崩落した鉄橋と、ある程度の透明度を有する川が流れる渓谷に、一機の重輸送ヘリコプターが重々しいローター音を響かせながら接近していた。
涙滴型の風防が縦列に二つ置かれた胴体に、大出力エンジンと輸送コンテナが合わさった左右のブロックという、大きく分けて三つのパーツで構成されたそれは、左のコンテナの蓋に当たる部分に、第9領域最大の勢力と目される「バンガード」のエンブレムを貼りつけている。
川の水源をせき止めているダムを越え、ダムのシステムを管理する区画に通ずる鉄橋を越え、眼下に崩落した鉄橋を眺めながら、ヘリは悠々とその巨体を震わせながら飛んでいた。
しかしながら、重輸送ヘリコプターのパイロットである輸送整備中隊所属の准尉は、鳶色の目を緊張で見開き、乾いた唇を微かに開かせ、落ち着きのない動作を繰り返していた。
様々な装備品をごてごてと着けたカーキグリーンのジャンプスーツが汗で色を変え、滑り止めが施された手袋に包まれた両手は、微かに震えている。心なしか、ラダーペダルに置かれた両足も震えているようだった。
彼の操るヘリコプターが牽引しているのは、暗赤色と黒で塗装された人型の戦闘兵器、アーマード・コアだ。
無骨なそれは、両腕にショットガンを装備し、両肩のハンガーユニットに軽量型のガトリングガンを懸架している。装備から推測される戦闘距離から考えるに、前衛型の機体のようだ。
一目見れば頼もしい鉄の巨兵か、はたまた旗色を一瞬で変えてしまう死の使いか、いろいろな比喩がされるACだったが、ヘリコプターの下に幾つもの牽引ケーブルでつりさげられたその機体は、バンガードが某日、とあるミグラントのものを鹵獲し、再塗装し直した機体だった。
これからこの大きな相棒ことACは、自分の乗り込むACを心待ちにしている新兵にあてがわれる予定だったのだが、昨日信頼できる情報筋から飛び込んできた情報によって、その予定は不確かなものになりつつあった。
その情報と言うのは、バンガードに敵対する勢力である地方都市カストリカ防衛守備隊、カストリカ・ガードによる奇襲作戦の情報だ。
この情報を事前に知らされ、陽動として何時も通りの航路を、何時も通りの巡航速度で、何時も通りの操縦で、何時も通りに通過しろと命令された准尉は、そういうわけで心身ともに正常ではなかった。
三年前のクーデター以前から軍人としてヘリを何度も飛ばしてきた准尉ではあったが、自分から敵の射線に飛び込むようなことは一度たりともしたことがなかった。
待ち伏せされているんだから、探り出して撃破するべきだと、准尉は上官の少佐に直訴したが、少佐は無情にもこう言った。
「ローターの爆砕装置と射出座席は、どちらも新品に取り換えてある。心配することはない准尉、何時も通りの配送任務だ。傭兵も雇ってある。きっと大丈夫だ」
大丈夫なのはあんたの命で、大丈夫じゃないのはこっちの命とあんたのその頭に詰まった、よく出来た真空管式演算装置じゃないんですかね、という罵声を上官に放つほど、准尉は馬鹿ではなかったが、雄々しく任務を厳守して何時も通りに飛行してやるほど勇敢でもなかった。
ピトー管の計測した速度は巡航速度を時速15キロほど上回っていたし、さっきから直進する航路のところをわざと放物線を描くように、若干オーバーラン気味に飛行してみたり、そういった意味のない足掻きを准尉は繰り返していた。見る分には空し過ぎて失笑するが、准尉からすれば自分の命がかかっている真剣な問題だった。
彼にはまだ二本足で立つこともできない小さな息子がいたし、建築途中の我が家もあった。今度の週末、親戚一同を介して少しだけ業者を雇って、汗水垂らしながら作業しようと、そう思っている。
それになにより、准尉には妻がいた。飛行中になにかあるといけないからと、結婚指輪は胸ポケットに仕舞ってある。墜落して敵地に取り残された時は、奪われないように胃袋に飲み下すつもりだった。
それがどうだ。自分が今やっていることは、金で雇われたどことも知らない野郎に命をあずけているという、馬鹿馬鹿しいにもほどがある任務だ。
准尉は込み上げてくる怒りと恐怖を抑え切れず、更にヘリを加速させた。
ところ変わって、ダムのシステム管理区画に通じる小さな裏口のような通路に、1機のACが鎮座していた。
両肩の大きく迫り出した精密射撃用の腕部と、前面左側に増加装甲を施した胸部、そして四つのカメラアイを有する、どこか亀を連想させるデザインの頭部。
けれどそのACの特徴は、何と言ってもその脚部と腕部に装備した大型狙撃砲だった。
象のそれのように巨大で鈍そうな脚が、腰から四つ、それぞれ四方向に伸びたそれは、上半身が人型の戦闘兵器にしては、どこか不完全で兵器には不釣り合いな間抜けさを感じさせる。
それでも、装甲化された四脚はその間抜けさを弾き返すかのように、大きな積載量を持ち、射撃時の安定性に優れていると言うメリットを持っていた。同時に、四本の足を動かすためエネルギー消費量が大きいと言う欠点もあったが、それは許容範囲と言うものだ。
四脚の積載量を活かして機体の両腕部に装備された大型狙撃砲だが、これにも勿論欠点は存在する。長砲身のため使用可能な場所が限られると言うことと、移動しながらの仕様が不可能な点だ。移動しながらの射撃が不可能な点は至極簡単で、機体各部をある程度ロックして安定性を高めないと、ACが著しく体勢を崩すためだ。
だからこの機体―――ブラヴォー・フォーは、そのメリットだけを生かせる戦術をいつも取り続けてきた。ブラヴォー・フォーのコクピットに収まっている人間がそうするのだが、装甲越しに人間の顔は見えない。ブラヴォー・フォーは、自分に合った戦術を何時も使っていたのだ。
「……何やってるんだ、あのヘリは」
そのブラヴォー・フォーのコクピットに収まっている
シメオン・ムーシェという青年は、FCSの設定と周辺の環境データがマッチングしているかどうかの最終確認をした後、ディスプレイ越しに准尉の操縦するヘリコプターを見て呆れたようにそう呟いた。
雇い主でもあるバンガード側の少佐は「熟練のパイロットが操縦するので、そちらが気にするほどのトラブルは起きないだろう」と言っていたのだが、どこか熟練パイロットなのかと直通回線を開いて問いただしたくなるような操縦の仕方だった。何より、ラダーペダルを無意味に踏み込んで、たまに体勢を崩しているように見えるのが、気になって仕方がない。
けれど依頼には支障がないのも、また事実だった。これで操縦ミスをして川に墜落とか、鉄橋目掛けてカミカゼとか、パニックを起こして健全なヘリを見捨てて脱出とか、そういったハプニングがあったら、それはそれで指定された額の報酬がなくなってしまうので、こちらにとって良い事は一つもない。
「まあ、俺には関係ないか」
そう呟きながら、ムーシェはいくつかの機器を操作して、ヘリが作戦領域に侵入する前に発見していた敵ACらしき物体に照準線を合わせた。
二つに折りたたまれていた大型狙撃砲の機関部と砲身が連結、固定され、四脚の後ろ二本足に組み込まれていたアイゼンが勢いよく射出されて、地面に深く突き刺さる。
ディスプレイに表示されていた映像の中心が拡大され、円形の照準線が新たに浮かび上がる。
狙撃体勢に移行したブラヴォー・フォーは、その筒先を遥か彼方に隠蔽された、敵四脚型ACに向けた。
けれどムーシェはなんの感慨も、感情も、興奮さえも抱かずに、淡々とその物体を見続けているだけだった。
生身で狙撃銃を担いで、スコープで人を捉えた時の感情が懐かしいと、ムーシェは束の間思った。
操縦桿を握り、幾多の機器に囲まれながら、NBC兵器対策と言うことで完全に与圧され、強制的に換気が行われるコクピットよりも、狙撃銃のグリップを握り、直に外界を感じながら地面に伏せる、その感触が懐かしいと思った。
だがそれも思うだけで終わる。今、ムーシェはパイロットなのだ。
一人の斥候狙撃兵ではなく、自動車なら初心者マークをつけて運転しているような、アマチュアのACパイロットなのだ。そして今は、依頼の最中だ。
渓谷を通る川の右側、崖沿いに伸びる通路に設置された、落石防御用の構造物に隠れるでもなく、その敵四脚型ACは、川の真ん中にぽつんと浮かぶ、島のようなところにアイゼンを打ちこみ、大きな隠蔽ネットと引き裂かれたキャンバス地を被って巧みに偽装されていた。
障害物に隠れるわけでもなく、あえて身を曝しながら隠蔽することで、素人の虚を突くという戦術は、敵が素人だと言う事を事前にした戦術であって、隠蔽の専門家を相手にできる戦術ではない。
そもそも全高5メートルのACを隠蔽する場合、それは大抵凹凸の激しい岩場か、森か砂漠になるだろうと、ムーシェは思っていた。
しかし素人相手の戦術をあえて取り、残念なことに隠蔽術の専門家を相手にしてしまった不幸な敵は、そういったことをしなかった。
低地に陣取り、地上からヘリを撃ち上げる体勢の敵ACは、ヘリが600メートルほどまで近づいてくると、おもむろに折りたたまれていた大型狙撃砲を展開した。
砲身が放熱用のジャケットで覆われ、短い砲身と優れた連射性能を持つその狙撃砲の筒先は、迷いなくヘリへと向いている。
こちらには気付いていないようだと、ムーシェは思った。
敵ACとブラヴォー・フォーの距離は、直線にして約1000メートル以上も離れている。高性能カメラアイを装備した機体でも、こちらは捕捉出来ていないはずだ。
ぴたりと敵ACに照準を合わせたまま、ムーシェは雇い主の少佐に向けて、回線を開いた。
「こちらブラヴォー・フォー。ヘリのパイロットに言ってくれ。アンタの方に砲弾は行かないだろう……とさ」
『それよりも早く敵ACを探し出して、撃破してくれ。あのヘリとパイロットには金がかかっているんだぞ、雇われ兵』
切迫した状況をモニターか何かで俯瞰している少佐が、平静そのものの声で言った。少佐はまだ、こちらが敵を捕捉しているということを知らない。
「分かってるよ。たかが歩兵よりも、数十倍の単位で金がかかってるんだろう? そっちの支出を無駄にはしないつもりだ。以上、通信終わり」
ぷつん、と通信を切ると、ムーシェは敵ACを捕らえたディスプレイを見つめ、深く深呼吸をした後、砲弾の下降具合と渓谷に吹く風のデータ―を頭に浮かびあげて、照準をやや修正する。
微かな駆動音を響かせながら、固定砲台と化したブラヴォー・フォーの上半身が少しだけ左に旋回し、右腕が上へと持ちあがる。
移動目標に対しての狙撃ならばもう少し照準修正に時間がかかったかもしれないが、今回の敵ははぴったりと静止している。
撃退するだけでも良いらしいが、ムーシェはあくまで撃破するつもりだった。その方が報酬が高くなる。
難民キャンプに落とす金は、多くて困ることはない。たとえ住民が全ていなくなった時に放棄する予定の施設でも、今はまだ使っているのだから。
「…………」
ACの引き金にムーシェが指先をそっと当てる。
銃の引き金と違って、随分おもちゃめいた感触が返ってきたが、それはもう仕方がないことなのだと、ムーシェは切り捨てることにした。
狙撃銃はエクシーレに帰ってから嫌と言うほど弄り回す。今は、この鋼鉄の巨馬がぶっ放す大砲に集中しなければならない。
人間どころか車にだって積めないサイズの巨砲を、眼前でのうのうと狩人を気取った敵にぶち込むのだ。
お前は狩る側なんかじゃない、とムーシェは小さく呟いた。
お前は狩られる側にいるのだ。
「……狩りの時間だ。相棒」
目の色を変え、にやりと口元に笑みを浮かべた狙撃兵に対し、四つ目四足の巨人は、唸るような主機音を響かせ続けるだけだった。
やっと来たかと、強面の曹長は操縦桿を手に取って指先を引き金に当てた。
慣れ親しんだ引き金が、押し込まれる瞬間を今か今かと待ちわびているような気がするほど、曹長の心は高揚しきっていた。
狙撃兵は待つのが仕事だ。それはACでも変わりない。普段は前衛が足止めして、撃てる時に撃つのが任務だったが、今回は違う。
馬鹿野郎どもの目を欺いて潜入し、隠蔽し、そして目標が来るのを待ち、最高のタイミングで一撃を見舞ってやる。
クールな任務だと、曹長は任務を受諾する時に思った。そして今でも、その思いは変わっていない。
未だに川の流れに不純物が無く、人の手の加わっていない、自然界の荒々しさをそのまま具現化したような渓谷に身を置いても、その闘争心に変化はなかった。
曹長は未だに根強く生き残ろうとする自然には目もくれず、こう思っていた。
こいつはクールな任務だ。最高にクールでイかす任務だ。バンガードのお高く構えた野郎どもに、渾身の右アッパーを喰らわせてやる任務だ、と。
だから曹長はその興奮を抑え切れずに、少しだけ早まって狙撃体勢に入った。
この場には敵などいない。お前と俺だけだ、フライングモンスター、と曹長は円形の照準の真ん中に大型ヘリの中腹を捉えながら、口元に笑みを浮かべて呟いた。
後ろ足から延びる鉄杭はしっかりと地面に突き刺さり、脚部の関節はロックされている。狙撃砲の反動を受け止める準備は出来ている。
輪郭をぼかし、機体の直線の露出を防ぐ隠蔽ネットと馬鹿でかいキャンバス地の切れ端たちのおかげで、隠蔽も完璧だ。
あとは、この大口径高初速砲弾を連続で、それも精密にあのヘリにぶち込めばいいだけだ。
さあ覚悟しろ、お前は俺に狩られるんだ、と曹長は冷笑を浮かべながら、ヘリの挙動に合わせて照準を修正した。
そして、狙撃砲の発射する高初速砲弾でヘリの装甲が確実に貫徹可能だと思われる距離まで引き寄せた時、呼吸も、瞬きも、一切の動作を止めた。
ただ動くのは、曹長の右人差し指だけだった。ねっとりと、じれったくも感じられる一動作が、無限に引き延ばされた時間の中、音速の死を叩きつけるためだけに進行していた。
彼は束の間、死神の代行者となっていた。
だが、彼が死神の鎌を振るおうとしたまさにその瞬間、彼の鎌はその右腕と共に引き千切られ、彼の世界が激震し、金属という金属が彼の耳元で断末魔の悲鳴をあげ、身体を固定していた器具が肩に喰い込み、激痛を発した。
なにがどうしたのだと、考える暇もなかった。
曹長は警告するCPUを無視して、ディスプレイを凝視した。
そして瞬間的に、遥か遠く、モニタ越しの視界のなか、渓谷のでこぼことした地形に紛れるように、しかし明らかにその部分だけ不自然に浮かび上がるラインがあるのが視認できた。
自然界に、本当の直線などというものは存在しない。
右腕はもぎ取られた。なら、左腕を使えばいい。ドラム缶によく似たマズルブレーキを先端に装着している、三点バーストの狙撃砲が左腕には装備されている。
一撃でコアを潰さなかった素人に、目にもの見せてやろうと、曹長は衝撃で額を深く切ったことにも気づかず、操縦桿を握りしめた。
赤い液体がどくどくと額の真一文字の傷から吹き出してくるが、それらはヘルメットがいくらか吸ってくれた。
だから曹長は、そのことに気遣ずに、円形の照準をごつごつした四脚の機体に向け、照準修正を行った。
引き金が言った。
「まだ撃たないのか、相棒?」
曹長が言った。
「ぶちかますぜ、相棒」
瞬間、轟音が世界を絶滅させ、すべての者を一瞬にして圧殺したかのような、そんな音が曹長に聴覚に届いた。
背筋が凍ったと言う程度で終わらせて良いものではないと、ムーシェは半ば本能的に、もしもの場合にと考えていた緊急手段を実行し、左腕部に装着された狙撃砲を展開させ、照準を合わせてから調整すると言うやり方はせず、すべて頭の中で計算し、その計算結果を信じて照準を合わせながら思った。
砲身内に刻まれた螺旋状の溝―――ライフリングによって砲弾は回転し、ジャイロ効果を得て直進するはずが、どういうわけか砲弾は左に大きく逸れて敵にぶち当たった。
しかも、右腕部の狙撃砲は機関部から薬莢を上手く排出する事ができず、発砲不能になったときた。
恐らく、ライフリングが擦り切れていて、砲弾にきちんと回転が掛からず、砲弾が撃発した瞬間に発生する爆発エネルギーこと発射ガスが、擦り切れた分だけ砲口から漏れ出したせいだろう。
本当ならこういう時、強制的に薬莢を排出する機能があった気もするのだが、そいつは今コーヒーでも飲んでいやがるらしい。
排莢不良の異音はどこで聞いても嫌なものだ。冗談でも比喩でもなく、心臓が凍りつき、血液の流れが完全に止まってしまったかのような衝撃を受ける。
傍から見れば、そんな様子ではなく淡々と排莢不良を処理していたと言われようとも、そう思うことは事実なのだ。
くそったれ、畜生、馬鹿野郎などと、悪態だけは山ほど出てくる割に、今やるべきことは非常にシンプルだった。
単に、相手より先に体勢を立て直し、相手を一撃で仕留めればいいだけのことだ。
焦燥に駆られて自体を把握しきれず、自滅するなど論外だ。状況など、眼前と手元に転がっているもので十分だ。
敵ACは狩られる側から狩る側へと変貌しつつあった。未発見の敵を瞬時に発見し、左腕部の三点バースト狙撃砲を展開し、こちらに砲口を向け、照準を調整している最中だ。
こうして何倍にも引き延ばされていると感じられる時間の間にも、いつその筒先が炎を上げて砲弾を射出するのか分からない。
この緊張感だ、とムーシェは引金を引きながら思った。
殺すか殺されるか、それだけが存在する戦場の、この緊張感。狩る側の人間と、狩る側の人間が、狩られる側へと相手を陥れようとする、この一瞬の駆け引きが一種の性的快感を引き起こす。
この感覚なんだと、ムーシェは思い、引金を引き切った。
表情筋を痙攣させ、引きつった笑みを浮かべたムーシェは、螺旋を描きながら大気を引き裂く砲弾が見えたような気がした。
その砲弾は瞬く間に敵ACのコアへと驀進し、正面装甲を突き破り、そして二度と外へと出てくることはなかった。
いったい何が起こったのだろうかと、准尉は思った。これは砲撃音か? 自分は被弾したのか? 計器はどうなっている? 身体はまだあるのか?
結論から言えば、それは砲撃音であり、自分は被弾せず、計器類はすべて正常な数値を示しており、自分に肉体はまだあった。少なくとも、まだ、であるが。
パニック寸前になったところで、准尉はずっと昔に自分が潜り抜けた訓練を思い出した。パニックになるくらいなら、状況を確認し、自分がどうすればいいのかを確認しろと、かつての教官はそう言っていた。
准尉は平静を取り戻し、ラダーペダルを操作し、操縦桿をしっかりと握りながら、ヘルメットから延びるマイクの位置を調整し、通信を開いた。
すると、少佐の声ではなく、まだ若い男の低く落ち着いた声が聞こえてきた。
誰とも分からない声は言った。
『こちらブラヴォー・フォー、任務修了。通信、アウト』
それきり、その声を准尉が耳にすることはなかった。
End.
最終更新:2013年11月23日 15:07