: シャラ・マフムードだ。緊急の依頼を願いたい。 我が領内の前線基地の一つにバンガードの部隊が攻撃を仕掛けて来ている。 急ぎこの基地の救援に向かって欲しい。 報告では敵はAC部隊である様だが、通信が途絶してしまい詳細は不明だ。 我々からも増援を向かわせているのだが、残念ながら砂嵐に会い到着が遅れてしまっている。 君ら傭兵が頼りだ、報酬は約束しよう。ノマドの為に戦ってくれ。 |
後悔はするべきか。せざるべきか。
そもそも、後悔であるのかどうかさえもはっきりとしていない。
後悔したところで、では、どうしたいのか。
それさえもはっきりとしない。
誰かに懺悔するべきか。
組織を裏切るべきか。
自らの大義は何だったのか。
それさえも判らないままである。
彼が、近しい人間に、そのことを問いかければ、どのような答えが返ってくるだろうか。
彼らしくないと驚かれるだろうか。
むしろ、彼らしいと納得されるだろうか。
どちらがあり得るかは知り得ない。問いかけたことは一度きりしかなく、聞いた相手はどちらの反応でもなかったのだから。
◇
荒涼とした砂漠が見渡す限り広がっていて、ACを乗せたトレーラーが二台、大きなコンテナを乗せたトレーラーが三台、列車のように等間隔に並んで進んでいた。進む先にはACやMT、こちらと似たようなトレーラーが数台とヘリが1機停まっている。
走っているトレーラーのうち、四脚型の脚部をつけたトレーラーの運転席の横に、彼はいた。運転しているのは輸送部隊の隊員であり、載っているACは彼に支給されている機体の《ホークアイ》だ。運転している兵士は、出会ってから軽口の一つを叩くわけでもなく、寝るわけでもなく、背筋に鉄筋でも入っているように姿勢を正して微動だにしないままの中尉に親近感を抱くこともなく、ようやく開いた口からの事務的な内容がひとまずは短い旅が終わることを再確認し、少しだけ肩の荷が下りた心地だ。
向かう先からの型どおりの通信が返ってきて、彼は型どおりに認識ナンバーを伝える。事務的に処理がされ、友軍と認識されると、車両群はスピードを保ったまま進み続けていった。
◇
独立機動部隊は、バンガードの特殊部隊の一つだ。ジャガーノートが重火力、集団運用を想定していることに対し、独立機動部隊は高機動、少数での行動を想定している。どちらが優れた特殊部隊であるかを問うことに意味がない。単に何に対して特殊であるかの違いでしかないのだから。ただ、独立機動部隊はその身軽さから増援や補強などの便利屋のような扱いを受けている面がある。そんな彼とその部下がわざわざトレーラーに乗って来たのは補給任務を言い渡されたに他ならない。ヘリであればともかく、陸路での補給行動では高機動を売りにしている不本意にみえる者もいるだろうが、彼と部下は違った。特にこれと言った感情を出すこともなく、部隊責任者の前に並んでいた。場所は、作戦指令を出す大型車両の中だった。
「エドガー・アームストロング中尉であります」
「……」
「
カルロウ・ノイマン大尉だ。遠路ご苦労」
「滅相もありません。早速ですが、こちらの補給物資の確認をお願いします」
「ああ」
エドガーから差し出されたリストをカルロウはゆっくりと見ていく。
エドガーは、一切口にも顔にも出さないが、目の前の大尉が好きではない。どんな非情な手段を使ってでも、生き延び、敵を潰すことで有名な大尉だ。そこまでならば、組織として許可しているのならば問題がない。問題は、バンガードの新人であろうと特攻させ消耗させ、敵前逃亡はおろか、些細なミスでさえやり玉に挙げて味方を処刑する。厳しいことに異論はないが、やり過ぎであるとは思う。
結局、口にはしないが。言ったところでやめるならば、とうの昔にやめているはずだ。
「了解した。引き続き、前線基地への強襲に参加して貰う。追加装甲も無事に届いたことだ、使うかどうかはあとで決めるか」
大尉は満足げに頷く。エドガーも補給物資の内容は知っているが、急ごしらえでかき集めたものであり、半分スクラップにも等しいような物資が入っていることも知っている。だが、この大尉にとってはその程度は問題ではないらしい。結局、満足ならない整備で犠牲になるのは彼が率いる通称閻魔部隊の隊員達だ。何か歯車が狂えば、彼とセピアも巻き添えをくらうかもしれない。
「了解しました」
「……」
ミーティングの時間だけを聞いて、大尉の元から去っていく。車両の外に出ると、何人かの兵士がドラム缶に火をくべて暖を取っていた。日は暮れて、気温も氷点下まで下がっている。星空だけは、空気が澄んでいて綺麗に見えた。エドガーは、ジッと止まりその星空を眺める。傍らのセピアも彼に習って見上げた。幾つかの星座や星の名前や由来を教えたこともあるが、彼女は覚えているだろうか。
こんな世界で、そんな星を知っていて何になるのか。彼は、そう聞かれると決まって、数少なく残った美しいものだと答えている。それ以上の回答を持っているが、答える気も無い。
大尉に会う前に、すれ違った閻魔部隊の隊員達を思い出す。眼が死んでいると一目でわかった。一月ほど前にも別任務で出くわしていたが、半分以上は見知らぬ隊員達であり、ただ参加していないだけなのか、損失により補充されてきた隊員達なのかは知らない。
彼らは何を思って戦っているのだろうか。一般隊員よりも遙かにリスクの大きな戦場を駆け巡る重責はどれほどのものだろうか。境遇に抵抗しているのか、受け入れて諦めているのか。わかりはしないし、訊くこともしなかった。もし自分が閻魔部隊に配属されたらと仮定も考えたが、考えないように振り払った。
あの日から、考えないように、心を無にすることが増えた気がする。
あの日、クーデターが起きた日だ。
◇
約6年前の出来事として、エドガーアームストロングとセピア・ラングレーはイル・シャロムで戦っていた。ヘリを撃ち落とし、戦車を潰し、ACを撃破し、歩兵を蹂躙した。交戦し続け、弾薬類がほとんど無くなった2機のACが路上で止まっていた。周囲に敵の姿はないが、遠方には交戦中らしき閃光と轟音が響き渡っていた。
「了解であります。こちらは待機に入ります。そちらは? 」
『それがよ、D・クロケットのバカヤロウがミサイルぶっ放しかけるから逃げてきたら、今度は妖怪ジジイがマルチプルパルスで更地を作っていて、しょーがねーから、次にいったら、今度はカルロウのバカヤロウが特攻中だ。そんでもって、デュバルのおっさんの部隊が大佐砲で蒸発したらしいし、おっさんも三度ほど蹴られたらしい。眼も雰囲気も死んでるから、死んではないだろ? 生きているのか知らんが、つーか、クーデターが終わったら街が無くなるだろ? 古くさいB級映画みたいなバカヤロウなオープニングみたいなエンドになっちまうぞ。つーわけで、現在俺様は、先遣隊と合流して、シーベントの尻を追っかけている』
エドガーは年下で、階級も下の隊員からの通信を受けていた。上官に使う言葉でないのだが、とがめる気もしない。普段から接点はあまりなく、周囲から問題児扱いされている隊員ではあるが、戦果を求める姿勢はある意味軍人らしいと思える。星を見るのが好きだということも知っているので、なんとなく親近感も抱いてはいる。語り合ったことはないが。
さて、イル・シャロムでオーバードウェポンを使用するなど正気の沙汰ではないのだが、今述べられた人員は正気ではないようなので、実際問題としてイル・シャロム最後の日が今日かも知れない。恐らく、大佐だけは真っ当な使い方をしていると思うが、そう信じたい。
「了解です」
『一体何が了解だバカヤロウ。そんじゃ、そっちも気をつけろよ。流れ弾に当たって死ぬバカヤロウになるな……』
言いかけた言葉が一度切れる。何か、攻撃を受けたのだろうかと緊張が走るが。
『新手だ。シーベントがガンガン突き進んでいってるぜ。ショットガンで穴だらけにしてやがる。あんなもの、やっぱ女じゃねーだろ。やっぱり、股間にショットガンみたいなイチモチが生えてるに違いない』
エドガーが何かを言う前に、通信が切れた。と言っても、何を言えばいいのかも判断に迷うため、問題はないだろう。暫し、通信のヘッドフォンを眺めるが、諦めて座席に置いた。セピア・ラングレーがACから降りて、ヘルメットを取ることもせずに街を眺めている。
「暫く、休憩です」
唯一の部下が無言で頷き、二人はビルディングに入っていく。看板が上がっていた階数に向かうと、バーだった。入り口に置かれた観葉植物は倒れ、椅子もテーブルも散らかっている。クーデターは火事場泥棒にとっては最高のボーナスステージであるらしかった。 エドガーは、気にする様子もなくカウンターを乗り越えて、数少なく残っていて、割れていない酒瓶を手に取る。グラスを探すしている様子で、カウンターの中を見渡したが、諦めて再びカウンターを乗り越える。通貨と呼べるものが何一つ残っていないこじ開けられたレジに十分すぎるほどの紙幣を数枚置いてから、ボトルのふたを開け始める。
「払う」
ヘルメットをいつの間にか外していたセピア・ラングレーが口を開く。抑揚が無く、か細く、小さいが、凛とした声質だ。エドガーはボトルを空ける手を止め。
「ええ。払います。自分達は略奪者ではありません」
非情に短い言葉から、意味を巧みにすくい取りながら答える。そう信じたかった。
普段ならば、作戦中にバーに入ることもない。酒を飲むこともない。だが、エドガーはクーデターが始まってから一つの疑問を抱き、悩んでいた。
果たして、このクーデターは正しいのだろうかと。
政府の腐敗は許せるものではない。だからこそ、自分のような軍人が弱者を守るべきだと考え、実直に生きてきた。実直すぎて、前の部隊から独立機動部隊へと流されたが、むしろ、邪魔が少なくなり都合が良かった。一応の部下も出来た。あまりに喋らなすぎて、感情も考えも表に出さない人間であり、口数の少ない彼方が饒舌にならざる得ないほどであり、名前が本名なのかさえもわからないままの謎の多い問題児ではあるが。
「サボり」
再び、セピアが口を開く。座りもせず、薄暗い店内で棒立ちだ。小さな窓から、時折閃光が入り込んでくるが、顔を写す度に、写真のように変化はない。
「責めますか? 」
「いえ」
「自分らしくないですか? 」
「いえ」
「飲みますか? そういえば奢ったこともないであります。上官らしく、おごるであります」
「いえ」
「疲れましたか? 」
「いえ」
「この戦いに、正義はありますか? 」
「……」
部下が黙り込み、酒を喉へと流し込む。ウィスキーの香りが鼻を突き抜けて行き、喉が熱くなる。弱くはないが、節制のためにほとんど飲まない。これだけ飲んでいるのは初めてかも知れない。酒は堕落への一歩だと思っていたが、悪くはない。人が酒を飲む理由が、二十代後半でようやくわかってきた。続けようとは思わないが。
「確かに、いつかは起きることだったのかも知れません。ですが、焦臭いにも程があります。大佐は本当に、正義をもって、大義をもって、戦いを始めたのでしょうか? 確かに、確かに、勝っているでしょう。しかし、現状のまま進めば、第九領域は瓦解するでしょう。戦乱が終わるのではなく、始まると読んでいます。統一するにしても、目処は立たないであります。そうなると、さらに弱者は追い詰められるのではないでしょうか? 」
「……」
今からでも、政府側に着き、クーデターを鎮圧する側に回るべきだろうか。既に、大勢は決まってしまっているが。
何も言わぬ部下の前で、彼は再び瓶に口を付ける。
閃光に照らされる部下の口を開くのを横目で見た。
◇
強襲作戦は、夜明け前に始まった。エドガーとセピアの二人は、カルロウ・ノイマンの指示に従うことになるが、言い渡された任務は先攻しての襲撃及び陽動役だった。前衛に出たセピアがセントリーガンを配置しながら陣形を構築し、接近するものに対しては容赦なくライフルとレーザーブレードで対処していく。陣形の穴を埋めるように、エドガーはスナイパーキャノンでMT群を仕留めていく。スナイパーキャノンは威力は高いが単発式であり、弾数も少ない。故に、彼は極限の集中力を発揮して、確実に撃っていく。
そして、カルロウ・ノイマン率いる本隊が現れた。相変わらず補給の間に合っていない。破損が大きいのは、隊長も部下達も同様である。部下の機体など、あるストライカーはカメラアイが歪み、MTらしきパーツを強引に付けている。横のロングボウは、マニュピレーターが壊れているか、スナイパーキャノンを応急処置的に腕に固定している。悪戯に部下と機体を消耗させているようにしか見えない図であり、現れた時点で満身創痍とも言える状況だったのだが、
ノマドの人食い虎と称される
ヴァノン・ウェイズが搭乗するマカイロドゥスは攻撃を仕掛けてきていない。いや、仕掛けられないのだろう。
(なんという……)
遠方からではあるが、その光景を見て、エドガーも奥歯をかみしめる。
『どうした? 人食い虎。撃たねば死ぬぞ。だが? 撃てないか? 役に立たない味方など敵も同然だが、それでも撃てないな? 』
『黙れ! 貴様! 許さん!』
ノイズ混じりに、余裕が見て取れるカルロウ・ノイマンの言葉と、明らかに激昂しているヴァノン・ウェイズの言葉は聞こえてくる。
『許される気はない。こちらは大佐のご意志のままに』
閻魔部隊がマカイロドゥスに集中攻撃を仕掛けていく、マカイロドゥスはフラッシュロケットを閻魔部隊の手前に撃ち込み一旦は物陰へと隠れていった。
撃てない理由は一つだけだ。閻魔部隊のACには大尉が追加装甲と称したものが吊されている。一旦はバンガードが捕まえたノマドの者達が、コアを守るように吊されている。生身のままにAC同士の戦闘に巻き込まれているのだった。兵士である男達だけではなく、若い女性も居れば子供もいる。閻魔部隊が攻撃をする度に爆音に苦悶の表情を浮かべ、激しく動けばACの装甲に体を打ち付けて激痛に顔をゆがめる。夜明け前の鋭く冷たい冷気は確実に体温を奪っており、体力も限界であろう。何か、叫んでいるようにも見えるが、彼には聞こえない。
エドガーも作戦前のミーティングで何をするかは聞いている。装備のバランスを崩したくないと言った点や”追加装甲”が破損すればカメラアイが汚れ隙が生じる可能性があるといった理由で追加装甲は断っていた。だが、目の当たりにすれば、如何に慈悲のない行動であるかが身に染みて判ってくる。味方でさえ、処刑するカルロウ・ノイマンであれば何のためらいもなく行うのだろう。即処刑としないだけ慈悲があるのだろうか。否、幾ら何でも人の道を外れている。人質がいると交渉する方がまだ真っ当だろう。
『少佐』
「……わかっています。任務に集中をします」
動きの鈍さと心中の動揺を見抜かれた気がして、セピアの言葉に即座に意識を立て直す。どのみち、追加装甲にされた人々は死ぬ運命にある。ただ、死に方が幾分かむごいだけ。それでも、ここまでする必要が果たしてあるのか。こういった惨い手法を許容する大佐の理念とは一体何なのか。クーデターのあの日から、彼の信じる理念は崩れていく。乾いた砂山のように、触れるだけ砂が流れ落ちていくように。いつかは砂山すら無くなっていくのかもしれない。なくなった先に、何を信じるべきか。
時折、ノイズ混じりに虎と閻魔の言葉が聞こえてくる。発射の度に、澄んだ空は閃光と硝煙に汚れていき、星の輝きは大地に届かなくなっていく。
淡々と、自らの任務をこなしていく。スナイパーキャノンでMTの操縦席を貫通させ、バトルライフルは戦車を弾き飛ばし、歩兵は四つの脚部の餌食になる。相変わらず、伍長の支援は的確であり、いつものように行える。
随分と基地への攻撃を行っていた気がする、そして、最後のスナイパーキャノンの弾丸を撃ったときに、その光景を見たのだった。マカイロドゥスが放ったショットガンがファイトセイバーを至近距離から撃ち抜く姿を。当然のことながら、生きていた装甲も弾け飛び、ファイトセイバーを真っ赤に染め上げていった。
覚悟をしたのだろうと、決断したのだろう、ノマドの人食い虎の牙はノマドさえも喰った。
『ようやく撃ったか!? そうだ、役に立たない味方は敵だ。排除しなければならんよな? 』
『黙れ! 』
『オイルが返り血に見えての人食い虎か、だが、これでは、どちらが人食い虎かわからんな』
『黙れと言っている! 』
声だけしか聞こえないが、怒りに震えていることはわかる。だが、反撃しなければさらなる犠牲者がでる。数だけを天秤にかけての決断だろう。合理的でもある。だが、不合理で不条理で理不尽だ。同胞を撃った彼もまた、同胞に恨まれるだろう。仕方ないとはいえ、少なからず誹りを受けるだろう。それでも、彼は、進んで汚れ役を請け負ったのだろう。どのような葛藤があったかは知るすべもないが、戦う者として引き金を引いたのだろう。 ただ、エドガーは、ゆっくりと人食い虎の駆る機体に向かって敬礼をした。
◇
あれから、基地は潰したが、ノマドの増援と共に現れた傭兵によってバンガードの優勢は終わった。基地は破棄していったが、結局のところ、主力と言える部隊は撤退していった。懲りることもないのか、カルロウ・ノイマンは血まみれの機体のまま追撃に向かっていった。エドガーとセピアの二人は、補給部隊の護衛として基地へ戻っていた。戻った基地と言えば、こちらはノマドの別部隊に襲撃を受けたらしく、動ける兵士は全てが日が暮れても復旧活動にいそしんでいた。なんでも、とある少佐の超過兵装(ヒュージミサイル)が二発ほど基地の至近距離で撃たれたのが被害原因の大部分であるらしい。あの少佐は相変わらずであるらしい。まだ、基地にいるという事なので、出くわさないようにしておこうとだけ思う。
被害も善悪も道徳も気にしない件の大尉も相変わらず。
彼らの指導者である件の大佐も相変わらず。
部下もまた、相変わらず、何も喋らず、何を考えているのか判らず、とどのつまり、正体不明である。
エドガー・アームストロングは、ガレージの屋根の上にいた。座り込み、夜空を眺める。砂漠の星空は綺麗だと思う。綺麗だと思っていた。今は、綺麗に見えなかった。
戦いの余韻が未だに残っている。引き金を引いた感覚が未だに指に残っている気がした。自分が殺した兵士達は、まともな殺し方であったから問題ないだろうか。否、そんなわけはない。
任務に疑問を抱くな。独立機動部隊に来る前の部隊では、上官からそう言われた。それに従えずに、独立機動部隊へと飛ばされた。今はもうバンガードに居ないとある元軍人も、命令を全く聞かずに独立機動部隊にとばされていたらしく、そう言う点は、お互いに似ていたのかも知れない。今となっては、惜しく思われる。
ふと、人の気配を感じ、振り返ると、そこにはセピアがいた。鮮やかさのない懐かしさを思わせる色の名前。ただし、イカスミの意味のあるので、本当に本名だろうかと思っているが、軍に入る前の経歴については名前程度しか記されていない。
「どうかされましたか? 」
他の人間相手には、こういった言葉を使うことはない。セピアだからこそ、使わないと何一つとして話が進まないからだ。彼女と接すると、本当に自分がこれほど喋る人間だった者かと不思議な感覚が沸いてくる。
「酒」
ただ二文字の言葉を口にし、彼の前に二つのグラスと一つの酒瓶を置いた。酒にはあまり詳しくないが、白ワインのようだ。それ以上は、味も価格もマナーも判らない。セピアは何も言わずにコルクを抜いていく。クーデターの時は、結局彼女は飲んではいないのだが、コルクを空ける様子は慣れているようにも見える。意外と酒は嗜む方なのだろうか。
「酒は好きでありますか? 」
ワイングラスではなくただのグラスに注がれたワインを手に持ち眺めながら問いかける。
「普通」
全く、上官に対しての言葉がなっていないが、彼女のそういったところは嫌いではない。自分自身が余計なものを持っていないシンプルな人間だと思っていたからこそ、自分以上にシンプル過ぎる彼女は憧れに似たものがある。全てにおいて淡々としており、悩みがないようにも見える。いや、それは些か失礼だろう。
「理由」
「? なんでありますか? 」
「私」
「? 」
首をかしげる間もなく、彼女はエドガー後ろへと回り込み、視界から外れた。
「私は空っぽです。何も知りません。何も判りません。生きている理由はありません。死ぬ理由もありません。今の情勢などが大変だとは聞いていますが、よくわかってません。戦うことに何も感じません。機体に吊された人が死ぬ瞬間も何も感じません。私は壊れているのかどうかもわかりません。壊れるほど自分がありません」
いつもの調子だが、これほど続けて喋る彼女を初めてだった。彼女に何があったのかは判らないままだが、これが唯一の真実なのだろうと思われた。
「ですが、中尉の行動は正しいと思います。ですので、今暫くはついていきたいと思います」
これ以上は続かないのだろうと思われて、予想通り彼女は再びエドガーの視界に入り座り込んだ。無言でグラスを持ち上げる。三年前のクーデターの夜のときも、彼女はただ、付いていくとだけ言っている。彼女は最後まで、自分の味方なのだろう。互いに恋愛感情といったものや友情といったものは存在していない。今後、芽生えることもないだろう。ただ、互いに、信じるに値することだけは信じている。他者から見れば理解されない関係だろう。当事者達も理解は出来ていない。
今夜、再びその言葉を口にしたのは、彼女なりに、何かを思ったのだろうか。これが彼女なりの気遣いなのだろうか。自分の行動が本当に正しいのだろうか。それは判らない。判らないから、星が綺麗とは思えなくなっているというのに。
「……乾杯」
「……」
静かな乾杯だった。
喉に入ってくるぬるいワインは、矢張り、味がよくわからない。不味いとも思わないが、旨いとも思わなかった。ただ、悪くはないとだけ、感じた。
彼は、自分だけが変わってしまったのかと思っている。だとしても、心中に抱く憧れが消え去ったわけでない。目指すものは変わらないはずだ。変わらないのなら、それこそが自分の正義なのだろう。
軍人としてではなく、一人のエドガー・アームストロングとして、その正義を信じれば良いのだろう。暫くは付いてくると言ってきた信頼できる部下もいる。組織の末端であろうと、正義を貫く。
その果てが、無残であろうと、惨めであろうと、ただ、貫く。
その生き様が、自身の正義だ。今はまだ、具体的にどうするかは雲を掴むような話だとしても。
そう、元々は、そうやって生きてきた。今更、悩むことは無かったのかもしれない。
ただ、正義を貫こう。
大好きな星空を、再び綺麗だと思えるように。
「曹長」
「はい」
「自分は、自分の正義に命をかけます」
「はい」
あとは何も語らなかった。
二人の真上には、満天の星空が輝いている。
fin.
最終更新:2013年11月18日 22:13