主よ、あなたはとこしえにいまし

代々に続く御座にいます方

なぜ、いつまでもわたしたちを忘れ

果てなく見捨てておかれるのですか

主よ、御もとに立ち帰らせてください

わたしたちは立ち帰ります

わたしたちの日々を新しくして

昔のようにしてください


あなたは激しく憤り

わたしたちをまったく見捨てられました

聖書 哀歌 第5章19節-22節



遥か昔に建造され破棄された工場は、なかば砂に埋もれて砂の粒子に削られ朽ちてゆくのをじっと待っていた。
それ故、今更その中に新たな廃棄物が混じろうとも気にせず、異形が人を破壊するのを無言のままに見つめていた。
異形はまるで鳥のような足を持ち、縦に大きく張り出した両肩と頭頂部が前に突き出す頭をしており、しかし胴体は細身で不格好だった。
砂が異形にぶつかると小さくちりちりという音が鳴り、異形が砂を踏みつけると地面には無骨なかくかくとした足跡が残った。

『―――わたしには理解不能です、シスター』

異形は地に伏した人の足を踏みつけ、ゆっくりと潰しながら少女の声を発した。少女の声は異形の声であり、その声には感情らしきものがなかった。
人は壊れていた。両手が引きちぎられたのか筋肉の筋のようなものが両肩から垂れ下がり、黒々とした血のようなオイルがあたりの砂を土に変え、筋からは時折ばちばちと紫電が散っていた。

『あなたは何故、このような無謀な行為をしたのでしょうか?』

べきゃり、と大きな音を立てて人の足が折れた。人の足はところどころに弾丸を撃ち込まれパルスガンで溶かされていたので、そうすること自体は容易いことだった。
異形は真っ二つに折れた人の足をじぃっと見つめた後、まだ繋がっている方の足を見て、そちらの足を踏みつけてゆっくりと力をかけてじっくりと潰しながら、少女の声を出す。

『自己保存を考えるプログラムに欠陥があったのでしょうか? リスクコントロールを算出する計算にバグが存在したのでしょうか? 思考回路そのものが不完全なものだったのでしょうか?』

ぐしゃり、と無残な音を立てて人の足が折れた。人は両手両足を損失してもうない四肢を微かに動かし、まだある頭を左右に振ったが、頭だけではなにもできないのは言わずと知れたことだ。
異形は数歩歩いて人の傍らに立ち、無様な姿を曝す人を見下ろして満足したかのように白い蒸気を噴出させた。その蒸気は人から漏れ出すオイルを熱し、砂に湿気と熱を与えた。
しばらくして興奮が冷めたのか、異形は動き続けていた人の頭を踏み潰した。人の頭はオイルとガラスと紫電を撒き散らし、金属が無理矢理押し潰される音をたてながら潰れた。

『な、なんでこんなことするの? わたしはただ助かりたいだけなのにどうしてこんなことするのなんでこんな酷いことするのどうしてわたしをあの人のところに連れ戻そうとするのどうしてどうしてなんでどうして―――』
『理解不能です、シスター』

ヒステリックな声を上げる人に―――人の胴体を、異形はゆったりとした動作で見下ろす。
人はしきりに紫電とオイルを撒き散らしながら悲鳴のような問いを喚き散らし、異形にどうしてこんな酷い事をするのかと言い続けたが、異形はその無様な姿を観察するだけで人には手を下さなかった。
砂が二人の肌にぶつかりちりちりと小さな音を立ててゆく。施設を長年にわたって削ってきた砂は、微量な鉄分を含んでいるらしく、時折ちりちりという音に微妙な差異が生じているのを、異形は感じていた。

『残念ですが、シスター。あなたはもう必要ありません。あなたは失敗作です。あなたのような不良品は部隊価値を貶めます』

しばし異形は佇んだ後、ふいにそう告げた。砂と風が吹き止み、すっかり汚れきった空と荒んだ太陽が雲のカーテンを追いやって顔を見せた。
人は無様な姿を白昼の下にさらされて、さらに紫電とオイルを撒き散らしたが、胴体だけではどうすることもできないのは分かり切った事だった。

『理解不能です、シスター。あなたの存在価値は存在しません。抵抗は無意味です』
『嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ! 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!』

人が同じようなことを喚き散らし始めたので、異形はその足を上げて振り下ろした。べきり、という音が鳴って胴体が酷く歪み、人はまるで踏み潰された動物のように、

『ぎぃっ』

と鳴いた。
紫電とオイルを無意味に撒き散らしていた胴体は動かなくなり、変わりに胴体は意味不明な絶叫をあげ始めた。
時折、人の言語のような声で足が潰れたとか腰が潰れたとか膝が切れたとかお腹になにかが刺さってるとか言ってはいたが、それは人の言語とは言い難い低俗な叫びだった。
異形は詰まらなそうに、機械的に足を上げて胴体を踏み潰した。人は最期に、

『ぎゃっ』

と小さく鳴いて、赤いオイルを胴体から流して息絶えた。
異形はそれでも念入りに胴体を踏みつけて、潰して、黒いオイルと赤いオイルと、鉄と赤い有機物と砂が交じり合うまでそれを続けた。

『理解不能です、シスター』

人が人でなくなるまで破壊を続けた異形は、銀色の大型輸送ヘリコプターがくるまで佇みながら、かつて人だったものに語りかけた。

『―――あなたは何故、こうなることを拒んだのですか? あなたもまた、こうなるべきだというのに』

異形はそう言うと、返事が返ってくるのをじっと待つかのように、そこで動くことをせず友軍の大型輸送ヘリコプターを待ち続けた。






投稿者:狛犬エルス
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最終更新:2013年11月23日 15:30