多くの高層ビルの間に張り巡らされた道路を行く大小の影が一つずつ。
純白の塗装が眩しいアーマードコアが、多くの物資を積んでいると思われるトレーラーの周りを旋回している。
太陽に照らされたシルエットは、空を翔る天使のようにも見て取れる。

周囲の策敵を行っているように見える―――そう、今回、彼女に与えられた任務は"護衛任務"だ。
最大の都市区である"イル・シャロム"は、"バンガード"と呼ばれる、同じく最大勢力の軍事組織が統治している。
そんなアウェーの中にも勿論、反体勢力もとい、仲間達が紛れ込んでいる。
巨大な壁は内側から崩していけば良い・・・今回の任務の成否が、この先に及ぼす影響は極めて大きいだろう。

《もうじき都市に入るぜ。異常は?》
もう直ぐ進んだ先には、巨大な橋が待っている。真下にはゆっくりと流れる河。
"イル・シャロム"へと繋がる廃棄都市を二つに隔てる大きな河だ。
真下の道路を走っているトレーラーの操縦席からの通信。其れに応えるかのように追従型リコンを更新する。
「・・・・・・探知範囲450・・・反応無し・・・」
カメラアイをきゅるきゅると絞りながら策敵を続けるパイロット―――ヴェレッタ
今回の任務は難易度A、云わばハードクラス。頭の可笑しな雇い主で無ければ、このクラスの任務に対してFランクのミグラントを雇う事など当然有り得ない。
然し、ランクより実績を見てGOサインを出す雇い主も少なからず存在する。
彼女が雇われたのは其れに該当するのだろう。

                         偽りの白染

彼女、ヴェレッタの二つ名。
数々の戦果を挙げている彼女だが、傭兵ランクは不動のF。更新された姿を見た者はいない。
《アンタには期待しているんだ。宜しく頼むぜ》
「・・・・・・」
《とは言っても、この依頼を請けてくれたのがアンタだけだったんだけどな・・・はっは》
「・・・・・・」



夕焼けの放つ光がヴェレッタの瞳に飛び込む。思わず目を細めた時と、ピピッと目前の緑色のレーダーに反応が現れたのは同時。
勿論、正面切って物資輸送なんて無謀な真似は論外。
今回は人気の全く無いルートを選択し、比較的安全な輸送ルートと成ったはずだが、当然危険が予測されるから護衛が必要。
接触した相手がソレで無ければ、難なく蹴散らして終わりだったはず。
然し、ソレにはヴェレッタも動揺を隠すことは出来なかった。

距離300・・・250・・・200・・・。
通常では有り得ない速度で此方に迫ってくる反応が一つ。

距離150・・・100・・・。
だんだんとコックピットからも視認出来る程に距離を詰められる。

それは、ルキア=ラヴィーネと同じく白いフレームを持ち、肩部に赤い花を模したエンブレムが記されているアーマードコアだった。
「・・・一旦距離を開く、私に構わず進み続けろ!」
大きくビルの壁を蹴り、加速。開所へ飛び出すと、正面から青く鋭い光が飛んでくる。
「く・・・ッ・・・」
ヴェレッタはトリガーを引く。ルキア=ラヴィーネは背面から吹き出る煙をプツンと切らす。自由落下だ。
間一髪、その光――レーザーブレードを避け切り、廃棄都市の中間に位置する巨大な橋の上へと着地する。
トレーラーも橋を渡り始めたようだ。開所での戦闘となってしまっては、護衛側は圧倒的不利を強いられる。
ルキア=ラヴィーネは再びリコンを更新し、脚部をバネのように用いて飛び上がる。

「フルールドリス・・・それもトップナンバーか・・・」
この類のアーマードコアが現れる事はブリーフィング時から予測出来ていた。
だが、トップナンバーともなると一筋縄ではいかない。ましてや、並のパイロットでは秒殺されてしまうだろう。
まさか、只の物資輸送の妨害作戦なのだから、中堅ナンバーが仕事に就くと思っていたが。
最大勢力を誇る部隊"フルールドリス"の中でも最高峰の実力を持つ者と対峙してしまったのだから。

最寄のビルの上に着地し、直ぐにアクセルを全開させる。グライドブースト。
ヴェレッタの駆るルキア=ラヴィーネは、アーマードコアの中ではずば抜けて機動力が高く、彼女が恐れられる理由である、精緻な機体捌きの基でもある。
背面から青白い光を溢れ出させながら、両手に持つライフルを撃ち出す。左右の手に持つ巨大な銃の銃口から噴出す弾丸が、ドウター・ワンへ向けて飛んでいく。
フルールドリスのトップナンバー―――ドウター・ワンも、其れを見てグライドブーストを起動させる。
ルキア=ラヴィーネに勝るとも劣らない速度で、ライフルの弾幕を掻い潜るように飛んでくる。
細かくハイブーストで機体を切り替えしている為、全く被弾する様子が見えない。傷一つ負わずに近づいてくる様は、"白い死神"と呼ばれるに相応しいものだ。
すれ違い様に放たれたレーザーブレード、ヴェレッタは素早くブースターをニュートラルに戻し、ハイブーストを真横に吹かせる。
ドシュッと言う爆音と共にルキア=ラヴィーネの背面ブースターから赤い炎が噴出し、襲い来る一太刀を回避。
「鬱陶しい・・・!」
ヴェレッタがトリガーを引く。ルキア=ラヴィーネの肩部ポッドが開き、ヒートロケットが放たれる。
橋の上に着地したドウター・ワン。その一瞬の隙を付くかのようにヒートロケットを放った。が、再びグライドブーストを起動させるドウター・ワン。難なくそれを回避する。
そのままビルの壁を蹴り、高度を取り、ルキア=ラヴィーネへ向けて飛んでくる。両手に持つレーザーブレードにエネルギーが充填され、青く光る。
「まさか自分の得意分野に苦戦させられるとは思わなかったな・・・」
機動戦で右に出る者はいないと称えられていたヴェレッタ。機動戦に苦戦を強いられる事程に皮肉な事はない。
だが、ヴェレッタも並のパイロットでは無い。Fランクミグラントと言えども、言ってみれば例外のようなものだ。
実力だけで言えば上位ランクに匹敵する。負けじとハイブーストで機体を切り返し、襲い来るレーザーブレードを回避。
避けた後は素早く背後を取り、ヒートロケットをカウンター気味に発射。機動力で言えばほぼ同じ。ドウター・ワンも簡単には被弾してくれない。
ビルに登り、背面ブースターにエネルギーを込める。足元のコンクリートを崩し散らし、グライドブーストを起動。激しい交差戦だ。
二機の戦いは、まるで二人の天使が遊んでいるかのように美しいものであった。
止まる事無く、加速し続け、お互いがお互いを追い続ける。油断などした瞬間には一瞬で勝負を付けられてしまう事は、お互い解っていた。



「貰った・・・ッ!」

全く進展の無かった交戦状態に、漸く変化が訪れた。
敢えて回避を遅らせる事で、サイティングに費やす時間を増やした為、レーザーブレードを構えて迫り来るドウター・ワンにヒートロケットを直撃させる事が出来たのだ。
ヒート弾がドウター・ワンの白い装甲を剥ぎ落とす。然し其れは、ルキア=ラヴィーネも同様だった。
今までもギリギリで回避し続けていたレーザーブレード。回避を遅らせては命中してしまうのは当然。お互いに損傷五割と言ったところ。
「掠った・・・痛み分けか・・・・・・・・ッ!?」
ルキア=ラヴィーネに大きな衝撃が与えられ、ヴェレッタは大きくつんのめる。
目の前のドウター・ワンは背中を向けて、此方から距離を離すように飛んでいる。何処から喰らったか解らない攻撃に、ルキア=ラヴィーネの装甲が悲鳴を上げる。
損傷八割。赤い危険信号が点滅、危険を知らせるアラートがコックピットに鳴り響き始める。
ドウター・ワンを視界に捉えつつ、策敵するが、どこにも反応は無い。
考えられる要素は二つ。
一つは、ドウター・ワンがステルス性能を持つ武器を持っていたら。
だが、全くと言っていいほど目視出来ない武器など現代の技術では存在しないし、衝撃が加えられたのは正面からでは無かったのでこれは無い。
もう一つは、敵がドウター・ワンだけでは無く、複数存在していたら。
一対一でも圧倒する事が難しい相手なのに、この状況で一対多となってはかなりの劣勢となるだろう。
然し、後者の可能性の方が圧倒的に高い事はヴェレッタも十分過ぎるほど理解していた。

トレーラーは丁度橋の中間点。この橋さえ渡りきれば、安全な地下道へ進むことが出来る。今回の任務もこの橋を渡りきるまでの護衛が目的だ。
「(何としてでも・・・橋を渡りきるまでは・・・)」
最早これ以上の被弾も出来ないし、当然先のような被弾覚悟の攻撃もする事が出来ない。
ヴェレッタは武装トリガーを引き、ルキア=ラヴィーネの持つライフル二丁をその場に落とす。
ズシィンと言う大きな音と砂煙を撒かせ、ライフルが地上へ落とされる。
グライドブースト。ライフル二丁分の重量を割き、更に速度を増したルキア=ラヴィーネ。
武装解除はスキャンされれば直ぐにばれてしまうし、最大勢力のトップパイロットが其れを見逃すことも無い。
ヒートロケットによる重傷を負わされてからは逃げ一択だったドウター・ワンが、これを機に攻めに転じた。
背面から青白い光を放ち、猛速でルキア=ラヴィーネを追う。

橋の上で飛び回る二機のアーマードコア。その速度は従来のアーマードコアからは想像出来ない程のものであった。
最高速度ではドウター・ワンが勝っているので、単調な動きではいずれ追いつかれてしまう。
時折、ドシュンドシュンと連続してハイブーストを吹かせながら、撹乱をするルキア=ラヴィーネ。



やがて、機体を動かしているうちにリコンに新たな反応が現れる。敵機反応:2。
やってきた方向とは逆、向かいのビル群の中核からの反応。
レーザーライフル二丁を構えているアーマードコアがモニターに映し出された。
「ドウター・ツー・・・やはり姉妹揃ってのお出ましか・・・」
ドウター・ツー。其れは、ドウター・ワンとタッグを組んで行動をするとされる、フルールドリスの二番機。
公には二機のパイロットは姉妹だと言われているが、その真性は定かでは無い。
手武器は銃身に張り巡らされているパイプから青いエネルギーを放っているレーザーライフル。射線が通った際に狙撃されたのであれば、先の被弾の謎も解ける。
恐らくはエンカウントした時から、既に構えていたのだろう。上手くリコンの探知範囲を避けての位置取り。厄介な相手だ。

冷や汗が流れ出る。相手への恐怖心? そんなはずは無い。こんな経験が今までにあっただろうか。
そんな時、通信が入ってくる。
《目的地点に到達、感謝する。アンタもサッサと撤退すると良いぜ》

簡単に言ってくれる。

純白の塗装も既に剥ぎ落とされ、機体の各部から煙を吹かせているアーマードコア―――ルキア=ラヴィーネは、大きく飛び上がる。
廃棄都市を二つに隔てる巨大な橋を挟み、二人の天使と見合いながら。





登録タグ:Never 小説 読み切り

作者から:
アリステレス姉妹の台詞とかも入れたかったのですが、纏めきれずに断念。次機会がある時は挑戦したいですね。
序盤はスピード戦闘、終盤は姉妹が揃った力の差を表現したかったのですが・・・
駄文ですが、最後までありがとうございました。




最終更新:2013年11月25日 14:19